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捏造屋  作者: 燈蕾 晴
1/1

あなたの記憶、書き換えます。

はじめまして。

これはお遊びでしかなかった私が不特定多数の目がある場に出す初めての作品です。

お手柔らかにどうぞ。

龍神りゅうじん まつりの話


駅を出て右に曲がると線路沿いに道がある。そこを道なりに歩いていくと、自販機が3つ並んだ場所がある。今度はそこを左に曲がり商店街どおりまで歩いていくと、道路の反対側にある二階建てのアパートの前に、全体が水色の見たこともない飲み物ばかりが入っている自販機がある。そこを奥に通り過ぎたすぐ横の一室に「捏造屋」という看板がある。

「ここだ」

捏造屋とは、千円で誰でも一日だけ記憶を書き換えてくれるお店だ。私の学校では都市伝説になっていて、行ったことがある先輩によると看板はあるけれど、いつもドアには鍵がかかっているとの事だ。

きっと、変なおじさんがふざけて作った看板をただ玄関先に掛けているだけだろう。

念の為ドアノブに手を伸ばすも、鍵はかかっている。まぁそんなものだよなと帰ろうとした時、「うちに用ですか?」

急に自販機の横から大学生くらいの若い男が現れた。

「.....いや、別に...」

私は存在も不確かな捏造屋を訪ねに来たなど恥ずかしくて言えなかった。

「なんだ、お客じゃないのか」

男は残念そうに部屋の前に来てドアノブに鍵をさす。

「あっ、あの」

「んー?」

「ここって捏造屋さん、ですか?」

「あ、やっぱりお客?そうだよ、記憶をお求めかな?」

本当にあったんだ、心の中でそう思った。いつも鍵がかかっていたのは出かけているからだったのだ。

「入って」


私は異世界の入口のように感じる部屋のドアをくぐる。

とは言っても中はいたって普通だった。入ってすぐ横にキッチンがあって、部屋の真ん中が和室になっているよくあるアパートの一室。一つだけ違和感をあげるとしたら、少しけむり臭い。

「いやー、久しぶりのお客だからお菓子とかなくてごめんねー」

男は買い物袋からお茶や4個入りの卵パックやらを取り出し、冷蔵庫へ移しながら軽い口調で話し始める。

「まぁ座ってよ」と私は部屋の真ん中にあるローテーブルへ促された。

テーブルの上にお茶が出され、男は私の正面に座る。

「そんで、俺にどうして欲しいの?」

存在を確かめるために来たとはいえ、何も考えていなかった訳では無い。私にだってそれなりの悩みはあるのだ。

「私、明日誕生日なんです」

「へーそりゃおめでと」

「それで明日一日、母が私をたくさん愛して死んだことにしたいんです。」

「ほぉ?」

相手が知り合いでもないただの他人だからだろうか。もしくは、信じてはいないけど何か起きればいいなという淡い期待があるからだろうか。

「私の母は私を愛してはくれませんでした。」

「へぇ?」

相手にされているのかされていないのか分からない相槌が続く。

「私は2人兄妹で、5つ上の兄がいます。母は生前、兄のことばかり気にかけて私のことは名前を呼んでくれた事さえありませんでした。幼かった私の世話は全て兄がしてくれました。」

「..分かった。じゃあ記憶を捏造するにあたって注意事項とかあるからちゃんと聞いててね。」

「はい.....ってはい?」

「ん?」

「いや、ん?じゃなくて いいんですか?なんかもっとこう.....話聞いてからみたいな..」

あまりにも早い承諾に驚きを隠せない。私はまだ、思い出の冒頭しか話していないのに。

「あー正直なところ、理由は何でもいいんだよね。警察のお世話にならなきゃあそれでいいよ」

「適当すぎる.....」

男は私の言葉を風のように切り、襖の奥からスーツケースを出した。

よいしょといい、スーツケースを開けると中から出てきたのは何種類ものタバコだった。日本のもの、アメリカのもの、葉巻、見たこともないものまである。部屋に入った時のけむり臭さはこれか。

「さて、まず君の名前から聞かせてもらおうか」

こういうのは最初に会った時に聞くものではないのかと思ったが、私は客だ。きっとこの人に合わせた方が取引は楽だろう。

「龍神 祭。高校2年生です。」

「おっけー、祭ちゃんね。いい?記憶を捏造しても、変わるのは自分だけで他者は変わらないからね。あと、明日は俺のとこに来たっていう記憶は1回消える。そして明後日になったら記憶が戻って、捏造した記憶が消える。でも「記憶を変えてた時の記憶」は残るようになってるから安心?してね。」

記憶を変えていた時の記憶。確かに残っていた方がいいが、捏造する内容によってはあまり良くないシステムかもしれないな、そう考えていると男は1本のタバコを選び取りふかし始める。

でも不思議とタバコ臭い感じはせず、どちらかと言うと優しくて、暖かくて、いい匂い?

「ほいじゃ、何するか知らないけど楽しんでね」

ふっーーーーーーーーー。

そう言って男は私の顔に煙を吹きかけた。

「?!げほっげほっ...!何するんですか!」

「何って、記憶の捏造。明日になったら記憶が変わってると思うから、今日はもう帰っていいよ」

記憶が、変わってる?そんなこと言われても今現在は全然実感がない。

「あ!」

突然大声を出されて肩が跳ね上がる。

「言い忘れてたけど、明日はお兄さんに会ってもお母さんの話はナシね」

「どうしてですか?」

「どうしてってそりゃ、記憶が戻っちゃうから」

「え、記憶って明日一日は持つんじゃないんですか?」

「何もしなければねー。でも祭ちゃんの場合、お母さんが愛してくれたって思ってても、事実を知っている人に否定されたら思い出しちゃう可能性があるんだよね」

だから気をつけてね、と言いながら男はタバコの灰を皿に落とす。

「そういえば、お兄さんの名前って...」

「俺?俺は、ハルイチ。結目ゆいめハルイチ」

「ハルイチさん」

私はお代を払いお礼を言って、部屋を出ていく。本当に一瞬の出来事で実感がない。そもそも、捏造屋が本当にあったという実感すら薄いというのに。

ハルイチさんは本当にただの男の人だった。大学を卒業後、1人でこのお店をやっているらしい。たまにしかお客さんが来ないから、こっちが本業と言いつつも、一日のほとんどはアルバイトをしているそうだ。たまに来るお客さんはどんな事をお願いしているのだろう。

.........明日になったら、お母さんが愛してくれているはず。自分で言ってておかしな話だということもわかっているが、そういう事になるはずなのだ。期待と不安とほんの少しの好奇心を胸に抱いて私は家に帰った。


コンコン。朝、部屋のドアをノックされて目を覚ます。

「祭、寝てるかな。17歳の誕生日おめでとう。俺これからバイト行ってそのまま大学行くけど、今日は早く帰ってくるから」

じゃあ、行ってきます。兄はそう言って階段を降りていく。

私はベッドの上のまだ鳴らない目覚まし時計を見る。時刻は3:30。兄は今では珍しい新聞学生をやっているため家を出るのがとても早い。

「誕生日か......」

懐かしいなぁ。お母さんが生きてた時は毎年豪華なご馳走と私の大好きなチョコレートケーキを買ってもらったっけ。

お母さんが死んじゃって姉にあたる叔母さんに引き取られてからはあまり盛大にはやらなくなったなあ。

私は誕生日ということを口実に、勝手に学校を休んで生前お母さんと行った場所を回ることにした。今日はなんだかそういう気分だったのだ。

家を出る支度をして、最初に思いついた公園に向かった。

ここは私が幼稚園の時にお母さんとよく来た公園だ。そこにはお兄ちゃんもいて、日が沈むまでよく遊んだものだ。

私が毎回転んで怪我するもんだから、お母さんに怒られたっけなあ。

そんな事をしみじみと思い出していると、連鎖的にお兄ちゃんと珍しく喧嘩をして家出先に選んだ近所の橋の下の秘密基地を思い出した。

「行ってみるかぁ。」

何となくだが、今年の誕生日はいつもより幸せに感じた。学校を休んだからだろうか?それとも亡きお母さんとの思い出に思いを馳せているからだろうか?

橋の下に着くと、2本の木の間に子供が1人入れるくらいの小さな空間を見つけた。今では面影すらないが、かつての私はここにその辺で拾ったダンボールを敷いて秘密基地を作っていた。

「お兄ちゃんと喧嘩してここに家出した時もお母さんがすごく必死になって探しに来てくれたっけ」

ややあって、私は何を考えたかその小さな隙間に体を押し込んだ。小さく座り込んでも、今の私にはここは小さすぎるようだ。



目を覚ますと辺りはもう暗くなっていた。持っていたスマホで時刻を確認する。

「19時?!」

私はいつの間にかこの場所で思い出にふけりながら寝てしまっていたようだった。すると遠くから、足音が聞こえてきた。

「.........お母さん...?」

「祭!!!!!」

私を迎えに来たのは、お兄ちゃんだった。

「祭お前どうしたんだよ!全然帰ってこないから学校に連絡したら来てないって言うし...すごく探したんだ....心配したんだぞ!」

「ご、ごめんなさい」

いつも優しいお兄ちゃんにこんなに怒られるとは思ってなかった。ましてや今日私は誕生日なのに。

「でも見つかって良かった。また何かあったのか?」

「え?」

また?またって何?

「祭は母さんになにかされた時とか学校で嫌なことがあったらここに来てただろ。懐かしいよ。初めて祭が母さんに手を挙げられた時もここに来て、俺が探して迎えに来たっけ」

お兄ちゃんは哀しそうに懐かしそうに言う。なにそれ?ここはお母さんが私を迎えに来てくれた場所でしょ?......あれ、本当にそうだっけ?

「ほら、早く帰るぞ。今日は祭の誕生日なんだ。お前が好きなチョコレートケーキも買ってきたぞ」

その時、私の頭の中で何かを覆っていたけむりが晴れていくような感覚がした。

「あ」

思い出した。思い出してしまった。

私はそこから立ち上がって、一目散にあの場所を目指した。 行く理由は無い。これもきっと何となくなのだ。

「あ、おい祭!どこ行くんだよ!」

「ごめんお兄ちゃん!先に帰ってて!」


駅を出る。昨日と同じ道のりを昨日より迷わず走る。

「ハルイチさん!ハルイチさん!」

私は持ちうる力を全て使ってドアを叩く。すると

「なになになに。近所迷惑でしょ!って君は...」

「ハルイチさん、私思い出しちゃった。毎年ケーキを買ってくれたのも、公園で怒ってくれたのも、橋の下まで探しに来てくれたのも、お母さんじゃなかった。」

私は勢いに任せて話す。走ってきたから喋りづらいのと、目から溢れる涙が私を苦しめる。

「全部、全部、お兄ちゃんだった。」

うわああああああんと私は高校生らしからぬ大声を出してハルイチさんの部屋の玄関先で泣き叫ぶ。

「おいおいまじか。とりあえず入って入って」

ハルイチさんは焦りながら私を部屋へ招き入れてくれた。

「私、私、お兄ちゃんが大好きで、でも羨ましくて。捏造屋さんの噂を聞いた時、私もお母さんに愛されてみたいって思っちゃった。だからいつの間にか、忘れちゃってたの」

誰よりも大切に、誰よりも愛してくれた、兄との記憶を。

吸う回数と吐く回数が合わないまましゃべり続ける私の背中をハルイチさんは優しく撫で続けてくれた。

「今回は事故っちゃったから余計キツかったかもなぁ。明日になれば、今日より傷つかずに思い出せるはずだったんだけどなぁ」

ハルイチさんがバツの悪そうに言う。適当な人だけど、実は結構優しい人なのかもしれない。ハルイチさんは続ける。

「でも、大事な事に気づけたんでしょ?待ってるよ、祭ちゃんのお兄さん」

私は唾を飲み込み涙を止める。

「はい」

お世話になりましたと言って私は部屋をあとにする。ハルイチさんはアパート前の道路までお見送りに来てくれた。

「またのご利用お待ちしております」

ハルイチさんはそう言ってくれたけど、私はもう利用する必要は無さそうだと思った。私はスマホから電話をかける。


「あ、お兄ちゃん?今から帰るね!」




end

はじめまして。

まずは数ある作品の中『捏造屋』を選んでくださり、ありがとうございます。

1作読むのにも時間がかかります。お気に入りの作品もあることでしょう。そんな中この作品とあなたが出会えたことに意味がありますように。

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