選択の時
智樹の指先は、宙に浮かぶ透明な画面の前で止まったまま、微かに震えていた。
心臓の鼓動がやけにうるさく感じる。
あらゆる選択肢が、一瞬で未来を変える。
そんな重さを、彼はこれまでに感じたことがなかった。
「……本当に、これで……“世界”が変わるのか?」
そう呟くと、未来から来たという若い“祖母”は、静かに頷いた。
「ええ。
そして、どちらを選んでも、あなたの人生は平穏ではいられない。
ただし……“真実”を知ることなく死ぬことだけは避けられるわ」
その瞬間——
パリンッ!
透明な画面に小さなヒビが入った。
NACAの職員の一人が何かの装置を起動させたのだ。
空間にねじれが走り、警告音が鳴る。
「不正干渉を確認。異常な時空転移反応を検出——これ以上の会話を許可しない!」
「まずい、向井智樹の《選択》が遮断される!」
女性の声が鋭くなる。
「選ぶのよ、智樹!今しかない!」
——その瞬間、智樹の中で何かが決壊した。
「俺は……」
彼は右手を伸ばし、画面の下側、**『真実を知り、未来の崩壊を止めるために戦う』**をタップした。
——ピッ。
選択が確定された瞬間、教室の空気が変わった。
床がきしみ、壁のポスターがバサバサと剥がれ落ちていく。
重力すらゆがんでいるように感じる。
《確認完了。プレイヤー:向井智樹、レベル0/分類:システム外カード保持者。記録開始。》
不気味な電子音声が、空中から響いた。
「記録……?システム外……?」
智樹が呆然としていると、若き祖母が短く説明した。
「あなたが選んだ選択肢は、《ゲームの開始》を意味するの。
“カードシステム”はね、私たち人間が作ったものじゃない。
外部から、人類を“管理するため”に埋め込まれた……」
「……外部?」
「そう。真の黒幕は、この世界の外側にある存在たちよ。
『能力』は、人間の可能性を広げる道具じゃない。
分断し、従わせ、そして最終的に“淘汰”するためのものだったの」
智樹の背筋が冷たくなる。
あの「日本カースト法」すら、ただの“手段”だったというのか。
「だからこそ、あなたが『選んだ』ことには意味がある」
女性は、彼のカードを取り出し、そっと触れた。
すると、智樹のカードが白く発光し、変化を始めた。
カード表面には、こう刻まれていた:
【Class:Unknown】
【Code:μ(ミュー)】
【権限:オーバーライド/他カードの一時停止・干渉・破壊】
教室内のNACA職員が一斉にざわめいた。
「……コードミュー!?そんな分類、政府のデータベースには……!」
「存在しない。だから“システム外”なんだよ」
不敵に笑ったのは準だった。
智樹が驚いて彼を見やると、準は軽くウィンクした。
「俺も、少しだけ察してた。……というより、ずっと前から準備してた。
お前と同じ日、同じ“祖母”から、違うカードを受け取ったからな」
「……は?」
「お前の“祖母”は、未来を見た。そして、俺の祖母も、未来を“書き換える”力を持ってた。」
その瞬間、準の手元にも、カードが現れる。
それは黒く、そして脈打つように脈動していた。
【Class:Rewrite】
【Code:Ω(オメガ)】
【権限:事象改変/局所歴史操作】
「どうやら、俺たちは——最初から、同じゲームのプレイヤーだったらしい」
その瞬間、天井が爆音と共に砕け、巨大な機械生命体のようなものが、学校に降下してきた。
機械の瞳が、赤く光る。
《システム外プレイヤー確認。排除プロトコル、発動》
智樹と準、そして謎の女性は、その異形と対峙する。
智樹は、つぶやいた。
「だったら……この“ゲーム”に、勝ってやる。
誰もが自由に生きられる未来を、俺が……」
《Next Chapter:起動》
──そして、“世界”は大きく動き出した。