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クライセン艦隊とルディラン艦隊 第1巻  作者: 妄子《もうす》
7.バルディオン王国

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その6

 こんこん。


「伯爵閣下をお連れしました」

 ノックが終わると同時に、案内係が扉の外から会議室に知らせた。


 ぎぃぎぃ……。


 一呼吸置いて、扉は部屋の中から開けられた。


 サラサとバンデリックは導かれるまま、中へと入った。


 ぎぃぎぃ……。


 2人が中に入り、立ち止まると、同時に扉が閉じられた。


「ワタトラ伯サラサ、罷り越しました」

 サラサはそう言うと、一同に敬礼した。


 サラサの斜め後ろで、バンデリックも敬礼していた。


 サラサ達の敬礼に対して、委員会のメンバー達が答礼してきた。


 サラサは全員の答礼を確認した後、手を下げた。


 この辺で既に、この委員会のは異様さは明白だった。


 各司令官の後ろに、直立不動で参謀と副官が立っていた。


 軍事会議そのものだった。


 ただし、第2艦隊の司令官拝命後の挨拶とは違う事を感じていた。


 約1ヶ月前の事だが、その時のメンバーと大分違っていた。


 今回は、6侯は代理出席ではなく、全員、本人が出席していた。


 その為、雰囲気が違っていた。


 ぴり、どろ……。


 緊張感の中に、何か嫌な感じが混じっていた。


 中央にオーマがいたが、委員会の中心という訳ではなかった。


 まあ、中央と言うよりは、席の配置がVとU字の間のようになっていた。


 なので、奥側、もしくは頂点と言った方がいいかも知れない。


 オーマの隣のシルフィラン侯がこの委員会の委員長を務めていた。


 正に、頂点の位置である。


 6侯の中で、階級が大将なのはシルフィラン侯とオーマの2人だけだった。


 残りは中将で、サラサは准将だった。


 シルフィラン侯は、軍最高位であり、陸軍優位の国家なので、実質の軍のトップである。


 彼の担当は第1軍管区で、王都と北西方面を担当しており、隣接しているネルホンド連合に対している。


 ネルホンド連合はバルディオン王国と同じ都市国家群の集まりであり、王国より都市間関係を色濃く残している。


 この国は王国とは修好条約を結んでおり、友好国と言える。


 まあ、連合は世界各国と修好条約を結んでいるのだが……。


 シルフィラン侯の右隣に、第2軍管区担当のエルドラン侯が座っていた。


 第2軍管区は西方面担当であり、隣接しているのはシーサク王国である。


 シーサク王国とは完全に敵対関係であり、頻繁に国境紛争を起こしていた。


 その隣は、第3軍管区の担当のサリドラン侯である。


 南西方面担当であり、隣接しているスヴィア王国と対峙している。


 スヴィア王国とも完全に敵対関係であり、毎年、ウサス帝国との間に大規模な戦闘が行われていた。


 その度に、ウサス帝国への援軍の主力として、派遣されていた。


 オーマの隣に、第4軍管区担当のピラコラン侯が座っていた。


 南東方面担当であり、隣接している国はウサス帝国である。


 ウサス帝国とは同盟関係にあるので、予備兵力として位置づけられている。


 最後に、その隣が第5軍管区のフサントラン侯である。


 北東方面担当で、海に隔てられているが、対峙しているのはリーラン王国である。


 リーラン王国はウサス帝国とバルディオン王国の間に、度々海戦が行われているが、これまで陸上兵力のよる交戦はなかった。


 その為、第5軍も第4軍と同じ役割を担っている。


 と言うような組織編成だが、これからも明らかなように、バルディオン王国は陸軍国家であり、海軍が非常に脆弱である。


 また、説明が長くなったが、話を進めようとしよう。


「遠路、ご苦労様。

 まあ、お掛けなさい」

 シルフィラン侯はサラサに対してそう言った。


 そう言われたサラサは用意されていた椅子にゆっくりと腰掛けた。


 サラサが腰掛けたのを確認すると、シルフィラン侯は会議を進めた。


「早速だが、海戦経緯の説明をして貰おう」

 シルフィラン侯は抑揚のない極めて事務的な口調でそう言った。


 そう言われたので、サラサは斜め後ろのバンデリックを見て、頷いた。


 バンデリックは合図を確認すると、再び敬礼した。


「では、説明をさせて頂きます」

 バンデリックはハキハキした口調でそう宣言した。


 先程までの緊張した様子とは打って変わっていたので、サラサは驚きながらも安堵した。


 まあ、緊張していた理由は説明に関しての事ではないので、当たり前だった。


 でも、まあ、その事は、サラサに知られない方がバンデリックはにとって、幸せなのは間違いが無かった。


 それはともかくとして、ボードを使ったバンデリックの説明は簡潔で分かりやすかった。


 不満そうな顔をしている者も特に文句が出る事がなく、説明は終了した。


「クライセン公という人物は中々の者と見受けた」

 まず、発言したのは第5軍のフサントラン侯だった。


 対リーラン王国担当の為、興味があったのだろう。


 サラサは素直にエリオの才能を評価した者がいて、ちょっと驚いていた。


「そうだろうか?どう見てもハイゼル侯の勇み足だろう」

 きっぱりとそれを否定したのは、エルドラン侯だった。


「そうだろうな。

 帝国軍は結構こう言った事を仕出かしてしまう傾向があるからな」

 サリドラン侯もエルドラン侯に同調した。


 2人は軍の中でも実戦経験が豊富であり、主戦派として知られている。


 報告を不満そうに聞いていたのも、この2人だった。


 また、サリドラン侯は帝国陸軍との共同作戦も多い為、帝国軍の内情をよく知っているようだった。


 ある意味、この2人の見方は確かに正しかった。


(とは言え、そのような状況になったのは、偶然か、必然かという事が問題なんだけど、それに気が付いているのかしら?)

 サラサはちょっとイラッときていた。


 表情は若干引きつり気味だが、能面を維持していた。


 意見は散発的に出たが、活発に議論するという雰囲気は醸し出されなかった。


 ……。


 その為、一旦、沈黙が訪れてしまった。


 帝国軍に関しての話が出たので、任地が一番近いピラコラン侯が発言するかと思われたが、黙っていた。


 また、その沈黙にも無関心のようのようだった。


 そして、ウサス帝国と共同作戦が一番多い筈の海軍のオーマも同様に黙っていた。


 こちらは発言する事により、娘にとって不利になる可能性があるからだった。


 それ以上に娘を信頼しているので、黙っているという面の方が大きいかも知れない。


 まあ、単なる親馬鹿だろう。


「まあ、何にせよ、伯が参戦しなかったのは最良の策だったと言える」

 議論が活発化しないので、話を纏めるかのように、シルフィラン侯はそう言った。


 言っている言葉はサラサへの褒め言葉ではある。


 だが、表情は無表情で、そのような雰囲気は微塵も感じられなかった。


 かと言って、サラサが参戦しなかったのを咎めている訳でもなかった。


 そんなシルフィラン侯を見て、サラサは何となく嫌な感じがした。


 まあ、はっきり言ってしまえば、不快感だった。


 が、能面でその感情を押し殺していた。


 ドキドキ……。


 それを見たバンデリックは緊張しだした。


 サラサは振り返らなくとも、すぐにそれが分かった。


「まあ、逆に参戦して、リーラン王国艦隊を葬ってしまえば、良かったかもな」

 エルドラン侯がそう言うと、小馬鹿にしたように笑った。


 サラサはエルドラン侯の態度に何故か安心してしまった。


 腹の探り合いをされるより、直接的に悪意をぶつけられた方がマシに感じられたからだ。


 サラサの性格が歪んでいる訳ではなく、会議の雰囲気に毒されてしまったようだった。


「確かにそうかもな」

とサリドラン侯は同調してから、

「伯、参戦したら勝てたかな?」

とからかうように、サラサに聞いてきた。


 どっきん!!


 バンデリックは鼓動が高鳴り、息が止まった。


 これによって、バレてしまったのだった。


 そして、バンデリックはサラサの表情を確認できないではいたが、その恐ろしさを感じ取っていた。


 ただ、サラサは飛びっきりの笑顔をしていたのだが……。


「そうですね、実際に参戦していないので、何とも言えません」

 サラサは笑顔でさらりとそう言った。


「確かに!!」

「確かに!!」

 エルドラン侯とサリドラン侯はハモるようにそう言うと、笑っていた。


 サラサは先程の笑顔のまま、2人を軽蔑しながら言葉を続けようとした。


 だが、それより早く、

「戦略的に全く意味のない戦いに、参戦しても無意味な事だろう」

とシルフィラン侯が事務的な口調で先に言っていた。


 正に、サラサの言いたい事を侯が代わりに言っていた。


 そして、それにより、冷や水を浴びせられたように、会議の空気が一気に冷え込んだ。


 笑っていた2人が引きつっていた。


 普通ならざまあみろと言った感じなのだろう。


 でも、サラサは言いたい事を先に言われたので、所在なしと言った感じにさせられた。


「リーラン王国の旗艦艦隊を殲滅できれば、戦略的に意味があると思えるのだが」

 エルドラン侯が引きつった表情のまま、舌戦を挑んできた。


 サリドラン侯は頷きながら同調していた。


「これは言い間違えたようだな」

 シルフィラン侯は2人の意見に対して、間違えを認めるかのように言った。


 それに対して、2人はにんまりとした。


「戦略的に意味がないどころか、我が王国の存亡に関わる損失になりかねない危機を回避したと言うべきだったな」

 シルフィラン侯の口調は更に寒々しいものになっていた。


「どういう事です、委員長閣下」

 エルドラン侯は急に言葉遣いを変えた。


 階級も上で、本来ならばこういう言い方をするのが、正しい。


 だが、この委員会では委員は同格意識が高く、ざっくばらんに話し合いがなされるのが、常だった。


「分からんかね?」

 シルフィラン侯の口調は寒々しいままだった。


「???」

「???」

 エルドラン侯とサリドラン侯は顔を見合わせた。


 自分達は正しい事を言っているのに、何故責め立てられているのか分からないと言った感じだった。


「教会主催の儀式の後、聖域での海戦で、主賓であるリーラン王国王太女を害したとなれば、その後、どうなるか、本当に分からないのか?」

 シルフィラン侯は最後まで言わなかった。


 それが却って、この場を凍り付かせたのは言うまでもなかった。


 そうなれば、王国は教会から破門され、未来永劫邪悪な者としての謗りを免れない。


 それは世界各国を敵に回すだけではなく、民心の離反に繋がる事は疑いようがなかった。


 特に、バルディオン王国の礎となった都市国家群は教会に対して、信仰が厚かった。


「!!!」

「!!!」

 エルドラン侯とサリドラン侯は愕然として、口を噤んだ。


「戦略というものは、目の前の戦いに勝てばいいというものではない」

 シルフィラン侯はそう言って、議論を閉めた。


 サラサは自分の言いたい事をシルフィラン侯が全て言ってくれたので、驚いていた。


 ただ、自分に味方になってくれている訳ではない事は、よく分かった。


 そして、更に自分の所在のなさに居たたまれなくなりそうになっていた。


 とは言え、能面の表情に戻ったまま、じっと座っていた。


 ほっ……。


 議論が終了したのを受けて、バンデリックは心底安堵していた。


 サラサはバンデリックを見なくてもそれがよく分かった。


(後で覚えていらっしゃい!!)

 サラサは心の中でそう叫んでいた。


 これは、言うまでにないが、バレてしまったのだった。


 え?何がって?


 それは皆まで言う必要はあるまい。


 バンデリックの方は言葉を直接聞いたように、直立不動していた姿勢を更に硬直させていた。


 それにしても、リーラン王国でもバルディオン王国でも組織というのは、一枚岩になるのは中々難しいと思わせる場面でもあった。


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