第3話:激闘、あるいは道端の清掃活動
辺境都市ベルンの北門前は、阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
「怯むな! 陣形を崩せば街が毒の沼に沈むぞッ!」
絶望的な戦況の中、声を張り上げているのは、この街の警備騎士団を束ねる女性騎士、セラフィナである。
彼女の眼前には、小山のように巨大な紫色の鱗を持つ多頭の蛇――災害指定魔物『ヴェノムヒドラ』が鎌首をもたげていた。
ヒドラが吐き出す猛毒のブレスにより、騎士たちの盾は飴細工のように溶かされ、地面は腐食して異臭を放っている。
「くっ……私の剣技でも、再生速度に追いつかない……!」
セラフィナの愛剣『蒼氷の剣』による斬撃も、ヒドラの圧倒的な生命力の前には無意味だった。
切り落とした首は瞬く間に再生し、嘲笑うかのように咆哮を上げる。
もはやこれまでか。
セラフィナが死を覚悟し、特攻を仕掛けようとしたその時だ。
「すいません、ちょっとそこ。邪魔なんで退いてもらえます?」
戦場にはあまりにも不釣り合いな、暢気な声が響いた。
「なっ……市民!? 何をしている、早く逃げろ!」
セラフィナが振り返ると、そこにはエプロン姿の青年――アルヴィスが立っていた。
片手にはなぜかミスリル製のフライパン、もう片手には奇妙な霧吹きのような容器を持っている。
「逃げる? なぜですか? この汚物が道路を塞いでいるせいで、物流が止まっているんですよ。営業妨害もいいところだ」
アルヴィスは心底迷惑そうに眉をひそめると、ヴェノムヒドラを見上げた。
「ギシャアアアアッ!」
ヒドラが新たな獲物を認め、猛毒のブレスをアルヴィスに向けて吐き出す。
「危ないッ!」
セラフィナが叫ぶよりも早く、アルヴィスは手に持った霧吹きをシュッと一吹きした。
「『錬金術式・分子分解洗浄』」
プシュッ、という軽い音と共に放たれたのは、ただの水ではない。
かつて王宮の実験室をピカピカにするためにアルヴィスが開発し、あまりの威力に壁ごと実験棟を消滅させて封印された『超強力洗浄液』のミストである。
霧がブレスに触れた瞬間、毒液は分子レベルで分解され、無害な水蒸気となって消滅した。
それだけではない。
ミストは勢いを殺さずヒドラ本体へと到達する。
「さて、頑固な汚れには二度吹きですね」
「ギ、ギギ……!?」
アルヴィスが無慈悲にレバーを引くと、ヒドラの巨体は『汚れ』として認識され、白く輝く泡に包まれた。
次の瞬間、断末魔を上げる暇もなく、災害級の魔物はキラキラとした光の粒子となって浄化――完全に消滅した。
後に残ったのは、綺麗に洗浄されてピカピカになった街道と、呆然と立ち尽くす騎士たちだけ。
「よし、道は開いた!」
アルヴィスは消滅したヒドラには目もくれず、その後ろで立ち往生していた荷馬車へと駆け寄った。
「おじさん! 牛乳! 今日の特選ミルクは無事ですか!?」
「あ、ああ……あんちゃんが助けてくれたのか? ミルクなら無事だが……」
「よかったぁ……! これがないと、新作のホワイトシチューが作れないところでした」
アルヴィスは心底安堵した様子で胸を撫で下ろす。
その光景を、セラフィナは開いた口が塞がらないまま見つめていた。
「な、何者なの……あの男は……?」
災害級の魔物を『汚れ』扱いし、一瞬で消し去ったカフェ店長。
その常識外れな実力を、街一番の実力者である彼女だけが目撃していたのである。
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【登場人物】
- セラフィナ: 警備騎士団長 / 蒼の騎士
【場所】
- 北門前: 都市ベルンの主要な出入り口。ヒドラの襲撃を受けたが、アルヴィスの洗浄により現在は不自然なほどピカピカになっている。
【アイテム・用語】
- 錬金術式・分子分解洗浄: アルヴィスが清掃用に開発した術式。対象を分子レベルで分解・洗浄する。生物に使うと即死級の攻撃魔法となるが、本人は頑固な汚れ落としだと思っている。
- 蒼氷の剣: セラフィナの愛剣。魔力を帯びた強力な武器だが、ヒドラの酸には耐えきれなかった。




