輝く夕日と
殺伐とした空気が一気に消え失せた家の中では、イリナ以外に誰も口を開くものはいなかった。室内には沈鬱な空気が流れる。誰も時の流れなど気にしていなかった。
それでもしばらくすると、長老をはじめとする騒ぎを聞きつけた他の住人たちが集まりだした。襲撃を企てた者たちは皆、長老の指示で大人しく別の場所へ連れていかれた。
一部始終を見届けた少年は、頭を抱える長老に対して、意を決したように口を開いた。
「あの、やっぱり僕はここを出ていきます。僕が思っていた以上にヒトの勇者と魔族の皆さんとには距離がありました。僕の存在が、皆さんの間に取り返しのつかない軋轢を生む前に」
少年は心底申し訳なさそうに言う。
「……」
「本当にすみませんでした。複雑な思いのある中で、一時的であっても僕のことを受け入れてくれた皆さんの優しさを忘れません」
無言の長老相手にそう言って出ていこうとした少年は、しかし後ろからイリナに服を掴まれ、進めなかった。
「待って、いっちゃだめ」
こらえていた分を吐き出すかのようにひとしきり泣ききったイリナは、腫れぼった目で、それでもきっちりと少年を見つめた。
「そう言われても、今、はっきりわかったんだ。僕はこの村にいるべきじゃない。僕の個人的な価値観でどうこうなる話じゃないんだ」
少年はイリナに振り返りながら、優しく諭すように言う。しかし、説き伏せようとした少女の瞳からなにか強い意志を感じ、面食らう。
「そんなの知らない。ここは私の家で今の主は私。だったら客人のあなたは私の言うことを聞くべきじゃない?ちなみにわたしは、あなたが出ていくことを認めないわよ」
「いや、いくらなんでもそれは……」
予想だにしなかった反応に、少年は返事に窮する。
「傷も全然治りきってないのにどこで治す気?すでに魔族の領地に足を踏み入れているのに落ち着いて療養できる場所はあるの?それともほかの町や村を訪ねでもする?ここ以上に熱烈な歓迎を受けるわよ。そもそも魔王様を倒すことが目的なら、万全の態勢で挑めるよう、休めるときに休めるのが正しい勇者じゃないの?」
「それは、……そうだけど」
いろいろと吹っ切れたらしいイリナから、矢継ぎ早に至極もっともな言葉を浴びせられ、少年は閉口する。
「それに、年頃の女の子をこんなに泣かせておいて、勇者様は何もせずにこのまま立ち去るの?」
「言い方……」
勇者に反論の隙を与えぬイリナは、そのまま、二人のやり取りをただじっと見ていた長老の方にくるっと向き直った。
「ねぇ、子供は子供らしくわがままを言って大人に甘えてもいいんだよね、私は二年間我慢してたから、その分聞いてくれるでしょ?長老様」
にこっとした無邪気な笑顔が、真っ赤な夕日に照らされきらきらと輝いていた。