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追放された宮廷錬金術師、辺境で開いたカフェがエリクサー飲み放題で大繁盛  作者: 無響室の告白


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第4話:汚れ落としとミルクの価値

北門前の広場は、不気味なほど静まり返っていた。


ほんの数分前まで、そこには都市ベルンを壊滅させるに十分な脅威――災害級指定魔物『ヴェノムヒドラ』が鎮座していたはずだ。


その巨体は毒の沼を撒き散らし、触れるもの全てを腐食させる絶望の象徴だった。


しかし現在、そこに広がっているのは、雲ひとつない青空を反射するほどピカピカに磨き上げられた石畳だけである。


「……な、何をしたのですか?」


警備騎士団長セラフィナの声は震えていた。


彼女の愛剣『蒼氷の剣』はヒドラの酸でボロボロに刃こぼれし、満身創痍の状態だ。


対して、彼女の目の前に立つ青年――アルヴィスは、エプロンに一滴の汚れすらついていない。


アルヴィスは手に持っていた霧吹き型の錬金具をポンポンと叩き、事もなげに答える。


「何って、清掃ですよ。油汚れもヘドロも、分子レベルで分解すれば水と二酸化炭素に戻りますからね。環境にも優しいんです」


「清掃……? あれが、ですか? 騎士団が束になっても足止めさえできなかった化け物を?」


「化け物? ああ、あの大きな汚れのことですか。確かに頑固でしたが、特製の洗浄液を三倍希釈で使ったので問題ありませんでした」


セラフィナは言葉を失う。


この男にとって、国を揺るがす厄災は『台所の頑固な油汚れ』と同義らしい。


その時だった。


「グルゥゥゥッ!」


ヒドラの消滅に混乱していた配下の魔物、体長2メートルはある『ポイズンウルフ』が、物陰から飛び出した。


主を失った暴走か、あるいはただの八つ当たりか。


狼の狙いはアルヴィスではなく、その背後で腰を抜かしている商人の馬車――正確には、その荷台に向けられていた。


「危ないッ! まだ残党が!」


セラフィナが叫び、剣を構えようとする。


だが、彼女の反応よりも早く、アルヴィスの表情が修羅の如く一変した。


「ああっ! こらッ! 那須高原直送のジャージー牛乳に何をするんですか!!」


ごぉぉぉんッ!!


重低音が響き渡る。


アルヴィスが腰から抜いた愛用の『ミスリル製フライパン』が、目にも留まらぬ速さでポイズンウルフの顎を捉えていた。


熱伝導率と強度が最高ランクのミスリルは、本来調理器具にするような金属ではない。


それが音速で叩きつけられた結果、哀れな狼は物理法則を無視した軌道で空の彼方へとカッ飛んでいった。


「……え?」


「ふぅ、危ないところでした。この牛乳がないと、今夜のホワイトシチューが作れないところでしたよ」


アルヴィスはキランと光る星になった魔物には目もくれず、馬車の方へ駆け寄ると、輸送用コンテナの温度計を真剣な眼差しで確認し始めた。


「運転手さん、揺れでバターになってないですよね? 品質チェックさせてください」


「は、はひぃッ! ど、どうぞ! 何でも持っていってくださいぃぃ!」


腰を抜かした配送業者が涙目で叫ぶ。


セラフィナはその光景を呆然と見つめていた。


単身でスタンピードを鎮圧し、騎士団を救った英雄。


しかしその英雄が守りたかったのは、都市の平和でも市民の命でもなく、ただの『牛乳』だったのだ。


(この人……常識の尺度が、根本から壊れている……!)



***



それから数十分後。


錬金カフェ『賢者の休息』の扉が開く。


「ただいま戻りましたー。いやぁ、少し遅くなっちゃいましたね」


アルヴィスが牛乳の入った木箱を抱えて店に入ると、店内は静まり返っていた。


ホールではリリアがお盆を抱きしめて震えており、カウンターではガランドが巨大な戦斧を構えて今にも飛び出そうとしていたところだった。


「て、店長……? 生きてるんですか……? 外、すごい音がしてましたけど……」


リリアが恐る恐る尋ねる。


「ん? ああ、ちょっと北門の掃除をしてきまして。大きなゴミが道を塞いでいたので、どかすのに手間取ってしまいました」


アルヴィスは笑顔で言いながら、牛乳を冷蔵庫(冷却魔石式)へと運んでいく。


「ゴミ……じゃと? 警報の魔力反応からして、あれはヒドラ級じゃったはずだが……」


ガランドが呆れたように斧を下ろす。


「ええ、少し粘着質なゴミでしたね。でも、おかげで新鮮な牛乳が手に入りましたよ! 今日のディナーは『ワイバーン肉のクリームシチュー』です。


滋養強壮にいいですよ」


「……カッカッカ! 違いない。お前さんの料理なら、死人でも生き返るわい」


ガランドは豪快に笑い、リリアはその場にへなへなと座り込んだ。


「よかったぁ……店長が死んじゃったら、もう『まかない』が食べられないかと思いましたよぉ……」


「縁起でもないこと言わないでくださいよ。さあ、リリア。ランチの片付けが終わったらディナーの仕込みですよ。今日は忙しくなりますからね」


アルヴィスは手を叩き、いつものように調理場へと向かう。


街を救ったという自覚は皆無。


彼にとっては、良質な食材を確保することこそが、何よりも優先されるべき『錬金術師の戦い』なのだった。



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【登場人物】

- ポイズンウルフ: ヴェノムヒドラの配下 / 牛乳を狙って返り討ちにあった魔物


- 配送業者: 北の街道から牛乳を運んできた御者


【アイテム・用語】

- ジャージー牛乳: 那須高原(とアルヴィスが呼んでいる辺境の牧草地)から直送された高品質な牛乳。アルヴィスが命がけで守った品。


- ワイバーン肉のクリームシチュー: 本日のディナーメニュー。ドラゴン肉の煮込みをアレンジした、滋養強壮効果の高い一品。

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