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クライセン艦隊とルディラン艦隊 第1巻  作者: 妄子《もうす》
8.講和会議

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その2

 ズゥピーン!!


 警戒態勢に入る中、艦隊は一気に緊張に包まれていた。


 ヤルスは自分の船酔いを忘れてしまう程に、その雰囲気に飲まれていて、傍らで推移を見守っていた。


 エリオの前の机には、海図が置かれており、エリオ艦隊とルドリフ艦隊の位置が明示されていた。


 その傍らで、マイルスターとシャルスが、エリオの命令を待っていた。


 ……。


 だが、予想以上に無言が続いていた。


 その間に、水兵達の緊張した空気が伝わってきていた。


 そんな中、エリオは先程までと同じような間抜け顔をしていた。


 あ、いや、本人にとっては間抜け顔ではなく、普段通りの表情と言っておこう。


 でも、まあ、エリオの周りだけ空気が違うのは気のせいではないのだった。


 とは言え、それが却って、ヤルスを戦慄させていた


 頼もしく感じる一方、得体の知れない何かを目撃しているのではないかと感じていた。


 常に冷静沈着な性格なのだが、人生で初めて味わった感覚かも知れない。


 幼い頃、剣の稽古で、師匠にメタボロにされると分かっていながら、立ち会わなくてはならないというプレッシャーとも違う感覚だ。


 だが、確実にこちらの方が質が悪いと感じていた。


「ハイゼル艦隊、進路そのまま。

 このままですと、進路が重なり、衝突の可能性が大です」

 シャルスはそう報告してきた。


 シャルスはシャルスで、重大な危機状態の報告を淡々と行っていた。


「閣下、如何なさいますか?」

 マイルスターは、シャルスの報告に反応しないエリオに決断を促した。


 それはまるでエリオをからかっているようだった。


 あ、まあ、実際に、からかうまでは行かなくとも、どう言う反応を示すか興味津々と言った感じだろうか?


 こう言った光景を見て、流石のヤルスも戸惑う他なかった。


 ヤルスは文官なので、戦争経験はなかった。


 とは言え、流石にこの雰囲気は違うだろうと感じていた。


「如何も何も、どうして、こう、子供みたいな絡み方をしてくるのかな?」

 エリオは困ったように言ってはいたが、明らかに呆れていた。


 実際、この時のエリオは対応するのも面倒だという思いもあっただろう。


 それに対して、「それはお前のせいだろ!!」と言う思いがあちらこちらから湧き上がってきた。


 少なくとも、傍から見ていたヤルスにはそう感じ取れた。


 要するに、味方の大半は敵に同情を寄せていると言う事になる。


 艦隊としての敵意が、エリオに集中するかのようになったので、ヤルスは驚いていた。


 普通は、ルドリフ艦隊に向けられる筈ですよね?


 とは言え、水兵達はそれをおくびにも出さないと言った感じで、自分達のやるべき事に集中していた。


 その為、ヤルスは気のせいかとも思ってしまった。


 普段冷静沈着であるヤルスではあるが、先程から自分のペースを乱されっぱなしだった。


 こんな思いをするのは初めてだった。


 しかし、そこは流石のヤルスだった。


 シャルスが伝令係の報告を聞いて、ルドリフ艦隊の位置を逐次更新していた。


 そして、それに合わせるように、エリオは自分の艦隊の位置を細かく変えていたのに気が付いた。


 これまた、それに合わせて、シャルスが伝令係に指示を出していた。


 シャルスも変に力が入ったりせずに、淡々としていた。


 だが、伝令係はその指示に従い、次から次へと入れ替わり立ち替わっていた。


 そして、全艦にエリオの指示を正確に伝えているようだった。


 その証拠に、総旗艦を先頭にV字だった艦列が、総旗艦を先頭に斜線陣にいつの間にか、変わっていた。


 変わっていないのは、進路だけだった。


「ぶつけるおつもりですか?」

 ヤルスは思わずエリオに聞いてしまった。


 今まで黙って事の成り行きを見守っていたヤルスが急に口を開いたので、エリオを含めて周りの者が一斉にヤルスに注目した。


 意外だったが、特に取り乱している訳ではなかった。


 そして、反発したという訳ではなかった。


 ……。


 寧ろ、一拍の沈黙を置いて、何故かよく言ってくれたと言わんばかりの熱気が沸き立ったようだった。


 無論、水兵達は何も言わずに、何事もなかったように、作業を続行していた。


 ヤルスは益々混乱した。


 エリオの指揮能力が高いのは、素人目にもハッキリと分かった。


 艦隊は、一糸乱れぬといった感じで、運用されていたからだ。


 ただ、味方である水兵達のエリオへの対抗心みたいなのは何々だろう?


「ハイゼル候との交渉はもう始まってしまったみたいなので、まずは舐められないように、先手を取るつもりですよ」

 エリオは、ヤルスの問いに答えたつもりだった。


「はぁ……」

 ヤルスは、分かったような分からないような気持ちでそう言わざるを得なかった。


 自身で、こんな声を上げるのは意外だと感じてしまった。


 エリオはエリオで、ヤルスが納得してくれたと思い、それ以上の説明をしなかった。


 エリオ艦隊とルドリフ艦隊は、最早何の障害もないと言った感じで、お互い接近し続けていた。


 そして、ルドリフ艦隊が先んじて、エリオ艦隊の進路を横切り始めた。


 状況としては、お互い、1発ガツンと咬ましてから、話し合おうじゃないかと言った感じか?


 ルドリフはそれが漢らしいと思っているらしいが、エリオは明らかに馬鹿らしいと思っている。


「全艦、全速前進!!」

 それまで静かに指示を出していたエリオが叫んだ。


「全艦、全速前進!!」

 シャルスがエリオの命令を受けて、その復唱を伝令係に伝えた。


 伝令係は他の艦へと命令を伝えていった。


 すると、エリオ艦隊は自分達の進路を横切るルドリフ艦隊に猛然と突撃し始めた。


 2つの艦隊がT字型になった瞬間、エリオ艦隊はルドリフ艦隊の中央の隙間に侵入した。


 びっくりするほどの手際の良さだった。


 そして、エリオ艦隊はそのまま全速力でルドリフ艦隊の中央を縦断した。


 それにより、ルドリフ艦隊の後衛部隊が進路を乱された。


 無論、後続部隊の先頭、つまり、エリオ艦隊が目の前を通り過ぎたのはルドリフ艦隊の旗艦だった。


 こういう事をサラッとやってしまう事が、後々の禍根を呼んでいる事は疑いようがなかった。


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