静かな森とざわめき
木漏れ日が差す村はずれの森の中、イリナはいつものように薬草を採っていた。
森の中には彼女以外に人はいない。代わりに虫と小鳥の鳴き声と、風が木々をなでる音、後は、村で遊ぶ子供たちの声が時折聞こえてくるくらいだ。
自然の音楽を背に、イリナはナイフを片手に目を凝らす。そして目当ての薬草を、背負った大人用のかごに放り込んでいく。少女の背丈に対して明らかに大きなそれに、薬草が次々と吸い込まれている様は、なるほど、彼女がこの作業に手慣れている証なのかもしれない。
しばらく採集に明け暮れた後、イリナはかごを置き、休憩がてら木の幹にもたれかかるように座りこんだ。
ふと、その足元にイリナが目をやると、そこには薬草にはならないが、ふっくらとした花びらを広げたハクセンカの花が、かわいらしくちょこんと咲いていた。
「きれいでかわいいだけの花は採集の邪魔。薬にも毒にもならないし」
はぁ、と彼女はため息交じりに独り言ちた。
葉の形、色、数、大きさ、葉脈の種類、茎の太さ、群生しているか否か……気にかけるべき特徴は多い。使えない花になど見とれている暇はないのだ。
まあ探す範囲を少し減らせるのはいいんだけど、と思いつつ、イリナが作業を再開しようと立ち上がった時だった。
ガサゴソ、と草木をかき分けこちらに近づいてくる足音がした。
イリナは一瞬、獣と鉢合わせる可能性を考えたが、直後に聞こえた鈴の音からそれを打ち消した。
念のため、自衛用でナイフを手に木の裏に隠れて待っていると、やがて、見知った村の青年が一人現れた。どうにも、採集場所にイリナの姿が見えず焦っているようだった。
知り合いだったことにイリナはほっとした。そして、びっくりさせたお返しだと言わんばかりに、あえて隠れたまま、うろちょろと慌てる青年の様子を遠巻きに眺めて、年頃の悪戯めいた諧謔心を満たすことにした。
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「イリナ、おーい、どこにいるんだー。……まさか獣に襲われたなんてことはないよな。いや、もしそうだとしたら地面が荒れていないのはおかしい……。ああもうこんな時に限ってほんとにどこに行ったんだあいつは」
なかなかイリナが見つからない青年は、徐々に苛立ちと心配を募らせていた。
「どうしたの、そんなにあわてて。また若い娘に見とれて頭でもぶつけたの?薬なら前に作ったのが私の家にあったはずよ」
そろそろ潮時か、と、すっかりと気の済んだイリナは、クスクスと青年をからかいながら彼の前に姿を現した。
「ああよかったイリナ。いや、そういう意味じゃない。まったく、大人で遊ぶんじゃない」
つい勢いで答えてしまった青年は、イリナをたしなめながらも、彼女が見つかったことにまず安堵したようだ。
「はーい、ごめんなさい。それで、いったいなんでそんなに急いでるの?」
たずねながらもイリナは、村の方がやけに静かなことに気がついた。
「ああ、いいかイリナ、落ち着いて聞け」
彼は一息置いて続ける。
「勇者が、来た」
「っ!」
彼の一言でイリナからはおどけた雰囲気が剥がれ落ちた。青年を見る彼女の目つきは、齢十三の少女には不釣り合いなほどに鋭いものになっていた。
「だから落ち着けって、俺が聞いた時には見張り番が遠巻きに見つけたくらいだ。ただ手はずどおり女子供はみんな家の中に隠れている。たぶん勇者サマはもうすぐ村に着くころだろう」
「私も家に帰って閉じこもれと」
「いや、下手に戻らずこのまま森でじっとしているように、だってさ。どうも向こうもかなり傷を負っているみたいで、こっちに強くは出られないだろうから、上手くいけば穏便におかえり願えるかも……っておい、待て、イリナっ」
青年の制止などはなからなかったと言わんばかりに、イリナは既に村への道を駆け出していた。
「ったく、だから俺は何も知らせずにいたほうがいいって言ったのに。」
彼の声はもうイリナに届く距離にない。放置された薬草入りのかごのみが青年の愚痴を受け止めていた。
やれやれとかぶりを振った後、彼は当初の目的が達成されていないことに気づき、急いでイリナの後を追って、来た道を引き返していった。
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