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第30話 復讐を

「そうは思わんか。『白霧の死』。死神の契約者、ブルームよ」


 この世界に来てから、これほど体が震えたことはなかった。

 目の前の女から放たれる途轍もない威圧感に足が竦む。


 聖王国の最高権力者、大司祭ミレディ。

 その正体は絶滅したはずの伝説の種族、吸血鬼の生き残り。


 全くの予想外だ。

 ソウライのラスボスが、俺の目の前に立っていた。


「どちらさま?」


 すっとぼけて問いかける。

 答えは分かりきっている。


 ウェーブを描く金髪と不気味な赤い瞳。

 見事な曲線を描く肢体と造り物の如く整った顔。

 喪服のように真っ黒なドレスが彼女の妖艶な美しさを引き立てている。


 こんな特徴的な奴は2人といない。


 俺の言葉を聞いて、彼女はひどく愉快そうに笑った。


「カカッ……ワシとしたことが、望外の出会いに喜ぶあまり自己紹介すら忘れておったの。ワシの名はミレディ。ヴァンガード教会の者じゃ」


 古風な喋り方で話す彼女だが、その見た目は20程度の若い女にしか見えない。

 当然だろう。多くの生き血を吸った吸血鬼の肉体は劣化することがない

 ほとんど不老不死と言っていい存在だ。


「今日の用事はスカウトじゃよ。お前さんの優秀さを見込んで、契約を結びに来た」

「……」


 てっきりすぐに攻撃されるかと思った。

 俺がミレディの派遣した黒牧師を殺したことは知られているはず。


 契約、などと言われるとは思わなかった。

 ミレディが何を考えているのか分からない。

 俺は黙って相手の出方を待つ。


「お前さんは冒険者ギルドで様々な仕事を請け負っておるじゃろう? 同じように教会の仕事を受けて欲しいんじゃ」


 俺が黙って話を聞いていると、彼女はどんどんと言葉を続ける。


「教会はちょうど人員を喪ったばかりでのう。ウォールと名乗っていた老人じゃが、コイツがまたツメの甘い奴じゃった。50年近く拗らせた慢心でコロッと逝きおった」

「……つまり、私に黒牧師になれと?」


 いつまでも迂遠な物言いをする彼女にしびれを切らして、俺は口を開いた。

 ミレディは俺の反応を見て「カカッ」と笑った。


「その通り。話の早い奴は好きじゃよ」

「イヤだと言ったら?」

「契約が変わるだけじゃ」


 事もなげに彼女は言う。


「おぬしの意思がどうであれワシに貢献してもらうのは一緒じゃ。おぬしの意思でワシに従いエージェントとなるか、さもなくば意志なき道具としてワシの所有物になるか。道は2つに1つじゃ。もちろん、エージェントには働きに相応しい報酬を与えよう。道具には何もないがの」


 ああ、この相手に人権を認めていない感じ。

 まさしくソウライのラスボスたるミレディだ。


 吸血鬼たる彼女は人間を見下し、決して対等な存在だと認めない。


 人情や絆に頼らない彼女が人間と繋がる方法は2つ。

 合理的な契約と、権力や暴力による支配だ。


 そうやって教会を支配し続けて、彼女は300年間を独りで生きてきた。


「あなたの言う報酬とは何?」

「──ワシに与えられるものならなんでも。ワシはお前さんの能力を買っておる。国でも人でも構わん。殺したい人間がいれば好きに殺せ。ワシは己の野望が叶えば他はいらん」


 それはあながち嘘でもないのだろう。彼女は『私を王にしろ』と言ったら本気でそうする気だ。


 そもそも、ミレディの野望──吸血鬼の復活が実現したなら、人間の国家は既存の形を保つことができない。


 吸血鬼の支配する世界において、人間の国など大きなペットケージ程度の意味しかない。

 原作において、リオグレンはそういったバッドエンドの平行世界を観測している。


「さあ、ワシは最上の条件を出した。答えを聞こうかの、『白霧の死』。協力者となるか、道具となるか。道は2つに1つじゃよ」


 ミレディの赤い瞳が俺をじっと見つめている。

 少しの間、俺は目をつむって思考を巡らせた。


 ミレディに会った時から、抑えがたい衝動が胸のうちから溢れている。

 それは激しい復讐の念。殺意だ。


 おそらくこれは、本来のブルームの意識から生じたものだ。

 死した彼女の想いが、魂が、この体に残滓として残っている。

 ミレディと出会い、話をしたことがきっかけで、再び活性化したのだろう。



 ──たとえ世界がどうなっても、復讐を成し遂げたい。



 きっと本物のブルームならそう言っただろう。

 だからこそ原作の彼女はヴァンガード教会の黒牧師として活動していた。

 教会が彼女の仇を見つけ出してくれることを信じて。


 けれど、俺は既に知っている。

 俺は、俺と彼女の答えを告げる。


「私には、絶対に殺したい相手がいる」

「ほう?」


 俺が報酬の話を始めたと思ったらしい。ミレディが赤い目を光らせる。


「そいつは私の家族を皆殺しにした。私の人生はその仇を討つために捧げられた──捧げられていた」


 魂の奥から彼女の──ブルームの叫びが聞こえる。

 魂にこびりついた復讐者の渇望が、俺へと訴えかけてくる。


 復讐を! 復讐を! 復讐を! 


「それでは、おぬしが仇を討つ手助けをしてやろう。教会の人手も使いお主の仇を必ず見つけ出し、復讐を最大限手助けしよう。報酬はそれでどうじゃ?」

「ああ、最高の条件をありがとう」


 胸が高鳴る。興奮のあまり手が震える。

 どうやら、思っていた以上にブルームと俺の魂は混ざり合っていたようだ。


 興奮を必死に抑えながら、俺はミレディに宣言した。



「──じゃあ大人しく死ね、私の怨敵」


『死神の大鎌』を取り出す。

 俺は知っている。

 目の前にいる女は、ブルームが何よりも追い求めていた復讐相手だ。


「狩魂術──『|Death is the great equalizer.《死は一切を平等にする》」


 かくして、不死者をも殺す死神の刃が振り下ろされた。

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