第27話 遠征の下準備
帝都の端にある酒場で、ギルは1人カウンター席に座っていた。
テーブル席にはそれなりの数の客が座っているが、地味な服に身を包む彼に目を向ける者はいない。
ギルは安っぽいジョッキを傾けてエールを飲んでいた。
しかしその顔に酔った様子は見られない。
酒場は情報の集う場所だ。様々な人が訪れ、酔いの勢いで漏らしてはならない情報を漏らしてしまう者も珍しくない。
ギルのように情報を集める者にとっては好都合だ。
「でよお、お偉い騎士様がよお……」
「あそこの娼館だと、ケティって娘が……」
「南の方だと連日の豪雨で……」
……今日もハズレだな。
耳に入ってくる情報を精査して、ギルはため息をついた。
この酒場にいれば、帝国内部の情報はかなり入ってくる。
しかし外国──特に聖王国の情報は全くと言っていいほど入ってこなかった。
やはり、外国の情報を入手するにはツテを辿った方がいいか。
知り合いの行商にでも声をかけるか。
ギルはそんな風に考えながら酒に口をつけた。
酒に強いギルが酔いに溺れることはない。祖国が滅びて以来彼が本当の意味で酔ったことはない。
ただ、少しばかり思考が鈍化し、世界がスローになったように感じる。
この感覚が彼は嫌いではなかった。
ふと顔を上げると、先ほどまで誰もいなかった隣の席に誰かが座っていた。
ギルはその人物を見て驚きに目を見開いた。
「ブルーム……?」
酒場に似つかわしくない少女が、高い椅子にちょこんと座っていた。
彼女はいつもの仏頂面でこちらを見ている。
「情報収集は順調?」
「……なんで俺がここにいるって分かったんだよ」
相変わらず底の知れない少女だ。
ギルは内心寒気を覚えながら酒を飲む。
「店主。彼と同じのを」
「ダメだよお嬢ちゃん。うちは寛容な店だが、小さな女の子に酒を出したと知られたら世間に顔向けできないよ」
「……」
手慣れたように酒を注文しようとしたブルームだが、あえなく断られてしばらく固まっていた。
たしかに彼女の貫禄は大人顔負けだが、飲酒できる年齢にはとても見えない。
冴えているんだか抜けているんだか分からない奴だ、とギルは呆れた目を向けた。
結局水の入ったグラスをもらったブルームは、前を向いたままギルに話しかけてくる。
「ここだと聖王国の情報は得られないでしょう」
「……ああ、そうだな。別の方法を考えようと思っていた」
その言葉を聞いたブルームは小さく頷くと、懐から一枚のメモを取り出して渡してきた。
「この男に接触するといい」
メモには1人の行商の情報が簡潔に書かれていた。
名前、仕事、住所。それに普段使っている酒場などだ。
「これは聖王国に出入りする商人か? ありがたいが、どこで知った?」
「秘密」
少女は表情を全く変えない。
相変わらず読めない奴だ、とギルは内心不気味に思う。
彼女が存外人間らしい感情を持っていることは、少なくない交流から分かっている。
しかし、時折見せる得体の知れなさには未だに恐怖を覚えることがあった。
「ただ、接触して情報を聞き出せたなら、私にアレル町の場所を教えて欲しい」
「なに?」
「私に必要な情報。お願い」
彼女が頼み事だなんて本当に珍しい。
そう思ったギルは少し踏み込んでみることにした。
「町の場所を知ってどうするんだ?」
「やることがある」
いつも以上に言葉が少ない。また何か秘密があるのだろう。
ギルはため息をついて一応助言した。
「前も言ったが、フレンを悲しませることはするなよ? まあ、お前に何言っても無駄かもしれんが……」
「……分かっている」
意外な反応だな。
ギルがブルームの様子を見ると、彼女はどこか遠くを見ていた。
どうやら何か心境の変化があったらしい。
そんな彼女を珍しく思いながら、ギルは酒を一気に呷る。今回の酔いはいつもより心地良いものだった。
◇
ようやく1人になって落ち着く時間ができた。騒がしいのもいいが、やはりこちらの方が落ち着くし思考も纏まりやすい。
さて、原作一巻におけるボスであるウォールを倒せたことだし、これから起こる原作二巻のイベントについて整理しておくか。
二巻で登場する黒牧師……本人の能力はともかくとして、彼女が引き起こすイベントについては俺の方から介入した方がいいだろう。
あれはソウライでも屈指の鬱イベントであり、胸糞イベントである。
推しの悲しい顔を見たくない1推しカプ厨としては、このイベントはぶっ潰してやりたい。というか絶対ぶっ潰す。
となると、行かなくてならない。
ラスボスのお膝元、敵の本拠地である聖王国に。
ギルの協力によって、アレル町の場所は判明した。
後は俺があそこに乗り込むのみ。
しかし、その前に俺は壁を1つ乗り越えなければならないだろう。
……いやあ、しかし気が重い。
でもなあ、ギルにも「フレンを泣かせるな」って言われたからなあ……。
「フレン、ちょっと話がある」
「はい、なんでしょうか?」
覚悟を決めて話しかける。
フレンはいつもの明るい調子で応えてくれた。
「数日の間、ちょっと出かけてこようと思う」
俺の言葉を聞くとフレンは意外そうな声をした。
「ブルームさんからそのような言葉を聞けるとは……ところで、どちらに?」
「聖王国」
「……もしや、1人でヴァンガード教会について探ろうとしているので?」
フレンの瞳が鋭くなる。それは怒っているというよりも心配していると言った様子に見えた。
「今回は教会と直接関わる気はない」
俺の計算通りに行けば、今回はほぼ戦闘ゼロで終わることができるはずだ。
ちょっと人を攫ってくるだけだからな。
「そこはあまり信用できませんが……」
フレンは相変わらず俺の言葉を信用していないようだ。
いったいどうすれば信用してくれるのだろうか……。
俺は頭を抱えそうになったが、どうやら彼女はそれ以上問いただす気はなかったようだ。
「ですが、分かりました。せっかくブルームさんが事前に伝えてくださったのですから、止めるようなことはしません。……ただ、危ないことはなるべく避けてくださいね?」
「努力する」
俺の言葉を聞いたフレンは、「本当でしょうね?」という疑いの目を向けてきた。
この信用の無さはいったい……?




