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一話  踏み外した一歩


起き抜けのハッキリとしない意識の中重たい体に鞭を打って時計の裏の目覚ましのスイッチを止める、今日も目覚まし時計が鳴る5分前に起きて洗面台に向かう。今日は少し肌寒い。

新卒の頃は目覚ましの音に慌てて飛び起きて朝の早い時間からいつも焦って支度をしていた。いつ見てもパッとしない、今にも死んでしまいそうなクマの酷い鏡に映る自分の顔を洗い、いつものように少しシワのついたスーツに袖を通し、生きるために胃の中に冷蔵庫で冷え切った食料と飲みかけの水を放り込む。弱った胃が突然の刺激に驚き胃酸と共に吐き出しそうになるが無理矢理押し込める様に飲み込んだ。酒とタバコが散らかされた机を片付けて、まだ日の出ない寒空の中重い鞄を持って家の扉に鍵をかける、自分を送り出してくれる人はこの家にはいない。


しばらくして気がつくともう私は駅に着いていた。

見慣れた改札を通り今日も憂鬱な気分で駅のホームに立つ、ホームには自分と同じように今にも死にそうなやつれた顔をした人、まだ新卒なのか新しいスーツに身を通して眠そうな顔したまだ大学生に見える若そうな青年、朝から遊びに行くのか少し厚めのオシャレな防寒着を着た若そうな高校生ごろの楽しそうな少年達、他にも様々な顔をした人が何人もいた。  今日はいつもより少し人が多かった気がした。

しばらく駅のホームで呆然としていると朝イチの電車が大きなブレーキ音を響かせながら駅に到着した。電車の扉がひらけば皆前の人を押しつぶすかのように傾れ込んでいく。私もその波に流されながら押し出されない様に電車に乗り込んでいく。少なくない吊り革を掴み重たい鞄が人にぶつからない様に吊り革と反対の手で鞄を抱き抱え、そのままいつもの駅まで人が増えることがあれど減ることのない電車の中でただ漠然と立ち続けた。


今日の電車では珍しく痴漢騒ぎがあった。私の少し近くでまだ若い20代前半に見える容姿の女性が50代ほどの男性に撫でる様に体を触られていた。周囲の人々はそれに気づくも誰も声をかける様子もなく私と同じ様に無干渉を貫いていた。結果的に女性は男子高校生に助けられた。昔の私だったら真っ先に声をかけて助けに行っていたかもしれない、今の私にはとても見ず知らずの人を気遣う余力は全くと言っていいほどなかった。


駅に着く頃には意識もハッキリとしてきていた。痴漢騒ぎなど電車を降りる頃にはもう頭になく、今日もこれからの頭のおかしな上司に怒鳴られながらする仕事と残業代の出ないサービス残業が始めまると思うととても大きなため息が出そうになるが、堪える様に吐き出さない様に心の奥にそっと隠す様にしまい込んだ。


十年ほど前会社に入社した頃だっただろうか、入社直後は他の職場なんか知るわけもなかったからこれが普通だと思って働いていた頃、当時の少し仲が良かった同僚に一緒に転職をしないかと言われたがその時の私は母の浪費するお金と家の家賃を払うのに精一杯で会社を辞めることができなかった。今思えば同僚の言うことを聞いておけば良かったとしみじみ思う、目の下のクマは昔よりより一層濃くなっていた。



今日の仕事が終わった。空は既に真っ暗だったが、都会の灯りに照らされた街はまだ明るかった。

長い永遠とも思える様な時間をひたすらパソコンの前で格闘し、鬱陶しい上司にヘコヘコと頭を下げ、いつからか押し付けられた仕事をまるで最初から自分の仕事の様に終わらせた。自分以外の誰もいない真っ暗な会社の中の唯一の光源を切り、毎日出会う警備員のおじさんに挨拶をして、頭痛のする頭を抑えながら終電ギリギリの電車に向けて早足で歩いた。


会社から駅までにはホテル街を通らなければいけない、外はもう暗いはずだがそこはひたすらに明るくまだ人通りも多い。中にはまだとても若い女子高生ほどに見える少女が中年の男性と夜の中に消えていく様子も見慣れたものだった。


私の母は二十歳で私を産んだ。当時の母は簡単にもらえるお金に目が眩んでいたのか大学の授業に出席もせず男遊びにハマっていたらしい。ある時うっかり全く顔も仕事も知らない一夜限りの男の子供を孕んでしまったそうだ。大学生だった母は私を産みたくないと私を殺そうとした。だが偶然にも彼女の妊娠を知った親に止められてしまった。妊娠は大学にいた唯一の親友だけに教えていたそうだった。

当時の彼女の両親は宗教にハマり少し様子がおかしかったそうだ。自分が孕んだのならその命は責任を持って産まなければならないと言われ、実の娘の彼女の意志を無視して無理矢理通っていた大学を辞めさせ、実家にほぼ軟禁状態だったそうだ。外との連絡も取れずずっと部屋に閉じ込められ彼女はおかしくなってしまった。


私が生まれた時母は私がとても憎らしく今すぐにでも殺したかったそうだ。全く知らない男の子供を実の親に無理矢理産まさればきっと誰もがそう思ってしまうかもしれない。


私を産んだ母はすぐに実家から逃げる様に一人暮らしを始めた。

親の通っていた大学にも戻れず、中の良かった親友には裏切られ、子持ちの女を止めてくれる様な友達はおらず結果的に彼女は夜の職に就くことしかできなかった。


それでも母は私を殺すことなく私を育ててくれた。私への憎らしさも恨みも沢山あっただろうがそれでも母は私を殺さず独り立ちできる年齢まで育ててくれた。そんな母は今では家にずっと籠り続けている。青春の時代を取り戻すかの様に私のことなど忘れて遊び続けていた。


そんな母でも私は育ててくれた事に感謝し続けていた。母に少しでも恩を返すために毎日毎日毎日働き続けた。母がどれだけ私の働いて稼いだお金を使おうと見て見ぬふりを続けた。


気づけば私はホームに立っていた。ホームから見える空は都市特有の重い雲がかかっていて余りいい景色ではなかった。ホームには私以外には一組の男女のカップルがいるだけで楽しそうな喋り声が駅のホームに響いていた。


あと数分もすれば電車がやってくるという時、突如として形容し難いほどの頭痛に襲われた。

私は突然起こった頭痛に足元がふらき手に持っていた鞄を線路に落としてしまった、なんとか体勢を立て直そうと足を踏み込むも足を滑らせ頭から回転する様に線路の下に落ちてしまった。私の体はちょうど大の字になる様に上を向いていた。空には誰かが開けてくれたように雲の隙間から少し月が見えていた。線路に頭を打ちつけたからか体が思う様に動かず線路の脇に移動する余力もなく、少し遠くから私を乗せるはずだった電車の音が聞こえた。私を助けようとしてくれているカップルの声も聞こえるが、その助けも虚しく私の視界は電車のライトにかき消されていった。


















続編もどんどん書くので良かったら読んでいってください


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