第1話 辺境のカフェと、飲み放題のエリクサー
「店長ーっ! Bランチのお客様、スープのおかわり要求です! 樽ごと持ってっていいですか!?」
辺境都市ベルン。
魔物の脅威に晒され、『大陸の掃き溜め』とまで呼ばれていたこの街の片隅で、狼獣人の少女リリアの元気な声が響き渡った。
厨房でフライパンを振るっていた青年、アルヴィスは呆れたように溜息をつく。
「こらリリア、樽はだめだと言っただろう。ピッチャーにしなさい。……まったく、どうしてうちの客はあんなに『栄養ドリンク』をがぶ飲みするんだ? 味も素っ気もないだろうに」
「ええー? だって店長、あれ飲むと指詰めちゃった冒険者のおじさんの指が生えてくるんですよ? そりゃ飲みますって!」
「指くらい生えるだろう。滋養強壮剤なんだから」
アルヴィスは首を傾げつつ、寸胴鍋の中で黄金色に輝く液体――世間一般では『完全回復薬』と呼ばれ、一滴で城が買える秘薬――をお玉ですくい、雑にピッチャーへ注ぎ込んだ。
彼にとってこれは、錬金術の工程で余った副産物であり、廃棄するのも勿体ないからランチセットのスープ代わりに無料で出している『ただの汁』である。
かつて、アルヴィスは王宮筆頭錬金術師だった。
しかし、彼の『効率化』と『自動化』を推し進めるスタイルは、伝統を重んじる古狸たちの逆鱗に触れた。
思い出すのは、数ヶ月前の王宮での出来事だ。
『貴様の錬金術は美しくない! 手作業の温かみこそが至高なのだ! 効率ばかり追い求める貴様など、この神聖な王宮には不要だ! 出ていけ!』
顔を真っ赤にして怒鳴り散らしたハゲ頭の男、錬金術師長ゾガン。
彼によってアルヴィスは着の身着のまま追放されたのだ。
(あの時はどうなるかと思ったけど……結果的には正解だったな)
アルヴィスは厨房から客席を眺める。
廃屋を錬金術で改築したカフェ『賢者の休息』は、今日も大盛況だ。
自動清掃ゴーレムが床を磨き、壁には空気清浄のルーンが刻まれているため、店内は常に清潔で快適な空間が保たれている。
「カッカッカ! おい坊主、今日も『特製ブレンド』をくれんか。
あれを飲むと、五十年前の古傷が疼かなくなるんじゃ」
カウンター席で豪快に笑うのは、常連客の老人ガランドだ。
白髪の好々爺に見えるが、その筋肉は妙に張りがあり、肌艶も現役の若者より良い。
「ガランドさん、はいどうぞ。ただのコーヒーですけど、カフェインの毒性は抜いてビタミン足しておきましたから」
「うむ! 相変わらず五臓六腑に染み渡るわい! ……ふんっ!」
ガランドが気合を入れると、彼が座っていた頑丈なオーク材の椅子がミシミシと悲鳴を上げた。
実は彼、引退した伝説のSランク冒険者なのだが、アルヴィスの店に通い詰めて若返り効果のあるコーヒーや菓子を摂取し続けた結果、全盛期以上の力を取り戻しつつある。
「店長! 今度はあそこの冒険者さんが『賢者のスコーン』食べて『魔力が溢れて止まらねえ!』って走り出しました!」
「またか。あれは腹持ちが良いだけが取り柄のお菓子なんだけどな……。まあいい、リリア、追加の焼き上がりだ。持って行ってくれ」
「はーい! まかない楽しみにしてまーす!」
尻尾をブンブンと振り回してホールへ駆け出すリリアを見送り、アルヴィスは満足げに頷いた。
王宮を追放された錬金術師は、まだ気づいていない。
自身が提供する『ランチのあまりもの』が、辺境のパワーバランスを崩壊させ、やがて王国中を巻き込む大騒動の火種になっていることに。
-------------------------------------------------------------------------------------
【登場人物】
- アルヴィス: 主人公/『賢者の休息』店長/元王宮筆頭錬金術師
- リリア: 『賢者の休息』ウェイトレス/狼獣人
- ゾガン: 王宮錬金術師長/アルヴィスを追放した張本人
- ガランド: 『賢者の休息』常連客/元Sランク冒険者
【場所】
- 錬金カフェ『賢者の休息』: アルヴィスが廃屋を改築して開いたカフェ。自動化が進んでおり、提供されるメニューは全て規格外の効果を持つ。
- 辺境都市ベルン: 魔境に隣接する街。『大陸の掃き溜め』と呼ばれていたが、カフェの影響で変化しつつある。
- 王宮: アルヴィスがかつて働いていた場所。回想で登場。
【アイテム・用語】
- ランチセット付帯エリクサー(飲み放題): アルヴィスにとっては『余り物のスープ』だが、実際は万病を治し四肢欠損すら修復する伝説の霊薬。
- 賢者のスコーン: 腹持ちが良いお菓子として提供されているが、魔力回復効果等のバフが付与された非常食。




