第20話 決戦と覚醒
デイトロン大橋は帝国領と聖王国領を繋ぐ橋の1つだ。
そして、早朝ともなれば人影はほとんどない。
後ろ暗い仕事をこなした後のウォールにとっては好都合だ。
黒い神官服の上から外套を羽織ったウォールは、背中に大きな包みを背負っていた。
旅の荷物にしては大きすぎた。
年齢に見合わない頑強な体をしたウォールはそれをなんなく背負って歩いている。
中身は1人の少女だ。
「待て」
橋へと差し掛かろうとしたウォールを呼び止める声があった。
石造りの橋の中程に人影がある。
鋭い瞳でウォールを見つめるのはリオグレン。
その瞳には決して折れない強い意志があった。
「……来たのですね」
悲しみ、あるいは慈しみのような感情を表に出して、ウォールは呟いた。
「ローラを返してもらう」
「次に私の前に立てば殺すと言ったこと、忘れていませんね?」
「当然だ」
リオの瞳に迷いはない。
死が恐ろしくないわけではない。
リオグレンは少し前まで平凡な農家の少年だった。
痛いのはイヤだ。戦いはイヤだ。
でも、ローラを失うのはもっとイヤだった。
「また、若い魂を潰すことになりましたか……」
ため息を吐きながらもウォールは懐から聖典を取り出した。
ウォールにとってこの戦闘は結果の分かりきったものだ。
彼らでは障壁を突破できない。ウォールが負けることはない。
「オオオオオオオ!」
それでも愚直に剣を振りかざし向かってくるリオに、ウォールはもう一度ため息を吐いた。
ウォールの体を覆う障壁に剣が激突する。
しかし、無傷。
続けて二度、三度と斬りかかるリオだが、ウォールは未だ動くことすらしない。
『空間の断絶』に激突した剣から火花が散り、ウォールの視界を染める。
「愚直さは若者の特権ですが……少々愚かに過ぎるのでは?」
手を前に出し、目の前の少年を圧し潰そうとする。
その瞬間、ウォールは違和感に気づいた。
背中に背負っていた荷物の感触がない。
素早く振り返る。その視線の先には、包みを持ち去ろうとするギルの姿があった。
「――小賢しい!」
標的を変更し、攻撃障壁を飛ばす。
ギルの背中に大きな衝撃が走る。彼はその場に倒れ込み包みを落とした。
「チッ……俺のスリは王都じゃ誰にもバレなかったんだがな……」
「なるほど。私に勝てずとも『時戻し』を取り戻せればいい、ということですか」
「ああ。あいにく俺はリオほど若くないもんでな」
ギルは自らのすべきことを良く分かっていた。
勝利条件はウォールを打ち負かすことではなくローラを取り返すことだ。
もしも荷物まで防御障壁に覆われていたら負けだった。
ウォールが常に展開している障壁は自在に大きさを変えられるほど器用に扱うことはできない。
これはウォールが長年の鍛錬で完成させたカタチであり、消耗を抑える為に己の体をピッタリ覆う形で展開されている。
ソウルライトは熟達者になるほど最小限の力で最大限の力を発揮できるように改良されていく。
ウォールの常時展開の全方位障壁もまた、この例に漏れなかった。
「それと。俺はともかく、ソイツは本気でお前を倒す気みたいだぞ?」
ウォールが背後に衝撃を感じる。リオが再び斬りかかってきていた。剣は再び障壁に弾き返される。
「邪魔ですね」
ウォールは右手をリオに向ける。
しかし攻撃障壁を展開しようとした瞬間、予想外のものに視界を遮られた。
「『水よ、我が意に従え』」
フレンの詠唱が響くと、川から吸い上げられた水がウォールへと押し寄せた。
水は障壁に阻まれ、ウォールの体には届かない。
しかし、視界いっぱいを覆う水には目くらましには十分すぎる効果があった。
「ッ……!」
攻撃障壁を大きな面にして展開。水を押し返す。
その頃には既に視界内にリオの姿はなかった。
「……ということは、後ろ」
背後を振り返ると、そこには再度斬りかかるリオの姿があった。
その後ろには、再び荷物に手を伸ばすギルの姿。
「邪魔です」
剣を振り下ろすリオには、もはや何の反応もしない。
ウォールは右手をギルに照準を合わせて攻撃障壁を放った。
「グッ……」
包みへと手は届いたものの、ギルの体は再び吹き飛ばされた。
飛ばされたギルの指が引っ掛かり、包みの一部が剥がれる。
「ローラ!」
目を閉じたローラが顔を出し、リオがその名を呼ぶ。
「狙いが分かれば容易いことです」
つかつかと歩くウォールは、ゆっくりとローラの元へと近づいていく。
リオが嵐のような剣戟を加えるが、ウォールはもはや反撃することすらしなかった。
「クソッ……」
全力で攻撃しているのに相手にもされていない。
リオの胸が絶望に覆われていく。
ローラが魔法を使い水で視界を塞いだが、もはやウォールは反応すらしない。
真っ直ぐにローラの元へと歩くだけだ。
リオの剣を握る手に力が籠り、剣先はさらに勢いを増す。
しかし、ウォールの障壁が揺らぐことはない。
リオが奥歯をギリギリと食いしばる。
齢50近いウォールがソウルライトの研鑽につぎ込んだのは30年以上。
リオが生まれるよりずっと前からウォールは力を磨き続けていた。
届かないのは当然だ。
「ク、ソ……」
「目障りですね」
突然動きを変えたウォールに、リオは反応できなかった。
刺突型の攻撃障壁。
ナイフの如く尖った空間の断絶を押し込まれたリオは、腹部に大きな穴を開けてその場に倒れ込んだ。
「ガッ、ア……」
「リオさん!」
ウォールの無機質な瞳がリオを見下ろす。
フレンとギルが助けに入ろうとするが、到底間に合いそうにない。
リオの視界がチカチカと点滅する。
死に瀕した今の彼に攻撃を避ける余裕はない。
「では、宣言通りに死んでください」
「――リオッ!」
いつの間にか、目を覚ましたローラが、こちらを見ていた。
リオとローラの視線が交錯する。死に瀕するリオには、その時間が永遠にも思えた。
やっぱり、諦められない。
自分がこのまま死ねば、ローラも死ぬ。
心優しい少女が、顔も分からない相手に殺される。
おかしい。理不尽だ。ゆるせない。
ローラの手を取って村を出た時からその想いは変わらない。
ギリギリと歯を食いしばり、体に力を入れようとする。
『不屈』こそが己の強さだと信じ、魂から力を振り絞る。
しかし、瀕死の体にはもはや立ち上がる力すら残っていない――はずだった。
――その瞬間、血塗れのリオの魂に異変が起きた。
デイトロン大橋に、眩い光が輝いた。




