その5
「敵総旗艦艦隊、離脱していきます」
副官のステマネがそう報告してきた。
「……」
ハイゼル候ルドリフはその報告に対して無言で腕組みをしているだけだった。
「我が艦隊はアリーフ艦隊を完全に包囲下に置いています。
5隻という少ない艦隊では戦況を逆転するのは無理と判断したのでしょうか?」
参謀のエンリックがそう言った。
「……」
ルドリフは依然として無言のまま腕組みをしているだけだった。
見るからに、慎重になっていた。
「敵艦隊の総旗艦に王太女を確認との事です」
ステマネは追加の報告を行った。
「ならば、敵は尚更こちらに近付いては来ないのでは?」
エンリックはルドリフが慎重になっている訳が分からなかった。
「それはあの小僧の策略やも知れない」
ルドリフは吐き捨てるように言った。
エリオの話になると、侮蔑感が先に出てしまうようだ。
「確かに、見せ付けるような動きは、我が艦隊の陣形を崩す為ですか……」
エンリックの方は、侮蔑感はさておき、指揮官の考えに一部賛同した。
ルドリフは好戦家ではあるが、単純な猪突猛進タイプではなかった。
状況に応じて対応できる指揮官であり、でないと、艦隊司令官にはなれない。
「とは言え、父上の仇討ちのチャンスをみすみす逃す手はないな」
ルドリフはそう結論を出した。
どうもエリオ相手には柔軟性を欠く傾向が見られる。
侮蔑しているにもかかわらず、その才能をきちんと認めているからだろう。
しかも、3年前の海戦で父親を失っている事もある。
エリオに対して、復讐心を燃やしていても不思議はなかった。
尤も、エリオもその海戦で父親を失っているのだが、こちらは復讐心というものを全く持っていなかった。
実に対照的である。
「クラーに伝令。
麾下の部隊を率いて、敵総旗艦艦隊の逃亡を阻止せよと」
ルドリフはそう命令を下した。
ステマネは敬礼をして、伝令係に指示を出した。
「よろしいのですか?
包囲網が薄くなりますが……」
エンリックは積極的ではないにせよ、一応注意を喚起するような感じで言った。
「アリーフ子爵とやらは、オヤジほど馬鹿ではないが、それ程強くはない。
残りの艦艇で十分に対処可能だろう」
ルドリフは戦況をみながらそう判断した。
楽観的すぎるかも知れないが、どう贔屓目に見てもルドリフ艦隊が圧倒しているのは明らかだった。
とは言え、アリーフ艦隊も防御に徹することによって、完全崩壊を何とか免れてはいた。
「バルディオン艦隊に救援を求めては?」
エンリックは再び積極的ではないにせよ、もしもの時の策を提案した。
「いくら同盟関係にあるとは言え、この海域での海戦だ。
流石にそれは遠慮した方がいいだろう」
ルドリフはエンリックの提案を却下した。
スワン島周辺海域は不文律で、戦闘禁止となっていた。
それはスワン教本部がある場所で、神聖領域と見なされていたからだ。
だが、今回はリーラン艦隊に先に撃たせる謀略を仕掛けて、自衛戦という事で正当化を図っていた。
更に言えば、その海域は結構曖昧である。
今回はそれらに付け込んで、戦闘に持ち込んだという側面がある。
とは言え、これ以上参戦国を増やすのは適当ではないとルドリフは判断していた。
まあ、それくらいの判断は出来る司令官でもあった。
「左様ですか……」
エンリックはそう言うと、それ以上何も提案しなかった。




