第6話:死の森の管理者と、究極のコンポスト作り
北の黒森の最深部。
そこは、生者が足を踏み入れれば数秒で肺が爛れるほどの高濃度な瘴気が渦巻く、現世の地獄と化していた。
騎士団長セラフィナは、大賢者の防毒マスク越しに荒い呼吸を繰り返す。
彼女の目の前には、この森の主にして諸悪の根源、死霊の王がその禍々しい姿を現していた。
「愚かな人間よ……我が領分に踏み入るとは。その命、我が軍勢の一部としてくれよう」
死霊の王が骨の指を振るうと、地面から無数のゾンビが這い出し、二人を取り囲む。
絶体絶命の状況に、セラフィナは蒼氷の剣――の代用品である予備の剣を構えた。
「アルヴィス殿、下がっていてくれ! こやつはSランク指定の化け物だ、私の魔力が尽きる前に撤退を……!」
「ああ、やっぱりここが臭いの元凶でしたか。生ゴミを放置しすぎですよ、これじゃあ近隣からの苦情待ったなしですね」
しかし、アルヴィスはゾンビの群れを見ても眉一つ動かさず、むしろ呆れたようにため息をついた。
「なっ……何を言っている!? これは死者の怨念だぞ!」
「いいえ、セラフィナさん。錬金術師の視点から見れば、これはただの『未分解の有機廃棄物』です。
もったいないなあ、これだけの量があれば、カフェの裏庭の家庭菜園が潤うのに」
アルヴィスは懐から試験管を取り出した。
中には緑色に発光する怪しげな液体が入っている。
「貴様、何をする気だ……?」
死霊の王が警戒の声を上げる。
「資源の有効活用です。最近、トマトの育ちが悪くて困ってたんですよね。ちょうどいい肥料が見つかってよかった」
「肥料だと……?」
「はい。新開発の戦術、名付けて『錬金術式・瞬間発酵促進』!」
アルヴィスが試験管を地面に叩きつけると、爆発的な緑の煙が周囲一帯を包み込んだ。
煙に触れたゾンビたちは、苦悶の声を上げる間もなく、ボロボロと崩れ去っていく。
それは浄化の光などではない。
猛烈な勢いで微生物による分解が進行し、彼らをただの土へと還していく現象だった。
「馬鹿な!? 我が不死の肉体が、土に還るだとォォォッ!?」
「土に還るのが自然の摂理ですよ。さあ、あなたも立派な腐葉土になって、美味しい野菜を育ててくださいね!」
「や、やめろぉぉぉ!」
死霊の王の絶叫が響き渡り、やがて静寂が訪れた。
煙が晴れた後には、黒く濁っていた森の地面が、ふかふかの芳醇な黒土に変わっていた。
瘴気は消え失せ、代わりに雨上がりのような土の匂いが漂っている。
「うん、最高級の腐葉土が出来上がりましたね! これなら来週のサラダバーは期待できますよ」
アルヴィスは満面の笑みで、元・死霊の王だった土を麻袋に詰め始めた。
その横で、セラフィナは剣を取り落とし、虚空を見つめていた。
「……世界の脅威が、肥料に……」
彼女の中で、何かが決定的に折れる音がした。
しかし、アルヴィスにとってそれは、ただの『上手な仕入れ』という小さな成功体験に過ぎなかったのである。
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【登場人物】
- 死霊の王: 北の黒森の主。Sランクの魔物だったが、アルヴィスにより即座に肥料化された。
【場所】
- 北の黒森(浄化後): 瘴気が晴れ、地面一帯が栄養豊富な最高級の黒土に変わった森。
【アイテム・用語】
- 錬金術式・瞬間発酵促進: アルヴィスが開発した新戦術。対象を一瞬で微生物分解し、良質な土壌に変える。対アンデッドにおいては最強の浄化魔法となるが、本人は園芸用だと思っている。
- 最高級腐葉土: 死霊の王とその軍勢が分解されてできた土。野菜が爆発的に育つ魔力を秘めている。




