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第16話 ラクガキ

 次にリオグレンたちに差し向けられる刺客は黒牧師第六位階、ウォールだ。

 

 無敵の障壁の使い手。

 第六位階ということは、ハンターよりも格上の黒牧師だ。

 

 ウォールは俺――ブルームの力では絶対に殺せない。

 

 相性の問題だ。

 ウォールは自身の周囲に常に障壁を展開している。

 空間の断絶を形成することにより一切の攻撃を遮断する無敵の盾だ。

 『死神の大鎌』が真価を発揮するのは、生者に命中した時。

 命を刈り取り、この世との繋がりを完全に断ち切る。

 

 つまり、盾などで防いでくる相手には相性が悪い。

 

 普通の敵なら背後に回り込んで終わりだが、ウォールはそうはいかない。

 常に体全体を覆うようにして空間の断絶を形成する彼に、俺の攻撃は届かない。

 

 だからこれは、リオグレンたちの乗り越えなければならない壁なのだ。


 

 ◇

 

 

 フレンに泣かれないように穏便に去るにはどうしたらいいだろうか……。

 

 最近ずっと俺の頭を悩ませている問題である。

 推しの悲しそうな顔を見るのは悲しい。

 

 しかし、次の原作イベントは俺がいるとむしろ上手くいかないと思う。

 アレとか、アレとか色々……都合が悪いのである。

 だから、俺がフレンたちと別れるのは決定事項だ。

 

 というか、俺がいても何もできない。

 今回は4人の力で乗り越えてもらう他ないのだ。

 バッドエンドに辿り着かないことを祈るばかり。


 しかし、フレンのメンタルケアは……。


 ああ、そうか! ギルに頼めばいいんだ!

 

 ギルは色んな経験が豊富で、仲間の相談に乗ることもある。彼ならフレンが落ち込んでも上手いこと励ませるだろう。

 それに、これを機にギルとフレンの仲が深まれば……推しカプ成分がいっぱい取れるようになる。

 なんという一石二鳥……! 俺は自らの天才的なアイデアに感動してしまった。


 

 「断る」


 ここを去ることを伝え、フレンのメンタルケアを頼んだ俺に対して、ギルは冷たく返した。


「なぜ?」


 率直な疑問を口にして俺は首をかしげる。

 あまり素直ではない彼だが、仲間を大事に思っているのは明らか。

 

 なぜフレンのメンタルケアを断る?


 「俺の手には余る。というか、そんなにフレンが大事ならちゃんと傍にいてやれよ」

 「フレンの傍にはあなたたちがいる。私は要らない」


 俺の返答を聞くと、ギルはなぜか頭痛がするみたいに頭を抱えた。


「はあ……お前の自認がどうなってるか知らないけどよ……フレンにとってお前は家族みたいなもんなんだろ? 俺たちが代わりになるわけないだろ」

「家族……? それは違う」

 

 なんでそんな頓珍漢なことを言うんだ。

 フレンの家族は殺された両親。俺は一切無関係だ。

 

 そう思ってギルを見返す。

 しかし彼はいたって真剣な表情で言葉を紡いだ。

 

「――ちゃんと向き合えよ。生きている人間に」

「……」 


 思わぬ言葉に一瞬思考が止まってしまった。

 向き合う。生きている人間に、向き合う。

 


 ……いや、それは違うだろ。

 上手く説明できないけれど、それは違う。

 

 完全に言語化できないままに、俺は思いつくままに言葉を紡ぐ。

 

「――芸術的な絵画にラクガキがあったら、邪魔だと思わない?」

「……は?」


 既に完成している原作に余計なモノは不要だ。

 少なくとも俺はソウライの1ファンとしてはそう考える。

 

 「完成された芸術に私は不要」


 言語化して改めて自分の考えを自覚する。

 生きている人間に向き合う。

 それをするべきはこの世界に正しく生きるギルやフレンの役目だ。


 俺の好きな物語に、キャラクターに、俺の存在は必要ない。

 彼らに必要なのは彼ら同士の関係性だ。


 別の世界で死に、この世界に迷い込んだ俺を「生きている人間」と定義するのには違和感がある。

 

「……言っていることがよく分らんな」

「ごめん。自分でもよく分かってない。きっとあなたの言ってることの方が正しい」


 思ったより思考の整理が難しい。

 俺は彼に背中を向けて逃げるようにその場を去る。

 

 

 1人になった後で、俺はポツリと呟いた。

 

「……いや、推し(フレン)に俺は不要だろ」


 悩んだ末の結論はそれだった。

 俺という存在はこの世界の不純物だ。ラクガキだ。


 だから、この選択は正しいはずである。





 その男は、大司教の命を受けて帝国に辿り着いた。

 彼の任務は『時戻し』のソウルライトの持ち主、ローラを大司教の元に連れていくことだ。


 黒牧師第六位階、『ウォール』は穏やかな物腰の男だ。年の頃は50代か。

 言葉遣いも丁寧であり、偉ぶった様子もない。


 しかし、彼の着る特別な神官服は事情を知る神官に緊張感を与える。

 黒い神官服は黒牧師のみが袖を通すことを許された特別なもの。

 

 それは彼が教会の暗部を担うエージェントであることを示している。


「ウォール様、ようこそいらっしゃいました。お話は伺っております。こちらへどうぞ」

 

 ウォールの来訪を受け入れた教会においても、彼を見た神官は体を固くしていた。

 既に大聖堂から通達が来ていたのだろう。彼の寝泊まりする部屋は綺麗に整備されていた。

 これなら、彼が帝国内で任務を実行するのに支障はないだろう。


 設備を一通り確認したウォールは礼を言い、最後に礼拝堂を使わせて欲しいと言った。

 

「こちらが礼拝堂です。本国のものに設備は及ばないかと存じますが……」

「構いませんよ。ありがとうございます」


 卑屈に言う神官に、ウォールはにこやかに答える。

 ヴァンガード教会のほとんどは本国である聖王国に存在している。

 帝国内にポツンと存在するこの教会は、維持する人員も少ないだろう。

 

「それでは。主の恵みがあらんことを」

「主の恵みがあらんことを」


 神官同士の挨拶を交わして、神官はその場を去った。

 1人になったウォールは、礼拝堂をぐるりと見渡す。

 たしかに、礼拝堂には銅像や絵画の類がなく殺風景だ。

 

 「……いえ、むしろこちらの方が祈るにはいいかもしれません」

 

 そもそも、祈りに余計な雑念は不要。

 主の像の前に跪き、両手を胸の前で組み、ウォールは祈りを捧げる。


「天におわします主よ――」

 

 神との対話を試みるうちに、ウォールは自分の内心が整理されていくのが分かった。


 今回大司教から命じられた任務は1人の少女を聖王国に連れて帰ること。

 詳しい事情はウォールですら聞かされていない。


 言い換えれば未成年の拉致。

 客観的に見ればこの任務は悪だろう。


「主よ、教会に繫栄のあらんことを」


 しかし、ウォールの信仰に揺らぎはない。

 大司教の命令とは神の意志も同然。

 

「せめて、手荒にならないよう一瞬で終わらせましょう」

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