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第32話 憧れ

 「己の魂に向き合う」とは、俺の前世を改めて振り返ることに他ならないだろう。

 俺は、久しぶりに昔のことを思いだした。


 俺がブルームとなる前。平和な日本にいた頃の記憶だ。

 


 

 

 思い返すたび、つまらない人生だったと思う。

 幼い頃から体の弱い俺は、「無理しちゃダメだよ」と親や医者から口酸っぱく言われていた。


 駆けっこはダメ。鬼ごっこはダメ。ボール遊びはダメ。

 残された娯楽と言えば、せいぜい本くらいのものだった。


 どれだけ気を付けて生活していても良く発作が起きて入院していた。

 咳が止まらなくてそのまま窒息死すると何度も思った。

 

 これでは学校にも満足に通うことができない。

 医者に「もっと薬を増やしてくれ」と言っても「ゆっくり治しましょう」と言うばかり。どこの医者も同じだった。


 そのうち、俺のうちには絶望がこびりつくようになった。

 いずれ、俺は病気で死ぬのだろう。


 病院のベッドで「死」について深く考えた。

 入院は暇だったのでひたすらに考えた。

 死がたまらなく恐ろしかったから、それが何なのか理解しようとした。

 

 ひたすらに考えて、考えて、考えて、やがて1つの結論に辿り着いた。


 人はいずれ死ぬ。遅いか早いかの違いでしかない。

 終わりを、死を恐れるのは無駄なのだ。

 

 諦念を受け入れれば、この世界がどうでもいいものに思えた。

 だから空想の物語にのめり込んだ。

 

 登場人物たちは現実世界の人間の何倍も魅力的だった。

 彼らは同情してこない。彼らは憐れみの目を向けてこない。

 

 そうして現実世界のことを忘却して夢想の世界にのめり込んでいるうちに俺は死んだ。

 病魔がついに俺の息の根を止めた。

 

 次に目覚めた時には、俺は空想の物語の人間になっていた。

 


 

 

『じゃあ、あなたの魂の根源はなに?』

「憧れだ。空想の世界への憧れ。それが俺の生きる理由になっていた」

 

 空っぽな俺の中に何か入っていたとすればそれくらいだ。

 それ以外には何もなかった。俺自身には何もなかった。

 

 『そう。それこそがあなたの、あなた自身の魂の輝き。私の魂と溶け合っても消えないもの。そうでしょ、■■■■?』

 「……ああ、そうだな」


 ブルームのソウルライトにずっと目を奪われていたから気づかなった、俺自身のソウルライト。

 

『さあ、その輝きを解放して。――そして、私の復讐を成し遂げて』

 


 ◇


 

 今までにない力が体に宿っているのが分かる。

 体が動く。

 俺はゆらりと立ち上がりミレディを見た。

 

 「……なに?」

 

 俺の姿を見たミレディが顔をしかめる。


 「おぬし、それは……その魂は、まるで別人のようじゃぞ」

 

 たしかに、別人になったと言ってもいいのかもしれない。

 今までの俺は借り物の力を使っていたに過ぎない。

 

 けれど、今から俺は真の意味で自分の力で戦う。

 改めて自分の魂に意識を向ける。

 ブルームの魂と溶け合うように存在するソレ。

 そこから力を引き出す。

 

 「『陽光よ(サンライト)』」


 左手を突き出して頭に浮かんだ詠唱を口にする。

 すると、いくつもの白い球体が浮かび上がった。


 ミレディが驚愕の表情でそれを眺めている。


 「それは……太陽……? 馬鹿な。貴様のような陰気な殺人鬼がそのような力を使えるわけが」

 「輝きに焦がれるのは自由。それは人間の特権」

 

 太陽を疎む吸血鬼には分かるまい。

 

 『推し』というものは俺にとって太陽のようなものだった。

 そこにあるだけで世界が明るく見える。

 見るものを眩しく照らす恒星。そして、その輝きで惑星(オタク)を照らす存在。

 

 空っぽの『俺』に何かあるとすれば、憧れへの焦がれのみだ。

 

 

「眩しさに焼かれろ」

 

 俺が右手を前に突き出すと、10を超える光弾が一斉にミレディへと襲い掛かった。

 ミレディはメイスを振るい体に迫る弾を撃ち落とす。

 

「チッ……追いつかんな」

 

 対応しきれなかったいくつかの光弾が彼女の体を掠めた。

 命中した光弾はミレディの肉体を容易く貫き、傷口から煙を立てた。

 

 ミレディはその傷をじっと見つめたかと思うと、やがて笑いだした。

 

 「再生できない……? ……カカカッ! ――そうか、そうか! 復讐相手をワシと断定し、ソウルライトを最適化したか! なるほど、ワシら吸血鬼にとって陽光は不俱戴天の天敵! ワシを滅するのにこれ以上相応しい力はない。面白い……その力でワシを倒せるのなら倒してみせよ!」

 

 ミレディは再びメイスを構えた。

 俺は先程同様に手を前に突き出す。

 

 「『サンライト』」


 光弾に対して、ミレディは真っ先に土壁を展開した。

 『死神の大鎌』と相性の悪い無機物の防御。

 しかし光弾はそれを容易く貫いた。

 ミレディは最初からそれを予想していたかのように光弾をメイスで弾き飛ばす。


 しかし、それは想定通りだ。

 ミレディが光弾の処理で手一杯になっている間に、俺は彼女の懐まで迫っていた。

 

 「フッ!」

 

 『死神の大鎌』を一閃。後ろに退いたミレディの腕を掠める。

 俺は攻撃が失敗した事を悟り歯嚙みする。

 

 死神謹製の殺害能力は、鎌の先が掠った程度では発動しない。

 やはり首を飛ばさねばなるまい。

 

 ミレディは全く動揺せずに傷を一瞥する。

 すると、傷口は一瞬にして塞がってしまった。


 吸血鬼が種族的な特性、自己再生能力だ。

 ミレディのそれは吸血鬼の中でも特に秀でたもの。

 たとえ大鎌で腕を斬り飛ばしたとしてもすぐに再生してしまうだろう。

 

 とは言え、熟練の武芸者のような動きをするミレディの首を飛ばすのは至難の業だ。

 

 どうすべきか悩んでいると、先程聞こえた声――俺の中の本来のブルームの声が聞こえてきた。

 

 『力を合わせて。私の力とあなたの力。両方あれば届く』

 

 「力を、合わせる……」

 

 聞こえた言葉を繰り返して、どうすればいいのか考える。

 今の俺の中には2つの魂がある。

 元々存在していたブルームのものと『俺』のもの。


 「なるほど」

 

 『死神の大鎌』へと意識を集中させる。

 ブルームのソウルライトと俺のソウルライト、両方の存在を意識する。

 

 ああ、これはいける。

 そう思った俺は地面を蹴ってミレディへと突撃した。


 「はあああ!」

 

 大鎌の先端、刃の部分が光り出す。

 その光は、ちょうど先程俺が出していた光弾と同種のもの――すなわち陽光だった。

 

 これならいける。

 その確信を持って俺は飛び出し、刃を振るった。

 

 「ガ、アアアアアア」

 

 大鎌の刃がミレディの右腕を中程から切断した。

 その瞬間、彼女はこの戦いで初めて苦痛の叫びをあげた。


 すぐさま追撃を試みる。

 しかし、凄まじい数の血の槍が襲い掛かってきたので慌てて下がる。

 

 ミレディも俺と同様に後退しており、血がボタボタと流れ落ちる右腕を抑えていた。


 「はあ……はあ……復活しない……クソ、忌々しい陽光め……!」


 間違いない。弱っている。

 

 俺はミレディにトドメを刺すべく一歩前に出る。

 しかし、その瞬間視界がぐらりと揺れた。

 

『……ソウルライトの消耗しすぎ。これ以上は危険』

 

 俺の中のブルームに警告される。

 

 初めて味わう感覚だ。手先が恐ろしいほどに冷えていて、頭も回らない。

 

 考えてみれば当たり前だ。

 2つの力を同時に扱えば、消耗も2倍になる。

 

 「でも、今この機会を逃せば……」

 

 ここでミレディを逃せば、次は陽光の対策ができる能力を『奪取』した上で挑んでくるだろう。

 次もまた俺の力が有効とは限らない。


 しかし、俺が考えているうちにミレディは既に動きを見せていた。

 

 「――ブラッドバースト」

 

 彼女の掲げた左手の上に巨大な血の玉が形成されていた。

 ミレディの体内から血液をどんどんと吸収し、加速度的に拡大している。

 

 俺はすぐに彼女に背を向けて走り出した。

 

 「まずい」

 「――発動」


 血の球体が弾け飛んだ。

 まるで爆弾が破裂したように、その場に血の色をした爆風が吹き荒れる。

 石造りの建物すら吹き飛ばすような超特大の爆発だ。

 

 あれはミレディの奥の手だ。

 ソウルライトに頼らない吸血鬼独自の技。

 体内の血液を放出して圧縮、開放することによって大爆発を起こす。


 発動直後の吸血鬼は血液不足により無防備になる為、最後の手段と言えよう。

 ただし、その威力は最強クラス。

 

「ッ……!」

 

 ソウルライトによって身体能力を強化し、全力で爆心地から離れる。

 背後に爆風を感じ、やがて俺の軽い体は吹き飛ばされた。

 

 血風が吹き荒れ、やがてアレル町全域に存在するモノは例外なく吹き飛ばされた。

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