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クライセン艦隊とルディラン艦隊 第1巻  作者: 妄子《もうす》
7.バルディオン王国

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その3

挿絵(By みてみん)


 サラサはオーマと共に、謁見の間に入った。


 バンデリックは、無論外で待たされていた。


 バルディオン王国の謁見の間はリーラン王国と比べると、意外に質素だった。


 王国の成立から約50年と比較的若い国家だった。


 因みに、リーラン王国は統一王国になってから200年弱、ウサス帝国は現体制になってから400年超となっていた。


 ただし、謁見の間が質素なのは、他と比べて若い国という理由ではなかった。


 どちらかと言うと、王国の成立過程にその原因があった。


 謁見の間が質素という事は、国王の権限がそれ程強いという訳ではないという事を表していた。


 バルディオン王国は都市国家群が集まって成立したものだった。


 ボイズと呼ばれるこの西大陸には都市国家が多く存在した時期があった。


 都市国家同士の欠点を補うような関係によって、それなりに発展していた。


 だが、東のウサス帝国の混乱の終焉と、西にシーサク王国、南西にスヴィア王国がそれぞれ勢力を拡大する事によって、都市国家の一部は占領され、それらの国々に取り込まれていった。


 危機感を覚えた都市国家群は統一国家の樹立を画策したが、国家体制の思想的相違からバルディオン王国と北西に隣接するネルホンド連合に分かれる事になった。


 現在の王家は、王国成立の中心となった一族であり、そのまま推挙されて国王となった。


 だが、その王家は武力・財力共に、王国内では突出した存在ではない為に、ただのまとめ役に過ぎなかった。


 とは言え、王国の階級社会に置いてはこの国の最高位であり、権威の象徴とされていた。


 だが、政治的権力はリーラン王国国王と比べると、甚だ弱い。


 サラサはオーマと共に、その国王の前まで行くと、跪いた。


「ルディラン侯オーマ並びにワタトラ伯サラサ、陛下の仰せにより、参上致しました」

 オーマはまず挨拶から始めた。


 サラサはオーマの斜め後ろに位置していた。


「侯に、伯、お忙しい所、お出で下さり、ありがとうございます」

 国王バルディオン3世は国王らしからぬ、丁寧な言葉で2人を労うように、挨拶をした。


 国王の名前と国名が一致しているのは、成立時に現在の元老院が初代国王の名前で制定したことによる。


 そして、国王の態度が些か威厳に欠けるのは、リーラン王国のように主従関係という訳ではなく、どちらかと言うと、同盟関係に近いからだった。


 とは言え、国王がそう言った態度なのは人柄によるものも大きかった。


 小太りで、美丈夫と言った所が全くないが、髭を蓄えた愛嬌のある人物だった。


 だが、やはり、どこか苦労していると言った印象を受けていて、小太りなのもストレスから来るものなのだろう。


 話を同盟関係の方に戻すが、バルディオン王国は王都を含めて64都市で形成されていた。


 市長がそれぞれの都市の行政を担当し、合衆国や連邦国のような形で王国を形成していた。


 63都市に市長がいて、伯爵位にある。


 市長は世襲制が基本であり、嫡子は子爵位にあり、副市長を務める。


 合衆国制のような制度を導入しているので、中央と地方を結びつける組織があり、それが元老院だった。


 元老院は各市から1名派遣され、男爵位の称号が与えられ、議員に当たる。


 元老院の議員の指名権は市長にあり、市長の意向を汲んだ人物がなるのが通例となる。


 また、6侯と呼ばれる特権を持つ家系があった。


 侯なので、オーマとサラサのルディラン家も含まれる。


 この6侯は軍務を担っている事もあり、特権的な地位を与えられている。


 そして、6侯は、海軍と5つの軍管区の司令官を務めており、元老院に籍も持っている。


 つまり、6侯の都市からは、2人の議員を出している事になる。


 なお、海軍はルディラン侯爵家のみである。


 6侯の都市の市長は嫡子が務めているのも、特別扱いだろう。


 ただ、これは軍務の事を考えると、致し方がない。


 とまあ、この国の政治体制と6侯の特権は、この辺にしておき、話を進めたい。


「戦闘が行われた場所が場所だけに、国防委員会が開かれる前に、当事者から直接話を聞きたいと思って、来て貰った次第なんです]

 国王はこの期に及んでも回りくどいように話をしていた。


「陛下、お気になさらずに、伯に何でもお尋ね下さい」

 オーマは埒が明かないとばかりに話を進めた。


「では、今回の海戦の報告を受けたが、本当に我が国の艦艇は参戦していないのですね?」

 国王は意を決したように言ったが、言葉はそうではなかった。


「はい、仰るとおりで御座います。

 我が艦隊は一切の戦闘行為を行っておりません」

 サラサは腑に落ちない気分だったが、恭しくそう答えた。


 国王は報告を疑っている訳ではなさそうだったので、聞きたい事はそうではないような気がしていた。


 サラサ自身、海戦が起こった以上、呼び出される可能性は感じていた。


 だが、こんなに早く呼び出されるとは思ってはいなかった。


 場所が場所だけに、大変な事なのだが、然りとて、王国の存亡に関わる事とは思っていなかった。


 それとも自分には見えていない危機があるのだろうか?


「そうか、それは安心ですな……」

 国王は安堵の言葉を述べた。


 ただ、この反応に対してサラサは戸惑うばかりだった。


 報告を疑っている訳でもないようだった。


 なので、サラサ本人から直接聞いても、あまり意味がないように感じられたからだ。


「教会から何か言われても、これで反論できる訳ですね」

 国王は更に安堵の言葉を述べた。


 サラサは気になって、上目遣いで国王の表情をちらりと伺った。


 国王の表情は安堵の言葉とは裏腹で、安堵はしていなかった。


 サラサはそれを見て、不安に駆られた。


 ただし、斜め前にいるオーマは何も動じている様子はなかった。


 どういうことなのだろうか?


「ところで……」

 国王の発言はまだ続いていた。


 そして、とても言いにくそうだった。


 サラサに緊張が走った。


「帝国艦隊から何か言われてはいませんでしたか?」

 国王から新たな質問が飛んだ。


「???」

 サラサは思考が停止したように黙ってしまった。


 思わぬ質問にどう対応していいか分からなかった。


 ……。


 サラサが答えなかったので、何とも表現しがたい沈黙が訪れてしまった。


「伯」

 オーマは静かに答えるように促した。


 サラサはオーマの声の現実に引き戻された感覚になった。


「特に、これと言った事はありません」

 サラサは珍しく慌ててそう言った。


「……」

 国王はどう反応していいのか、分からないと言った感じで黙っていた。


 とは言え、真剣すぎる表情だった。


「伯、詳しく」

 オーマは、国王の気持ちを察したようだった。


 とは言え、詳しくと言われても何もない事を話すのは難しかった。


 サラサは再び上目遣いで国王の表情を確認した。


(ああ、そういう事なのね……)

 サラサは国王が何を求めているか、気が付いた。


 現場との空気の違いを感じざるを得なかった。


 そう、後方で心配している人間が想像している事とは違い、両艦隊の間には諍いなどは全くなかった。


「帝国艦隊とリーラン王国艦隊が交戦中に、ハイゼル侯からの参戦要請は一切ありませんでした」

 サラサは話し始めた。


 その下りは聞いたとばかりに、国王が無言で言っているような雰囲気があった。


「交戦終了後は、救助の協力要請を受け、協力致しました」


 サラサがそう続けると、国王は気のせいか身を乗り出しているようだった。


「その後は、両艦隊を合流させ、ワタトラに入港しました。

 現在、帝国艦隊はワタトラで補給と応急修理を行っています」

 サラサはそう話を終わらせようとしたが、国王から妙なプレッシャーが掛かった。


 丁寧な態度で終始接したという事では不満らしかった。


「ハイゼル侯からはその時、感謝のお言葉を頂きました」

 サラサはならばこの事を聞きたいのだろうと言う事を話した。


 これでどうだろうか?


「そうでしたか……」

 国王はやっと安堵した表情になった。


 サラサも妙なプレッシャーから解放された気分になろうとしていた。


「だけど、後で何か言ってこないですかね?」

 国王は安堵の表情から一瞬で不安な表情に変わっていた。


(何かって、何?)

 ここまで来ると、流石にサラサも呆れてしまった。


「ハイゼル侯は猛将で知られていますが、分別のある人物です。

 今回も戦闘した場所が場所だけに、当方に相当気を遣っているようでした。

 ですから、今後、難癖を付けてくるとはとても思えません」

 サラサは呆れていた事もあり、つい勢いよく言葉を続けてしまった。


「……」

 国王はサラサの言葉をじっくりと聞いていたが、サラサが話し終わった後、何も発しなかった。


 ただ、しばらくサラサをジッと見つめていた。


 その行為はサラサを気まずくさせるのには、十分だった。


 居心地が悪くなり、サラサが居たたまれなくなる瞬間、

「そう、それなら良かったです」

と国王は納得したように、笑顔を向けてきた。


 ようやく本当に安堵したようだった。


 それに引っ張られるように、サラサも妙なプレッシャーから解放された。


 国王がこれまで気にするのには理由があった。


 バルディオン王国とウサス帝国は同盟関係にあったが、それはとても対等というものではなかった。


 国力・軍事力とも帝国には劣っていたので、どうしても従属する必要があった。


 それ故に、機嫌を損なう行為には気を付けなくてはならなかった。


 サラサと国王の間の認識の差が、戸惑いと心配という形で現れていた。


「ワタトラ伯、貴公の分別ある行動に感謝します」

 国王はサラサを褒めた。


 戦果を全く上げずに褒められた事にサラサは戸惑った。


「ありがとうございます」

 サラサは戸惑いながらつつがなく、お礼を言った。


(とは言え、これはこれで、陛下のお考えは、至極まともな事よね)


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