狂犬のデート
前作「狂犬の初恋」をご覧いただきありがとうございます。
とても好評だったのでバッサリ切った後半を掲載します。
なお、3/4より連載版始めました。
よろしければご覧いただければ幸いです。
私、ラーミルは告白されてすぐ、実家――ノヴェール家――に帰り私の兄上に相談した。
セリン家との離婚とチアゼム家で働くことは手紙で伝えておいた。
だが、ニフェール様の件は(私にとって)重大事であるからして、直接会って話をしたかった。
今兄はノヴェール家の当主として辣腕を振るっている……はず。
「ん~、まとめるとセリン家を助けようと尽力してくれた年下の男性に告白された、でいいんだよな?」
「ええ、その認識で合っているわ」
「ならさっさと告白受け入れて抱かれちまえばいいのに」
「ちょ、ちょっと!
簡単に抱かれろなんていわないでよ!!」
兄上は仕事はできるのですがやり方が少々乱暴と言うか、強引な部分がありそのせいで周囲からは扱いづらい人物として見られています。
まぁ、実際厄介な人物なんですけどね。
「でも、ラーミルは既にその子――ニフェール君だったか?――に惚れたんだろ?
なら時間置いてないでさっさと婚約結んでしまえ。
あっちの親御さんも許しているのならなおさらだろうに」
いや、言いたいことは分かりますわ。
個人的にも胸の谷間見られても嫌悪感は感じなかったし。
「まず、私が……その、惚れたかどうかも分からないのに……」
「は?
赤子か?
そこらのガキどもでも惚れたかどうか判断できるだろうに。
いつまで若いフリしてんだよ。
自分の年考えろよ」
若いフリって言うな!
まだまだ若い……はずよ!!
「まぁ、ニフェール君が既にお前に堕ちているみたいだし、さっさと回答してやれ。
彼の時間を奪うんじゃない」
「いや、そりゃそうなんですけど!
私にだって考える時間は欲しい」
「はっ!
選択肢がある状態だと思っているのか?
五歳近く年上、離婚歴あり、非処女。
これでニフェール君ほどの優良物件見つけられると思うな!」
「ちょっと待って!
非処女だけは違うわ!!
私はまだ処女よ!!!」
「え?」
兄上、そんな恐ろしいものを見たかのような反応やめてください。
セリン家で元夫との夜の営みは無かったことを説明する。
「なんだ、元セリン伯は勃たなかったのか?」
「いやそうじゃなく、前の奥様を愛しているので他の女性を抱く気がないみたい。
元々義理の娘の為に後妻になってくれと言われたじゃない?」
「いや、そりゃそうだが、全く抱かれないのも正直驚きだぞ?」
「まぁ、そこは私も驚いたけど無理に『抱け!』なんて言うのも変だし……」
「まぁ言ったら痴女扱いされたかもしれないな」
痴女言わないでよ!
「ただ、それなら何をグダってるんだ?
さっさとくっつきゃいいのに。
まさか、もっと若い子の方がいいか?」
「違うわよ!」
妹を何だと思ってるのよ!
少年をつまみ食いするような趣味はありませんからね!
「なら、グダグダ言っても無駄だ。
ニフェール君はお前の年でも問題ないと判断したんだろ?」
「ええ」
「それを受け入れるだけだろ?
お前の乙女心なんて糞の役にも立たん。
そして告白してくれたニフェール君の覚悟にちゃんと向き合え」
「それは分かってるわよ」
だけどこっちにも覚悟する時間が欲しいのよ!
「即断できないのなら、デートでもしてみればどうだ?
あぁ、何かを見に行くとかではなく、一緒に散歩してちょっと屋台で軽く摘まむとか適当に菓子など食べる様なお前の年齢位なら八割くらい経験あるような奴」
何なの、その八割とかいう具体的な数字は?
いや、確かに経験全くないけど。
「どうせ、デートなんてしたこと無いだろ?
とても簡単な、悩む必要のないコースでいいんじゃね?
何となくだが、ニフェール君も経験豊富とは言えないだろうし、学園で寮にいる男爵子息なら金そんな持って無いだろうし。
ニフェール君の懐にもやさしいデートコースだと思うんだが?」
何よ、その上から目線は。
「……言い方が正直気に食わないけど、でもありがとう。
ちょっとデートに誘ってみるわ」
◇◇◇◇
チアゼム家での告白から一日。
学園で普段通り学んでいた……はずだが。
「ニフェール、お前キモイ」
「よしフェーリオ、表出ろ。
ガッツリ噛み付いてやる」
いきなり喧嘩売ってくるフェーリオ。
寄り家寄り子の関係無視して喧嘩しちゃうぞ♡
「いや、お前自分の顔見たか?
そのだらしのない顔どうにかしろよ。
周囲の者たちからキモイ、怖いってクレームがかなり来てるんだ。
ちなみに教師からもだからな」
「そこまでか?」
「自覚ないのかよ!」
無茶言うなよ。
やっと思いを伝えて安心したからか表情筋が緩んでいるのは事実だが。
「んで、告白したけどこの後どうすんの?」
「まぁお休みに合わせてデートに誘おうかと」
「あら、今日でもよろしいのですよ?
すぐにでも強制的に休みを取らせますわよ」
怖っ!
ジル嬢、マジで怖いっス。
「いや、流石にそれはだめでしょ。
真面目に仕事している人には嫌がらせとも取られますよ」
「そこまで?!」
「どうしようもない予定変更とかは理解できます。
ですが、いきなり休めと言われても、正直僕も困ってしまいます。
またその理由が婚約者とデートして来いと言われると『側近の仕事は遊びじゃねぇんだよ!』と言いたくなりますね」
ヒクッ!
「なので、ラーミル様との初デートは普通の休みの日に行く予定ですので、休みを無理やり用意するなんてことはやめてくださいね?」
(コクコクコクッ!)
珍しくジル嬢が大人しく受け入れてくださりホッとしている。
でも、どうせ初デートの日はストーカーするつもりなんでしょ?
そこは諦めているんで、遠くから見るだけにしてくださいね?
なお、ジル嬢の側近たち(男女問わず)から無言で握手を求められた。
一部は目が潤んでいる者もいた。
……まさか皆さん既に監視付き強制休暇実施済み?
あ~、ご愁傷様です。
もう少ししたら僕もそちらの仲間になりそうですが。
そして十日ほど後にラーミル様の休暇が予定されていると聞き、デートの申し込みをしてきた。
照れて顔真っ赤になったラーミル様を見てほっこり。
念の為「強制休暇じゃないよね?」とジル嬢に問い、追加でロッティ姉様にも確認したうえで。
ロッティ姉様が困惑してらっしゃったので学園での側近の行動を教えてあげると「殺意に目覚めたロッティ姉様」に変身。
ジル嬢が駄々をこねているが問答無用とばかりに脇に抱え侯爵夫人の所に連れ去られていった。
なぜだか足音もせず滑るように移動しているのが妙に恐ろしく感じた。
ロッティ姉様、マーニ兄が悲しむからあまりその状態でいるのは止めてね。
さて、時間を飛ばしてデート当日。
チアゼム家にラーミル様を迎えに行くと、門番担当の面々にからかわれてしまった。
「初めてなんだろ(ニチャァ)?
チカラ抜けよ」
「カタくなりすぎんなよ(ニヤニヤ)!」
門番の皆さん、どこのチカラを抜くのでしょう?
どこがカタくならないようにしろと?
一応、意味は分かってるんだからな!
経験はないけど!!
情報源はフェーリオだけど!!!
ちょっと離れたところでラーミル様やロッティ姉様が顔赤くしてますよ?
……って、ジル嬢もいるじゃないっすか。
もしかして、門番の皆さん気づいてない?
……後で目一杯叱られてください。
「お待たせしました」
「いえ、ではまいりましょうか。
あとラーミル様、こちらを」
チアゼム家に向かう途中で花屋に寄り赤いラナンキュラスを一輪購入しておいた。
それをラーミル様の髪に飾ると……何ということでしょう!
ラナンキュラスより真っ赤なラーミル様が出来上がったではありませんか!
ちなみに花言葉は「とても魅力的」。
赤色の花にしたので「あなたは魅力に満ちている」。
伝わってくれたらいいな(照)。
さて、デートの予定は以下の通り。
1:屋台巡り
2:ケーキ屋突撃
飢えてるのかと言うなかれ。
金のない僕にはプレゼントなんてたいして買えない。
なら、甘味で攻めるしかない。
1の屋台巡りも甘味関連の屋台はチェック済み。
これで貧乏要素を誤魔化す!
……と思っていた頃が僕にもありました。
ラーミル様、健啖家なんですね。
甘味だけでなく肉もガッツリイケてます。
どこに入るのでしょうか?
謎です。
まさか胸?
さて2のケーキ屋に向かおうとすると、チラチラ見えてますね。
フェーリオにジル嬢、楽しそうですね。
そんなに覗きが楽しいのですか?
まぁケーキ屋教えてくれたのがフェーリオなので先回りは想定通りでしたが。
ラーミル様は気づいていないようなので、そのまま入りましょうか。
「さて、ラーミル様」
「あ、え~と、ちょっとよろしいですか?」
ん?
なんだろ?
「その、そろそろ様付けるの無しでお願いします(照)」
ラーミル様、めっちゃ顔赤いです。
いかん、僕も興奮してきた。
フェーリオとジル嬢、「よく言った!」とか騒ぐのやめてくれ。
「では、ラーミルさん(照)」
「は、はい(照)」
「静かに後ろを見ていただけますか?」
「へ?」
変な声を出しつつもこちらの指示通りに後ろを向くと、フェーリオ&ジル嬢がいやらしい笑顔で手を振ってくる。
「ギュン!」と音がしそうな位一気に僕を見て、一言。
「な、何ですか、あれ!」
「僕たちの雇い主です」
うん、間違ってはいない。
このタイミングで見たくはなかったけど。
「いやいや、ここで何してんですか!」
「僕たちの初デートを見たかったようですね。
ちなみに、ここのケーキ屋を教えてくれたのがフェーリオです。
まさかとは思いましたが、やっぱり覗きに来たようです」
頭を抱えだすラーミルさん。
「気持ちは分かります。
僕も気付いたときはショックでしたが、まぁあの二人のすることなんで諦めてください。
まぁ、あれを気にせず楽しめればいいなと思います……ラーミルさん」
「……はい(照)、ニフェール様」
ん?
「あの、ラーミルさんも様なしでお願いします」
「あっ!」と言わんばかりに驚き、モジモジしだす。
……なるほど、これを見ているとフェーリオたちの気持ちが分かる気がする。
「その……ニフェールさん(照)」
ブフォ!
こ、これはかなり破壊力!!
チラッとフェーリオとジル嬢が鼻血出してる。
興奮し過ぎだ馬鹿もの!
周囲の側近方ご苦労様です。
おバカな上役の面倒お願いします。
そんなこんなで雇い主にガン見されながらケーキを食べていると、衛兵が二名ずかずかと店に入って来た。
店にいる店員や客がキョトンとする中、キョロキョロと辺りを見回し僕の所にやってきた。
「そなた、ニフェール・ジーピン男爵子息で合っているかな?」
「ええ、そうですが衛兵さんはなんでこちらに?」
「わしの上にいる方からセリン伯――正確には元セリン伯だな――の売爵について確認したいことがあるそうで貴君に同行いただきたい。
行先は王宮の衛兵室、犯罪者として扱うとは聞いておらんからそう怯えんでもよい。
構わんかな?」
ラーミルさんを軽く手で制止し、ちょっと考える。
流石に初デート邪魔されるのは腹立たしいが、こんなところで喧嘩売っても何の得にもならないな……。
「少し時間頂けるのであれば同行しますよ?
実は、今人生初デート中なので……」
「ほぅ、それはいいところを邪魔してすまんな」
「いえ、衛兵さんもお仕事でしょうから。
……初デートを明確に邪魔しに来たら暴れますが」
「流石にわしもそこまで歪んだ性癖はしとらんよ。
すまんが、外で待っているからここでのデートを楽しんだら来てくれるかの?」
「かしこまりました。
お心遣いありがとうございます」
衛兵たちが店の外に出たところでラーミルさんに加えフェーリオとジル嬢、その側近たちが一斉に集まった。
「まずラーミルさん、売爵について何か王宮側で聞かれたりしました?」
「いいえ、書類提出後は一切聞かれてはおりませんわ」
となると、僕に聞く理由が無いな。
聞くなら元セリン伯、そして伯爵夫人だろう?
そこから派生しても、まずは父親である前ジーピン男爵だろうし直接僕に聞く理由がない。
「嫌がらせの類かな?」
フェーリオに確認するが、流石にこれだけでは分からないようで首を横に振られた。
「フェーリオ、ジル嬢と一緒にラーミルさんを送って。
その後ジャーヴィン侯爵に最近売爵についての調査なんてやっているのか確認して。
侯爵が知らないところで動いていたら……」
「どこかの貴族が嫌がらせの為に割り込んだってところか?」
そうそう、その通り。
「そこが分かればジャーヴィン家としては後ろにいる奴を潰せるでしょ?」
「あぁ、そっちは任せろ。
お前はおとなしく取り調べを受けていてくれ。
出来れば……」
「相手と会話して情報を集めとけ、でしょ?」
コクンと頷くフェーリオ。
ジル嬢もチアゼム家の力を使って調べてくれるそうだ。
「ラーミルさん、このような事態になってしまったのでこの場にてデートはおしまいですが、またお誘いしてもよろしいですか?」
顔真っ赤にしてコクコク頷くラーミルさん。
「では、本日はお送りすることができなくなりましたので、フェーリオとジル嬢と一緒にお戻りください」
「はい……」
少し寂しそうな表情を浮かべ、帰るのを受け入れてくれる。
「そんな寂しそうな顔しないでください。
大丈夫ですよ、ただの質問なんでしょうから」
絶対違うと分かっているが、それを顔に出さず笑顔で安心させようとする僕。
絶対違うと分かっているが、それを顔に出さず笑顔で安心したように見せかけるラーミルさん。
互いに分かっている嘘をつき合いデートを終わらせようとする。
フェーリオとジル嬢にラーミルさんの事をまかせ、ケーキの支払いをする。
さて衛兵さんはどこ?、と周りを見渡そうとしたときスッとすぐそばにラーミルさんが近寄って来た。
一応、これでも訓練しているので少しは気配が分かるんだが、ラーミルさん気配しなかったんですけど?
フェーリオたちを見ると、愕然とした顔でこっちを見ている。
あぁ、誰も気配を感じられなかったんだな……。
そんな心の中で混乱を超えてしまったために平穏が訪れてしまった僕にラーミルさんは、
ブ ヂ ュ ッ ♡
頬にキスしてくれた。
だが、キスの経験が足りないのか「チュッ♡」という軽い感じではなく頬に唇をめっちゃ押し付けた感じ。
鼻や前歯ぶつけて痛い思いするタイプ。
何と言うかほほえましい(?)キスにホンワカした僕は、
チ ュ ッ ♡
ラーミルさんの頬にキスをした。
……僕の方がキスのレベル高そうだが、当人には黙っておこう。
全てが終わったら、二人でキスの訓練でもしてみようかな?
「行ってきますね♡」
「行ってらっしゃい♡
お帰りをお待ちしてます」
ラーミルさんから離れ衛兵さんたちの所に向かうとなぜか砂らしきものを吐いていた。
蟻が群がっていたが、もしかして甘いの?
「なぁ衛兵さんたち、大丈夫か?」
「テメェが原因だろうがよ!
……まぁ、幸せになれや」
本当に良い衛兵さんだよなぁ。
任された仕事が最悪だけど。
それはこの人たちのせいじゃないしなぁ。
王宮に向かう途中で衛兵さんとちょっとお話をしてみる。
「売爵の件って言ってたけど、元セリン伯や元伯爵夫人には話を聞いたの?」
「ん?
知らん。
俺たちは指示されたことをやっているだけだからなぁ。
答えてやりたいがそこまで情報を貰えてないんだわ。
すまんなぁ」
あぁ、そりゃ答えようがないわ。
その程度には気を使える相手か。
誰だろう?
「いや、知ってたら教えてほしかっただけだから謝罪は不要だよ。
ちなみに、お二人ご結婚は?」
「「してるが?」」
「後学の為に奥さん堕とした、もしくは奥さんに堕とされた手口を新人に教えて頂けたらありがたいんですが?」
この後(衛兵たちが)滅茶苦茶ハッスル(して当時の話を)した。
なぜかベッドの話の方が長かったのは衛兵たちの性癖だろうか?
また知らない単語が飛び交っていたのもあり、あまり理解はできなかった。
なんでも「ぎゃくばにー」「はだわい」「はだえぷ」とか言ってたがよく分からない。
後日、フェーリオにでも聞いてみるか。
……あれ?
フェーリオが知ってたら、ジル嬢とそういったことを先行してシてるってこと?
……もしかして下手に聞かない方がいい?
ちょっと検討要としておこう。
そんなことを話ししていると王宮に到着、衛兵室に案内される。
実は衛兵室は二度目、【狂犬】のあだ名がついた時以来だったりもする。
チラッと周囲を見渡すと、あの時にお世話になった方々を見つけたので会釈すると皆さん顔を青くして逃げ出した。
そこまで怯えなくてもいいのにねぇ。
「兄ちゃん、何やらかしたんだ?」
迎えに来てくれた衛兵さんたちが首を捻ってるので、ちょっと教えてあげた。
「一年程前かな、うちの寄り親の子息を襲った者たちがいたので噛み付きました。
犯人は殺しきれなかったのが悔やまれますが」
「ああ、あれ、兄ちゃんだったんだ!
そりゃあいつらもビビるわ!!」
流石に聞いたことがあったのだろうが、そんな反応しなくてもなぁ。
ちょっと悲しい。
そんな話をしていると、僕に用があった人たちが迎えに来て衛兵さんたちとはここでお別れ。
別の場所に移動となった。
ちなみに迎えに来た人、知ってる人なんですけど?
でも、当人反応鈍いのでもしかして接点あること気づいてない?
ねぇ、エフォット・アンジーナ子爵?
あなたが出て来たってことはフェーリオ関連の嫌がらせ?
もしかして元取り巻きのレスト――あなたの息子のためになんか悪さするの?
ちょっと王宮をグルグル回って最終的に到着したのはそこそこ綺麗な一室。
ベッドやテーブル、椅子ははあるけど窓が無い。
部屋へ入るのは一つの扉のみ。
これ、隔離するつもりでここ選んだ?
迎えに来た人が椅子に座り僕にも席を勧められる。
お言葉に甘えて座ると、オハナシアイが始まった。
「さて、ジーピン男爵子息殿。
先触れの面々から軽く話を聞いていると思うが、元セリン伯爵家の売爵騒動についてあなたが関わっているとお聞きし、その内容をご説明頂きたくお呼びした。
まず、元セリン伯爵との接点から説明願えるかな?」
まぁ、相手の希望通りにグリース嬢の暴走から始まって全てをぶちまけました。
微に入り細に至るまで。
ただし、ラーミルさんの胸の谷間は情報だけは伏せておく。
あれは僕の記憶だけに残しておきたいからね。
誰かに伝えるなんてとんでもない!
とはいえ、本来チアゼム侯爵家で話した時以上に話すことを求められた。
それとなぜか繰り返し同じ質問をしてくる。
対犯罪者用の取り調べ方だよな、それ。
後、水くらいよこせ。
夜が更け朝日が昇る頃に一通り説明終わると、迎えに来た人――面倒だ、エフォットのオッサンは偉そうにふんぞり返ってぶっ放した。
「ほぅ、なかなかいろんなことがあったようだね。
これらの情報が正しいのか調査が必要なので、すまんが数日こちらに待機してもらえるかな?
当然、学園への休みの連絡は受け持とう」
本気ですか?
もう少し考えて発言した方がいいですよ。
「ここに閉じ込める理由が理解できませんね。
第一、元セリン伯のことは当人に聞けばよい話なのになぜ僕に?」
「はっ!
何処にいるのかもわからない元セリン伯を探すより君に聞いた方が早かろう?」
「ですが、僕から聞いた話をどうやって裏取りするのです?
この件に関わったのは元セリン伯、元夫人、元令嬢。
そして我が家の父上と弟、そして私のみ。
まさか十歳の弟に僕と同じような聞き取りをされるのですか?」
「そなたの父上を王都にお呼びするだけだ!」
「それは無駄ですね。
父上はこの件であまりにも無能を晒してジャーヴィン侯爵から直々に当主交代を命ぜられました。
報告をちゃんとできない無能は不要と判断されたようですよ」
「は?」
馬鹿面晒してんじゃない!
その程度も調べてないのか?
「それと、元セリン伯の居場所はジャーヴィン侯爵がご存じですよ?
あぁ、チアゼム侯爵もご存じですね」
「わざわざジャーヴィン侯爵のお手を煩わす必要なんぞないわ!」
「え?
じゃあどうするつもりなので?
僕の情報をちゃんと裏取りできる方って、後は元セリン伯爵夫人位ですよ?」
オッサン、なんか驚いているけど、なんでそんな驚くの?
「は?
なぜ夫人が?」
「うちの父上と同じで元セリン伯もお話にならないと判断されただけですが?
それと元令嬢は話し合いに対してまともに聞いていなかったので、結果的に伯爵家潰れた原因ともなってます。
話を聞いてもまともに答えてもらえないと思いますよ。
覚えてないだろうから」
あ~、エフォットのオッサン、その間抜けな顔止めろ。
それと言いたいことは分かるが諦めろ。
その苦々しい表情をしてもあの元令嬢のおバカ加減は変わらん。
会ったこと無いのが幸せと思ってほしいくらいだ。
「ちなみに、今回の呼び出しは既にジャーヴィン侯爵、チアゼム侯爵に伝わっております。
これで数日間拘束なんて馬鹿なことをしたら、うちの父上と同じ末路を辿るかと。
いかがいたします、エフォット・アンジーナ子爵?」
「……お主、儂を知っていたのか?」
「いや、知っていたも何も同じ寄り家に仕える者で、かつ数か月前にご挨拶してますが?
確かジャーヴィン家のパーティで。
で、レストが側近から外された件について思うところがあって僕を亡き者に?」
「いや、流石に亡き者には……」
なんだ、ビビりか?
「んじゃ、犯罪でっち上げてジーピン家自体を潰す?」
「いや、家まで潰すなんて……」
おいおい、そんな程度でビビるなんて、何と言うかヘタレすぎねぇか?
「正直、エフォット殿が何をしたいのかわかりませんが?
実は、先ほども言った通りジーピン家は当主交代しましてね」
表情が物語ってますね、「それがどうした」と。
「うちの長兄が当主となったのですが、婚約者がジャーヴィン家の長女なんですよ。
ご存じです?
カールラ様っていうんですけどね」
ヒ ク ッ !
表情に出てますよ?
ヤベってね。
「で、うち、兄弟仲滅茶苦茶いいんですよ。
兄弟に害を与えようとする羽虫を再起不能にするくらいには」
ヒ ク ヒ ク ッ !
忘れておられるのですかねぇ。
それとも気づいてない?
【魔王】【死神】【狂犬】まとめて喧嘩売っていることに。
僕は上位者に襲い掛かる愚か者に牙を突き立てるだけの者でしかありませんが、兄たちはそんな単純ではありませんよ。
伊達や酔狂で【魔王】【死神】なんてあだ名がつくはずないじゃないですか。
「ついでに今回のセリン家の対応でチアゼム家とも仲良くなっておりまして。
二つの侯爵家から狙われててアンジーナ家、大丈夫です?」
「そ、そんなことは!」
「まぁ、僕は正直もうどうでもいいです。
残りの人生楽しく生きてください。
僕はもう知りません」
そんな絶望に満ちた顔しないでください。
……嬉しくなっちゃうじゃないですか。
「ちなみに、レストたちが取り巻きから外された理由を僕は知りません。
一応、フェーリオに直接確認しろと言っておいたのですが、この調子だと何もされていないようですね。
そんなことも聞くことができない人間を取り巻きにする理由ってないでしょ?
おかしいと思うのなら聞いてみたらいかがです?
あなたの仕事場でも不明な点を聞くのは当たり前なのでは、エフォット殿?」
ガックリきたようですね。
でも、ちゃんと聞きにいかないあなたの息子をどうにかしないと意味無いんですけどね。
「で、このまま捕らわれの身になった方がよろしいですか?」
「……そのままこの場所にいるがいい!」
怒りに任せてここから出て行ってしまいました。
まぁ、期待通りではありますが。
あ、水貰うの忘れた!
さて、もう僕にできることはありません。
なのでおとなしく待つしかないですね。
まぁフェーリオならどうにかしてくれるでしょ。
今のうちにゆっくり寝ておきますか。
◇◇◇◇
ニフェールが捕らわれの身(絶対お姫様とは言わねぇ!)になって次の朝。
連絡が来ないということはまだ任意同行と言う名の連れ去りのままか。
一応昨日のうちに父上には報告している。
だが、理由もなく衛兵側を追及しても反抗されるだけだろう。
知らない者からすれば「正しく仕事しただけなのに!」と憤慨するだろうしな。
「フェーリオ」
学園に向かおうとしたところで父上から呼び止められる。
「ニフェールからの連絡は無いんだな?」
「はい」
「そうか、であれば今日くらいに何か動きがあるだろう。
学園の動向に注意しておけ」
「それは人質として金銭要求とか?」
「いや、誰に要求するのだ?」
呆れられてしまった……。
「そうではなく、ニフェールがいないことで得をする者たち、ニフェールに汚点をつけたい者たちが動くだろうからちゃんと確認しとけということだ。
推測通りなら任意同行を犯罪者として捕まったと言い出すのではないかな?」
は?
そんな愚かな言い回しする?
「いや、流石にそのようなことは……」
「自分が有利になった時、自制できない奴はかなりいるものだ。
そして、そういうときほど口が軽くなる。
そんな奴らがニフェールに目をかけていたお前に嘲笑する可能性が高い」
あぁ、お調子者がやらかす、か。
数人心当たりがあるな。
皆取り巻きから切った面々だが。
「思い当たるようだな。
そいつらがちょっかい掛けてくるだろう。
ちゃんと把握しておけ」
首肯すると父上は王宮に向かった。
さて、俺も学園に向かおうか。
学園に到着し庶務課に向かいニフェールが休むことを伝える。
そして側近たちを集めニフェールに起こったこと、そしてこの後起こる可能性のある内容を説明する。
「正直何が起こるか分からないし、何もしてこないかもしれない。
ただ、気づいたことがあったら教えて欲しい」
朝になっても解放されない時点でおかしいというのは認識できているようで、皆警戒を強める。
敵が誰だか分からない以上自分たち以外皆敵のつもりで疑うしかない。
説明終えた頃ジルが側近を引き連れてやってきてくれた。
同じ説明をすると、全力で協力すると言ってくれた。
……言ってくれたのはうれしいのだが妙に力が入っているのが気になる。
「なぁジル、そっちの側近たちは何であんなに力入っているんだ?」
「今回のきっかけとなった元セリン家のグリース嬢のこと覚えてらっしゃいます?」
「名前くらいは……」
「あの子が伯爵家令嬢だったので注意しづらい雰囲気があったのですよ。
私の方で注意はしていたのですが、あまり効果が無かったようで」
あの子は注意してもその理由が理解できないんじゃないの?
「効果が無いというより、理解できなかったようですが」
「その可能性はありますわね。
それも、あのドタバタ劇のおかげで分かったのですけれど。
そんな訳でうちの下位貴族の寄り子たちからニフェール様はとても高評価ですの。
あのグリース嬢をキッチリシメたのですから」
シメたって……一応淑女だろ、言い方!
「それと、ラーミルとの逢瀬を知って……」
「ちょっと待て!
なぜそこまで知っている?
いや、あの時一緒に来た側近たちは知っているかもしれないが全員じゃないだろう?」
「淑女たちの情報網を甘く見てはいけませんわよ。
ラーミルのどう見ても交際経験ほぼゼロな行動、ニフェール様のこちらも交際経験ゼロだけどできる限りのことをしようとする姿勢。
淑女たちは全力で応援するつもりでおりますわよ。
まぁ、美味しいネタになりそうなのも否定しませんが」
……ニフェール、ゴメン。
ジルを止められなかったよ。
そして昼休み、学園の食堂で事態は動いた。
「おやおや、フェーリオ様、お久しぶりですねぇ!」
レストがニヤニヤしながら近寄って来た。
お前、呼んで無いのに何で来る?
わざわざ「自分、怪しい者です」と名乗っているようなものだぞ?
「あれ、ニフェールどうしたんですか?
いつもならべったり傍についているのに?」
「あぁ、見当たらないねぇ。
まぁ彼も色々あったから休みなんじゃない?」
「あいつが休みです?
ありえないですよ」
トリス、その根拠は?
「あ、俺見舞いに行こうかな」
カルディア、善意で言ってるのか?
ニフェールがいないことの確認か?
「行っても無駄だぞ、カルディア。
俺の情報ではニフェールは今衛兵に捕まっているからなぁ!」
ザワザワッ!
いやぁ、わざわざ言ってくれて助かるよ、レスト。
チラッと周囲に視線を送り、側近たちが逃げ道を塞がせる。
「俺の親父が王都の衛兵の指揮を取っていて、昨日ニフェールが任意同行されたって聞いたんだよ。
あいつの事だからまた噛み付いたんじゃねぇの?
なんせ【狂犬】だし!」
「あー、あいつならやりそう」
「えー、見舞い行こうとしたのにいないの?
寂しいなぁ~」
トリス、お前はレストと一緒に終わらせてやるよ。
カルディア、お前本当にどっちなんだ?
お前だけは本当に分からん……。
まぁ、レストが言った以上は一緒に責任取ってもらおうか。
「レスト、お前の父親がニフェールが任意同行されたことを言ったのか?」
睨みつけつつ質問すると、一瞬ビクッとするがまたニヤニヤした顔に戻して言う。
「ええ、親父からちゃんと聞きました!」
「誰かを任意同行を求めたなんてことを漏らしてはいけない。
本当に犯罪を犯したことが確定したならともかく任意同行では犯罪ではない。
お前の父親は職務に違反しているな」
「え?」
「お前の父親は国の法に違反したと言っているのだよ。
ジャーヴィン侯爵家として見過ごせない発言だ」
側近たちに合図し、一人は学園の教師たちに連絡、他は三人を包囲する。
レストもトリスも大慌てだが、カルディアはのほほんとしている。
……もしかすると、カルディアだけは生き延びるかもな。
側近が呼んできた教師に今のレストの発言を説明し、国へ通報するよう願う。
教師も法に違反していることは理解できてるようで大急ぎで動き始める。
レストとトリスは「俺は悪くない!」「無実だ!」と騒ぐが、今更なんだよなぁ。
そんな中急ぎで衛兵たちがやって来た。
……あれ?
先日のニフェール呼びに来た衛兵じゃね?
「失礼、衛兵関係者が情報の漏洩をしたとの連絡を受けたのですが?」
「ジャーヴィン侯爵家三男フェーリオと言います。
そちらのレスト・アンジーナの父親が衛兵の関係者でエフォット・アンジーナ子爵となります。
その子爵がそこのレストに任意同行の情報を漏らしたようで、ジーピン男爵家子息ニフェールの情報を声高らかに騒いでおりました」
「確かに漏洩ですね……って、フェーリオ様でしたか?
もしかして昨日……」
「ええ、ニフェールが任意同行を求められた際にその場にいたものです。
ちなみに、まだ任意同行から解放されていないようですね?
なので、なぜこの者たちが悪意ある情報漏洩を行っているのか。
そして任意同行なのに徹夜で対応させる理由を調査頂きたい」
「かしこまりました」
面倒そうではあるな。
少しやる気を出させてみようか。
「なお、元セリン伯の件で呼ばれたのは存じておりますが、何故か寄り親であるチアゼム家に問わないのか、元令嬢が移された修道院に確認しないのか疑問です」
衛兵二人は困惑の表情を浮かべる。
「そんなの俺たちゃ知らねぇよ!」ってところだろう。
気持ちは分かる。
「あぁ、あなた方が分かるとは思っておりません。
多分指示出した者がそこまで情報をよこさなかったのでしょう」
二人そろって頷きだす。
面倒事に巻き込まれたくはないだろうからなぁ。
「多分お二人は今回の情報漏洩に関わってはいないと思います。
ですが我がジャーヴィン侯爵家では、この件は重大な問題と見ております。
また、チアゼム家でも同様に不快感を表明されております」
おーおー、ビクついているなぁ。
両侯爵家が動きそうと分かったら上司なんぞさっさと切るのだろう?
巻き込まれたくないだろうしな。
さて、このままだと巻き込まれて君らもどうなるか分からないよ?
上司ちゃんと告発しろよ?
「両侯爵家ともこの件で動くつもりですが、衛兵の皆さんの自浄能力に期待したいところもあります。
どうかこの問題を解決願えますか?」
侯爵家子息らしく真面目な顔で、言ってることはただの脅しという貴族の対平民基本的交渉術を使うと二人とも事態を理解しているのか全力で協力することを約束してくれた。
やはり権力……!!
権力は全てを解決する……!!
レスト&トリスが顔真っ青になっているが、まあ気にすることは無かろう。
まぁじっくり白状してくれ。
後は食堂の者たちを味方にしてっと。
「ああ、皆さん突然騒がしくして申し訳ない。
先程アンジーナ子爵子息が騒いでいたジーピン男爵子息が任意同行された件。
実際に任意同行を求められたが、内容は元セリン伯の売爵についてと聞いている」
「え?」という者たちと「やっぱり」という者たち。
ニフェールを信じられない前者は関わるべきではなさそうだな。
周りを見れてない者は不要だ。
「あの件はご存じの方もいると思うが、元セリン伯令嬢の勘違いと暴走が主な原因であり、ジーピン男爵子息は被害者である。
被害者である男爵子息を侮辱する行動だったので少々口出しさせていただいた」
一部の者からは「うっそだろ?」「【狂犬】のやらかしじゃなかったの?」なんて声が聞こえる。
情報収集できてないなぁ、こいつら。
「特に実際被害にあったジーピン男爵子息の弟君はまだ十歳。
このような誤った情報で若き少年の未来を潰そうというのは年上のものとしても貴族としても許すわけにはいかない。
どうか皆も自らに恥じることのない行動を求めたい」
これだけ言えば流石に分かるだろう。
そして、これだけ言っても分からないのなら学園で学ばせる必要も無かろう。
数名、ジルを含めた高位貴族の者たちを見回すと皆首肯してくれた。
……もしかして皆、面倒な部下に困っていたのか?
大体期待通りの反応で食堂も落ち着いてくれたので急ぎ父上に情報を渡そうか。
後は大人の世界の話になりそうだ。
◇◇◇◇
なぜだろう。
周りが騒がしい。
僕、ニフェールは徹夜で任意同行と言う名の取り調べを受け、そのまま連れて来られた部屋で爆睡していた。
窓も無い、隔離するための部屋なので時間が分からない。
蝋燭の明かりは消えていたようで、部屋は真っ暗。
……どうしよう。
流石に殺すのなら寝てる間に何度でも機会はあった。
それでも放置していたのなら生かしておくことに意味があるのだろう。
なら体調を整えるためにも(グ~!)――って、腹減って来たなぁ。
明かりが無いので探すのはまず無理だし。
確か、ローテーブルがあったな。
手を伸ばして探ってみるが、食事は置いてないようだ。
というか、水差しもない?
飢えより渇きの方が問題だな。
仕方ない、身体を動かさないよう寝ておくか。
助けが来るまで生きていられるようにしないと。
「……そげ!
……をか……んだ!」
何やってんだ?
事件でもあったのか?
まぁ僕には関係ないか。
そう思い眠ろうとすると、急にバーンと扉が開きエフォットのオッサンが突撃してきた。
何かを探しているようだが、部屋に明かりがないため見つけられていないようだ。
「急ぎ明かりを!」
オッサンの指示で一気に明るくなる部屋。
まぶしさに目を眩ませてしまった。
「ニフェール!
貴様何をした!」
は?
「……何だよ、寝てるところに」
オッサンは僕の寝ているベッドで馬乗りになり襟元を掴み騒ぎ出す。
ボタンが数個取れて胸がはだけてしまった。
水飲んで無いので声が出しづらい。
「何をしたと聞いとるんだ!
サッサと吐け!」
「何の話だよ」
「ジャーヴィン侯爵がお前を探しに来たんだよ!
何か連絡したのか?!」
「どうやって?
この場所、どう考えても隔離場所だろ?
外に連絡なんてできるはずないじゃないか」
「そんなの分かっとる!」
はぁ?
分かってんのなら僕に聞いても分かるわけないだろう?
「ここから連絡なんて取れない。
でもジャーヴィン侯爵様が来られた。
ならフェーリオ様からジャーヴィン侯爵に連絡が行って帰ってこない僕の様子見に来たんじゃないの?」
「なんで、お前ごときに侯爵家が気にするんだ?!
ありえないだろう!
正直に話せ!」
バ ッ チ ー ン !
……え?
なんで左の頬を引っ叩かれているの?
僕何もしてないのに?
「早く話さんか!!」
バ ッ チ ー ン ! !
……次は右の頬?
ねぇ、エフォットのオッサン?
任意同行って暴行されたり徹夜で取り調べ受けたりする立場じゃないんだよ?
オッサンの行動は完全に衛兵の職務を逸脱しているんだよ?
分かってるの?
「何黙っとる!
さっさと話せ!!!」
バ キ ッ ! ! !
グッ!
左の頬を今度は拳で殴られた。
口の中で血の味がする。
少し切れたようだ。
「理解できてないのか?
これなら分かるだろう?」
小ぶりのナイフを腰のあたりから引き抜き、僕の左の頬に切っ先を当てる。
オッサンの目を見ると、狂人一歩手前にしか見えない。
「お前が何をしたのか話さなければ顔を切り刻む!
侯爵に何をした!
サッサと喋れ!」
耳を澄ますと知った声が聞こえてくる。
……このバカ親父、頭悪すぎねぇか?
僕のあだ名がなぜ【狂犬】なのか分かってないようだ。
オッサンの右手をナイフごと両手で掴み――
グ サ ッ !
「ぎゃあああぁぁぁ!!!!」
――自分の左頬を貫かせる!
飯食ってないのでうまく力が入るか不安だったがちゃんと貫けたようだ。
少し口を開けていたのが幸いしたか歯にも影響は無くて済んだ。
自ら叫ぶのもそれなりにうまくできた様だ。
「き、貴様、何をしている!」
「た、助けてくれ!!
殺される!!!」
僕が大声で叫ぶと少し離れたところから「どけっ!」と知った声が聞こえ、部屋に突撃してきた。
お待ちしておりましたよ、ジャーヴィン侯爵。
◇◇◇◇
儂は何を見ているのだろう。
窓も無い部屋にベッドで寝ているニフェール。
それに馬乗りしているエフォット・アンジーナ子爵。
そして、ニフェールの左の頬にエフォットの手で持っているナイフが刺さっている。
ニフェールも両手で止めようとしているのだろうが、抑えきれていないようだ。
衛兵の仕事は暴力を振るうことではない。
犯罪者を捕らえることだ。
そして任意同行は逮捕とは違い、犯罪者とみなされない。
そして、犯罪者であってもとらえて人物をナイフで刺すなんて許可されるはずがない。
「エフォット・アンジーナ子爵、これはどういうことだ!」
「え、あ、いや、何でもございません!」
は?
何でもない?
任意同行に応じてくれた人物に怪我を負わせるのが何でもない?
「何をふざけたことを言っておる!
任意同行者は犯罪者ではない!
監禁するは、ナイフで傷つけるは、貴様がやっていることはただの犯罪だ!!」
「こ、この傷はこいつが自分で……」
「そんな馬鹿な話があるか!
嘘つくならもっとましな嘘をついてみろ!」
「ほ、本当なのです!
こいつが、こいつが!!」
「言い訳は後で聞く!
衛兵、こいつを捕らえろ!!
それと医者を呼べ!
ニフェール殿を治療してもらう!」
「はっ!」
うちの兵以外いなくなったところで、ニフェールに質問する。
「会話できるか?」
「はい、しゃべりづらいですけど(モゴモゴ)」
「まぁナイフ刺さったままでしゃべるのは辛かろう。
……刺したのは自分でやったな?」
「ええ、ナイフを取り出し左の頬に当てたので、両手であのオッサンの手を掴み自分で刺しました(モゴモゴ)。
ナイショでお願いします(モゴモゴ)」
「分かっておる。
あいつは何したんだ?」
「任意同行の時点では元セリン家の一連の話を聞かれたので答えました(モゴモゴ)。
ねちっこい質疑応答の形だったので終わったのが次の日の朝です(モゴモゴ)」
は?
そんなにかからんだろ?
ニフェールから説明聞いた時も昼過ぎから夕方程度だったはずだが?
「裏取りのためにここから出るなと言われ、どうやって裏取りする気なのか聞くと、うちの父上を呼び出すと言われました(モゴモゴ)。
なので、まともに説明できずに当主交代を告げられたってのにどうやって聞くんだと聞くと何も知らなかったようで困惑してました(モゴモゴ)」
まぁ前ジーピン男爵はこの件については全くの役立たずだからなぁ。
「ジャーヴィン侯爵やチアゼム侯爵は元セリン家の方々の居場所知ってると伝えても侯爵に手間かけさせられんの一点張り(モゴモゴ)。
その後はここで捕らわれの身になってました(モゴモゴ)。
任意同行で声かけられてから飯も水も出されなかったので身体がキツいです(モゴモゴ)。
ちなみに、今日はデートの次の日で合ってます(モゴモゴ)?」
飯も食わさず水も飲まさず放置?
犯罪者に対してもそんなことしないぞ。
アンジーナ子爵は衛兵として仕事理解してないのか?
「あ、あぁ、合っている。
ナイフを抜いて治療してもらったら何か腹に入れられるように手配しよう」
「お願いします(モゴモゴ)。
……ちなみに、アンジーナ子爵って男性への強姦趣味ってあるのでしょうか(モゴモゴ)?」
……は?
ちょ、ちょっと待て、何言ってる?
「聞き間違えか?
男性への強姦趣味?
……すまんが、そう思った経緯を説明してほしい」
「ちょっと前に起きて騒がしいなと思ったら部屋の扉が開き、アンジーナ子爵が突撃してきました(モゴモゴ)。
まず僕のシャツをはだけさせ、ベッドで寝ていた僕に馬乗りに(モゴモゴ)。
平手打ち二回、拳で殴るのが一回でしたね(モゴモゴ)。
最後に腰からナイフを抜いて頬に当てて脅してました(モゴモゴ)」
……一連の流れを聞くだけだと確かに強姦趣味と言われても仕方がないな。
「そういう性癖は無いと思いたいが確証はない。
どうせあいつは取り調べを受けるのだろう。
被害者側の観点で説明してみればいい」
「かしこまりました(モゴモゴ)。
では遠慮なく(モゴモゴ)」
本当に【狂犬】のあだ名にふさわしいよ。
できればこのままフェーリオの味方でいて欲しいものだ。
◇◇◇◇
僕、ニフェールはこの後医者にナイフを引っこ抜いて傷を縫い合わせてもらった。
傷は残るがそこは仕方ない。
助け出された時は学園の授業終了前位。
飲み物と食事を衛兵の詰め所で提供してもらって、今日はジャーヴィン侯爵家に泊まらせてもらうことになった。
学園に戻ると厄介なことになるのと、明日はアンジーナ子爵の取り調べと並行して僕が何をされたのか改めて説明する予定な為。
順調にいけば明後日から学園に戻れるだろう。
さて、現在ジャーヴィン侯爵家の客間。
本日僕が寝る場所。
なぜ僕はラーミルさんに抱きつかれているのでしょう?
まさかジャーヴィン侯爵が率先してチアゼム侯爵家に依頼したのか?
フェーリオたちに毒されてませんか?
いや、滅茶苦茶嬉しいですよ?
顔をラーミルさんの胸に挟まれて「パライソはここに有ったんだ!」と感動に震えておりますし。
理由は、分かっているんですけどね。
任意同行についてったら顔に傷つけて帰って来たらそりゃ驚きますよ。
まぁ悲しんで泣いてくれて個人的には嬉しいです。
そして僕は悲しませたことは反省すべきですね。
「ラーミルさん」
ビクッと反応するラーミルさん。
ん~、こういう反応はむしろ僕がする側な気がするんだけど。
まぁ、可愛いからいいか。
「ちょっと身体に傷つけちゃった。
不安に思わせてゴメンね」
フルフルと首を振り、ラーミルさんは涙を拭い――
「いえ、帰ってきてくれたことの方が大事ですし、嬉しいです♡」
――傷ができた左の頬にかすかに触れる。
ちょっと痛いけど、我慢できる範囲なので黙っておこう。
いい雰囲気だしね。
「そう言ってくださると帰って来た甲斐があるってもんです」
ラーミルさんを抱きしめて頭が私の胸辺りに来たのを確認し頭を撫でると軽く目をつむり楽しんでくれているように見える。
……イケる?
……前回の頬にキスを超えられる?
ドキドキワクワクしながらラーミルさんの顎を少し上に向かせる。
なんとなく感づいていたのか顔を赤くしつつも軽く目を瞑ってくれる。
僕も緊張しつつ少しづつ唇を奪いに――
ガ タ ン !
――この今の感情をどう表現すればよいのだろう。
目を瞑ってくれていたラーミルさんも目を開いてしまった。
それどころか絶望と怒りに捕らわれた眼をしておられる。
「……ラーミルさん。
どちらか好きな方をお選びください。
一、このまま続ける。
二、覗いている輩を説教」
ラーミルさんは無言で立ち上がり、扉に向かい一気に開く。
そこにいたのはフェーリオ、ジル嬢、そしてジャーヴィン侯爵夫人とカールラ姉様。
全員ニヤニヤしているのが腹立たしいが、立場的に文句言えないのが悔しい。
多分、ラーミルさんも似たような感情をお持ちなのだろう。
握っている拳が震えている。
「どうしたニフェール?
続きをしていいんだぞ?」
「誰がこの状況で続きができると思うんだ?
ちなみに音を立てたのは?」
「姉だよ」
ぜってぇ怒れない相手じゃないか!
フェーリオやジル嬢位ならまだ怒れたのに!
「はぁ……まずはここで話しても仕方ない。
お入りください」
全員入り、ラーミルさんが紅茶を用意してくれた。
一通り落ち着いたところでフェーリオから説明が始まった。
レストたちが動き出したので衛兵たちに押し付けたこと。
ジャーヴィン侯爵に連絡取って衛兵の詰め所に突撃してもらったこと。
こちらも詰め所に捕らわれていた時の話を一通り説明する。
ねちっこい質疑応答のせいで元セリン家の話に今日の朝までかかったこと。
そのまま隔離されたので寝てたらアンジーナ子爵が突撃してきたこと。
暴行受けた後ジャーヴィン侯爵が到着。
救助してもらい今に至ること。
ちなみにその間水も飯も出なかったこと。
一通り話したところ皆無言になった。
まぁ、任意同行なのに拷問されたらそりゃ無言にもなるわな。
「まずは大変だったな、ニフェール。
無事に帰ってきてくれて嬉しいよ。
それはそれとして一つ質問なんだが、お前、顔の傷ワザとつけてないか?」
フェーリオが感づいてしまったようだ。
ジル嬢やラーミルさんは驚きの表情を浮かべている。
まぁ、慣れてなければそりゃ驚くわな。
「……よく分かったな」
「いや、なんとなくだが。
やらなければならなかったのか?」
「アンジーナ子爵がイカレかけててナイフで脅してきたときに『話さなければ顔を切り刻む!』なんていわれてね。
多分切り刻むと言ってもできないとは思うけど、逆上して何してくるか分からない。
ただでさえ、水も飯も食ってないので身体に力が入らなかったからアンジーナ子爵を止めることは難しかった。
なので、自発的に左頬を貫通させた。
ナイフが頬に刺さったままなら顔をこれ以上切り刻むことはできないからね」
……ラーミルさんの方から滅茶苦茶怒っている気配が。
急ぎ説明補足しておこうか。
「ナイフを取り上げない限り、目や耳、鼻などを削がれた可能性がある。
そして、勢い余って殺される可能性もあった。
余程ジャーヴィン侯爵が来たのが焦ったんだろうね。
でも、頬を刺させたことで冷や水をぶっかけられたかのように正気に近くなったようだよ」
フェーリオ、呆れた顔するな。
僕なりに足掻いただけなんだから。
「まぁ、色々意見はあるかもしれないけど僕なりに少ない怪我、そして命を落とさずに済ませる手立てがこれだったというだけだよ。
ちなみに外部には内緒で。
明日の取り調べで相手の責任の形でぶちまける予定なので自発的にやったなんて言われたら不味い。
ちなみに、ジャーヴィン侯爵とは話ついているよ」
フェーリオが続いて質問しようとするが、ラーミルさんが割り込む。
「ニフェールさん、自発的に顔を傷つけなければ……死んでいたということですか?」
「死なないかもしれません。
でも、あの時点でアンジーナ子爵は半狂人のようでした。
なら顔刻まれたり心臓にナイフを突き立てられることの無いような方法を探るしかありません。
なんせ力出ませんし。
頬を貫通させることで死を免れるのならいくらでも貫通させます。
命の方が大事ですから」
ラーミルさんが必死になって――
「お願いですからこれ以上怪我しないでください!!
心配している者のことも少しは考えてください!!」
――僕に抱きつき、泣きつつ叱ってくる。
とても嬉しいんだけど……絶対とは言えない。
「ラーミルさん。
僕は優先順位を決めて動いてます。
最優先は生きて帰ること」
キョトンとするラーミルさん。
ずっと見ていたいが話を続ける。
「狂人が武器を持っていて、自分が守る術がない。
この状況で生きて帰ることを望むのなら怪我は覚悟するしかないのです。
まぁ、確かに普段の体調なら何とかなったと思うのですが……」
本当に飯抜き水抜きは死ぬかと思った。
「今の僕の実力ではそこまでしか言えません。
必ず生きて帰ります。
そして可能な限り怪我無く帰ります」
ラーミルさんの目を見て告げ、抱きしめてこっそり一言。
「……あなたのもとに」
……いや、何も言わんでくれ。
自分でもクサイセリフだと認識している。
だからその目をやめろ、フェーリオ!
ちなみにラーミルさんの感情的にクリーンヒットしたようで、抱きしめる力が強くなってきた。
水分、食事を取って復活しているが本調子では無い。
つまり、その……もう少しソフトに抱きしめて頂けると。
当人には言えませんけどね。
ラーミルさんも落ち着き、フェーリオが茶化したところでカールラ姉様から一言。
「で、ニフェールちゃん。
仕返しは?」
「明日、アンジーナ子爵が何やったのかの取り調べを受けることになってます。
そこで色々ぶちまけてくる予定です。
この国の衛兵として不適格であること、任意同行で殺されかけたことを伝えて息子のレストと父親であるエフォットのオッサンに引導を渡してきます」
「うん、なら良し!
フェーリオ、学園側は?」
「既にニフェールが無実でありレストが暴走していることは広めているので、戻ってきたら顔の傷の話を食堂ですれば終わりかな?」
「そうね、多分そのレストとやらは学園にもう来れないでしょ?
なら最後の一押しして終わりね」
うんうんと頷き満足するカールラ姉様。
笑顔が怖いです。
さて、次の日。
ジャーヴィン侯爵と一緒に王宮に来ております。
あ、ちなみにラーミルさんはジル嬢と一緒にチアゼム侯爵家に戻られました。
僕の童貞喪失シチュを期待していた方々申し訳ない。
只今陛下の御前にて跪いてます。
簡単に言うと裁判中ですね。
……取り調べじゃなかったのかって?
その通り、予定では僕から情報を引き出すための取り調べのはずでした。
ですが、ジャーヴィン侯爵とチアゼム侯爵がめっちゃ殺る気(誤字に非ず)出しちゃいまして。
昨日夕方からジャーヴィン侯爵が取り調べ担当を侯爵家に連れてきてその場で取り調べ。
その間にチアゼム侯爵が裁判の予定を陛下に奏上。
あれよあれよという間に本日裁判と相成りました。
他にも裏で動いているようですが、そこまでは僕も知りません。
ジャーヴィン侯爵が何が起こったのか説明されてますね。
飲食一切させず一日近く監禁したことも、傍から見て同性強姦まがいの事をやらかしたことも一通り説明してますね。
……僕が説明した時より詳細かつ臨場感あふれる説明に仕上がってるように聞こえますが、同性強姦に詳しい部下でもお持ちで?
ちなみに少し離れた位置にアンジーナ子爵もおりますが顔色悪そうですね?
緊張されているのでしょうか?
ああ、こんな時にピッタリな言葉を衛兵さんがおっしゃってましたね。
確か、こんな言葉でした。
――初めてなんだろ? チカラ抜けよ――
――カタくなりすぎんなよ!――
チアゼム侯爵家の門番さんたち、使う機会があったら言ってみますね!
暴れるだろうけど。
ジャーヴィン侯爵の説明が終わり、アンジーナ子爵が反論を始める。
「儂は、衛兵の規則に基づいて問うたのみ!
被疑者へ圧力をかけるのは尋問の基本!
何を問題視されているのかわかりませぬな!!」
冗談にしては笑えないぞ?
容疑者じゃないんだから。
任意同行は容疑者とは扱わないんだぞ?
知らんのか?
「被疑者と言うが、ニフェール君が何をしたと言うのかね?」
「元セリン家の売爵の原因は奴だ!
その取り調べのために捕らえたのだ!」
「元セリン家がああなった原因はニフェール君ではない。
原因は元セリン家グリース嬢のやらかしだ」
「はっ!
たかだか令嬢が伯爵家を潰すなぞ何をしでかしたというのですかな?」
「なら、男爵子息が伯爵家を潰すなぞ何をしでかしたというのだ?」
……ぐぅの音もでないようだ。
「ちなみに、グリース嬢のやらかしだが、ニフェール君からも聞いているだろう?
あの娘は我がジャーヴィン侯爵家とチアゼム侯爵家をまとめて侮辱し喧嘩を売ってたが?
知らんとは言わせんぞ?」
ジャーヴィン侯爵の説明に何とも間抜けな顔を晒すアンジーナ子爵。
本当に知らなかったの?
というか、説明したよね?
聞いてなかったの?
「ああ、当然当時のセリン伯は二つの侯爵家をまとめて侮辱するなんて行動を取る人物ではない。
ただ、令嬢が貴族としてありえない暴走をしただけだ。
ハッキリ言ってしまえばニフェール君は被害者でしかない。
そしてこの騒動を少しでも影響を減らし、最小化させたにすぎん。
まぁそれも令嬢が暴走してしまったがな」
「う、嘘だ!
そんな馬鹿なことがあるか!」
気持ちは分かるが、それが真実なんだ。
というか、そんな馬鹿なことをやらかす子だから苦労したんだ。
「事実だ。
この件については関係したジャーヴィン侯爵家、チアゼム侯爵家、被害にあったジーピン男爵家、そして令嬢が暴走した元セリン家で認識共有しておる。
また国でもこの件を認識しており、この件は既に解決済みだ。
正直言うと、貴様が口出す権限は無い」
「な、ならなぜ我ら衛兵側に連絡をいただけないのですか!」
「必要が無いからだろう?
家の乗っ取りでも無し、財産を奪うでも無し、何を知りたいのだ?」
「……」
ここで無言になるところが評価を下げている気がするんですが?
知りたいことが無いのならなぜ呼んだのでしょうね?
「次に、同性強姦未遂につい――」
「――そんなこと一切していない!
侮辱するのもいい加減にしろ!!
爵位が下であっても貴族としての矜持はある!
本件について謝罪と賠償を求める!!」
周囲の皆、発言に呆れて無言の時間が続く。
謝罪と賠償などと言い放ったアンジーナ子爵も周囲の反応が無いので少々慌てた表情になっている。
(どうしよう……)
その場にいた者達の統一見解はこれだろう。
どうしようもなさそうなので、僕は陛下に手を上げ発言の許可を頂いた。
「同性強姦の定義について確認させてください」
「定義だと?」
アンジーナ子爵が突っかかってくる。
が、ちゃんと答えろよ?
あんたの回答次第で性犯罪者の烙印が押されるんだからな?
「同性の定義は今更不要でしょうから、強姦について。
相手の意志に反し暴力や脅迫、相手側の心神喪失などに乗じて性行為を強要。
僕の認識としてはこう考えてますが、子爵としては?」
「定義であればその通りだな」
「で、今回の場合、相手の意志に反し暴力や脅迫は行われていますよね?
具体的に言うと、僕の頬を叩いたり殴ったりしましたよね?
これは暴力でしょ?」
「い、いや、あれは」
「そしてナイフを僕の頬に触れさせ脅してますね?
その結果がこの傷ですが?
これも暴力と脅迫ですね。」
「それは、お前が……」
「え?
僕がわざと自分で頬をナイフで貫通させるような人物だと?
流石に言い訳にしてももう少し考えて欲しいのですが?
失礼ですよ?」
「……」
「まぁあなたが頬を刺そうとしたときに歯や舌まで影響が出ないようにナイフが刺さるよう、口の中が血だらけにならないよう努力しましたが?
それと、暴力の前にあなたは僕の服を力ずくで裂きましたね?
それが性行為を強要したと受け取りました」
「それは違う!
性行為の強要ではない!」
「ではなんで引き裂いたのですか?
どういう理由で暴行、脅迫を行ったか理解できませんが、服を引き裂くのはもっと理解できません。
衛兵の仕事として人様の服を引き裂くという仕事があったのでしょうか?」
「それは……」
「これだけの条件が揃っていたから同性強姦未遂と認識されているのですよ?
それとも否定できる何かがあるのですか?
ジャーヴィン侯爵が助けてくださったときの僕の姿、服の状況。
これを超えるほどの否定要素があるのならお教えください。
ちなみに、任意同行で暴力、脅迫、服を破り肌を見せるなんてのは許されておりませんよ?
まぁご存じかと思いますが?」
黙ってしまいましたね?
そこで黙ったら強姦確定になるんだけど?
「……確かに先ほど言われた行動はやった。
ただし、そこに性行為を想定した行動をしたつもりはない!」
「服を引き裂き、身体を動けなくなるくらいに飲食を禁止し、暴力を振るったのに性行為を想定してないと?
では何のためにやったのですか?
それと、仮に性行為ではないとしても暴力、脅迫は認めると?」
「それは……」
また黙ってしまった。
言い訳をしたい、でも「侯爵にまで見られた」という証拠を越える物は無い。
でも言い訳しないと性犯罪者のレッテルを貼られる。
いや~、どうするつもりなんでしょうね。
「どうにも答えられないようだな」
「い、いや、その……」
「判断は陛下にお任せするとして、次の質問に進む。
貴様にニフェール君が犯罪を犯したと伝えたものは誰だ?
まさか、根拠もなく捕まえたなぞありえないだろう?」
この言葉に目をキョロキョロさせるアンジーナ子爵。
……なんか、目が怪しくなってきたぞ。
この目って僕に殴りかかって来た時の目だな。
ちょっと気を付けておくか。
「セ、セリン家、元セリン家の奥方だ!
売爵して平民になってしまった奥方がニフェールが伯爵家を滅ぼしたと言っていた!」
あ゛?
なにふざけたこと抜かしとんだコイツは?
喉笛喰らいつくぞ?
「ふ、ふふ、あっはははは!!」
一触即発の場面でジャーヴィン侯爵が大笑いし始めた。
キョトンとするアンジーナ子爵。
まぁ、僕もキョトンとはしましたが、ここまで笑うということは……。
もしかして♡?
「いや、こんなバカげた発言をされるとは思いもよらなかったよ。
何年ぶりだろうな、こんなバカな話を聞かされ笑ってしまうとは!
貴様がどれだけ適当に仕事をしていたか、ここまで的確に報告してくれるとはな!」
「なっ!
何処が適当ですか!
まさかジャーヴィン侯爵ともあろう御方が平民になった者の申し立てを聞かぬということか?!」
でっち上げで犯罪者を自作したお前が言うなよ。
「ふむ、では我が発言が正しいという証拠を見せよう。
チアゼム侯爵殿、よろしいですかな?」
「ええ、このような喜劇をお見せいただいた御礼をしなければ。
さて、入ってきなさい」
あ、やっぱりそういうことですね。
チアゼム侯爵からの呼びつけで入って来たのはラーミルさんでした♡。
って、ちょっと装飾品やケープとかつけてるけど告白した時のドレス?
うっわあ、別の意味でドキドキしてきた♡。
ただ、何か激怒と言っていいくらい怒ってません?
不味くない?
これ、近づいたら飛び火する?
「さて、アンジーナ子爵。
この方をご存じかな?」
「は?
知るわけないじゃないですか!
誰ですか、その女は?」
あ~あ、言っちゃったねぇ、自滅の言葉。
「彼女は元セリン伯夫人、当時の呼びかたで言うとラーミル・セリン元伯爵夫人だ」
法廷に静寂が落ちる。
アンジーナ子爵は声も出せず、目が飛び出すくらいにひん剥き、口をポカンと開けている。
どう考えても思考が追い付いていないようにしか見えない。
チアゼム侯爵はラーミルさんをエスコートし、僕のそばに連れてきた。
「陛下の御前にて失礼いたします。
元セリン伯の妻でございましたラーミルと申します」
礼儀に乗っ取った挨拶をすると、陛下からお言葉を賜った。
「ラーミルとやら、アンジーナ子爵の話ではそなたが隣のニフェールを訴えたと言っているが真か?」
「いえ、アンジーナ子爵にお会いしたこともございません。
また、ニフェール様を訴えるなんてありえません。
義娘のグリースがジーピン家との婚約破棄などと言い出した際に色々と騒ぎを鎮静化させるためにお助けいただいております」
ここまで言った後、アンジーナ子爵の方を向き――
「当時の夫であるニーロ共々ニフェール様には尽きせぬ恩がございます。
ニーロ率いる元セリン家は『善人の家』と呼ばれるくらい人格者でありました。
それなのに大恩あるニフェール様を訴える?
ありえませんわ!」
ぶふぉっ!
いや「善人の家」ネタを良き方に使うとは流石に想像しなかった。
他の貴族たちも笑いかけているが、ある意味真実味が増したように感じる。
「それと、私は平民ではございませんわよ?
元夫ニーロが売爵した時点で離婚しております。
なので今は実家であるノヴェールの姓を名乗っております。
ご存じないかもしれませんが、子爵位を賜っておりますので貴族令嬢になりますわね」
ラーミルさんの発言を引継ぎ、ジャーヴィン侯爵がアンジーナ子爵に近づき――
「アンジーナ子爵よ、貴様は衛兵管理の仕事を全くできていないようだな。
誤認逮捕どころか犯罪のでっち上げなぞありえんよ」
――衛兵業務の仕事がまともにできぬと呆れ――
「陛下の御前で虚偽の報告をするとは、貴族としても恥を晒していること理解しているか?
貴様の行動はいちいち貴族の名を穢しておるのだぞ」
――貴族としての振る舞いもできぬと叱り――
「で、改めて聞こう。
無実な者を犯罪者扱いし、
申し立てを偽造し、
任意同行なのに飲食禁止して閉じ込め、
強姦まがいの行動を取り、
陛下の御前で虚偽の報告をする」
――今回の騒ぎをまとめて説明し――
「この一連の問題、誰の仕業だ?
答えよ!!」
――逃れる要素を一通り潰した上で追いつめる!
めっちゃ楽しそうなんだよなぁ。
最近アゼル兄とロッティ姉様の件でストレスたまってただろうし、ちょうどよかったのかもしれない。
ジャーヴィン侯爵の問いにアンジーナ子爵はブツブツ何か言ってる?
(ちょっとヤバいか?)
すぐに飛び出せるような体勢に移すと、間髪入れずアンジーナ子爵はジャーヴィン侯爵に襲い掛かった。
ジャーヴィン侯爵に触れる前に僕は低い体勢で割り込み、アンジーナ子爵の右手を左手で掴み、僕の右腕は子爵の股間に入れ、そのまま回転して投げる!
ド シ ン !
元々侯爵に掴みかかろうとしていた勢いそのままに投げたので、かなり勢いよく床にぶつかった様だ。
アンジーナ子爵の反応が無い。
気絶は……していないようだ。
「侯爵、大丈夫ですか?」
「ああ、大事無い。
良く気づいたな」
「侯爵の問いにブツブツ言っていたので、狂人化したかと思いまして割り込めるようにしてました」
「うむ、良い判断だ。
兵よ、そいつを捕らえ暴れられないようにせよ!」
アンジーナ子爵の行動に反応できなかった兵士たちがおっとり刀で拘束する。
子爵を引き渡すが……あんたら、仕事位ちゃんとしろよ。
学園生より反応遅れて恥ずかしくないのか?
子爵の暴走によるドタバタはあったがそれも落ち着き、ジャーヴィン侯爵は改めて問いかける。
なお、子爵は腕を極められ動けない状態となっている。
まぁ、また侯爵に襲い掛かられても困るしね。
「アンジーナ子爵、貴様はなぜこのような罪を犯した?
そして誰にこのようなことをせよと求められた?」
「誰にも求められてはおらん!
また罪を犯したとも思っておらん!」
は?
本気?
陛下も両侯爵も呆れておられる。
というか、呆れていない者は法廷にいなかった。
「なら、貴様はそこで大人しくしておれ。
陛下、本件について他の者も呼んでおります。
入室させてもよろしいでしょうか?」
「許す、入れるがよい」
え?
誰を呼んだんですか?
ウチの家族は時間的に無理だし、元セリン家の人たちも同様。
ホント誰だろう?
困惑していると大声で喚き散らす男女の声が聞こえてきた。
女性は知らないが男性ってこれ、まさかレスト?
そんなことを思っていると予想した通りレストが連れられてきた。
一緒の女性は結構年齢高そう。
もしかして、アンジーナ子爵夫人?
「陛下、こちらアンジーナ子爵の奥方と子息です。
彼らが申すには……」
ジャーヴィン侯爵の説明を聞くと、正直気分悪くなった。
レストがフェーリオの取り巻きから外されて愚痴ってたそうだ。
そこで父親である子爵が取り巻きに戻してやると言い出した。
どうやったのもニフェールをどうしたのかも知らない。
法廷に呼ばれた際に父親が僕を陥れたことを初めて聞き驚いている。
ウ ソ だ ろ ?
お ま え が ?
そ ん な 殊 勝 な こ と 言 う は ず 無 い !
じっと顔を見ると悲しそうに振舞っているが演技であることがバレバレである。
奥様も同じようだな。
演技力はレストより上だが。
え、これ、父親を犯罪者として差し出してレストがアンジーナ家を継ぐ話?
子爵の方を見てみると……なんか愕然としてる。
もしかして、奥様と息子に裏切られた?
何と言うか、泥沼の愛憎劇でも見せられるのか?
まさか息子が奥方をNTR?
そんなことを考えていると侯爵の説明は終わり、奥方とレストに真偽を確認。
二人とも事実であると明言した。
これ、一家で僕を陥れようとしていた場合、三人とも処罰されるの分かっているのかねぇ?
「ジャーヴィン侯爵、その二人が言っているのは事実ではない!」
「ほぅ、どの部分が事実ではないというのだ?」
「レストが愚痴っていたのは事実だ。
ただし、取り巻きに戻してやるなどとは言っておらん!
第一儂にそんな権限は無いからな!
むしろ、レストが取り巻きに戻りたいからニフェールを貶めてくれと言ってきたんだ!
妻もそれに賛成している!」
子爵の反論にレストが一言。
「父上、根拠は?
もしくは証拠でも構いませんが?」
子爵の顔が醜く歪む。
隣のラーミルさんから「うわぁ……」と小さな声が聞こえてきた。
うん、気持ちは分かる。
これ見ると、元セリン家が「善人の家」って言われたのが分かる。
アンジーナ家がどう見ても「悪人の家」にしか見えない。
こいつら人として終わってるわ。
そんなことを考えていると、ジャーヴィン侯爵がレストに質問する。
「ふむ、子息殿――レスト殿だったか?――は証拠がないなら子爵の発言は無効であると?」
「ええ、当然ではないですか。
根拠のない発言に正当性はありませんよ」
うっわぁ、レストいい気になり過ぎ。
というか、想像つかないのか、記憶力に難があるのか……。
ジャーヴィン侯爵が何してくるか読めてないのか?
「ふむ、では次の者、入ってまいれ」
「え?」
予想通り、フェーリオとジル嬢が入場するとレストと奥方から悲鳴が聞こえた。
子爵はそれを聞き、挽回のチャンスと思ったのか表情が生き生きしている。
……いや、お前らまとめて罪に問われるだけだろうに。
「さて、フェーリオ。
昨日学園にてあったことを説明せよ」
「かしこまりました。
昨日昼に食堂にてレスト殿が私に『ニフェールが衛兵に捕まっている』と発言。
話を聞くと、アンジーナ子爵からニフェール殿を任意同行したのを聞いたと食堂内に言いふらしております」
あぁ、陛下やその周りにいるお偉いさんが引きつった表情してますね。
「親子そろって何やってんだ!」とか思っているのでは?
答えは簡単ですよ?
親子だからじゃね?
やらかしっぷりが似すぎてますもの。
「その話を聞き、教師経由で国へ報告。
衛兵が来たので状況説明の上レスト殿達を引き渡しております」
一通り説明終わると侯爵から補足説明があった。
「なお、引渡された衛兵たちは王宮まで連れてきた。
ただし、その後引き継いだ衛兵たちがレスト殿を理由なく解放していることを確認した」
ザワザワッ!
おいおい、ろくでもないことするなぁ。
確実にその衛兵たち罰せられるだろうに。
「レスト殿を解放した者たちは現在牢屋で話を聞いておる。
全員口をそろえたかのようにアンジーナ子爵からの指示だと言っておる」
「ちがう!!
そんな指示だしてない!!」
侯爵の説明にアンジーナ子爵が反論する。
そりゃそうだろうなぁ。
その頃って、子爵が捕まった前後じゃないの?
指示なんて出せないんじゃないかな?
どうせ、レストが「解放したら親父にうまく言っておく」とか抜かしたんだろ?
そして「親父からの指示だったと言っとけ」とか言ったんだろ?
バレないと思っているのかなぁ。
「ふむ、では答えよ。
今回の仕業、誰の依頼だ?」
「息子の依頼だ!
息子が取り巻きから外されたんで戻るためにニフェールを貶めるため手を貸してくれと言われた!」
あ、やっぱり。
でも、貶めるには無理があるんじゃないかな、レストの実力的に。
「それで殺すつもりだったのか?」
「い、いや、そこまでは考えてない。
ただ、取り調べに使用した隔離部屋なら邪魔は入らんからそこに留めておいたまでだ」
「当たり前だが、人は食事をせず水を飲まねば死ぬ。
特に水は不足すると脱水症状や筋肉のけいれん、そして死が待っている。
貴様のやったことはニフェール殿を殺そうとしたに等しい!」
本当にそうですよね。
全く腹立たしい!
でも隣でラーミルさんが怒っている雰囲気が嬉しい♡。
「そしてその理由が息子のために他者を貶める?
貴様の息子はニフェール殿を貶めても取り巻きに戻ることはありえない!
日頃の行動に問題があり過ぎたから外しただけだ!」
「えっ?」
なんだ、レスト?
まさか自分は清廉潔白だとでも思っていたのか?
「取り巻きから外す」のは、「取り巻きにしていると犯罪に巻き込まれる」という理由もあるんだぞ?
気づいてなかったのか?
「それに加え陛下の御前での虚偽報告。
また息子と奥方が共謀して嘘を重ねる所業。
これでよく無実だの言えたものだな」
ジャーヴィン侯爵は一通り言い放った後陛下に向かい裁可を求める。
「アンジーナ子爵、ジーピン家子息ニフェールに虚偽の理由で呼び出し食事も水も与えず閉じ込めることは殺意があったと判断する。
また、元セリン家夫人ラーミル嬢が訴えたと虚偽の発言を繰り返す、ジャーヴィン侯爵に掴みかかる等貴族として分不相応な行動に終始している。
故に、アンジーナ子爵家を奪爵とする」
子爵だけでなくレストと奥方までショックを受けている。
……なんで?
どこに奪爵されない要素があった?
「そして、元アンジーナ子爵。
そなたは国北東にある鉱山にて犯罪奴隷として採掘に従事することを命ずる!
とりあえずは牢屋に入れておけ!」
陛下の命令を聞いた元アンジーナ子爵は一瞬動きを止めた後、大声で泣き叫び暴れる。
兵士たちが厄介そうに押さえつけ運んでいく。
そこまで泣き叫ぶくらいなら初めからやらなきゃいいのに。
というか、息子のおねだりにも毅然と対応してればよかったのにね。
「元アンジーナ子爵夫人、元アンジーナ子爵子息。
そなたらは父親に他貴族子弟を貶めるよう依頼し、それを実行した父親を切り捨て罪をなすりつけようとする。
その行動許し難し。
故に、そなたらも父親と共に犯罪奴隷として採掘に従事することを命ずる!
なお、それぞれ別の鉱山を担当させるので生きて顔を合わせることは無いだろう。
それぞれ別の牢屋に連れていけ!」
奥方はさめざめ泣き兵士たちが荷物を抱えるように持ち上げ連れて行った。
レストは父親と同様に泣き叫び暴れた。
ここだけ見ると似た者親子に見える。
「何故だ!
何故俺が犯罪者に!!
ニフェール、てめえのせいか!!!」
「違うよ」
「じゃあなんでだよ!」
「レストが犯罪犯したから。
それだけだろ?
悩むほどの話じゃない」
「何が犯罪だって言うんだ!」
「父親に依頼した内容が既に犯罪だが?
それに加え任意同行の話を広めること、法廷で虚偽の報告をすること。
全て犯罪だが?」
「その程度でかよ!」
「その程度でだよ。
そんなことも判断できない時点で貴族なんてやっていけないよ。
諦めな、今までの報いだ。
大人しく罪を償うんだね。
ちゃんと償えば生きて鉱山から出れるかもしれないよ」
まだ騒いでいたが、兵士たちが牢屋に連れて行く。
静かになると皆ホッとした雰囲気となった。
「ジャーヴィン侯爵、衛兵たちの行動を再確認してくれ。
まずは今回の件で他にやらかしている者はいなかったのか。
それとアンジーナ家がどれだけ専横を振るっていたのか。
衛兵の信用問題にも関わる。
厳重に調査せよ!」
「かしこまりました」
まぁそりゃそうだよなぁ。
レスト一人でやってるはず無いし、トリスやカルディアあたりも名前が出てくるかもなぁ。
そんなことを考えていると、陛下からお言葉を掛けられた。
「ジーピン家子息ニフェール」
「は、はいっ!」
何事?
なぜ僕如きに?
「先の元セリン家の仲裁、今回のアンジーナ家の暴走。
どちらも本来一学園生が対応するものではない。
前者は本来家同士の話であるし二侯爵家の不和ともなりかねなかった。
今回は殺害される寸前であり、衛兵たちの行動により最悪そなたが同行した事実まで証拠隠滅される可能性があった」
いや、本当に「そうですね」としか……。
問題あったことが分かっていただけるだけでもありがたいですよ。
さっきのレストじゃないけれど、問題起こした人たちは問題であることを認識しないから。
「本件に対して国として謝礼と謝罪を込めて男爵位を授ける」
え?
いや、ちょっと待って!
ジャーヴィン侯爵を見ると頷いているし!
まずいって!
本気で分かってないのか?
フェーリオは……ダメだこいつも分かってない。
ラーミルさんは……喜んでくれてますが、気づいてない?
あ~、もう!
「陛下、お気持ちはありがたく。
ですが、今この場にて爵位を賜ることはお断りさせていただきます」
ザワッ!
「こ、こら、ニフェール君。
幾らなんでもそれは……」
ジャーヴィン侯爵が慌てるが、ここはちゃんと言うべきかと。
「ジャーヴィン侯爵、今回のアンジーナ家の件の原因は分かりますか?」
キョトンとする侯爵。
「そりゃ、アンジーナ家子息の嫉妬だろう?」
「そうです。
侯爵のご子息フェーリオ様の側近の端に連なることを許されたこと、それに対して嫉妬した結果が今回の事件であると考えます。
さて、今男爵位を賜るということは、この後どれだけの嫉妬と悪意を浴びせられなければならないのでしょうか?」
アッ!
感づいた方々から声が上がる。
今回の事件が再度始まる可能性が高いことに気づいたようだ。
「今回はジャーヴィン侯爵家の寄り子内の話でしたが、男爵位の話となりますと最低でも嫡男と婿入り予定以外の学園生はほぼ敵となります。
もしかすると国内貴族の次男・三男あたりが全て敵となるやもしれません。
ただでさえ学園生がやらかしたのにそれに加えて敵を増やすのですか?
わざわざ火種をバラまくのは如何なものかと」
僕の説明に陛下を含めこの場にいる者たちが苦悶の表情を浮かべる。
国としては迷惑料と謝礼を足した形で爵位を与えることを考えたのだろう。
だが、今の学園では第二、第三のレストが出てもおかしくない。
「ちなみに、提案があります。
爵位をお与えいただけるのはありがたいですが、一時期王家預かりとはできませんでしょうか?」
「なんだ、その王家預かりとは?」
陛下が興味を持ったようで、身を乗り出して聞いてくる。
「学園を卒業するまで爵位を賜るのを一時止めて頂きたい。
無事卒業する際に今回の件を含めた功績をまとめて爵位として賜れるようにすれば火種とはならずに済むのではないかと考えます。
学園生の身分で男爵となると火種になるかと思いますが、既に卒業した者が爵位を賜るのは別におかしなことではないかと」
「学園を卒業しても狙われるのは変わらない気がするが?」
「卒業しても狙われる可能性があるのは仕方がありません。
今回のような学園生の暴走を抑止するための提案なので」
ふむ、と陛下は顎に手をやりしばし沈黙する。
周囲の者たちはひそひそと話しているが賛否半々のようだ。
「今から卒業までにそなたが本日までの褒章を打ち消すほどの失敗をした場合は?」
「当然、爵位を賜ることは無くなります。
逆に、卒業までに実績が追加された場合は男爵位ではなく子爵位以上を賜れればと」
ブ ハ ッ !
「そこまで言いよるか!
であればよかろう、そなたの提案を飲もうではないか!
なお、一時預かりの結果どう判断されたかは学園の卒業パーティにでも教えることとしよう。
元々卒業パーティには王族が来賓として参加するのでな。
その時参加する王族に伝えておく。
それでよいな?」
陛下は吹き出し笑いつつも提案を受け入れて頂けた。
これで学園で危険な思いをする可能性は減っただろう。
「かしこまりました。
提案を受け入れていただきありがとうございます」
「うむ、ではこれにて裁判を終わる!」
緊張した身体をほぐし、ほっと気を吐く。
いきなり法廷なのもきついが、子爵の暴走、レストのやらかし、そしていきなりの爵位話。
うん、僕、頑張った!
とりあえず爵位を貰えることがほぼ確定となったのは大きい。
卒業までにやらかさなければという条件はあれども男爵になれる。
そうしたら、ラーミルさんと……♡。
バラ色……というか、桃色の未来を想像していた所で桃色なお相手であるラーミルさんが声を掛けてきた。
「お疲れ様です、ニフェールさん」
「ラーミルさんもお疲れ様。
素晴らしいタイミングで援護していただき助かりましたよ」
互いに照れつつ、モジモジしながら互いの健闘を称え合う。
そんなほほえましいシーンに周りは――
「あ~ら奥様、あそこでイチャついてますわよぉ!」(フェーリオ)
「あ~ら旦那様、アッツいですわねぇ!」(ジル)
「ジャーヴィン侯爵、チアゼム侯爵、あの二人は?」(陛下)
「付き合い始めの初心な男女です」(ジャーヴィン侯爵)
「あたたかく見守る時期ですので干渉無用です」(チアゼム侯爵)
「あんな頃があったなぁ……あれ、何十年前だっけ?」(宰相)
――ガッツリ見物してました。
あなたたち全部聞こえてるんですからね?
そんなふうに揶揄われ二人で顔を真っ赤にしていた。
その後、一通り終わったのでジャーヴィン侯爵家に泊めさせてもらう。
明日朝一で寮に戻りそのまま授業を受けようと思う。
既に数日授業休んでいるからなぁ、追い付かないと。
それと、家に状況報告の手紙を書かないと。
そして次の日。
「昨日はお楽しみでしたね!」
ふざけんな!
こっちはギリギリだったんだ!!
お前のボケに付き合ってらんねえんだよ!!!
「まぁ揶揄うのは置いておいて、これからは?」
「学園に移動、寮に戻り授業の準備と庶務課に言って手紙を出す。
ちょっかい出してきそうな奴っている?」
「トリスとカルディアくらいかな。
でも、もしかすると既に捕まっているかも」
ああ、衛兵を調査した結果ですね。
「となると……また昼食時におしゃべりしますか」
「昨日の件の周知な。
事前に側近たちには伝えておく。
ジルの方も同じように動くだろう」
「了解。
んじゃ、先に行くわ。
また後で」
急ぎジャーヴィン侯爵家を出て学園に向かう。
……流石にパン咥えて移動はしていない。
曲がり角でぶつかることも無く到着。
朝早めに来たのでほぼ学園生はいなかったが、門番の方に驚かれてしまった。
簡単に説明して寮に移動、その次に庶務課、最後に教室。
どの場所でも「何やらかした」の大合唱だった。
昼飯時に食堂で情報流すと言ってさっさと避難したが。
そして昼休み。
先にボロネーゼを注文しフェーリオたちを待つ。
皆左の頬が気になるのかチラチラ見てくるが、まだ黙っておく。
注文が届くタイミングでフェーリオたちがやって来た。
「昨日はお楽しみでしたね!」
「お前、一日で二度もやるネタじゃねぇだろ!」
「いや、一応笑いを取ろうかと……」
「お前は芸人じゃないんだからそこまで気にしなくていい!」
「まぁお前のここ数日の話の方が面白いのは分かっているがな。
さて、聞かせてもらってもいいかな?」
周囲の学園生たちも聞きたくてうずうずしているようだ。
わざわざ静まるように言い出す輩まで出てきた。
まずは任意同行についてだな。
同行を求められ次の日の朝まで質疑応答という名の尋問の話を説明する。
ついでに尋問したのがレストの父親であることも伝える。
「男同士、密室、深夜の取り調べ、何も起きないはずがなく……」
「起こって欲しかったのか、オイ!
お前の言ってるタイプの事はなにも起きてねぇよ!」
一部の方々(女性八割男性二割)から生唾飲んだ音が聞こえたが確認はしたくないな。
って、ジル嬢、あなたは事前に話を聞いているだろうになぜ一緒になって生唾飲み込むんだよ!
次に任意同行を求められてから食事も水も与えられなかったこと。
「それって、下手な拷問よりきつくないか?」
「きついというより、殺そうとしていたんだろ?
水飲まずにどれだけ命を保てるって思っているんだ?
一日持たない恐れもあるのに?」
「え゛?」
「僕はあの時死ぬ可能性が高いと思ってたよ」
食堂にいる者たちも死に直結する拷問をされていたとは思わず、悲鳴を上げるものもいた。
そしてレストの父親が狂ったように部屋に入り暴行を行ったこと。
左の頬にナイフを突き立てられたこと。
ちなみに、同性強姦未遂のことも伝えた。
「なんだ、やっぱり『何も起きないはずがなく』じゃないか?」
「同意じゃねぇんだよ!
強姦と同意を間違えんな!」
あと周囲の面々、ヨダレ垂らすな!
性癖バレバレだぞ!
特にジル嬢!
同行ネタの最後としてジャーヴィン侯爵が助けに来て、説明終了。
「捕らわれのお姫様?」
「そんなわけねぇだろうがよ!
なんだ、お姫様役にでもなりたいのか?」
「むしろ助ける騎士様役がいいな~」
「……なぁ、その場合僕がお姫様役を期待されちゃっているんだけど?
ソッチの趣味あったの?」
「いや、ないけど?」
チラッ。
あ~、ジル嬢、無いから落ち着け?
期待するな?
絶対やらないから。
「んで、一旦衛兵たちの居場所から避難して次の日王宮で被害者――僕の事だよ?――の取り調べに入る、はずだったんだが」
「だが?」
「お前の親父さんが頑張っちゃって、避難したその日に取り調べして次の日に陛下を交えて裁判に……」
「早っ!」
食堂内の学園生も「ヤバッ!」「めっちゃ大事じゃねぇか!」と大騒ぎ。
「そこでレストの親父のやらかしを全部暴露する形になって大混乱。
それに加えこの親父、元セリン家夫人から僕を捕まえてくれと言われたとか抜かしてた。
ちなみに、その発言の直後に実際に元セリン家夫人が裁判に呼ばれこの親父が嘘ついてたのが発覚。
そして姑息な作戦が失敗したのにブチギレてお前の親父さんを襲おうとしてた」
「……一応確認するが――」
「――お前らが喜びそうなシーンは無いぞ。
暴力行為の方だからな。
ちなみに僕の方で投げ飛ばしといたが」
周囲から「え?」という反応が。
僕、それなりに戦えるんだけどなぁ。
「んで、次にレストとそのお袋さんが入ってきて親父さんに罪を擦り付け始めた。
それにブチ切れた親父さんは今回の件レストからの依頼であることを白状した。
そんで、色々あってレストん家の三人全員とっ捕まって鉱山行き確定。
説明からすると、別々の鉱山に送るから二度と会うことは無いだろうって」
「ちょっと待て!」
え?
誰だ突然後ろから?
「嘘だろ?
レストが捕まった?」
あれ、トリス?
まだ学園生でいられたの?
「あ、ああ、捕まったよ。
陛下の裁決だから多分さっさと運ばれると思うけど。
それと、レストが衛兵に法に違反する指示を出していたのが明らかになったから、その本格調査も始まるはずだよ。
既に始まっているのかもしれないけど」
顔真っ青になったトリス。
次はお前だと言われたに等しいからなあ。
あれ、もう一人は?
「あれ、カルディアは?」
「知らねえ……レストに呼ばれたかと思ってたんだが」
「レストに近かったから早速お呼ばれしてるかもね、衛兵に」
いきなりダッシュで食堂を出るトリス。
実家に戻って今後について話し合うのだろうか?
「ちなみに親御さんには連絡したのか?」
「今日朝に手紙を送ったよ。
一応一通り記載したけど、どれだけ信じてくれることやら……」
「え、お前そこまで信用されてないの?」
「いや、そうじゃなく誰が信じるんだというぐらいドタバタし過ぎじゃない?
僕がこの話聞いたら『こいつ、文才ないな』って思うもの」
ブ フ ォ !
そんな皆笑うなよ。
同じこと思っているんだろう?
「まぁ確かになぁ。
大丈夫か?
お前の母親、ブチ切れちゃうんじゃないか?
そして兄弟を抑えきれるか?
【魔王】と【死神】がキレるなんて見たくないぞ?」
「一応陛下の裁定と言うことは書いてるし、やらかした輩は皆鉱山行きだからそこまでキレることは無いと思うよ。
キレても鉱山に遊び位に行くくらいじゃないかな?」
「鉱山に?」
「家族総出で犯罪者意識改善ツアーかな。
兄さんたち……【魔王】と【死神】が全力で精神を改善してくれると思うよ。
まぁその前段階で精神を壊すけど」
「怖っ!」
あの二人を甘く見過ぎじゃない?
このくらいならかわいいものだと思うけどな。
◇◇◇◇
「ふぅ……」
メイドの仕事をしていても溜息しか出てきません。
私、ラーミルは告白してきたニフェールさんの事を考えてしまいます。
先日その……は、初デートを楽しんでいた所、衛兵の方々がニフェールさんを連れ去りました。
その後ジャーヴィン侯爵家、チアゼム侯爵家双方が手を尽くしても情報が入らなかったようでフェーリオ様、ジル様とも困惑と焦燥の表情をしていたのを思い出します。
皆様睡眠不足のまま次の日の昼になり学園に行ったフェーリオ様たちからアンジーナ子息が情報を吐いたと連絡があり、ジャーヴィン侯爵様が衛兵の待機所に突撃。
そこで食事どころか水も与えられなかったニフェールさんは左の頬に深い傷をつけて戻ってきました。
正直、この時点で抱きついて泣き出しそうでしたが、まずは休ませようとベッドに連れて行きます。
いや、そのままという妄想をしなかったとは言いませんが、ジャーヴィン侯爵家でチアゼム侯爵家のメイドがサカるって流石に不味すぎるので……。
とはいえ……キ、キスまで行きそうでしたが邪魔が入って未遂でしたね。
相手がジャーヴィン侯爵夫人、ニフェールさんの義理の姉(予定)、フェーリオ様、ジル様と文句言える相手出ないのが悔しい。
そして次の日本件のケリを付けにニフェールさんは王宮に向かわれましたが、なぜかこっそり私も向かうことになりました。
それもニフェールさんから告白されたときのドレスを着て。
あ、流石に全く同じではなく少しケープとか変えてますけどね。
どうも元セリン家夫人として発言を求められる予定のようで。
「それでニフェールさんが助かるのなら、そして敵を潰せるのならいくらでも協力します!」と伝えるとニヤニヤしてくるんですよね、チアゼム侯爵。
エロ親父って呼んであげたい。
久しぶりにセリン家夫人――元ですけど――と呼ばれて、どうもうまくかみ合わないんですよね。
もう過去のものになっちゃったんでしょうね。
そのまま人を勝手にニフェールさんを訴えたなんて抜かした下種親父の発言を全否定しホッとしていたら、狂ったのかジャーヴィン侯爵に襲い掛かって来たんですよね。
が、ニフェールさんが下種親父を投げ飛ばして守ってまして。
あの時は何と言うか「ズッキューン!!」という擬音がぴったり来る位心に来ちゃいましたね♡。
乙女心全開で見てましたよ、ええ。
さて、ここまでの私視点での今回の件からお気づきかと思います。
私、ニフェールさんに堕ちちゃってますよね?
いや、私も初デートの時に「もしかして堕ちてる?」とも思ったのですが、ちょっと確証なかったんですよね。
でも裁判の時、ニフェールさんが投げ飛ばした時を見て「ああ、私堕ちちゃったんだ♡」ってはっきりと理解しちゃったんですよ。
で、そうなれば「後は突撃あるのみ!」と思ったのですが……。
なんかヘタレてしまいまして。
私、ここまで来て何してるんでしょうね。
はぁ……。
「せ・ん・ぱ・い!」
「うっひょう!
な、何ですか、ロッティ!」
「いや、何か悩んでいるのかサボっているのか判断付かなかったので……」
あ、メイドの仕事止まってましたね。
「ごめんなさい、仕事続けないとね」
「……先輩、一旦作業止めて。
今の先輩だと仕事にならなそうなので、相談なら乗りますから座りましょ?」
ロッティは真面目な顔で心配してくれる。
うん、気持ちは嬉しいのだけど。
「相談と言うか、覚悟の問題だけだからそこまで気にすること無いわよ」
ピ ッ キ ー ン !
……なんか、ロッティのスイッチを押しちゃったかも。
目が怖いんですけど。
「ニフェールちゃんの婚約受けるんですか?!」
直球ですね。
目が血走ってますけど?
もう少し手加減とかしてもらえると嬉しいのですけど。
「(コクン)」
「ならさっさと伝えてください!
皆待ってるんですから!」
……皆?
「ねぇ、皆って誰?」
「え?
ジャーヴィン侯爵家の面々、チアゼム侯爵家の面々ですよ。
当然メイドや侍従、色々な面々が既に感づいてますし。
むしろ、先輩が堕ちているのはバレバレですし。
後は先輩がいつ返事するかだけと皆認識してますよ」
え?
「そこまでバレてるの?」
「え?
隠しているつもりだったんですか?
ちなみにチアゼム侯爵家の侍従、執事、門番どもは賭けの対象にもしているようですけど。
ちなみに女性陣は金より返事の言葉とそのシチュエーションを詳細に教えていただければOKです」
……ねぇ、ロッティ。
真実で殴るのやめて。
立ち直れなくなりそうよ。
あと、賭けの胴元には二割ほどよこすように伝えようかしら。
「とりあえず私の気持ちが駄々洩れなのは分かったわ。
正直賭け事にするのは業腹だけど。
後は勇気だけなんだけどね」
「ハァ?
勇気が必要な要素が何処にあります?
ニフェールちゃんからは告白受けているんですから、返事だけでしょ!」
いや、そりゃそうなんですけど!
そう簡単には返事しづらいわよ!
「男性側の気持ちが分からないというのならともかく、ニフェールちゃんは先輩が欲しいと明言したじゃないですか!
先輩が断らない限り確実に受け入れてくれる、告白成功率十割の滅茶苦茶安全な案件ですよ?
これで失敗したら女としてより人として終わっているってレベルなのにどんな勇気がいるんです?」
ちょ、ちょっと待って、ダメージ大きすぎてキツイのよ。
もうちょっと手加減して!
「ちなみに賭け事の方ですけど、ニフェールちゃんが振られるに賭けた者はいませんでしたよ?
先輩が受け入れる日付がいつになるかだけが賭けの要素として残っているだけですからね?」
そこまで?!
「そんな訳なんで、さっさとニフェールちゃんに返事しましょ?
第一、自分の職場でいつ返事するのかってじろじろ見られながら生活するってかなりキッツいと思うんですけど?」
あ!
「それに、返事したらお仲間が増えますよ」
へ?
「カールラ姉様とあ・た・し、ですよ!
これでもニフェールちゃんの兄上の婚約者ですからね。
あ、ちなみに妹呼びがいいですか?」
「……保留とさせて。
ちょっと頭がいっぱいいっぱいなの。
でも……ありがと」
これは、冗談抜きで今日中に伝えないと。
まぁ、覚悟が決まる前に知るよりかはマシですかね。
……でも、物凄く緊張してます。
ニフェールさんの前でちゃんとできるかしら?
◇◇◇◇
面倒なイベントが終わろうと、変わらず今日もフェーリオのそばに、という言い訳をしてラーミルさんに会いに行く。
いや、バレているのは分かっていますよ。
フェーリオたちも楽しんでいることも。
そして推測だが、ジャーヴィン、チアゼム両家の者たちが賭けていることもなんとなく気づいている。
止めろと言ってどうにかなる面々でもないので放置しているが、変にラーミルさんにプレッシャー掛けるのは止めて欲しい。
ロッティ姉様にお願いしようかとも思ったのだが、なんとなく無理そうな気がする。
カールラ姉様と同じタイプな気がするので、下手な触れ方をすると暴走しそう。
そんなことを考えつつチアゼム家にフェーリオと向かうと、なぜか玄関ホールにロッティ姉様とラーミルさん。
とてもイイ笑顔を見せるロッティ姉様。
そして僕と目を合わせようとしないラーミルさん。
ねぇ、ロッティ姉様。
ナ ニ シ タ ?
ナ ニ イ ッ タ ?
ラーミルさんが視線逸らすたびに悲しくなるんですけど!
ロッティ姉様も僕が悲しそうな――想定と違う反応をしているのを見て混乱しているようだ。
慌ててラーミルさんを見て顔を青ざめている。
……もしかして、ラーミルさんの反応が想定外?
ラーミルさんの表情を見ると……耳も首も真っ赤ですね。
これ、怒っているとかじゃなくて、照れている?
でも、目が……物凄い勢いで動いてますね。
それも動きがランダム。
もしかして、照れてると同時にパニック起こしてません?
本当に何言ったの、ロッティ姉様?
ロッティ姉様を見て少しムッとした表情を作ってラーミルさんを軽く指さすと、姉様は慌てて僕の所に移動してくる。
「姉様、何したの?(ヒソヒソ)」
「告白に対する回答の後押し(ヒソヒソ)」
「どう見てもパニック起こしているように見えるんだけど?(ヒソヒソ)」
「ゴメン、それはあたしも想定外だわ(ヒソヒソ)。
ここまで先輩がヘタレとはあたしの眼をもってしても読めなかったわ(ヒソヒソ)」
想定外って……。
「後押しって、『さっさと答えろ』みたいなこと言った?(ヒソヒソ)」
「うん、一言言うだけで婚約者確定できるし、あたしとカールラ姉様も妹ができるし万々歳だよって(ヒソヒソ)」
それがプレッシャーになったとか無いの?
このパニック具合って余程プレッシャーになったんじゃない?
どうしよう。
といっても何も思いつかないし、当たって砕けてくるか。
いまだにパニック起こしているラーミルさんに近づき、そっと抱きしめる。
ビクッと反応するラーミルさん。
ギュインギュインと高速移動していた目の動きもだんだんと落ち着いてくる。
少し頭を撫で始めると目を閉じしなだれてくる。
「落ち着きました?」
「……はい(恥)」
さて……どうしよう。
ロッティ姉様が「イケイケ!」とエール(?)を送ってきてる。
ラーミルさんの目を見てみると……もう大丈夫そうだな。
とはいえ、初動をラーミルさんにさせるのも先程のパニックからすると厳しそうだ。
なら、僕からまた伝えるか。
「ラーミルさん」
「は、はい!」
周りに一気に緊張感が走る。
と、同時に女性陣からの視線が痛いほど感じてくる。
あなたたち、そこまで期待しないでください!
僕にプレッシャー与えてどうすんの?
跪き、ラーミルさんの目を見て想いを伝える。
「以前の会談でお伝えしましたが……僕の妻になっていただけませ――」
「はい、是非!!」
「――んか?」
被り気味な許諾の返答を受けた直後、チアゼム家のあちこちから喜びと恨みの声が聞こえた。
「うぉっしゃ~!
当たった!!」
「なぜ、なぜもう一日待たなかったんだ!」
「え~、皆さん払い戻しは昼休み、もしくは夕食時に、五日以内でお願いします!
間に合わなかった方には払い戻しできません!
必ず守ってください!」
なんか、胴元まで騒いでるけど?
この後ジャーヴィン家でも同じこと起こるんだろうなぁ。
フェーリオがボソッと「連絡しなきゃ」とか言ってるし。
立ち上がり、しみじみとそんなことを考えていると顔真っ赤にしたラーミルさんがしがみつき、顔を伏せ呻きだす。
なんというか「あ゛ぁ゛あ゛ぁ゛あ゛ぁ゛あ゛ぁ゛」という表現がピッタリなのではないかと思う。
もしかして被ったの気にしてる?
恥ずかしいのはお互い様だから気にしなくてもいいのに。
「ラーミルさん、受け入れてくれてありがとうございます」
こちらをキョトンとした顔で見た後、ステキな笑顔で――
「こちらこそ、私を選んでくれてありがとうございます」
「それでですね、その……また、都合よければデートしていた――」
ギ ュ ッ ! !
「――はい、是非!!」
光速のハグ、そしてとってもイイ笑顔でお答えいただいた。
が、外野も含めて動きが見えなかった。
本当にラーミルさん縮地とか使えたりしない?
なお、ラーミルさんの顔真っ赤だったのは指摘しないでおきましょう。
僕も真っ赤だろうし。
そんな僕たちはまだまだデートしたり厄介事に巻き込まれたりしますが、今日はこれまで。
あれ、そういや、これだけかかってもまだ正式な婚約してない?
最後までお読みいただきありがとうございます。
前作が予想以上に評価いただけたので調子に乗って続きを掲載しちゃいました。
現実世界の法とは異なる(任意同行とか)考え方で書いているので、「言葉の使い方違う!」みたいな所はスルーしていただけると助かります。
ちなみに、ニフェールがアンジーナ子爵を投げ飛ばしたのは柔道の飛行機投げの変形、もしくはプロレスのパワースラムを掴みから投げまで最速で行ったイメージです。
この後は続きを書こうか別のを書こうか悩んでます。
続きなら双方の実家に行こうか、それとも学園で騒ぎでも起こしてやろうかと……いや、別に作者はテロリストでは無いのですが。
では、また次回作で。
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【ジャーヴィン家の取り巻きとアンジーナ家】
・エフォット・アンジーナ:レストの父親(子爵)
→ 労作性狭心症から