第31話 激突
原作においてブルームが死んだ後、ミレディはこんな発言をしている。
「『死神』がついに死んだか。……カカッ! なかなかに滑稽な劇だったが、ついに終わってしもうたか。──結局、あやつは必死に探していた仇がすぐそばにいるワシだとは最期まで気づくことがなかったな。やはり、人間というやつはどこまでも愚かじゃのう」
その詳細についてそれ以上語られることはなかった。
けれど、ミレディが言うのであれば真実なのだろう。
300年の間、目的の為に彼女は様々な騒乱を引き起こしてきた。
ソウルライトの収集。生き血の収集。教会の拡大。
そんな目的の為にギルの故国は滅ぼされ、フレンの家族は殺され、ローラは生贄に捧げられそうになった。
おそらくブルームの家族は、そんな騒乱の被害者だったのだろう。
──つまり、ラスボスを倒すことはリオたちの宿願であるのと同時に、ブルームの悲願でもあったわけだ。
◇
「狩魂術──『|Death is the great equalizer.《死は一切を平等にする》」
最大出力で刃を拡張した『死神の大鎌』を叩きつける。
ミレディ相手に勝機があるとすれば、最初の奇襲が一番可能性が高い。
『死神の大鎌』は首に当たれば誰であれ殺せる即死の刃。
不老不死の吸血鬼であろうと例外ではない。
しかし、ラスボス様相手にそんな都合の良い展開にはならなかった。
「『石壁』」
ミレディの前に巨大な石の壁が立ち上がる。大鎌をぶち当てると、石壁は砕け散る。
しかし、向こう側にいるミレディは無傷だ。
「カカッ! 無機物に対してもこの破壊力か。あの殺戮兵器が破壊されたのも当然じゃの!」
やはり、あのロボットはコイツの差し金だったか。
俺はミレディへの殺意をさらに高めながら再び大鎌を構える。
「『石壁』」
「……『死神の猟犬』」
ミレディの扱っている石壁には大きな弱点がある。
巨大な石壁は展開すると自らの視界をも遮ってしまう。
それに、ウォールの障壁とは異なり自由度が低く動かせない。
いくら正面の守りが強固でも、側面から突けばあるいは……。
俺の召喚した3匹の猟犬が一瞬にしてミレディを取り囲む。
そして、同時に突撃。
「『石壁』」
「ッ……!」
ミレディの四方に新しい石壁が出現した。それらは寸分たがわず猟犬たちの体を下から貫く。
断末魔を上げた猟犬たちが霧のように消え去る。
普通の人間ならあり得ない反応速度だった。
「……透視?」
「そうさな。お主の霧を相手に対抗策を用意しないのは愚者のやり方じゃ」
交渉しに来たと言いつつ、ミレディは完璧に俺との戦闘に備えていたようだ。
俺は歯嚙みしつつ思考を巡らせる。
彼女のソウルライト、『奪取』の弱点は事前準備が必要な点だ。
奪った能力は相手を殺した後1日程度しか行使できない。突発的な戦闘の時に『奪取』した能力が有効でなければそのまま敗北する可能性がある。
しかし、聖王国の最高権力者たる彼女はその権力を用いて敵の能力を分析し尽くした上で戦いに挑む。
盤石な地盤の中にあっては『奪取』の弱点などあってないようなものだ。
今回も周到な準備の上で俺に接触してきている。
まさか、ラスボス様が俺の為にここまで力を尽くしてくるとは……。
頭を巡らし打開策を練るが、光明は見出せない。
透視と石壁以外に手札があってもおかしくない。
迂闊に攻め込めば思わぬ反撃をもらいかねない。
「こないのか? それなら、今度はこちらの番じゃ」
足元が激しく揺れ始める。すぐさま横に飛ぶと、地面がまるで槍のようにせりあがってきた。
「ッ……」
地面に転がり辛うじて回避。態勢を立て直した時には、ミレディの赤い瞳がすぐそばまで接近していた。
「ふんッ!」
達人の如き俊敏さで振るわれた鈍器が俺の腹部へと直撃した。
内蔵を全部吐き出してしまいそうな衝撃。
俺は激しく吹き飛ばされる。
「ゴホッ……」
「カカッ……ワシのメイスの威力はどうじゃ? コイツならお主の貴重な血を失うことなく無力化できるじゃろ」
ミレディは片手剣程度の大きさの鈍器を手にして得意げに笑った。
ああ、やはりコイツは最強キャラだ。
能力の多彩さだけでなく、身のこなしまで化け物。
吸血鬼の身体能力は極めて高い。
また、ミレディは身のこなしも300年の間習熟し続けている。
『奪取』で得た力を抜きにしても最強格だ。
「……調子に乗るな」
激しい痛みを受けても、俺の中の闘志は全く衰えなかった。
本来のブルームの意識と溶け合った俺の中には、仇たるミレディへの殺意が未だ激しく渦巻いている。
身体の動きはかつてないほどにキレがいい。
感情の昂りは魂の輝きを加速させ、能力を向上させている。
「フム……そのソウルライト、やはり妙じゃな。死神の恩寵か? ──まるで魂が2つあるかのようじゃ」
「……」
ミレディの言葉はほとんど俺の耳には入ってこなかった。
再び鎌を構えて突進。足元から迫りくる石壁をサイドステップで回避し、首へと振り下ろす。
しかし、切っ先へとピンポイントで突き出したメイスに阻まれる。
「カカッ! やはり欲しいな。その特異なソウルライト、興味深い!」
「……」
反撃のメイスが頭を掠める。
俺は一度下がって態勢を立て直した。
「……生きているのに飽きたならそう言えばいい。私が間違いなく殺してあげる」
「ほう、分かったような口を利くな? ……不愉快じゃ」
ミレディの表情がわずかに変わった。
遊びを楽しむような顔から、狩人の目へ。
「どうせ切るんじゃ。手足の2本くらいは飛ばしてよいか」
先ほどまでと構えが違う。
ミレディは右手をピストルのような形にして俺に向けてきた。
「『ブラッドスピア』」
指先から飛び出した血の槍が高速で俺へと襲い掛かる。
「ッ……」
咄嗟に横に転がり回避する。
しかし、回避した先から土壁がせりあがってきた。
「ぐっ……」
足元から押し上げられた俺の体は空中へと投げ出される。
すかさず追撃の血の槍が飛んでくる。
俺は『死神の大鎌』を振って辛うじて血の槍を弾き飛ばした。
「おお、よく舞うの。しかし、ワシの弾は尽きぬぞ?」
ミレディは俺にも見えるように血液の入ったボトルを手にすると一気に飲み干した。
やはり、吸血鬼に必要不可欠な血のストックは常に手元にあるようだ。
本来ソウルライトにあったはずの弱点を潰されている。
相手の手札が増えるのに対して俺ができることは1つだけ。
近づいて、斬るのみ。
「……上等」
ミレディへと一直線に駆け出す。
すぐに血の槍と土の壁が襲い掛かってくる。
先ほどまでのように大袈裟な回避はしない。
致命傷のみを避け、ミレディの元への接近を試みる。
複数の血の槍が体を掠め、至る所に傷ができる。
鋭い痛みが体の動きを阻害する。
けれど、胸中から湧き上がる衝動に突き動かされた俺の足は止まらなかった。
「狩魂術──『|Death is the great equalizer.《死は一切を平等にする》」
大鎌を極限まで巨大化させ、ミレディへと振り下ろす。
「……カカッ」
ミレディの姿が搔き消えた。
次の瞬間、俺は背後からの激しい衝撃に倒れ込んだ。
「近接戦闘の備えが棒切れ1つじゃと思うたか? 甘いな」
「……」
地面に打ち付けられた頭がクラクラする。
ミレディがゆっくりと近づいてきているのが分かるが立ち上がることすらできない。
ああ、こんな中途半端なところで終わるのは嫌だな。
まだ彼らの行く末を見届けることができていない。
足に力を籠め、なんとか立ち上がろうとする。
しかし、まるで自分の体ではないかのように言うことを聞かない。
ガクガクと震えるばかりの足は思うように動かない。
ミレディが血の槍を展開し、倒れる俺へと向けてくる。
ああ、せめて一思いに殺してくれないだろうか。
そんな諦めが頭によぎった時、ふと声が聞こえた。
『──自分の魂の輝きに目を向けて。あなたが言ったことでしょう?』
それは俺の体内から──魂の奥底から聞こえているように思えた。
目を、向ける。
己の内面に、魂に、改めて目を向ける。
そうして、俺は初めて俺自身の魂に目を向けることになった。




