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クライセン艦隊とルディラン艦隊 第1巻  作者: 妄子《もうす》
6.リーラン王国

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その5

 エリオはこれまでの人生で何度となく訪れてきた危機的状況に陥っていた。


 ただし、今回は、人生初のアブダクションである。


 この世界にUFOの概念があるかどうかは、ちょっと分からない。


 まあ、それはさておき、エリオが部屋の外に出るとほぼ同時に、絶対的に抗う事が出来ない力に導かれ……、もとい……、何と言っていいか分からないが、まあ、それである事によって、回廊を離脱させられ、中庭に転移させられていた。


 所謂、同世界転移である。


 抗う事の出来ない力を発動させた大いなる意思は、言うまでもないし、簡単に想像できるだろう。


 そう、抵抗などしようものなら、更なる惨事を生みかねないので、エリオは全くの無抵抗だった。


 稀代の用兵家たるエリオの第6感……ではなく、経験上、そうするのが一番被害が少ない事は身に染みていた。


 まあ、でも、才能以前の問題であることは、現状から容易に想像が出来た。


 ただ、一つ言えるのは、何故1人になるまで部屋に残ってしまったのだろうか?


 他の出席者に紛れて部屋を出れば、脱出できる可能性が高かったと思われる。


 絶対者とは言え、いくら何でも公然と強制転移させる事は出来なかっただろう。


 そう考えると、残念極まりない稀代の用兵家である。


 まあ、全振りという言葉があるが、もしかしたら、エリオの存在がそれなのかも知れない。


 こちら方面には全く才がないからだ。


 それ故に、残念オーラを纏っているのだろう。


 まあ、それはともかくとして、目の前にいるリ・リラの表情には既に笑顔がなかった。


 相当緊迫している場面であった。


 既に人払いは完了しているらしく、リ・リラの親衛隊が取り囲んでおり、周囲を監視していた。


(皆さん、こちらを一切見ようともしませんねぇ……)

 エリオは親衛隊の方々を引きつった表情で、リ・リラの頭越しに見ていた。


 リ・リラから目を逸らす訳には行かなかった。


 理由はお察しの通りだった。


 また、親衛隊の方々はこちらを絶対見ないぞと言う強い意志が感じられた。


 まるで、これからの惨事を見ないようとの配慮……、いや、何と言うか、まあ、それである。


「エリオ、あんた、何を考えているの!!」

 リ・リラはエリオが自分を見ていない事が分かると、いきなり胸元を掴んで、自分の方を向かせて、顔を目の前まで近付けてきた。


 キスシーンではなく、恐喝シーンなのが、何とも何ともである。


(いや、いきなりそう言われましても、何を聞かれいるのか……)

 エリオの思っている事は絶対的な正論なのだが、ここで口に出すのは止めておいた。


 沈黙は金……、である事を祈りたかった。


「折角のチャンスをフイにして、もう、信じられない!!」

 リ・リラは沈黙するエリオに更に迫った。


 言葉だけではなく、体自体で迫っていた。


(会議の内容の事なのだろうけど……)

 エリオはリ・リラの真意を掴みかねていた。


 まあ、頭に血が上っている人間に対して、何か言うのは応戦に近かった。


 そして、それは無謀な応戦である。


 やはり、ここは沈黙……?


「ホルディム伯を追い落とす機会だったじゃないの!!」

 リ・リラはエリオの態度に苛立っていた。


 エリオが気付いていない筈がないのに、気付かない振りをしていると感じたからだった。


 だから、結構物騒な事を口走っていた。


「殿下、十分に追い落とせましたよ。

 権限も取り戻せましたし」

 エリオはリ・リラとは対照的に静かにそう言った。


「はぁ?!」

 リ・リラは信じられないとばかりの表情を浮かべた。


 と同時に、エリオの襟が締まる。


「ぐぇ……」

 エリオは堪らず声を上げた。


 沈黙を破ったからだろうか?


 やはり、これまでの沈黙は金だったのか?


 まあ、こうなってしまった原因はともかくこのままでは昇天しまう……。


 エリオはリ・リラの手をなるべく優しく自分の両手で包み込んだ。


「!!!」

 エリオの思わぬ行動に、リ・リラはびっくりして力を緩めた。


 どうやら昇天せずに済んだらしい。


「順を追って説明しますので、落ち付いて下さい」

 エリオはチャンスとばかりに畳み込んだ。


「きぃ……」

 リ・リラはエリオを再び睨み付けたが、手に力を入れなかった。


 何とか思い止まったと言った感じか?


(やれやれ……)

 エリオは取りあえず安心した。


 リ・リラがようやく聞く耳を持ってくれたようだったからだ。


「まず確認なのですが、今回、殿下が怒っていらっしゃるのは、ホルディム伯に王都駐留艦隊を依頼した点ですよね」

 エリオはなるべくゆっくりとした口調でそう言った。


 リ・リラのこの状態を少しでも続けて欲しいからだった。


 言うまでもないが、じゃないと、昇天しかねない。


 こう考えてしまうのも、残念極まりないのだが……。


「それもその一つよ……」

 リ・リラは怒りを抑える為なのか、ちょっとぶっきら棒だった。


「!!!」

 エリオはエリオで、リ・リラのこの言葉を聞いて、絶句してしまった。


 予想以上にヤバい事を考えていたと!


 そして、その事に対して、溜息をつきたかったが、それは自殺行為だったので、その溜息を飲み込んでいた。


 その代わり、ゴクリと唾を飲み込んでしまった。


「現在のクライセン艦隊では艦艇数が足りません。

 ですので、ホルディム伯に協力を願っただけです」

 エリオの口調はゆっくりだった。


 怖いがここはこれしかなかった。


 これで言い聞かさせる事が出来るだろうか?


「数なら、北方艦隊に預けている分と、各地で建造している新造艦を集めればいいじゃないの!」

 リ・リラは食って掛かりたい心情を抑えながらそう反論した。


(やれやれ……)

 エリオはリ・リラの言葉に呆れた。


 これはリ・リラに対して呆れたという訳ではなかった。


 むしろ、ちゃんと情報を把握している所に流石だという尊敬の念さえ覚えていた。


 この呆れたは簡単に説明できると思った自分に対してだった。


 こうなったらとことん言い合うしかないと覚悟を決めた。


「まずは新造艦の件ですが、進水したばかり、もしくは、これから進水予定のものばかりです。

 戦力化する為には、艤装し、訓練を施さなくてはなりません」

 エリオは説明を続ける事にした。


「まだまだ時間が必要って事ね」

 リ・リラはエリオの説明で納得してくれたようだった。


「はい」

 リ・リラが分かってくれたので、エリオは安心した。


「でも、それなら各地から少しずつ艦艇を集めればいいのでは?」

 リ・リラは更なる質問をしてきた。


 まだ納得してはくれなかったが、どうやら話し合いには持ち込めたようだった。


「いざという時に、混成艦隊というのは弱みが出ますからね。

 それを無くす為には、やはり、訓練時間が必要です」

 エリオはリ・リラの質問に即座ではあるが、丁寧に答えた。


「成る程……」

 リ・リラはエリオの答えを消化するかのように考え込んでいた。


「それに、今はなるべく各地の戦力を低下させたくはありませんからね」

 エリオは付け加えるようにそう言った。


「どうして?」

 今度はリ・リラが即座にエリオの言葉に反応していた。


 当然の疑問かも知れなかった。


 とは言え、戦力の低下を防ぎたいという当たり前の事に対しての疑問ではなかった。


 これは、その背後にあるものに対する疑問だった。


「まあ、有り体に言ってしまえば、今回の海戦で明らかになった新たな脅威に備えなくてはならないと言う事でしょうか……」

 エリオは何だか遠回しの言い方だったが、リ・リラが何を聞きたいかを正確に把握していた回答だった。


「戦ったハイゼル艦隊の事ではないわよね……。

 と言うと、参戦してこなかったバルディオン王国艦隊の事?」

 リ・リラは考え込むように言いながら、思い当たる節をそのまま述べてみた。


「はい、お察しの通りです」

 エリオはリ・リラの明晰さに思わずニコリとした。


「参戦してこないで、脅威を与えるなんて余程の事ね。

 でも、場所が場所だけに、参戦要請がなかっただけではないの?」

 リ・リラは再び考え込むように言いながら、ある面から見た点では真相を言い当てていた。


「確かに殿下がご指摘なさったとおりで間違いは無いでしょう。

 ただ、参戦要請がないにしろ、いつでも参戦する準備を整えていた事は事実です。

 艦隊の位置を常に絶妙な位置に移動させていましたから」

 エリオはリ・リラの利発な受け答えに刺激されたかのように、いつになく快活だった。


「成る程ね」

 リ・リラはそう言っただけだった。


 だが、エリオの指揮振りを間近で見ていていたので、完全に納得していた。


 あの時のエリオは、シャルスからの報告だけではなく、他の者からの報告、進言も余さず情報として取り入れていた。


 いつもとは違う姿を見て、リ・リラは思わずかっこいいと思ってしまった。


 その時の思いが蘇り、ちょっとぼうっとしてしまった。


「そうなんですよ、あの娘はヤバいですね」

 エリオはリ・リラの同意を得て嬉しかったのか、ニヤリとした。


 ごん!!!


「痛ぁぁぁ」

 エリオは悲鳴を上げ、左の向こう臑を抱えながら、片足でぴょんぴょんしていた。


 王太女らしからぬ見事な蹴りがエリオの向こう臑を捉えていたのだった。


 それは一瞬の出来事で、迷いがなく、閃光一撃と言う言葉が似合うものだった。


 リ・リラはエリオを蹴った後、エリオから離れてそっぽを向いていた。


 鈍い音に親衛隊の方々は即座に反応したが、エリオが悲鳴を上げたので、見て見ぬ振りをして、周りの警戒をしているように装った。


 無論、聞き耳を立てていた。


 エリオは一通りぴょんぴょんしてからリ・リラの方を見た。


(えっ?ええっ!?)

 エリオは、リ・リラの態度から、自分が完全に悪者にされている事を思い知らされた。


 訳が分からなかった。


「殿下……?」

 何が気に障ったか、分からないまま、エリオはそれでも口を開くしかなかった。


「!!!」

 リ・リラはエリオの情けない声で我に返った。


 と同時に、自分がどう言う感情でエリオにあんな事をしたかを自覚する事となった。


 先程のぼうっとする気持ちからではなく、かぁっと言った感じで顔が赤くになるのを感じていた。


「それなら、北方艦隊なりを王都に呼び寄せて、代わりにホルディム伯を北方の守備に就かせたらどうなの?」

 リ・リラはエリオの方を一切見ようとせずに、赤くなった顔を誤魔化す為に、話を進めようとした。


 まあ、話した事自体は流れに沿っていた。


 なので、自然な流れにはなっていた。


 だが、やはり、この辺はかなり残念と言う他ないのだろう。


「え?はい……」

 エリオは急に話を進められたのには驚いて、戸惑っていた。


 とは言え、あさっての方向の話をされた訳ではない事を認識した。


 なので、そのまま話を続けようと思った。


 ただ、リ・リラがそんな風にしてしまった為、微妙に、いや、完全に気持ちが伝わらないと言った感じで、残念な事になっていた。


「それだと、ホルディム伯にその地を手渡す事になりますよ」

 エリオはリ・リラの問いにそう答えた。


 無論、脛はまだズキズキと痛い。


「そうね、折角育てた街を敵に渡すのは忍びないわね」

 リ・リラは納得したように言った。


「殿下……、敵ではないですよ」

 エリオは思わぬ事を言われたので、びっくりしていた。


「また、そんな甘い事を言って、敵は叩ける時に叩いておかないと、後悔しても知らないから」

 リ・リラは素っ気ない態度だったが、心底心配していた。


「だから、ホルディム伯爵家は敵ではありませんよ。

 彼らはリーラン王国の臣下ですよ」

 エリオはリ・リラの言動を再び修正した。


「……」

 リ・リラの方はエリオの言葉に対して、今度は心底呆れてしまい、黙ってしまった。


「それに、アリーフ子爵、ああ、亡くなってしまった子爵ですが、彼はとてもいい人でした。

 戦死してしまって、とても残念に思います」

 エリオは何だか奥歯に物が挟まったような言い方をしていた。


「???」

 リ・リラはそんなエリオの態度を背中越しに察していて、当惑していた。


 何が言いたいのか?


「殿下も彼とは大変親しかったと思いますので……、そのぉ……。

 心中お察しいたします」

 エリオは依然奥歯に物が挟まったような言い方でそう言うと、頭を下げて一礼した。


 ごぎゃん!!


「いっ……」

 エリオは悲鳴が上げられないほどの激痛に襲われていた。


 そして、歯を食いしばりながら、今度は右足を抱えながら、片足でぴょんぴょんしていた。


(な、なんでぇ??)


 こうなったのは再びリ・リラの閃光一撃がエリオを襲ったからだ。


 今度のが、本当の閃光一撃であり、先程のは単なる挨拶程度のものだった。


 それほど、威力もスピードの違っていた。


 まあ、そんな物理的現象はどうでもいいだろう。


 さっきまでそっぽを向いていたリ・リラはエリオの方に向き直り、睨み付けていた。


 ただ怒っているだけではなく、何だか情けないような表情でいた。


(……)

 エリオはそれを見て、抗議する事はおろか、次にどんな態度に出たらいいのか分からなくなっていた。


 親衛隊の方々からは、蹴られて当然という雰囲気が漂ってきた。


 いや、むしろ、馬に蹴られてしまえぐらいの雰囲気さえあった。


 そんな雰囲気を察したので、エリオはどえらい事をやってしまった事は認識していた。


 男性が女性に怒られている事は完全に認識しているのだが、何で怒られているのか分からない状況が間々ある。


 今が正にその状況だった。


 いや、大分違うか……。


 これは、エリオの欠損した人格によるものだろう。


「はぁ……」

 リ・リラは現在の状況を把握すると、大きな溜息をついた。


 びっく!!


 エリオは畏れると共に、次の攻撃に備えなくてはならなかった。


 それ程、身の危険を感じていた。


「確かに、亡くなった子爵はいい人だったわよ。

 軍人より能吏として、役になってくれたでしょう」

 リ・リラは呆れながらもエリオの話に対しての答えを述べていた。


(あれ……?)

 次の攻撃がなかったエリオは拍子抜けした。


 そして、更にどう言う行動を取るのがいいのか分からなくなってしまった。


 普通ならここは畳み掛けられる。


 前に、リ・リラが言ったとおりに、叩ける時に叩くと言った感じだ。


 だが、リ・リラはそれをやらなかった。


 それは彼女の明晰な頭脳によるものなのだろう。


 ただその中には、エリオを責め続けても、自分の気持ちは伝わらないという諦めと言うか、呆れと言うか、そんな複雑な感情があったのは言うまでもない。


 とは言え、はっきりはさせておかなくてはならない。


「いい?

 彼に関しての感情はそれ以上でもそれ以下でもないからね!」

 リ・リラはエリオに迫りながらそう言った。


「はい、分かりました……」

 エリオはリ・リラに気圧されながらそう言わされたようだった。


「はぁ……」

 リ・リラはエリオから承諾の言葉を聞いたが、溜息をついた。


 無論、エリオが何にも分かっていない事が、明白だったからだ。


(鈍感……)

 リ・リラはそう思っていたが、口には出さなかった。


「さて、お2人とも、仲直りした所で、お茶にしませんか?」

 リーメイが急に声を掛けてきた。


「!!?」

 エリオはいつの間にか傍に現れたリーメイにびっくりしていた。


 リーメイはトレイに茶器を乗せて、ニッコリと笑っていた。


 タイミングといい、笑顔と言い、ちょっと怖かった。


「そうね、今日は天気もいいし、2・・で、この後の執務をここでやるのもいいわね」

 リ・リラはリーメイより怖い笑顔でそう言った。


(曇っていますが……)

 エリオは勿論そんな事は口には出来なかった。


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