第23話 ずっと見守っていた
久しぶりにグッスリと眠った気がする。
まるで前世で自宅のベッドで寝ていた時のような気分だ。
この世界のベッドはお世辞にも質が良いと言えないものも多い。
安眠できないことも珍しくなかった。
けれど今は、熟睡した時特有の充足感があった。
頭の下の柔らかい感覚。
のんびりと温かいふわふわとした感触。
驚くほどの安心感。
微睡みの中で、俺はぼんやりと目を開けた。
「ブルーム、さん……」
最初に目に入ったのは、俺を見下ろすフレンの顔。
その眼から涙がぽろぽろと零れ落ち、俺の頬へと着地する。
「……フレン?」
「良かった、ようやく目が覚めたのですね……」
どういう状況なのかしばらく分からなかった。
なぜ俺はフレンを見上げている? なぜフレンの顔が俺の頭上に……。
もぞもぞ、と動くとフレンがくすぐったそうにする。
これは……もしかして膝枕……?
「……っ!」
ガバッと起き上がってフレンの元から脱出する。
しかし、彼女はすぐに俺の頭を掴むと膝枕へと戻した。
「すぐに立ち上がってはダメです。転んだらどうするのですか」
「……!?」
また天国のような寝心地に戻されてしまう。
「傷はもう痛まないですか? 傷口はローラさんが塞いでくださりましたが、痛みだけが残っている例もあります」
「大丈夫。だから起こして」
「喉は乾いていないですか? 血を失ったのですから水分が足りていないかもしれません」
「大丈夫。だから起こして」
「お腹は――」
「大丈夫。だから起こして」
フレンの様子がおかしい……。
俺は何度も起き上がろうとするが、そのたびにフレンによって膝枕に押し戻されていた。
そもそもどうしてこうなったんだっけ? 昨日はベッドで寝なかったのか?
「……」
ああ、そう言えばあの謎のロボット――原作ブレイク野郎にやられた傷で気絶したんだっけ。
もしかして、倒れてるところをフレンに介抱してもらったのか?
なんかダサくて恥ずかしい……。
勝手にふらりと出て行ってこうして戻ってきてしまった。
実家を出た兄が「金がない」と実家に帰ってきた、みたいな?
そんな感じの恥ずかしさだ。
「フレンが助けてくれたの?」
「そうですよ。大きな音がしたから何かと思えば、血塗れのブルームさんが倒れていて……あなたがあんな風に怪我をするところ、初めて見ました。もしかして、今までも血だらけになって戦っていたのですか?」
「そんなことは本当に全く全然ない。あれが本当に初めて」
今まで余裕だったのでアレが初めてだ。
そう必死にフレンに伝えたが、彼女はなぜか悲しそうな顔をして俺を見下ろした。
「そんな嘘、つかなくていいですよ……」
いや、全然嘘じゃないんだけど……。
なぜだ。さっきから意思疎通が全く上手くいかない。
いくら俺が口下手と言えどここまでのディスコミュニケーションは初めてだ。
「あなたの目的の邪魔はしない、なんて遠慮をしている場合ではなかったです。もっと早く気付くべきでした。私が……」
どうしよう、フレンがなにやら落ち込んでしまった。
こういう時、昔のフレンはどうすれば元気になってくれたっけ?
ええと……。
「……」
とりあえず、頭を撫でてみた。膝枕されているので下から頭を撫でる。不思議な気分だ。
「フレンが気に病むことなんてない。あなたはいつも清く正しい」
「また、私を甘やかすようなことを言って……」
フレンの落ち込んだ表情が和らいでいく。
同時に注意力もなくなったようだ。
俺は膝枕からするりと脱出した。
「みんなは今どうしてるか教えて?」
「ああ、そうでした。ブルームさんもあの戦いを見ていたのですね」
フレンは俺を膝枕に連れ戻すのを諦め、体勢を整えた。
「リオさんは命を落としかねない程の重傷でしたが、あの光が輝いた後、不思議と傷が治っていました。本当に、あれはなんだったのでしょう……」
平行世界の己と同期するということは、体の状態も一時的に健全な状態に戻るということだ。
もっとも、自分の意思で何度も発動できるほど便利なものではないのだが……。
「襲ってきた敵は?」
「あ、はい。リオさんの一撃によって黒牧師ウォールは死亡しました。彼と、ブルームさんを襲った謎の甲冑……? 以外に刺客はいなかったようです」
「甲冑はいい。忘れて」
「は、はい……」
あの原作ブレイク野郎のことは思い出すだけでイライラする……。
「ウォールが最期に残した言葉によって、敵の首謀者が『大司教』だと言うことが分かりました。大司教がローラさんの身柄を確保することに執着していることも……」
ああ、ようやくラスボスに辿り着いたか。
大司教ミレディは「Souls light nobly」におけるラスボス。俺を使い捨てにする予定だった女だ。
「ですので、リオさんと共に大司教を倒すことが今後の目標になりました。ギルさんの目的とも一致するようです」
その通りだ。ギルの祖国、連邦国を滅ぼしたのもミレディの策の一環と言える。
「まあ、みんな無事なら良かった」
リオが覚醒しないであの場で死ぬ世界線もあり得たからな。
「……ブルームさんは無事ではなかったですけどね」
何気なく言った言葉に、フレンは俯いた。
「あなたは、離れたフリをしてずっと私たちを見守ってくださっていたのですね」
「い、いや、全然そういうわけではない」
マズい、俺のストーカーが全部バレる!? 誤魔化さないと!
「あの時あの場所にいたのは通りかかっただけ。あそこに鉢合わせたのはたまたま」
早口でまくし立てる。
俺の必死の願いが叶ったのだろう。
ため息をついたフレンは、わざとらしいくらいに大きく頷いた。
「そうですか。……それなら、そういうことにしておきましょうか」
今回はなんとか意図が伝わったらしい。安堵のため息を吐く。
「あ、私は皆さんにブルームさんが起きたことを伝えてきますね! 皆さんも心配していましたから」
フレンが部屋を出て少しすると他の3人と一緒に戻ってくる。
真っ先にローラが駆け寄ってきた。
「ブルームちゃん、体はもう大丈夫!? とんでもない傷だったから治すのに時間かかちゃって……痛いところとかないかな!?」
「大丈夫。治療ありがとうローラ」
ウォールに連れ去られたはずのローラがここにいると安心するな。
しかし、まさか俺がローラの治癒魔法のお世話になる時が来るとは……。
リオはローラと同じように心配そうな表情。
ギルは普段とあまり変わらない無表情だ。
「リオ、なんか雰囲気変わった?」
「はは、それローラにも言われたよ」
リオに声をかけるとカラカラと笑って返される。
ソウルライトを覚醒させたリオは少し大人びた雰囲気をしている。一時的と言えど老成した己と同期したのだ。雰囲気が変わってもおかしくない。
もっとも、時間の経った今は平行世界の記憶は見れなくなっているはずだ。
リオのソウルライトが真価を発揮するのはリオの感情が昂った時のみ。特別なソウルライトと言えど、そこまで便利なものではないのだ。
「ムム……ブルームちゃんまでリオの雰囲気に気づいて……もしかして、新たなライバル?」
ローラが何やらブツブツ言っているが、全くの見当違いだ。
「ブ、ブルームちゃん、あなたにはフレンちゃんがいるでしょ! 余所見しないで!」
「何を言っているの?」
見当違いだって。




