三話 未来
空は茶色い雲で覆われ望んでいた晴天はなく只々ゆっくりと雪が降り続けていた。
瓦礫を上り私は外の世界に出ることができた。私が出た場所は何処かの小さなビルの屋上、そこからは一つの町通りを一望することができた。数百年経ったにしてはそれほど変わらない文明、小さなビルや住宅地の様な建物が乱立し、外装が剥き出しになった車とおぼしき物体が線の消えたアスファルトの上に無数に放置され、誰にも管理されず放置されていた廃村の様なそんな雰囲気を感じた。人の生活感は一切なく代わりに同じ顔した、人間を模した機械が生活の真似をする様にフラフラとおぼつかない足取りで歩いていた。一言で表すならそれは終焉であった。比喩でもなく本当の意味で人類の完全な終焉、映画で見る様な人類滅亡後の世界まさにその光景がそこにはあった。
機械の全てを止める決断がまだできなかった私は朽ち果てた町に足を運んだ。私には自分が人間と言える要素がまだ少なすぎた。それに機械を止めるそれは私自身ですら止めてしまうことになる、私が消えることがとても怖かった。幸いにもビルの非常階段がまだ残っていた。所々の足場が崩れ落ち、今にも落ちそうな足場が悲鳴をあげていた。降りきったところでまた上に戻らねばならないことを思い出し少し不安になった。
町は核物質で汚染され植物や苔すら生えず、かつてそこにあったはずの人間に日常と文明の跡は今にも崩れかかっていた。それを残す様に機械が人を模して生活する。私は生きている内に機械を憐れんだことは一度としてなかった。命のない情報を処理するだけの物体として機械を認識していた。だがどうだろうか機械はもう存在しない生命の真似を続けそれを何年も何十年も繰り返し続け何も残せないままに朽ち果てる。これを哀れと呼ばずに何と呼ぶのだろうか人の形をしているからかそれとも、私が無意識に働いている自分と重ねたからだろうか、無駄な行いを延々と繰り返す機械を、雪の積もった壊れてしまった機械を横目に私は歩き始めた。
偶然にも目にした都市には少ない殺風景な少し広い砂でできた場所、きっとここはもともと学校でここは学校の校庭だったのだろう。校庭には何体かの人を模した機械が走っていた。まるで友達と追いかけっこをする小学生の様にまるで人々の青春を再現するかの様に、ただ彼らには感情が欠落していた。人を模すには暖かさが足りなかった、一人一人の声が、笑顔が、幸せが、鬼に触られた時の悔しいという小さな感情が、それが決定的に足りなかった。
私には小学生時代笑い合える友達も少なくはなかった。鬼ごっこをしたり、校庭にある鉄棒や一輪車を使って競争したり、あの頃はただ楽しかった、遊ぶという行為が人と関わるという行為が、機械には再現できないもののひとつだった。
私はまた道を歩み始めた。
5分ほど歩いただろうかそこはかつて商店街の様な場所があったのだろう、そこは商店街を想像できる建物は一切残されていなかった。残っていたのはそこでの商売の繁盛を表すかの様にたくさんの機械が、物を受け取り渡し、まるで近所の人との談笑をするかの様な空虚な動作をする。そんな道がまっすぐと続いていた。
私は商店街で買い物をした経験はないだがそれでも通ったことぐらいはあった。店の前にたくさんの人が並び客同士が楽しそうに会話し店主とでさえも楽しく会話をしていた。まだ小学生ほどの子供が駄菓子屋に走って行って今日はなにを買うか友達と相談し少ない金額でどれだけ買うか競い合う、いつもよりお小遣いをもらった子供はみんなに自慢しいつもより多く買う。そんな温かい日常があった。その光景を一瞬にしてこの場所は思い出させてくれた。社会に出た時から昔を懐かしむことさえ忘れていた。温かい日常が私には眩しすぎた。
機械の再現した生活は温かい日常を再現するにはやはり人間味が足りていなかた。
商店街であった場所を通り過ぎたあたりであったか座り込む二人の機械がいた。二人はお互いに手を繋ぎ何かを呟く様なそんな動作をしていた。
彼らはきっと恋人でここに座って二人の世界に入り幸せを感じていたことだろう。好きな相手と過ごす時間彼らにとっては一番大切な時間その時間を機械達は忠実に再現していた。だがやはり機械には再現できなかった。愛が。機械では作れないかけがえのないものが、人類にとっての愛はそれこそ気持ちの感情の根幹とも言える世界で一番尊いものが。どうしようもなく大切なものが。
私はこれまで通った道筋を一歩また一歩と踏みしめながら辿る様に引き返した。
帰りの道の足取りは重く、恋人との愛を模したもの、日常での幸せを再現したもの、友情と楽しさを再現したもの、全てが色のついた様に見えた。私の目には彼らが本当に人としての生活を送り楽しそうに今を過ごしている様に映った。孤独からきた不安から幻覚が見えた、いやそんなものではない私の忘れていた記憶を蘇らせ、いっときでも幸せな世界を映してくれたのだ彼らには感謝しかなっかた。だが私はそんな彼らを止めなければならない、いつまでも我々が生きた真似をしても文明は動かない。世界を破壊した人間は責任を持って地球の歴史に消えねばならない。
私たちが行ったことの責任は大きい世界中に核物質が振り撒かれ生物はほとんど死滅してしまった。それでも地球の長い目で見れば一つの歴史でしかない、いつか地球の全てが元通りになって新たな生命が生まれる。そのためにも我々は人間の歴史の幕を閉じなければならない。
少しずつ軽くなる足取りで私は私が生まれたビルに戻ってきた。悲鳴を上げる階段を少し早足で登りまた一歩また一歩と駆け上がってゆく。屋上からまた空を眺めると空はまだやはり茶色いままで景色は変わっていなかった。だが雲を光が突き抜け太陽の光が赤々と燃える様な色の夕日が世界を照らしている気がした。もう雪は降っていなかった。
草花すらなく生物の死滅したこの地球の再復興を祝うように地球全体を陽の光が照らしてくれている様な気がした。
崩落した天井からまた最初の部屋に戻ってきた。そこは夕陽の光が差し込んでいるからか最初より明るかった。タブレットの前に座る、研究者の死体を一瞥すれば口のない死体のはずが少しだけこちらを見て笑っている様なそんな気がした。
装置を押す直前だった。
私は装置を押す手が最後のあがきの様に止まった。これを押してしまえば私という存在が消えてしまう。消えることが怖いわけではなかった。私が今まで見てきた人々の営みが私の手一つで消えてしうことへの最後の不安だった。それでも私はこの装置を押さなければならない。人類の愚かな劇の幕を閉じるために。
いつか もし私が新たな命を授かったら その時は
青い空を眺めて色々なところを旅しながら自由に友情を持って愛を持って
そんな目標がたった。叶うことのない目標。いつか叶うと信じて。
装置を起動すると身体中の無いはずの血液がだんだん遅くなっていく様なそんな気分だった。重い体を引きずるようにしながら崩れた瓦礫を上りやっとの思いで屋上に登った。
私の歩いた道の機械達が停止していく。日常を、幸せを、愛を模った機械達が次々と動きを止めていく。新しい時代を繋ぐために。
道に積もった雪は溶け、機械は止まり新しい清々しい風が吹いている様な気がした。
私が最後に見た空は少しだけ雲が晴れている気がした。