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お金で愛は買える  作者: 純白のれいら
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それぞれの想い

お金で愛は買える。

感じている人は、この日本で約一億三千万人の人が生きていて、どのくらい居るのだろうかそう?

二割くらいかな・・・三割もいるのかな?

もしも、他人の脳内や思考を盗み見れたのならばどんなに面白いだろうな。

愛を買う側と、もしくは買われる側、あなたならどちらが幸せですか?

きっと、この問題に明確な正解なんて存在しなくて、誰に尋ねても、その人の主観でしか回答はできない。

ましてや、猛勉強した医者も、弁護士も、教壇で道徳や論弁を行っている者だって、『お金と愛』その真意について、真剣に回答できたらあざ笑ってやろうと思う。

学生時代、私はこんな事ばかり考えていた、周囲の大人や同級生からは言うなれば、ドライ、冷徹、現実的、感情が欠落している、など言われ認知され次第には自ら周囲打ち解けに行くことを諦めるようになった。

少し変わった女の子と認識され、次第に自ら周りに打ち解ける事を諦め、孤立気味の学生時代を送っていた。

そんな私、望月香夜乃も大人になり来月には結婚する。

相手は私より9つ上のIT関連のベンチャー企業の社長で、所謂、玉の輿というやつだ。

正直な所、相手の婚約者のどこを好きになった訳でもなく、強いて言えば彼の経済力だと思う。

彼と一緒になれば、これから先の生活で不自由のない暮らしはできる。

どうして私がこのような性格になったかは、恐らくその根源は母の姿を見てきたからだろう。

私の家族は母と私の二人きりで、母は私を育てる為、昼はスーパーのお惣菜売り場で夜は近所のスナックの雇われママをしながら女手一つで私を育て大学まで通わせてくれた。

経済的に決して裕福な家系ではないものの、私を大学まで進学させてくれた母には感謝の言葉では言い表せません。

昼夜働き通しの母に、贅沢など言えるはずもなく、たまに母と外食してもメニュー表の一番安いメニューを頼み、その度に母は私に申し訳なさそうに謝ってくる。

頼むからせめて謝るのだけはやめてくれ。

もし父親がいれば、ここまでお金にシビアにもならなかっただろうし、母もこんなにも自分の時間を犠牲にしてまでは働かなくてもよかったんだろうか。

近所の公園などで子供と母と父、幸せそうなアットホームな家庭を目にすると、父の存在というものを想像してみたりする自分がいる。

「ねえ、私のお父さんってどんな人?」

小学生の頃、無意識のうちに母に尋ねた事がある。

「うーん。香夜乃はお父さんが欲しい?」

「え、何の鍵なの?」

ずっとこの家で暮らしていたが今の今までこんな鍵の存在なんて知らなかった。

「大阪に住みたいんでしょう?だったらここに住んだらいいわ。ここなら家賃もかからないから。一人で住むには少し広すぎるかもね(笑)」

母の放ったワンフレーズが反芻し、脳内にハテナマークが浮かんだまま頬に理性を保ち、尋ねようとしたことも聞かないでいた。

さっそく母の仕事が休みの日曜日に大阪の部屋を見に行くことになった。

母と二人で遠出するのなんて、いつ以来だっただろうか。

母と私は車に乗り込む。

私が小学生の頃、夜中に高熱を出して母が大慌てで自転車のカゴに私を乗せて、深夜診療にかけつけたことをきっかけにその翌月になけなしの貯金で購入した中古の軽自動車だ。


心なしか母も長時間の運転なのに終始ご機嫌で楽しそうに思えた。

高速道路で途中いくつかのサービスエリアに近づくにつれ普段にも増して明るくなった運転する母の横顔は、まるで十代のような無邪気さをも感じられた。

大阪の街は私が想像していたよりも、華やかで溢れかえりそうな人の多さや、見渡すばかりの高い建物、すべてに置いてスケールが違うと感じて唖然したのを未だに覚えている。

これが大阪という街か。

来年にはこの場所で暮らしていくと考えると期待に胸が躍る。

母に連れられて着いたマンションは北区のタワーマンションで3LDKの12階。

25階立ての建物で12階は良いのか悪いのかは分からないが、それでも

余りにも衝撃的過ぎて母に対してこの人本当に何者なんだよと思った。

「ここってほんとにママが買ったの?こんな良い部屋ほんとに私が使っていいの?」

実際のところ、この部屋の家賃を自分で負担しなさいってなったら家賃幾らくらいなんだろ。

母には感謝しかない。

それとは裏腹にまだ未成年の学生という身でありながら、自分が親より良い部屋に住んでよいものなのかと、少し罪悪感が沸く。

「ええそうよ。ママが若い頃に賃貸で住んでたんだけど誰にも渡したくなかったから買ったの。

だから、香夜乃が住んでくれたらママも嬉しいわ。」

タワマンを一括で買うなんて、いったい幾らくらいするんだろうか?四千万くらいかな?

維持費だけでも馬鹿にならない程かかりそうだな。

いったいそんなにものお金どうしたんだろうか。

そこまでして渡したくない理由って?

私には理解しがたいが、きっと母にとってそこまでしてでも奪われたくない思い出が眠っているのだろうか。

ここの維持費もきっと払わないといけないからあんなにも仕事を詰めていたのだと、当時17歳だったと私は悟った。

部屋は何年も人の出入りがなかったからほこりだらけだったが、家財道具などは一式残っていた。

見るからに高そうなテーブルや衣装棚に、冷蔵庫、洗濯機、さすがにテレビは古くて買い替えが必要かもしれないが、正直ここまで何でも揃っている時点でありがたい。

その中で明らかに男性の服や鞄、ウォークインクローゼットにも何着もの派手なスーツが吊るしてある。

しかもそれらの洋服はどれもハイブランドの物ばかりであるから驚きだ。

テーブルの上や寝室にまだ20代の若い頃の母と顔の整った美形の化粧をした派手な男性の写真が飾られていた。

歳は20~25歳程度、ぱっちり二重に大きな目に綺麗に通った鼻筋、中性的な容姿だがどこか品のあるモデルのような顔立ち。

「ねぇ。この男の人ってママの彼氏だった人?かっこいいね。でもちょっとチャラそうでホストみたい。」

私がそう尋ねると母はクスクス笑いながら

まるで自分のことのように自慢気な雰囲気で。

「かっこいいでしょ、その人が香夜乃のお父さんよ。」

突然の母からのカミングアウトで私の思考は完全に停止してしまった。

それはそうだろう、今まで父の話は我が家のNGワードだったのだから。

なんの前振りもなく、「チーズケーキ買ってきたわ」的な感覚で伝えられても、「あ、そうなんだ。」みたいなリアクションでしか取れるわけがない。

「今まで秘密にしてきてごめんね。まだ幼い香夜乃には、どう伝えていいか分からなかったの。ごめんなさいね。」

お父さん、今日までずっと父の陰すら知らなかった私にとっては母からのその台詞だけでも、私を動揺させるには十分過ぎた。

「そのお父さんは今どこで何しているの?」

恐る恐る私はお父さんの現在の所在を母に尋ねてみた。

正直な所、父の顔もついさっき写真で見ただけの私に父が今どこで何をしてるのかなんては1ミリも興味は無かった。

「香夜乃が生まれる少し前に亡くなったわ。」

たった一言、母はたった一言、私にそう伝えるとテーブルの上の父の写真を手に取り

「駄目だよね。いつまでも私がくよくよしていたら、お父さんも安心して天国にいけないもんね。はい、もうこの話はおしまい。」

明け暮れていた。北新地の高級クラブのホステスで週四日のバイト。

下松で母のスナックのお手伝いをしていたので接客は得意だった。

別にどんなバイトでもよかったのだが少しでも高時給のバイトで、せめて生活費と学校で必要な教材は自分で用意して母の負担を減らしたかったのだ。

お店での源氏名は「きら」にした。特に名前に理由は無かったが、常にキラキラ輝く存在で居続けたかった私にはぴったりの名前だ。

学校の友達の紹介で自動車の部品工場で働く23歳の彼氏もできたが、夜は入れるだけシフトを入れてお金に憑りつかれたように仕事三昧の日々を過ごしていた。

自分で言うのは恥ずかしいが私には才能があったようで入店してまだ日は浅いが数名の指名も取れていたり、中には太客と呼ばれるようなお客様も早々にできたりもした。

たまに彼とデートの約束をしてもお客さんから急に連絡がきてその度に何度も約束をすっぽかしてしまっていた。

彼とのデートより目先のお金。

それだけその頃の私は忙しい日々を送っていて、何よりもかわいいいドレスを着てキラキラと夜の街を生きる自分が好きだったのだと思う。

「例の彼とはまだ続いているの?」

同級生で同じ専攻コースで仲良くなった桃子が一緒に学校近くのカフェでランチを食べている際に唐突に聞いてきた。

「ん~。どうなんだろうね、正直付き合っていても魅力を感じないからさ。やっぱり私はお金持ちの男性じゃないと一緒に出掛けるのも無理なんだよね。

だって、金のない男と付き合っても意味無いでしょう?」

「香夜乃ははっきりしてるもんね。私は今の彼氏とお金はなくても幸せだよ。」

桃子は私とは正反対の性格をしていて、実家がお金持ちのお嬢様でおおらかで優しくそれでいて着飾らず誰からも愛される、そんな彼女だからこそ私の話も私が夜の仕事をしているも否定せずに受け止めてくれる人生で初めて出来た私の大切な唯一の親友だ。

「私は桃子とは違ってお金が必要なの。それに、客でもない異性と話してもお金にならないじゃん。金銭を伴わない異性との時間が苦痛なんだよね。その時間働いてたら今頃何万稼げるんだろう・・・って考えちゃう。」

そう言い終えた後でハッと気づいた。今私が言った事は私の本心だが桃子の前で言ったことに対して激しく後悔した。

桃子の彼氏は彼女より二つ年下のまだ高校生で、いつも公園でデートしたりしているエピソードなど散々嫌というほど聞かされていたからだった。

確かに、私はお金がないと不安で考えられないけど、彼女は違う。

彼女にとってはお金イコール愛情には結びつかないのだ。

自分の価値観を彼女に押し付けるような口調で言ってしまうなんて大切な友達と思っている子にする言動じゃないよね。

「あははは。やっぱり香夜乃は大人だな・・・

私ももっと考えないとね。」

まさかの思いもよらぬ彼女からの返答にほっと安堵した半面、もしかしたら彼女を傷つけたかもしれない。心の中に溜まったモヤモヤはその日一日仕事をしても消えなかった。

明日にでも桃子に謝ろう。

でも、なんて言って謝ろう・・・。

考えたら今まで真剣に人に何かを謝ったことなんてないし、人に謝るのがこんなに難しいなんて。

でも誠心誠意謝罪すればきっと許してくれるよね。

「ごめんなさい。別れてください。」

その日の深夜、いつまでも宙ぶらりんの関係だった彼氏に一通の連絡を入れた。

私がこんな気持ちのままいつまでも中途半端なお付き合いをしていたら、私は良くても彼に悪いじゃないか。

好きの感情がない相手を、とりあえず寂しさを埋める材料なんかにするのは間違っている。

するとしばらくしてから彼から電話が来た。着信は何度も何度もかかってきた。

電話を取って別れてください。たったそれだけ、小学生ですらできる内容なのに。

いざ着信が入ると身体がすくんでしまう。

「どうして電話にでてくれないの?本気で別れたいの?

わかった。もともと少し無理があったもんな。お幸せに。」

自分から別れてほしいと言っておきながら、こうもあっさりなのかと思い拍子抜けした。

しばらく恋愛はこりごりだな。

次の日の朝、いつものように桃子とランチを食べている際、

私は昨日の言動について彼女に謝罪した。

「桃子、昨日私が言っこと、本当にごめんね。

家に帰ってからずっとそのことが気になって。」

彼女は私の目をじっと見つめ、まるで身に覚えがないという表情で首を傾げた。

「ん? 昨日? 香夜乃何か言っていたっけ?

もし、何か言っていたとしても私が覚えてないってことは気にしてないよ。

寧ろ、そんな簡単に嫌いになれるわけないよ。」

なんて懐の広い女性なのだろう。

彼女の優しさに私は救われた。彼女こそ私の中の唯一無二の親友だ。

なんて自分に言い聞かせながらバイトに学校に友達にと学生生活を謳歌した。


二年の専門学校も卒業まであと数か月のクリスマス当日、桃子とその友達の千奈津と三人でカラオケをしていた。すると千奈津が突然

「よーし、このままホストに行っちゃおう。」

本当にこの子は何を言い出すのかと思えば、男と話して逆にこちらがお金を支払うホストクラブなんて、もともと千奈津とは特別仲がいいわけでは無かったのだが

「私まだ19歳だよ?それに財布に一万円くらいしか持ってない。ホストって高いんでしょ?怖いよ・・・」

珍しく桃子が食い気味に千奈津に反論している。頑張れ桃子、心の中で必死に応援している私の願いが届くことはなかった。

本当は今日、桃子と二人で出かける約束をしていたのに、突然になって彼氏と喧嘩になった千奈津が無理やり誘ってきたのだ。

「全然大丈夫やで。18歳から遊びに行けるし、それに一万円も使わないよ。行った事ない店だったら初回料金で一時間飲み放題で1000円~3000円くらいだから居酒屋で飲むより安いで。」

猛烈な千奈津の気迫に押し切られ仕方なく三人でホストクラブに行くことになった。

千奈津は私と出会った頃から男好きとして有名な子だった。

ホストクラブなんてきっと今日を逃せば私には一生縁のない場所なんだろうな。

そういえば、父もホストだったって母がぽつりと言っていたっけ。

ホストには全く行きたくはないけど、父がしていたホストの仕事に少しだけ興味が沸いた。

どうせ女性を言葉巧みに騙して利用できるだけ利用して最後には使い捨てのぼろ雑巾のように捨てられるのがおちだ。

ミナミの宗右衛門町に来るのは今日で2度目だった。

1度目はお店のお客様とのアフターでどうしてもお客様が経営しているBARに行かないといけない状況だった。

大した金額も使っていない癖に、言っいてる事と態度だけでかい、正直お店のオーナーの知り合いじゃなきゃ絶対に店外なんてしなかったであろう。

宗右衛門町の街は正直私は苦手だ。

どこを歩いていてもホストか客引きのキャッチに声をかけられる。

「お姉さん良かったら10分だけ。10分だけホストどうですか?」

とか・・・

「飲み屋、ギャンブル興味ないですか?」

とか・・・

このようにミナミの人間はとにかくしつこく、大丈夫と言っているにも関わらず永遠に付きまとってくる。

千奈津に連れられて入ったホストクラブは私が想像してたお店のイメージより何十倍も華やかだった。

入口のLEDのパネルからお店の装飾、天井や壁を流れるレーザー光線、どこを見渡してもチカチカ眩しい景色が私の目に飛び込んできた。

ホストは夢を売る仕事とはよく言ったものだ。

ここに通う女性は日々の疲れや環境から一時の安らぎを求めて、まるで自分が主役の夢の国へ舞い降りた感覚なのだろか。

「飛び込み初回三人で」

千奈津が慣れた手つきで受付をしている。

「ホスト何回くらい行ったことあるの?」

またしても桃子が千奈津に尋ねた。

彼女は本当にエスパーかと時々思うほどに私が聞きたい事を代わりに何でも聞いてくれる。

「え~覚えてないよ。40回くらいじゃない?」

余りにも多すぎる驚愕の数字に私と桃子は顔を合わせ目をまるくした。

千奈津のような女性のことを「ホス狂」と言うのか。

私は千奈津のことをだだの男好きの気分屋の女の子くらいしか彼女を認識できてなかったのだ。人生初めてのホストクラブにこれほどまでに頼りがいのある助っ人は他にいないだろう。

三人は席に案内されお店の料金システムや飲み物のプランなど一通りの説明を受け飲み物を注文した。

この時も私達は全て千奈津に任せっきりでお店のボーイさんが何を説明しているのか理解できず、ずって大きく光るシャンデリアに見とれ上の空だった。

「失礼します。ご一緒いいですかっ・・・どうも時雨って言います

いやぁ~美女三人組発見したからすっ飛んで来てん。」

既に少し頬が赤くなった酔っ払い気味の男が初対面にも関わらずにぐいぐいと入り込んできた。オーバーサイズのハイブランド物のパーカーにハイブランドのバケットハット、全身ブランド物で固めてきましたと言わんばかりで主張的な服装。

この人はきっと外見だけ一流のブランド品で着飾って俺は売れていて金持ちですとアピールしているが中身はスカスカでその場のノリと勢いで生きているのだろう。

「時雨さん、三人とも引いてますって。((笑))

お席ご一緒してもよろしいでしょうか?初めましてジンと申します。」

少し間が空きジンがやってきた。

手書きの名刺にブランド物では無さそうだが自分の身体にあった細身の黒のスーツ。

見た感じ自分と同じくらいだろうか、ピシッと張った背筋に滑らかにお酒を作る指先。

今時、この年でここまで上品にスーツを着こなせる者はそうそういないだろう。

気が付けば私の視線は彼に吸い寄せられていた。

「お名前お伺いしてもいいですか?」

「香夜乃・・・」

「香夜乃ちゃんかぁ~。ホストクラブは初めて?

最初は緊張しちゃうよね、大丈夫だよ、分からないことは全部僕らがするから香夜乃ちゃんは楽しくお酒飲んでて。」

話し方、気配り、その全てが心地よく私は胸が熱くなるのを感じた。

「私まだ19歳なのでお酒飲めないです。」

思いのほか彼の表情が柔らかくなった。

「マジか。僕も今19歳なんだ。同い年だね。

今日はクリスマスだから女子三人で女子会かなんか?」

「まぁそんな感じかな((笑)) 」

自分と同い年の男の子。

学生時代から同級生の男なんて皆馬鹿ばっかり、バイクとエッチのことしか考えていない子供だと思っていた。

ただ、彼は他の男の子とは違う感じがする。うまくは言えないがもっと彼にしかない匂いのような不思議な魅力が伝わってくる。

その後何人かのホストが代わる代わる席についてくれたが、何を話したか正直覚えていない。

「そろそろお時間なのですが、1名送り指名するキャストを選んで頂いてもよろしいでしょうか? 」

送り指名とは複数人ついたホストの中から一番気に入ったキャストがお店の外までエスコートしてくれるという制度である。

千奈津と桃子はそれぞれ別のホストを選んだ。

私は悩むまでもなく最初についてくれたジンを指名した。

「送り僕を指名してくれてありがとう。席に着いた瞬間から香夜乃ちゃんなんでか分からないんだけど僕と同じ感じがしてたから選んでほしいなって思ってたんだ。

もしよかったら連絡先教えてくれない?」

私は彼に連絡先を教えた。男の人と連絡先を交換するだけでここまでドキドキするとは。

もっと彼と一緒にいたい。ほかの二人はどうすんだろうか。

彼との会話は凄く心地が良く落ち着く。人と話をしていてこれほど高揚感を感じるなんて、

いつもなら自分の自慢話しかしない酔っ払いのおやじの話を全力の作り笑顔でごまかしていたが、彼との会話では些細なことでも自然と笑みがこぼれてしまう。

「申し訳ございません、ただ今のお時間をもちまして初回の一時間が終了でございます。

ご延長の方いかがなさいますか?」

ボーイさんが一時間の時間を知らせてきた。私は千奈津と桃子の顔を覗き込み二人にどうするかを委ねた。

「楽しいけどお金持ってきてないよぉ~。私の事は気にせず二人は居たかったらいてもいいんだよ?」

桃子が申し訳なさそうな声で帰ると言ってきた。

「なら私も桃子と一緒に帰るよ。千奈津はどうするの?まだ残る?」

「え~二人とも帰んないでよぉ~。延長しても10000円以内に収まるよ」

そうは言いつつ帰りの電車賃など色々考えると桃子は足りないだろう。

幸いにもたまたま私は財布に20万程入っていたので桃子に貸してあげてもいいが、そんな事をしてもきっと彼女は喜ばないだろう。

結局その日、私と桃子は気分が乗ってべろべろに泥酔している千奈津をその場に残し帰ることにした。

「香夜乃ちゃん、今日ほんとにありがとうね。仕事終わったら連絡するからもしまだ起きてたら連絡してね。」

私と桃子はお店のエレベータまでホストにお見送りをしてもらった後、各々初めてのホストクラブデビューの感想を語り合いながら帰路に着いた。

自宅に帰りメイクを落として美容のためパックをしながら美顔器を顔にあてる。

どれだけ疲れて帰ってもこれだけは怠ったことがない。

すると千奈津から着信があった。

泥酔状態で一人で帰れるか心配していたが思いのほか大丈夫そうだ。

「時雨君めちゃめちゃイケメンじゃなかった?」

私は少し記憶をさかのぼり、そういえば千奈津が選んでいた一番最初に着いた全身ブランドの男の子がいたなと思い出した。

「千奈津が選んだ人でしょ?確かにかっこよかったね。」

嘘をついてしまった。俺売れてるから皆俺の事好きでしょ的な、ああいうタイプの男性が私は一番苦手だ。如何にも千奈津が好みそうなタイプだ。

私は千奈津の電話を適当に相槌を打ち流しながら彼女の電話が終わるのをまった。

30分が経過し、ようやく話し疲れたのかほとんど彼女の一方的な話で電話が終わった。

「ふぅ~ やっと終わったよ。」

来週はお正月で実家に帰るので荷造りしたかった。もう少し早くやるべきだったのに、進んでしまった時間が恨めしかった。

そんなこんなで帰省の準備をしている、深夜2時。突然ジンから電話がきた。

LINEではなくいきなりの電話、多少の抵抗はあったもののまた彼の声を聴けるのかと思うと気が付けば電話に出ている自分がいる。

電話での彼は酔っているせいか良く喋る。物静かな男性だと思っていたので、人は見かけによらないのだと思いつくづく予想外だった。

そんな彼といつの日か並んで二人夜道を歩いてみてなんて考えるのは彼に失礼だろうか・・・

なぜだろう。彼と電話をしていると、そわそわと挙動不審になってしまう。

「そろそろ寝るね。もしよかったら今度お互い休みが合うときにご飯食べに行こうよ。」

「ジン君忙しいから、無理しなくてもいいよ。一緒にご飯食べたいと思ってるお客さん沢山いるでしょ? 」

「・・・なんで?絶対誘うよ。楽しみにしてるから、今日は電話ありがとう、おやすみ」

「えーっと、私も楽しみにしてるね。うん、おやすみ・・・」

期待しても駄目。きっと誰にでも言っている営業トークだ。

そう自分に言い聞かせて、胸の苦しさを誤魔化した。

ただでさえ、不愛想で愛嬌のない女なのに、私なんかと食事したいはずがない。

変な期待をするだけ無駄なだけ。






帰省ラッシュで人が往来する年末の新幹線。

久しぶりに故郷の空気を胸いっぱいに吸えるかと思うと、混雑している車内も我慢できる。

駅のロータリーには母が車で迎えに来てくれていた。

「ただいま、ママほんとに久しぶり。ママのお蔭で何とか無事卒業できそうです。」

「ふふふ・・・香夜乃が頑張ったからよ。5日くらいはこっちでゆっくりできるんでしょ?」

「うん。5日くらいはこっちにいるよ。

あ、そういえば先週のクリスマスの日にホストクラブ行ってきたよ。

お父さんもホストだったんでしょ?売れていたの?」

「ホスト行って来たの?たまにはだけだったら構わないけどあんまり無駄遣いばっかりしたら駄目よ。まっ、香夜乃に限って大丈夫だとは思うけど。」

まさか・・・こんなことを言われるとは。

ごくごく普通の一般的な家庭では娘がホスト遊びをしてきたと報告などすると、どう反応するのだろうか。叱られたり罵られたり罵倒してくる親だっている、その点ではウチの母は優しいのかホストの仕事に対して理解があるからか決して私を怒ったりはしなかった。

「そういえば香夜乃は卒業したら何するの?下松に帰ってくる?」

「ううん。大阪に残ってホステス続ける。別にどっかに就職してもいいんだけど、今のお店気に入ってるしこれからはレギュラーで働いてナンバーワンになりたいもん。」

専門まで通わせてくれたのに親不孝な娘だと言われても仕方ない。ただ、これは私の人生だ、

私が主役にならないでどうする。

だんだんと、車の窓から見える下松の海が夕日の光を反射して微笑みかけてくる。

「お母さんは香夜乃がやりたいことは全力で応援するけど、わかってるとは思うけど人の道に外れるようなことだけはしたら駄目だからね。」

「わかってるよ。私だってそこまで馬鹿じゃないもん。ナンバーワンになってお母さんが行きたい所にどこでも旅行連れて行ってあげる。」

昔、まだ私が幼く、わがままだった頃、母の知り合いのスナックの常連さんが石川県の温昔、まだ私が幼く、わがままだった頃、母の知り合いのスナックの常連さんが石川県の温泉のペアチケットを譲ってくれたことがあった。常連とはいえ高級旅館のチケットなんて受け取れないと母は断っていたが、余りにも私が駄々をこねていたので仕方なく貰ってくれた。それが母と私の最初で最後の家族旅行。

一度だけ、たった一度の一泊旅行。普通の家庭では年に一回旅行が当たり前、そんな時世だと思う。ただ、私にはそのたった一度きりの家族旅行が今でも鮮明に思い出せるほど嬉しかった。私のなかの大切な思い出。

だから今度は私のお金でもう一度、母と私、二人きりの家族旅行に連れて行ってあげたいのだ。

「そんな無理しないで香夜乃が頑張って手にしたお金なんだから、自分の為に使いなさい。

「だから私が使いたいように使うんだよぉ。お母さんが行ってみたいところが私の行きたい場所だもん。」

半分目をうるうるさせ今にも泣きだしそうな母が私の頬をつまみ、ぎゅーと引っ張った。

「子供の癖に生意気言うんじゃないの((笑))」

必死に憎たらしい口を吐く母の姿は最高に愛らしかった。

私達親子の関係はうまくは説明できないが、親と子って概念がなくどちらかというとお互いが互いに気遣いあい、切っても切れない程に唯一無二の最高の友達のような関係性だ。

高校生の頃、同級生の男の子に、「お前、ママ、ママってマザコンじゃん」とからかわれたことだってある。それでもどれだけ周りにからかわれたとしても私は母が大好き。

もしいつか、こんなにマザコンの私でも本当に愛おしいと思える男性に出会うことがこの先あったら私は母離れできるのかな。

家に着き、庭の片隅に立ち尽くす梅の木を見ると、あぁ、実家に帰ってきたのだなとふつふつと実感が沸いてくる。毎年5月6月ごろになれば母と一緒に梅の実の収穫するのが楽しみだった。その収穫した実で母が毎年お手製の梅酒を作ってくれていた。

私が飲む分の梅酒だけアルコール抜きで、早くできないかなと何度も蓋をあけ味見する程までに私は母の作ってくれる梅酒が大好きだった。

去年の収穫の時期は一緒に手伝えなかったので、もしかしたら今年は飲めないかもしれない。ちょっぴり悲しそうな表情をした。

家に入りそこに座って待っていなさいと言う母。二人掛け用の小さなテーブルに、座ると軋む年季の入った木製の椅子。何十年も親子二人で食卓を囲んだテーブルでの食事はどこか安心する。

「今日は鯛の塩焼きよぉ~。」

我が家ではお祝いがある際はいつも決まって鯛の塩焼きだった。

安月給の母のパートとスナックのお給料で、鯛料理は凄くご馳走だった。

「無理しなくていいのに・・・・」

ぽつりと誰にも聞こえないくらいの声で呟いた。

私はこの二年間の学生生活の話を詳細に母に話した。そして桃子って親友ができたことや、桃子はすでに既に大阪で彼氏と同棲していることも全てこと細かく母に話した。

昔、まだ私が幼く、わがままだった頃、母の知り合いのスナックの常連さんが石川県の温泉のペアチケットを譲ってくれたことがあった。常連とはいえ高級旅館のチケットなんて受け取れないと母は断っていたが、余りにも私が駄々をこねていたので仕方なく貰ってくれた。それが母と私の最初で最後の家族旅行。

一度だけ、たった一度の一泊旅行。普通の家庭では年に一回旅行が当たり前、そんな時世だと思う。ただ、私にはそのたった一度きりの家族旅行が今でも鮮明に思い出せるほど嬉しかった。私のなかの大切な思い出。

だから今度は私のお金でもう一度、母と私、二人きりの家族旅行に連れて行ってあげたいのだ。

「そんな無理しないで香夜乃が頑張って手にしたお金なんだから、自分の為に使いなさい。

「だから私が使いたいように使うんだよぉ。お母さんが行ってみたいところが私の行きたい場所だもん。」

半分目をうるうるさせ今にも泣きだしそうな母が私の頬をつまみ、ぎゅーと引っ張った。

「子供の癖に生意気言うんじゃないの((笑))」

必死に憎たらしい口を吐く母の姿は最高に愛らしかった。

私達親子の関係はうまくは説明できないが、親と子って概念がなくどちらかというとお互いが互いに気遣いあい、切っても切れない程に唯一無二の最高の友達のような関係性だ。

高校生の頃、同級生の男の子に、「お前、ママ、ママってマザコンじゃん」とからかわれたことだってある。それでもどれだけ周りにからかわれたとしても私は母が大好き。

もしいつか、こんなにマザコンの私でも本当に愛おしいと思える男性に出会うことがこの先あったら私は母離れできるのかな。

家に着き、庭の片隅に立ち尽くす梅の木を見ると、あぁ、実家に帰ってきたのだなとふつふつと実感が沸いてくる。毎年5月6月ごろになれば母と一緒に梅の実の収穫するのが楽しみだった。その収穫した実で母が毎年お手製の梅酒を作ってくれていた。

私が飲む分の梅酒だけアルコール抜きで、早くできないかなと何度も蓋をあけ味見する程までに私は母の作ってくれる梅酒が大好きだった。

去年の収穫の時期は一緒に手伝えなかったので、もしかしたら今年は飲めないかもしれない。ちょっぴり悲しそうな表情をした。

家に入りそこに座って待っていなさいと言う母。二人掛け用の小さなテーブルに、座ると軋む年季の入った木製の椅子。何十年も親子二人で食卓を囲んだテーブルでの食事はどこか安心する。

「今日は鯛の塩焼きよぉ~。」

我が家ではお祝いがある際はいつも決まって鯛の塩焼きだった。

安月給の母のパートとスナックのお給料で、鯛料理は凄くご馳走だった。

「無理しなくていいのに・・・・」

ぽつりと誰にも聞こえないくらいの声で呟いた。

私はこの二年間の学生生活の話を詳細に母に話した。そして桃子って親友ができたことや、桃子はすでに既に大阪で彼氏と同棲していることも全てこと細かく母に話した。

昔、まだ私が幼く、わがままだった頃、母の知り合いのスナックの常連さんが石川県の温泉のペアチケットを譲ってくれたことがあった。常連とはいえ高級旅館のチケットなんて受け取れないと母は断っていたが、余りにも私が駄々をこねていたので仕方なく貰ってくれた。それが母と私の最初で最後の家族旅行。

一度だけ、たった一度の一泊旅行。普通の家庭では年に一回旅行が当たり前、そんな時世だと思う。ただ、私にはそのたった一度きりの家族旅行が今でも鮮明に思い出せるほど嬉しかった。私のなかの大切な思い出。

だから今度は私のお金でもう一度、母と私、二人きりの家族旅行に連れて行ってあげたいのだ。

「そんな無理しないで香夜乃が頑張って手にしたお金なんだから、自分の為に使いなさい。

「だから私が使いたいように使うんだよぉ。お母さんが行ってみたいところが私の行きたい場所だもん。」

半分目をうるうるさせ今にも泣きだしそうな母が私の頬をつまみ、ぎゅーと引っ張った。

「子供の癖に生意気言うんじゃないの((笑))」

必死に憎たらしい口を吐く母の姿は最高に愛らしかった。

私達親子の関係はうまくは説明できないが、親と子って概念がなくどちらかというとお互いが互いに気遣いあい、切っても切れない程に唯一無二の最高の友達のような関係性だ。

高校生の頃、同級生の男の子に、「お前、ママ、ママってマザコンじゃん」とからかわれたことだってある。それでもどれだけ周りにからかわれたとしても私は母が大好き。

もしいつか、こんなにマザコンの私でも本当に愛おしいと思える男性に出会うことがこの先あったら私は母離れできるのかな。

家に着き、庭の片隅に立ち尽くす梅の木を見ると、あぁ、実家に帰ってきたのだなとふつふつと実感が沸いてくる。毎年5月6月ごろになれば母と一緒に梅の実の収穫するのが楽しみだった。その収穫した実で母が毎年お手製の梅酒を作ってくれていた。

私が飲む分の梅酒だけアルコール抜きで、早くできないかなと何度も蓋をあけ味見する程までに私は母の作ってくれる梅酒が大好きだった。

去年の収穫の時期は一緒に手伝えなかったので、もしかしたら今年は飲めないかもしれない。ちょっぴり悲しそうな表情をした。

家に入りそこに座って待っていなさいと言う母。二人掛け用の小さなテーブルに、座ると軋む年季の入った木製の椅子。何十年も親子二人で食卓を囲んだテーブルでの食事はどこか安心する。

「今日は鯛の塩焼きよぉ~。」

我が家ではお祝いがある際はいつも決まって鯛の塩焼きだった。

安月給の母のパートとスナックのお給料で、鯛料理は凄くご馳走だった。

「無理しなくていいのに・・・・」

ぽつりと誰にも聞こえないくらいの声で呟いた。

私はこの二年間の学生生活の話を詳細に母に話した。そして桃子って親友ができたことや、桃子はすでに既に大阪で彼氏と同棲していることも全てこと細かく母に話した。

母も久しぶりにあった娘に話したいことは沢山あっただろうに。ただ私の終わりの見えない話をニコニコとした笑顔で黙ってうんうんと相槌を入れながら静かに聞いていた。

卒業間近でさすがに大人になった母に父のどこを好きになったのかが気になり尋ねてみた。

「ん~、もう香夜乃も十分大人だから教えてあげてもいいけど、すっごく長くなるし、香夜乃が本当に恋に悩んだ時に相談してきなさい。どんな恋愛をしても幸せだと思えるんであればその恋は正解なの。」

もう少しで教えてくれそうなニュアンスだったが、結局のところ取りあえず真剣に恋をしろってことね。あ、そうだ忘れていたと母がそそくさとキッチンに向かい我が家では珍しく普段は大事な客人が来た際にしか見たとこがないバカラのグラスに氷を入れて二つ持ってきた。

「香夜乃も来年にはお酒の飲める歳なんだし、お正月くらいアルコールの入った梅酒に挑戦してみたらどう?」

「時々ママに隠れて缶酎ハイ飲んでたからそこまで弱く

ないよ。

どうせなら何か賭けようよ。先に潰れたほうが今日のお皿洗いね。」

勝負と聞いて母の顔つきが変わった。

「まだお酒の味も知らないクソガキにこのママ様が負けると本気で思っているとは哀れな娘ね。」

私の軽い挑発に母はむきになりあっさりと乗ってきた。勝算はあった。

スナックに出勤している時も、母はいつもお客さんからのお酒を私お酒弱いのでと何度も断っている姿を私はずっと見てきたから。それに比べて私は仕事中でも十杯くらいはぺろりと飲むのは日常茶飯事だ。

軽めに酒のあて作るわねと母がキッチンで鯵のなめろうを作ってくれている隙に、母のグラスに濃い目の芋割りを作り、もちろん自分のグラスの分はすごーく薄めに作った。

真剣勝負に不正をするなんてと批判する者もいるだろう。しかしこの勝負は母と子、両者のプライドをかけた仁義なき戦いなのだ、最後に勝った者が絶対的な正義なのだ。

結果は惨敗だった。

まさか母がここまで酒豪だったとは・・・私はてっきり母はお酒が弱い者のだと思っていたがどうやらわざと飲まなかっただけのようだ。

飲み負けた方が皿洗いをする約束をしていたが、私はすっかりべろべろに泥酔してしまい結局洗い物は母がやってくれていた。

もう二度と母にお酒で勝負を吹っ掛けるのはやめておこうと心に誓った。







春はまだ浅く、空気の冷たさが感じられ冬の名残がまだ残る頃、無事学校を卒業した私は大ぶりのサングラスに黒のライダースジャケットを羽織り、すっかり都会の街並みに馴染んでいた。

仕事に打ち込む日々は恐ろしいほど忙しかった。返しても返しても際限なく返ってくるお客様からのLINE。同伴とアフター続きで睡眠時間が三時間しか取れないことなんてしょっちゅうあった。

まだまだお店の看板キャストには程遠い売上しか立てられてはいないが、それでもお給料は毎月50万から70万円は貰っており、その内20万は毎月、母への仕送りに充てていた。

母は渡したお金を使わずにそっくり取っておいてくれた。私が結婚する時の嫁入り資金だなどと言って。

まだ本当に人を好きになった事のない私が結婚なんて本当にできるのだろうか。

「おはよう。今日も仕事頑張ってね」

クリスマスの日出会った例のホストのジンとはたまに連絡を取り合っている。特に大した話はしないが、おはようから始まりおやすみで終わるまるで恋人に送る内容のようだった。

「おはよう。ジン君も仕事頑張って、今日仕事終わりお客さんと飲みに行かないといけないから連絡返すの遅くなるかも・・・ごめんね。」

決して付き合っている訳ではないが、お互いの仕事終わりなどでたまに食事に行ったりする間柄になっていた。

不思議なことに、あんなにも自分ひとりの事しか考えれなったのに、二人でいる時だけ彼を喜ばせたいと無意識に思う自分がいる。

「わかったよ。返信遅くなってごめんね。キラちゃん明日の仕事終わりとか時間ある?俺の先輩が自分でBARしてるんやけど、明日誕生日やからお祝いしてあげたくてさ」

明日は仕事終わりに桃子と飲みに行く約束をしていて、卒業して以来久しぶりに会えると楽しみにしていたので正直、知らない先輩のお祝いなんて行きたくないな。

でも、一緒に連れて行く女の子なんて沢山いる中で彼が私を選んでくれたのだから。

彼の役に立ちたい、どんな形でも彼と一緒にいれるのなら。

気が付けば携帯を手に取り桃子に断りの電話していた。

「急にごめんね。明日なんだけど、どうしても常連のお客さんと飲みに行かないと行けなくなってさぁ、めっちゃ断りたいんだけど結構使ってくれる人だから断れないんだよぉ。」

「えぇ~、ぶひぃ~。アフターだったら仕方ないよね。

なら日にち変えよ。来週の火曜日でいい?」

お客さんとのアフターなんて桃子に嘘をついてしまった。本当はジンに会いに行きたかっただけなのに。「桃子、ごめん・・・」心の中で彼女にそう思いつつ。

「うん。本当ごめんね、火曜って明後日だよね?

絶対大丈夫。てか、何があっても大丈夫にする。あははっ(笑) 」」

寝室の布団の中で目をうるわせながらたった一言「消えたい」一人ごとにしては大きな声でそう呟いた。親友に嘘をついてまで男に会いに行きたいこの気持ちはいったい何なのだろう。誰の意見も聞いていないし、誰かの答えも期待していない。

理性を焦がすほど私は恋に狂っていた。あるいは、恋に溺れていた。そんな事はどちらでもいい。これが恋か。

初恋は胸が苦しくなるほどに甘く狂おしいものなのだから。

「あー、もしもしジン君まだおきてた? 明日大丈夫だよぉ。仕事終わったら急いでミナミいくね。 」

「あ、え・・・おはよ。ちょっと寝てた(笑)おけおけ、楽しみしてるわぁ~」

彼の寝起きの声。少し戸惑い気味の彼のお茶目で意外な一面に心臓がきゅーうと締め付けられるようにドキドキする。

今、自分がどのような表情をしているかわからない、きっとものすごく赤面して耳まで真っ赤に染めあがっていると思う。

約束の日、いつも深夜一時までが勤務時間なのだが、十二時を過ぎたあたりから、どこかそわそわとしてしまって落ち着きを取り戻すように、店内の壁の柄をじっと見つめ経年劣化によるシミを数えていた。

隣にい座っているお客様からは、大丈夫?体調悪いの?など変な心配をかけて気を使わせてしまっていたが、「元気ないからシャンパン入れてあげよか?一番安いのやけど」その場では、えぇ~ありがとう、シャンパン入れてくれるんだったら毎日元気じゃない方がいいかな(笑)。なんて適当な返答をしたけれど、内心ではこの後大好きな彼にせっかく会えるんだから安いシャンパンなんかで酔った姿を彼に見せたくないから黙ってろと言いたかったが流石に席でお客様に向かってそんな事は言えない。

「今日シャンパン入れてあげたからアフターしてくれるやんな?キラちゃんが行きたいところでいいよ。ホテルでも(笑)」

この人は一体何を言っているのだろう。今から大切な予定がある中で、ましてや安いシャンパン一本で簡単にアフター出来るとか本気で思っているのだろうか。だとすれば、脳内幸せ者だな。

「え、あ、えっと・・・今日家にママが泊まりに来てるの。ごめんね。

ほんとに瀬戸さんとご飯食べたかったんだけど。仕事終わりは次の日学校だから時間ない

から、よかったら私の出勤前にご飯食べに連れて行って。」

全力の笑顔でスラスラと呼吸するかのように嘘を並べる。母は泊まりに来ていないし、学校もとっくに卒業している。この世界では女性は自分の身を守る為に嘘をつかなければならない。馬鹿正直に自分の身の上話などした暁には、血に飢えた欲求を持て余した男どもに何をされるか分かったもんじゃない。

自分の身は自分で守るしかないのだ。女の嘘はアクセサリーと一緒。

「そっかぁ、お母さん来てるんやぁ。なら今日は仕方ないわな、お母さんのこと大事にしてるってキラちゃん優しい子やなぁ。わかった、今度仕事前に飯いこ。」

仕事の前にご飯に行こうって言葉の意味をこの人はどこまで理解できているのかな。

食事をした後はしっかり同伴するのが当たり前。誰かに教わるわけではないが、それがこの世界では暗黙のルールだ。

前に一度だけ別の人だが出勤前に食事した後にお店には行きたくないと断れた事がある。

当然その時は同伴するものだと思い込んでいたから遅刻して店長にかなり厳しく怒られた。

「うん。学校終わるのがだいたい18時くらいだから、そこから帰って準備するから19時半くらいの待ち合わせでもいいかな?20時にはお店に出勤してないといけないから同伴してもらわないといけないんだけど・・・ごめんね。」

「マジかよぉ~、ならキラちゃんの休みの日でもいいで。俺予定合わせるから」

何となくそんな雰囲気は出ていたが・・・痛客かぁ・・・。

休みの日にわざわざお客さんと会って、近日中にお店に来て高額使ってくれるのだったらまだ、貴重な休日を使っても良いかなと思える。

だがこの人に限って、もし休日を返上して店外デートをしてしまったら、もう二度とお店にはこないだろう。きっとまたしつこく店外だけを誘ってくるに違いない。

「休日かぁ・・・うん。また休みが出来たら連絡するね。でも基本的に学校とお店の往復の生活だからしばらくは休みないかも。」

言い過ぎかとも思うかもしれないが、こういう自分にとって不利益になる人間は早めにこちらから見切りをつけないと。

もしこのまま放っていてストーカーにでもなったらシャレにならない。

お店の閉店時間が刻一刻と迫っていたのでどうにか説得して痛客を追い出した。

普段の私であれば、わざわざ相手の気分を害するやり方や、恨みを買うような言い回しは極力しないよう工夫する。それこそ接客のプロが言う、上手な別れ方というやつだ。

ふと自分の携帯を見るとジン君からのLINEが入っていた。

「お疲れさまぁ 仕事おわった?? もしあれだったら迎えにいこか?」

LINEのメッセージが入っていたのは1時過ぎ頃だった。既読を付けたのはつい先ほどで、まさかさっきのお客さんがエレベーター前でしつこくアフターに誘ってくるのを断っている内に1時を大幅に過ぎてしまっていた。

「ごめん、少し遅くなった。ううん、大丈夫急いでタクシーでいくね。」

びっくりするくらい大慌てで彼に返信した。

お店のキャストは近場から少し遠方の家の女の子まで幅広くいるので、女の子を家まで送迎してくれるシステムがある。だから本当はタクシーに乗らずにミナミまで送迎で行きたかったが、順番に女の子を送っていくので時間がかかるかもしれない。

無駄使いはしたくないけれど、遅くなって彼を待たせたくない。タクシーの車内急いで化粧直しを済ませ、普段はしたこともないけれど念入りに鏡とにらめっこしながら笑顔の練習までした。

「お待たせぇ~、遅くなってごめんね。まったよね?」

「全然待ってないし大丈夫だよ。それより急に誘っちゃったけど今日ほんとに予定とか大丈夫だった?」

この時間の宗右衛門町は深夜帯にも関わらず、周りを見渡しても大勢の人で溢れている。

眠らない街とはよく言ったものだ。東京では歌舞伎町が大阪では宗右衛門町が、東西それぞれ街のカラーはあると思うが、ここ宗右衛門では大阪ならではのノリと笑いを大切にしている人々が沢山いる。

大阪に住みだしてすぐの頃、関西圏の人と話していてあっ、と驚く事が多々あった。

例えばこれは有名な話しだが大阪の人はエスカレーターを右に立つ、東京の人は左側に立つ。確かに世界標準では右立ちがポピュラーとされているので、そういった面で言えば、大阪が正しく、逆にその他の県民が世界基準に反しているということになる。

「さっき先輩にもうすぐ着くって連絡したから取りあえず行こうか。

あ、今日は俺が誘ってるんだから遠慮せず飲んでね。って言っても毎回安くしてくれるから高くないんだけどね((笑)」

奢ってやると、横柄な態度を取るわけでもなく、こちらに気を使わせない気配りや言い回し。

ますます彼に対する好感度が高まる。

「なら遠慮せず今日はいっぱい飲んじゃお(笑)」

私なりに精一杯の女の子らしい言葉遣いをしたつもりだった。普段からぶりっ子や愛想を振りまく事に慣れていない為、上手に振る舞えているかは分からないが、それでも日頃の愛嬌の欠片もない私自身をありのままさらけ出すにはまだ少し抵抗があった。

彼の先輩が営んでいるBARはカウンター席6席、囲んで座れるテーブル席が2席のごくごく一般的などこにでもありふれる想像通りのお店だった。

その日は先輩のバースデーだったので物凄く活気だっていて店内もわちゃわちゃ騒がしいかと思っていたが、意外にも店内は静かで平日の通常営業と言われても分からない程、落ち着きがあり少し薄暗くそれは上質な大人の空間に舞い降りた気分だった。

元々どちらかといえばうるさく騒がしいBGMが鳴り響いている店より、まったり落ち着ける空間の方が好きなので、ここの店は私好みで凄く居心地が良かった。

「俺、ジンバック飲むけどキラちゃん何飲む?」

「あ、じゃあ私もジンバック。」

いつも度数の軽い物やソフトドリンクばかりで、正直ジンバックが何か全く知らなかったが、彼が好んで飲む飲み物を自分も飲みたくなった。

「うわぁ・・  思ってたより甘くて飲みやすくね。」

「ほんと??よかったわぁ~。俺ジンバックめちゃめちゃ好きで飲みにいったら毎回頼むねん。あ、でも飲みやすいからがばがば飲めるけど、ちょっとだけ度数高いから気をつけてな。」

「うん。ほんと飲みやすいから幾らでも飲めちゃいそう(笑)なんのお酒なの?」

「ん~。俺もそんなに詳しくないけど確かジンがベースで後ジンジャエールに少量のレモンがちょっぴりやった気がする。え、合ってます??」

詳しくないと言っている割には全然詳しいじゃん。そう心の中で一人で突っ込んだ。

「うん。あってんで。

あ、自己紹介まだやったね。ジンと昔一緒に働いてた椿です。よろしくね。」

自己紹介してくれた椿さんは、

顔はかっこいいが少し強面で、半グレっぽい見た目からは想像できないほど優しい声で話しかけてきた。

椿さんの胸元と袖の隙間から和彫り模様の入れ墨が見え隠れしている。

もし、面識がなく道端で声をかけられたとしても逃げるように無視するだろう。

「初めまして。キラです。店内の落ち着いてる雰囲気と流れてる曲の選曲とかすっごく好きで落ち着きます。」

見た目とは裏腹にとても気さくで、地元の近所とかに居そうなちょっとヤンチャなお兄ちゃんのような男性でついつい何でも相談してしまいたくなる。

昔から不良やヤンキーとはなるべく関わらないようにしていたが、こんな感じの年上のお兄ちゃんだったら仲良くしたいなと思ってしまう程、安心感のある人だった。

ヤンキーは実は根が優しいとは椿さんみたいな人の事を言うのだなと納得した。

「椿さんまだ俺が新人ホストだった時に、めっちゃお世話になって、ほぼ毎日ご飯とか遊びにとか連れて行ってくれててん。現役でホストしてる時はビビるくらいカリスマやってんでぇ。」

私に対してしっかり先輩の顔を立て、彼は世渡り上手できっと先輩からも後輩からも愛されるタイプなのだなと感じた。

あからさまに無理にゴマすりする様な人は、見ていて滑稽だなと呆れてしまうけど、きっと彼は本心から出ている言葉だから聞いていて嫌味っぽく聞こえないのだと思う。

「ちょと。やめてやぁ(笑) 持ち上げてよいしょしても何もでてけーへんで。」

二人の会話を聞いているとまるで熟練漫才師の師匠と弟子がお酒を酌み交わしながらかつての昔話をしているかの様でその光景は見ていて微笑ましくほっこりする。

「そういえばお前からお客様の相談とかはしょっちゅうされるけどお前が女の子俺に紹介してくれるるの初めてやな。」

営業トーク営業トーク。変な期待をしたら駄目に決まっている。

そう自分に言い聞かせながらも、もしかしたら何パーセントかは私の事好きなのかもと何処かで変な期待をしてしまう。

「ちょ、ちょと恥ずかしいからそんな事言わんといて下さいよぉ~。」

「ジン君声裏返ってるぅ~。かわい。私は嫌いになったりしないよ、初めて連れてきてくれてるって聞いて嬉しいも。」

「ありがとう。ジンさん最近お店どうですか?あんまり連絡くれないですけど忙しいですか?」

「全然やで、見ての通りや(笑)」

あぁ、この人は仕事のできる人なんだな。以前何かの本で読んだことがあるのだが、忙しいが口癖の人は、段取りが悪いか、仕事を時間内に終わらせる能力く、一方、仕事ができる人は時間管理や他人への仕事の依頼の仕方に長けてるのです。

今の一言だけでは何とも言えないけれど、少なくとも私が見た限りでは彼もジンさんも仕事が出来そうだ。人間は相手も言葉を聞いて、無意識に相手の能力を推し量るのだ。

店には私達以外にも四組のお客さんがいて、そうこうしてると奥に座っていたテーブル席のお客さんが椿さんにお祝いシャンパンを一本、二本、いやいや三本といった形で次々に卸していった。

時間もすっかり遅くなり、ふと時計を確認するとなんと早朝の4時だ。楽しさと彼の横を独占している高揚感からすっかり時間の感覚を忘れてしまっていた。

「今からモエネク卸すから半分はキラちゃんが出してくれたって事にしといて。」

そっと周囲には聞こえないように私にだけ聞こえるよう彼が私の耳元でそう呟いた。

女性が好きな異性に気を遣って相手の顔を立てる話はよく耳にするけれど、男もそうなのかな?

「え・・う、うん。いいよ。あ、でも半分私も半分払うよ。」

「いいからいいから。男は好きな女の子の前では見え張りたい生き物やねん。こうやって俺に時間使ってくれて傍にいてくれるだけで、お金で買えない程の価値があるよ。

時間って有限やん?もしかしたら明日急に死ぬかもしれんし、今しか出来ないことって絶対あると思うねんな。だから尚更俺はいつだってその瞬間瞬間をどう過ごすか誰と過ごすかを大事にしたいねん。」

そう呟く彼の瞳といつにもまして凛々しい顔つきに私は自然と彼の世界観に吸い込まれそうになった。頭がぽかんと空っぽになって五感全てが研ぎ澄まされたような感覚になり、体験した事のないような幸福感に満たされていった。

「ちょっと~ おーい。キラちゃん?大丈夫?なんか魂どっかいってたで(笑)」

「ごめん。大丈夫だよ。ちょっと今の台詞にきゅんってなって浸ってた(笑)」

いっそのことこのまま、二人だけの異世界に転送でもされないかな?

今だけではなくずっと貴方の隣に居させて下さい。

神様は理不尽だ。幸せな時間に終わりを付けてしまうのだから・・・

「そろそろラストオーダーにするけど最後もう一杯なんか作る?」

閉店時間が近づき椿さんがラストオーダーを聞きに来た。

「あ、じゃあジンバック二杯とモエネクを二人からお祝いです。あとタバコも(笑)」

「え、やば。ジンからシャンパン入れてもらえるとか光栄やわぁ。しかもパーラメントもカートンでくれるとかめっちゃ優しいやん。ありがとう~。キラちゃんも初対面やのにシャンパンなんか入れてくれてありがとうね。」

「いえいえジン君が祝いたいって言っていたので、私はなんにも。」

彼が全部勝手にしてくれた事なので・・・

そう言いかけだがやめた。折角私の為を思って彼が便利を図ってくれたのだから、その行為にしっかり甘えておこう。

「ねぇ、最後に皆で写真撮ろうよ。」




ここから、始まる彼との物語

そして、名前も知らない父と、母の面影

                    


                       純白のれいら



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