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クライセン艦隊とルディラン艦隊 第1巻  作者: 妄子《もうす》
6.リーラン王国

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その6

 ヘーネス公の執務室には3人の男がいた。


 公爵本人と嫡子のヤルス、そして、ホルディム伯である。


 ヘーネス公爵家は自分がいつも執務をしている幅広の執務机に備え付けられている立派な革張りの椅子に座っていた。


 仕事の性質上、乱雑になりがちな机の上だが、きっちりと整理整頓されていた。


 右側には未決済の書類、左側に決済済みの書類となっていた。


 それらは無闇に山積みされている訳ではなく、兎に角きちんとしている事が明白だった。


 また、机の上だけではなく、部屋全体に言える事であり、棚に置かれている本や資料にも言える事だった。


 部屋そのものがヘーネス公の几帳面な性格を表していた。


 そして、公の事務処理能力が高い事を示していた。


 部屋にいる公の表情は、御前会議と全く同じで、無表情だった。


 同じく部屋にいる嫡子であるヤルスは、父親の斜め向かいの小さな机に座っていた。


 普段はヘーネス公の秘書官が使う机だが、今はヤルスが間借りしていた。


 そして、その席に着いているヤルスは姿勢が良く、座っているのに、少しもくつろいでなく、ビシッとした感じを受ける。


 それと、体だけではなく、表情もピクリともしなかった。


 その姿は、やはり、几帳面な性格を表していた。


 親子揃って、やや不気味である。


 それとは対照的にホルディム伯はうな垂れていた。


 応接用のソファに腰掛け、テーブルなどの家具を挟んで、ヘーネス公とは対面していた。


 3人が集まっているのは、御前会議の反省会みたいなものなのだろう。


 だが、ホルディム伯が何も言わないので、何も進まないし、沈黙の時が流れているだけだった。


 ……。


 それに構っている暇はないとばかりに、ヘーネス公は書類を手にして、自分の仕事をこなしていた。


 息子も間借りしている机で黙々と仕事をこなしていた。


 今回の会議での失態について、ホルディム伯を問い詰める訳でもなく、フォローする訳でもなく、そのまま放っておいていた。


 そして、ヘーネス公はやがて、一部の書類をヤルスに渡すようになっていた。


 ヤルスにも関係ある書類なのだろう。


 書類を渡されたヤルスは、この時を逃さないとばかりに、父子で関係する執務を開始したのだった。


 小一時間ほど、そういった感じで時が流れていった。


「上手く行っていた筈なのに、あの小僧のせいで……」

 ホルディム伯は呟くようにそう言った。


 姿勢は依然としてうな垂れていた。


 ヤルスはその言葉を聞いて、ホルディム伯を見て、怪訝そうな表情を浮かべた。


「伯爵、そのような言動は、厳に慎んで貰いたい。

 クライセン公は、陛下が叙せられた地位。

 陛下のご威光を傷つける真似は誰であろうと、許さない」

 ヘーネス公は静かだが、突き刺さるような鋭い口調でそう言った。


 ライバルとは言え、謂れのない誹謗中傷は公爵の好む所ではなかった。


 そして、女王陛下を何よりも重んじていた。


「申し訳ございません、閣下。

 そのようなつもりは全くありません」

 ホルディム伯は顔を上げて、驚愕の表情を浮かべながら弁明した。


「それに、貴公は上手く行っていたと発言したが、それは本当の事なのだろうか?」

 ヘーネス公は質問の形でそうは言ったが、否定している事は明らかだった。


 それは切り裂くような鋭い口調が示していた。


 はっきり言って、不気味だ。


「……」

 ホルディム伯は返す言葉もないと言った感じで、絶句してしまった。


 ただ、これはヘーネス公の迫力に気圧された為であり、同意という訳ではなかった。


「それに今回は、クライセン公に救われた事をまずは自覚する事だな」

 ヘーネス公はホルディム伯の心を見透かすかのようにそう言った。


「!!!」

 ホルディム伯は何とも言い難い表情で再び絶句した。


「本来ならば、アリーフ子爵、亡くなった子爵が挑発に乗ってしまった件と貴公が後詰めの役割を果たさなかった件はもっと追及されるべき案件だった」

 ヘーネス公は分かり切っている事を言い聞かせるように述べた。


 ホルディム伯の態度に危機感を持ったからだろう。


 伯は明らかに、状況判断が出来ていなかった。


 今回、伯に無理筋の報告をさせたのも、追及される案件を和らげる為のものだった。


 所謂、最初に無理難題を吹っかけて、こちらに有利な落とし所を探る手筈だった。


「閣下、それでは、私が制作した報告書が端っから通らない事を見通していらっしゃったのですか?」

 ホルディム伯は不満げにそう聞いた。


「あれが通ると思ったのか?」

 ヘーネス公は無表情のままいつものように冷静な低い声で言った。


 それが却って、相手を嘲笑している事を際立たせているようだった。


 やはり、不気味である。


「!!!」

 ホルディム伯は声が上げられないほど、いきり立っていた。


 味方の筈のヘーネス公に裏切られたと感じたからだ。


 とかく、この手の人物は自分本位で、相手が裏切ったとか、裏切るなとか言う。


 そう言う薄っぺらい感情は、公にとってはどうでもいい事だった。


 そんな思いの籠もったヘーネス公の冷たい瞳が目に入ると、ホルディム伯は、冷や水を浴びせられたように、大人しくなった。


 こう言った行為は、この手の人物には効かないことが多い。


 だが、簡単に伝わってしまう所を見ると、ヘーネス公は一角の人物である事を物語っていた。


「閣下、それなら事前に報告書をお読み頂いた時に、修正なりのご指示を出して頂ければ……」

 ホルディム伯はそう下手に出る他なかった。


「あのレベルから始めないと、貴公は何もかも無くしていただろう」

 ヘーネス公は相変わらず無表情のままだった。


 結構とんでもない事を言っているのにも拘わらずにだ。


「……」

 ホルディム伯は改めて絶句した。


 どうやら自分の現在の立ち位置を認識したらしい。


 とは言え、何処まで正確に認識しているのかは怪しい。


「まあ、尤も、私がクライセン公だったらあの報告書からでも徹底的に追い詰めただろうが……」

 ヘーネス公は苦笑する所だろうが、相変わらずの無表情だった。


 この言葉から分かるように、伯の認識は公から見ると、まだまだ甘いと感じているようだ。


 ただ、公の凄い所は、それに対して、苛ついたりせずに、常に冷静でいられる所だろうか……。


「しかし、閣下ならそれを阻止できたのではないですか?」

 ホルディム伯は手揉みをしながらそう言った。


「それはどうかな……」

 ヘーネス公の口調は全く変わっていなかった。


 だが、その言葉自体が暗黒の闇に誘うような雰囲気を持っていた。


 やはり、不気味だった。


「……」

 ホルディム伯はその暗闇に叩き込まれたように黙り込んだ。


「伯爵よ、クライセン公を過小評価するのを止めよ」

 ヘーネス公はいきなりそう言った。


 話の流れから言うと、いきなりと思えるのだが、公爵にとっては繋がっているのだろう。


「???」

 ホルディム伯は戸惑ってはいたが、同時に反発感を覚えていた。


 エリオの風体を見れば、誰もがホルディム伯の方が正しいというかも知れない。


 まあ、これはこの手の人物がよく主張することである。


「第3次アラリオン海海戦、そして、今回のスワン島沖海戦。

 どう割り引いてみても、クライセン公は戦いの天才だ。

 その才を政略に向けられたら、我らでは太刀打ちできないやも知れない」

 ヘーネス公はホルディム伯の態度に構わずに話を続けていた。


 エリオに対しての過大評価とも言えるべき言葉だった。


 少なくとも伯にはそう思えたが、公は至って真面目に本音を吐露していた。


 冷静に話してはいるが、エリオを恐れているのだろう。


 しかし、エリオも不思議な人物である。


 評価が真っ二つに割れる。


 ただ、褒められる事は、悲しい程、ほとんどないのだが……。


「了解しました」

 ホルディム伯はそう言うと、立ち上がって敬礼した。


 これ以上、エリオへの賛辞を聞きたくないという意思表示だった。


「では、私はこれにて」

 ホルディム伯は敬礼を解いて、一礼した。


 そして、踵を返すと、出口へと向かい、扉の前に立った。


「ホルディム伯、貴公がクライセン公に取って代わりたいのなら、きちんと実力を示せ。

 私欲の為に、王国を傾ける事は絶対に許さん」

 ヘーネス公は最後に出口にいるホルディム伯にそう言った。


「……」

 ホルディム伯はその言葉に不満やるせなかったが、顔にも言葉にも出さないように努めた。


 そして、ヘーネス公の方に今一度向きは直って、敬礼した。


 何も言わなかったのは、ホルディム伯の精一杯の抗議だったのだろう。


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