第28話 『保管庫』
「任務の進捗を報告せよ。黒牧師『クリミナル』」
大聖堂の地下室。大司教にして最後の吸血鬼であるミレディは目の前の水晶玉に向かって話しかけていた。
太古に作られた魔道具である水晶玉は遠隔との通話を可能にする。
と言っても、人間嫌いのミレディが直接会話をしようとする相手はごく少数だ。
先日任務に就かせた黒牧師ウォールなどは、最期まで一度も会話を交わしたことがなかった。
敬虔な信徒であれば、大司教であるミレディが神など信仰していないことが一瞬で見抜かれてしまうからだ。
「はいはーい。大司教サマの指定したターゲットの姿は確認したよ。でもあれは簡単に行きそうにないねえ。ギルとかいう男の警戒心が高い。表からも裏からも接触は難しそうだ」
水晶玉の向こうで話す女は、およそ聖職者とは思えない容貌をしていた。
着崩した黒の神官服。大きな舌ピアス。悪趣味な鎖のブレスレット。
髪は染めているのだろう。赤髪の中に別の色の髪が混ざっている。
「なんじゃ、その情けない報告は。凶悪犯の名が泣くぞ。あらゆる手を使って目標を達成するのがお前の長所じゃろうに」
「まあ、生死を問わずにってんならやり方はいくらでもあるよ。でも、生け捕りなんてワガママを言ったのは大司教サマじゃん?」
以前ウォールをも退けたリオたちを前にしても、クリミナルは決して自分が負けるとは思っていなかった。
無論、正面から戦えばクリミナルはアッサリと敗北するだろう。
ただし、手段を選ばなければ人間を殺すのは大して難しくない。
クリミナルは汚れ仕事のスペシャリストだ。
「『時戻し』に『覚醒者』、『白霧の死』まで生きて連れて来いなんて無理難題だって最初に言ったじゃん? ねえ、1人くらい殺して良くない?」
「だから、言ったじゃろう。1人でも生け捕りにして聖王国内まで連れて来いと。さすれば後は勝手について来る」
聖王国の最高権力者たるミレディに対して遠慮なく不平を漏らすクリミナル。
しかし、呆れたように返答するミレディに怒りのような感情は見られなかった。
「いや、そういうのはだいたい誘拐する段階でうっかり殺しちゃうんだって。前提を変えるか、戦力を増やすかしないとさ」
「ふむ」
ミレディは顎に手を当てて考え始めた。
クリミナルが分析した上で無理と言うのならおそらく誰にもできないのだろう。
「というか、大司教サマが自分でやればいいじゃん? アンタが世界で一番強いでしょ?」
半分冗談のようにクリミナルが言う。
彼女には、あまりに多彩な能力を扱うミレディのソウルライトは世界で最も強いものに見えていた。
かつて裏社会の頂点にいた彼女を一瞬にして平伏させたミレディの力。
クリミナルはその力の正体が『奪取』であると知らない。
いずれにせよ、思考に耽るミレディにはクリミナルの冗談は届かなかった。
「よかろう。策を練る。次の満月まで待て。それまで貴様は『時戻し』の監視を続けろ」
「おおー! さっすが、大司教サマ! それで、報酬は?」
「分かっておる。健康な女を10人じゃろ。『堕落の黒蛇』に送る」
「処女だからね! あいつら初物じゃないと満足しなくてさー。どうせ使ったらぶっ殺すんだから変わんねえだろってんのに」
「それも分かっておる。貴様らの下らんこだわりなどいちいち聞かせるでない」
確認を終えたミレディは通話を終えた。
それから3日後。満月の夜を待ってからミレディは地下室の『保管室』の扉を開いた。
『保管庫』の内部には概ね1m四方の容器が複数置いてあった。
どれも例外なく薄紫色の液体で満たされており、その中には手足の切断された人間が格納されていた。
根本からバッサリと切られた四肢からは出血もせず、元からそうであったかのように存在している。
ちょうど、人間がホルマリン漬けの動物を展示しているような光景だった。
「『占い師』は……これかの。50年前とは随分と味が落ちていそうじゃ」
『保管庫』から1つの容器を取り出したミレディは外に出る。
容器の中にいるのは人間の男だった。手足を切断され、口には得体の知れない装置が付けられている。
──しかし、生きていた。既に瞳に光はなく、体を動かす筋肉すら残っていない。
理性はとうの昔に崩壊していた。
生きているというより生かされていると言う方が正しい状態だ。
彼はただ、今この時ミレディに生き血を吸われる為だけに生かされていた。
ミレディが犬歯を立てて青白い首筋に嚙みつく。
50年の間瀕死だった男は、血を吸われるとすぐに息絶えた。
すると、ミレディの赤い瞳が煌々と輝きだした。
彼女のソウルライト──『奪取』が発動した証だ。
血を吸い殺した相手のソウルライトを行使できる力。
彼女はゆっくりと手を前に出して『占い師』のソウルライトを発動した。
「……月よ。我に未来を示したまえ」
満月の夜のみ、一時的に未来を視ることができる力。
ミレディの視界が一瞬だけ切り替わる。
満月の夜、霧の深い町の中に人影がある。
目を離せば消えてしまいそうな華奢な体、白霧にまぎれそうな銀髪。体躯に似合わぬ巨大な鎌。
もたらされた未来視の光景に、ミレディは思わず笑みをこぼした。
「カカッ。飛んで火にいる夏の虫、と言ったところか。面白い。──これなら、『白霧の死』を我が『保管庫』に加えることができるやもしれん」




