四話 最初の邂逅
何百、何千、何万どれほどの歳月が経ったかわからない私は何の因果かまた神の悪戯によって深い深い海底の世界で再び目を覚ました。体中には海藻が生え左足の関節も無くなっていた。だが私の体は朽ち果てることはなく私はこの蒼い世界では再び目を覚ました。
もう目覚めることはない、諦めていた人生が、私の崩れ落ちたはずの道筋が、また私の前に現れた。まだやり直してもいいと言われている様なそんな気がした。
海底は不思議と押しつぶされる様な圧迫感はなく体を纏う水は私を包み込む様に自然に、まるで水中であることを忘れてしまうほどに、まるで故郷に帰ってきたかの様な昔見た星空の様にとても とても美しい幻想的な風景が広がっていた。
外の世界の光を求めるような暗い暗い海底だけど不思議と寂しさはなくなんだがとても懐かしい気配を体全体で受け止める様に感じた。
海底には私の故郷があった。私が全てを止めてから完全に消えるはずだった町が、町は海に沈みなお未だに形を保っていた。最後に見た景色と変わらない人のいない、けれどとても懐かしい街並み、海底に沈んでなおそれは私を待っていてくれたのだ。人々の喧騒が聞こえる気がした。人々の喋り声、車の音、楽しそうに喋る子供達そんな情景が私の目には映っていた。町は私を待ってくれていた。私が起きることをきっとこの町は待っていてくれたのだと思う。私が起きた時寂しくない様に、ずっとずっと長い時間を耐え続けたのだ。海底に沈む町は美しく、御伽噺に出てくる海底都市そのものだった。
海底都市は私を迎えるその役目を終えて街を形作る全てが海水に溶けるかの様に崩れ始めた。形を保っているだけでも限界だったのだろう、未来へ繋ぐ役目を終えた都市は静かにゆっくりと崩壊を始めた。都市全体が役目を終えたかの様に少しずつ少しずつ歴史に消えて行くのだ。水の中にゆっくりと溶ける様に。
私は上へ上へと泳いでゆく、人類が滅んだ地球にはどの様な文明が形成されただろうか。愛を、日常を、友情を感じれる時代になっただろうか、外を歩いても大丈夫な時代になっただろうか、人々は幸せに生きているだろうか。
空は綺麗だろうか。
茶色地球を覆う雲は消え去っただろうか、自由に空を眺められる時代になっただろうか、光が見えた。空から差す明るい光が、海面に差し込みその光が私には見えた。できる限りの最速の速さで上へ泳いだ。沢山の魚群を通り過ぎ、無数の魚たちが陽の光を反射している。あともう少しで水面かというところだった。巨大な、私の体の数十倍はあろうかとも言える鯨鯢が私のそばを通り過ぎていった。まさにそれは自然の神秘だった。
私は水面から大きな水飛沫をあげて頭を出し真っ先に空に向かって顔上げた。顔についた水滴をこすり取ることもせずただ空が見たい一心で。
やっとの思いで私が見上げた空は、人類が託した地球の未来は、どこまでもどこまでも地平線の先まで広がった。青々としたまるで自由を体現したかの様な雲ひとつない快晴だった。
私はその日 自由 になった。
私は水面から暫くの間ただじっと空を見上げていた。だがそんな時間も長くは続かない、世界の余韻に浸れるのは死へ向かうものだけなのだ。
私はまだ死ぬわけにはいかない、人類が消え世界はどう変わり、どの様な文明生まれ、どの様な物語が生まれるのかを私は見届けなければならない。いつかこの身が朽ちて動けなくなるその日まで。
私は陸を求めて、長い長い時間泳ぎ続けた。それは私にとって苦ではなかった。私を待ち続けた町はずっと海の光の届かない底で待ち続けたのだから。
一日間はたまた一週間かもしくわ一ヶ月泳ぎ続けたかもしれない。わたしの目には陸が、新たな地球で見る初めての陸がそこにははっきりと映っていた。喜びは私をより早く動かした、早く地を踏みたい、色々なとこを歩き回りたい、そんな欲求に駆られ必死に必死に陸を目指して私は体を動かした。
ついに大地に辿り着いた。かつてあった文明の面影はなくそこには広い広い砂浜がそこにはあった。私は砂浜に大の字で空を眺める様な姿勢で倒れ込んだ。生まれたままの姿で大地を噛み締める様に、私がここにいるということを刻むかの様に。
関節から下がない左足を引き摺りながら手を使って這う様に砂浜を進んでいく砂浜は長く潮風の影響か5分ほど移動しやっとの思いで草木のある地に辿り着いた。そこには緑の自然が鬱蒼と広がっていた。植物が、動物が、そこには自然の大きさを表すかの様に無数に存在していた。地球はまた息を吹き返したのだと私は再認識させられた。
木に体を寄せて少し体を休めよう、何日もずっと泳いでやっとの思いで陸に着いたのだ。少しくらい休んでも文句は言われないだろう。
私は穏やかな気分で本当の意味で安らかな眠りにつくことができた。
「@#%%3¥^_%。?」
私は誰かに肩を揺すぶられ眠りから目覚めた。私の肩を揺らしながら聞いたことのない言語で心配そうに喋る白色で統一された洋服を着た金髪の可愛らしい女性に意識を向けた。
女性は私に何か心配そうに何かを語りかけているが私には聞き取れなかった。時代が変われば人も言葉も変わる、日本語しか知らない私にとって彼女の言葉は全くと言っていいほど未知の領域だった。
「##%¥@%#¥?」
彼女は私に向かって何かを問いかけ私に向かって手を差し伸べた。言葉は伝わらないが私のない足を見て私を気遣ってくれていることは簡単に想像できた。ただ足のない私では一人で何かするのも難しい。私は彼女の行為に従って差し出した手をそっと握った。
彼女は私に手を貸すと私のペースに合わせながらどこかへ案内してくれた。歩き慣れているのか山道を素早く掻き分け自分の庭であるかの様に移動していく、疲れた様子なんて全く見受けられなかった。
山道を通り抜け草木をくぐり私の手を持っていた彼女はついに目的地に着いたらしい。私の手を取り最後の草木を通り抜けた。そこには自然の中に溶け込む様な、自然に作られたのではと思えるほど一体感のある木製の小さな一軒家が立っていた。周りは草木に囲まれ、蔦が壁に這う様に生え、色々な花が虹の数ほど咲き誇っていた。
彼女は私を家に迎え入れてくれた。見ず知らずの言葉もわからない私を、なんの素性もわからない男を無条件の慈悲で救おうとしてくれたのだ。私は初めてこの新しい地球で最初の 優しさ に触れた。