第29話 接敵
「ローラ。あなたの両親について、どう思う?」
聖王国への遠征を決行する前、俺はローラに対してこんな問いを投げていた。
正直なところ、この問いは少々無神経なものだったと思う。
ローラは実の両親に生贄に捧げられそうになり故郷から逃げて来た。
親に捨てられたも同然だ。
そんな少女に素知らぬ顔でこんな問いを投げかけるのは残酷と言えよう。
案の定、俺の言葉を聞いたローラは複雑な表情をしていた。
ただ、今後の展開を考えると彼女はこの問いに向き合う必要がある。
うーん、胸が痛い……。
ローラはしばらくの間考えた後に返答を口にした。
「お父さんとお母さんは……多分もう会うことはないけど、私の大切な人だよ」
「会いたい?」
「会いたくないわけじゃないけど……でも、一緒に暮らすのはもう無理だから、会いたくない、かも……」
ローラは寂しそうに呟いた。
「──もしあなたの両親が殺されそうだったら、助けたい?」
「え……? それは、もちろん」
戸惑いながらも、彼女はハッキリと頷いた。
予想していた答えだが、彼女の口から聞けて良かった。これで俺も覚悟を決められる。
「変な質問してごめん。答えてくれてありがとう」
「ううん。ブルームちゃんが聞いてくるってことは、きっと大事なことだったんでしょ。私の知らないこといっぱい知ってるもんね」
俺は何も言わずただ小さく頷く。
そんな俺の顔を見たローラは、おずおずと尋ねてきた。
「……ねえ、もしかして私のお父さんとお母さんに何かあったの? 何か知っているの?」
「違う。もしかしたらって話。あまり気にしないで」
そう、気にすることはない。
俺の知っている未来は訪れないのだから。
◇
今回の俺の目的。それはローラの両親の誘拐だ。
……いや、別に俺が推しが好き過ぎるあまりご両親を手中に収めたいとかそういうわけではない。
次に襲来する黒牧師──『クリミナル』はローラの両親を人質に取るのだ。
「コイツらを殺されたくなければ大司教の元へと来い」などと卑劣な脅しをしてくる。
ローラが応じないと見ると目の前で母親の指を一本一本切り落としていく。
「もうやめて」と泣き叫ぶローラを傍らに、リオたちは卑劣な敵と戦うことになる。
原作ではその時のローラの絶望の表情はやたらと気合の入った作画だったな……。
だから俺が先に誘拐する。
あのイベントまではもう少し期間があるはず。今ならまだ間に合うだろう。
攫った後は……適当に聖王国から遠い所に放り投げておけばいいだろう。
一読者として、俺はローラの両親にはあまり好感を持っていない。
彼らはヴァンガード教会の聖職者の言うことを鵜吞みにして、ローラを生贄に捧げようとした。
そしてローラを助け出したリオを追いかけ、殺そうとした。
おそらく聖王国の中では至極当たり前の行動なのだろう。
教会の言うことは絶対。聖職者には絶対服従が常識の国だ。
彼らが娘を愛していなかったわけではない。
それでも、俺は彼らへの嫌悪を拭うことができなかった。
ちなみに同じような立場であるリオの両親のことは気にしなくていい。
2人はリオグレンという背教者を生み出したことで町民から集団リンチに遭い死亡している。
生贄という神聖な役目を授かったローラと彼女を連れ出したリオでは全く立場が違うのだ。
聖王国、治安が終わっているかもしれない。
良くも悪くも信仰が強すぎるのだ。
◇
聖王国内部へは夜のうちにコッソリと侵入した。
人に見られないように移動する際には、やはり夜間行動が最適だ。
あらゆる状況において明瞭な視界を確保できる『死神の眼』は推しカプ観察だけでなく夜間の活動にも役に立つ。
おそらくこちらが本来の用途である。
周囲に見えるのは牧歌的な村ばかりだが油断は禁物だ。
ここはヴァンガード教会のお膝元、つまりは敵地である。
「……やっぱり見回りはいるか」
夜の村は灯りがほとんどない。
しかし、よく見れば物見台の上では煌々と灯りが輝き、見張り人の姿が見られる。
敵襲があった際にはすぐに発見できる体制だ。
俺の目的地であるアレル町でも警戒体制は変わらないだろう。
「……急ごう」
俺は足を動かす速度を早めた。
聖王国において最も警戒するべきは聖騎士でも黒牧師でもない。
ラスボスの目に触れることだ。
原作でも最後までその手段は明らかにされなかったが、ミレディは聖王国の全域を監視している。
そして国内であればミレディはすぐに移動してくる。
俺がここにいるのがバレると、最悪いきなり彼女に接敵することすらあり得るのだ。
ミレディの強さはこの世界でも最強と言えよう。
『奪取』というチートそのもののソウルライト。そして、300年の間に蓄積した知識と道具。
『死神の大鎌』さえ届けば彼女を殺すことは可能だろうが、おそらく今の俺の実力では不可能だ。
今の俺にできることは彼女に見つからないようにコソコソと目的を達成することだけ。
まあ原作の描写を見る感じだと、戦闘さえしなければ大丈夫だろう。
「……あれか」
夜の聖王国を走ること数十分。
原作で見覚えのある街並みが見えてきた。
アレル町。聖王国の片田舎にある平凡な町であり『Souls light nobly』という物語がはじまった場所だ。
とりあえず、人に発見されないように行こう。
「『死を告げる霧よ』」
いつもより抑え目、自然に発生してもおかしくない程度の霧を発生させる。
そして俺は、手早く見張り台の上へとジャンプした。
「おやすみ」
見張りの衛兵を後ろから殴りつける。
頭部に激しい衝撃を食らった衛兵はその場に倒れ込んだ。
……よし、この様子なら朝まで起きることはないだろう。
自分が何故気絶したのかすら分からないはず。
見張り台の上から町並みを眺めて目的地を発見する。町の南端……ということはあそこだろう。
赤い屋根の家に狙いを定めて見張り台から飛び降りる。
後はローラの両親を気絶させて運び出せば任務完了だな。
──後から振り返ればこの時の俺は油断していたと言えよう。
原作知識という自分のみが持つアドバンテージ。それを過信していた。
ウォール戦の時に見覚えのないロボットに襲われた段階で気づくべきだったのだ。
俺という存在によって、この世界は違った未来を辿っているのだと。
「──良い夜じゃな」
霧の向こうから、誰かの声がした。
全身の毛が逆立つような感覚。
その声は、霧の中にも関わらず真っ直ぐにこちらへ歩いてくる。
「雲1つない満月。かのライカンスロープが生きておれば、喜んで人狩りに赴いたじゃろう」
それは信じ難いほどの美女の姿をしていた。
身を包む豪奢なドレスに見劣りしないほどの美貌だ。
艶のある金髪。夜闇の中でもキラキラと輝く赤い瞳。口から覗く犬歯は鋭い。
今や伝説上の存在となった吸血鬼。
その最後の生き残りが、俺の前に立っていた。
「そうは思わんか。『白霧の死』。死神の契約者、ブルームよ」
『Souls light nobly』におけるラスボス、ミレディがそこに立っていた。




