その12
祝賀の儀は、中庭の上士達の前にリ・リラが現れた事で終了した。
そして、その次の儀式はその日の夜に行われる饗宴の儀である。
まあ、宴会であり、パーティなのだが、一連の儀式の中で、一番メインなのかも知れない。
エリオはそのメインイベントに備えて、控えの間にいた
とは言え、ただ控えているのではなく、メインイベントに備えて軽い食事を摂っていた。
宴会なのに、その前に食事を摂っているのは妙な話なのだが、今度は主賓の付き添い(?)として参加するので、食事をする暇はないのだった。
主賓と付き添いは、延々と続く挨拶を受け続けなくてはならない。
日頃、言葉を交わす事が出来ない貴族達はここぞとばかりに、入れ替わり立ち替わり、気合いを入れてくるので、結構大変である。
女王と王位継承順位が付けられている者達は全員そう言った状況であり、同じ控えの間にエリオの他に、カカ侯ヤルス、ミモクラ侯クルスがいた。
3人はコの字に配置されたテーブルに着いていた。
3人はしばらく(?)は静かにしていたが、
「閣下、つつがなく、お役目を果たされましたね」
とクルスが口を開いた。
これはエリオに話し掛けている。
クルスは幼少の頃からよく見知っている者だった。
とは言え、歳はエリオより1つ上で、剣術では同じ師に師事した兄弟弟子だった。
そう、色々あって、兄弟弟子の方は過去形だった。
それもかなり短い間だった。
それはともかくとして、爵位ではエリオの方が上で、家の序列でもエリオの方が上である。
だが、しかし、王位継承順位ではクルスの方が上である。
そう考えると、複雑な関係である。
陸海軍の合同演習もかなりの数をこなしているが、その時も、クルスはエリオを立ててくれていた。
そういった事から、腹に一物を抱えている人物とは完全に一線を画す人物である事は間違いが無かった。
まあ、それゆえに、この複雑関係から来るモヤモヤ感に関して、エリオはちょっと気にしていた。
これは別にエリオの性格が歪んでいる訳ではなかった。
あ、まあ、必ずしもそうとは言い切れないが、少なくとも宮廷内の人間関係の難しさから来るものだった。
貴族の中で序列第1位という立場は意外に気を遣わなくてはならない立場である。
敵意や対抗心、嫉妬心を持つ者、すり寄ってくる者、いきなり掌を返す者など警戒しなくてはならない人物がほとんどである。
そういった事から、クルスのような人物は希有な存在だった為に、戸惑ってしまうのだった。
まあ、当のクルスの方は全く意に介さないように、こう言った軽口をどんどん叩いてくる。
「貴公、それは酷い言い草ですね。
それではまるで俺が失敗した方が良かったと言っているようなものではないですか」
エリオはいつものようにクルスの軽口に乗っかる事にした。
「いや、そう申し上げているのですが……」
クルスは妙に神妙な表情を浮かべていた。
「それはもっと酷い」
エリオは抗議するように言った。
はっはっ……。
2人は自分達の茶番に吹き出してしまった。
それとは全くの対照的にヤルスは微動だにせずにそこにいた。
まあ、正確に言えば、食事を摂っている時以外はなのだが。
ヘーネス家は序列3位という位置のせいかもしれないが、クライセン家とロジオール家に対して、対抗意識が代々強い。
それを受け継いでいるのか、現総領のヘーネス公は物静かな性格として知られているが、それでも覆い隠せない両家への対抗心が滲み出ていた。
ヤルスは代々の物静かな性格を完全に受け継いでいた。
おそらく父親以上に、物を話さないという認識で宮廷内は一致していた。
その評価はこの場にも当てはまっていた。
気のいいクルスだが、ヤルスには話し掛ける素振りは見せなかった。
押し黙っているヤルスが何を考えているか分からなかったからだろう。
もう一歩進んで考察すれば、ヤルスも代々のヘーネス家の面々同様だと感じていたからだろう。
話し掛けないという点では、エリオも同様だった。
だが、ヤルスには違った見方をしていた。
どうも対抗心や警戒心を持っているとは別の物のような感情を持っているような気がしていた。
こちらを見ていないのに、じっと観察されているような気がしてならなかった。
まあ、それはそれで、妙というか、気味が悪いというか、そんな気分になるのだが。
「まあ、閣下の事だから、殿下の為にも失敗できないとか思ってたんじゃないですか?」
クルスは軽口の続きを話していた。
「!!!」
エリオはそのものを言い当てられたので、ギョッとしていた。
まあ、こういった事のエリオは傍目から見て分かりやすいのかもしれない。
「うんうん、愛の力ですね」
クルスは畳み掛けるように、そう言った。
「はい……?」
エリオはギョッとした表情からきょとんとした表情になった。
それを見たクルスは椅子から転げ落ちそうになり、落胆した。
(まだ自覚していないのか……)
呆れ果てていたが、口には出さなかった。
「まあ、前回の御前会議で他の男を近付けないぞと宣言したから自分の立場はよく分かっているのかと思っていたけど、違ったのかな?」
クルスは確認するかのように聞いてきた。
「何の事ですか?」
エリオは何、クルスが持って回るような言い方をしているんだと感じていた。
全く噛み合っていなかった。
その噛み合っていない事を認識しながら、ヤルスは何もしなかった。
正確には依然として、観察し続けていた。
視線は2人に向けてはいなかったが。
「やれやれ……」
クルスは匙を投げ出すように言った。
それに対して、エリオは心外だと感じ、言い返そうとした。
コンコン。
ちょうど、ドアをノックする音が聞こえた。
3人がドアの方に注目した。
「お時間が参りました」
ドアの外からローア伯の部下がそう告げてきた。
「了解した。
すぐに行く」
エリオが代表でそう応えた。
そして、3人は一斉に立ち上がった。
饗宴の儀の始まりだった。




