その4
「しかし、数の差はあるとは言え、こうも簡単に包囲されてしまうとは」
サラサは目の前の戦いを観戦しながら呆れていた。
サラサの目からして見れば、意図も簡単に、ハイゼル艦隊がアリーフ艦隊を包囲したように見えたからだ。
「それだけ、ハイゼル侯の手腕が凄いという事ではないでしょうか」
バンデリックはサラサの感想に対して、そう述べた。
「まあ、そうなんでしょうね……」
サラサはそうは言ったが、完全にそう思っている訳ではなさそうだった。
ハイゼル艦隊とは何度か演習をした事があったが、それ程優れた指揮官とは思っていなかった。
まあ、愚将とは思っていなかったが、平凡なと言った所か。
正直、そう思う事自体、生意気なのだが、まあ、この年齢だったら仕方がないかもしれない。
とは言え、サラサの基準がオーマなので、仕方がないと言った所だろう。
まあ、でも、この海域で戦闘状態にしてしまう所から、その手腕はともかく、状況判断が著しく悪いと感じていたのだろう。
ちなみに、スワン島周辺海域は、神聖な場所とされていた。
なので、戦闘は御法度である。
でも、まあ、それはともかくとして、もし、ルドリフの行為を擁護するとしたら、エリオの存在が全てを狂わしているとでも言っておこう。
「ハイゼル侯からの参戦要請は?」
サラサは一応確認した。
確認しているぐらいなので、サラサ艦隊は戦いには参加していなかった。
「ありません。
こちらから問い合わせてみますか?」
バンデリックは逆にそう聞いてきた。
「いえ、いいわ。
有利な状況で進んでいる時に、割り込まれたくはないでしょう。
それに、意外とこちらに気を遣っているかも知れないしね」
サラサはそう言うと、戦いの推移を見守る事にした。
とは言え、明らかに興味なさげなのだが……。
それでも戦いが進んでいったのは言うまでもなかった。
そして、ハイゼル艦隊が有利に戦いを進めている中、
「リーラン王国総旗艦艦隊を確認」
とバンデリックがそう報告してきた。
「やっと首魁が登場って所ね」
サラサは不敵な笑みを浮かべた。
急に興味を持ったように、楽しげだった。
この時のふてき《・・・》は、本来使われる方の意味だった。
「お……」
とバンデリックは吹き出しながら何か言おうとしたが、サラサに睨まれたので慌てて口を塞いだ。
しかし、バンデリックはいつも同じミスを繰り返してしまう。
「しかし、たった5隻でこの状況をどう打開するのかしらね」
サラサは興味津々といった所だった。
エリオの才幹をオーマから聞いた為だろう。
「閣下、解せない報告が上がっております」
バンデリックは怪訝そうな顔をしていた。
「何?」
サラサは更に興味が引かれたように食い付いてきた。
「旗艦に王太女旗がたなびいているとの事です。
囮でしょうか?」
バンデリックはそう報告しながら更に怪訝さを増しているようだった。
「はははっ……」
サラサは思わず大笑いしてしまった。
「……」
バンデリックは唖然としていた。
サラサはそんな事を気にせずに、まだ笑っていた。
「閣下……」
バンデリックは流石に笑いすぎだと思い、呆れていた。
「まあ、それは単なる目立ちたがりなだけなんじゃないの?」
サラサはある意味リ・リラの一面を言い当てていた。
ただ、リ・リラの名誉の為に言っておくが、彼女はただの目立ちたがりだけではなかった。
とは言え、サラサもその事はよく分かっていた。
これは政治的駆け引きを伴ったものであると。
「そうなんでしょうか……」
とバンデリックが更に当惑している所に、新たな報告が入ってきて、
「旗艦上に王太女を確認との事です」
と何とも言えない表情で報告した。
「これで囮ではないことははっきりしたわね」
サラサはニヤリと笑っていた。
闘志をかき立てられたといった所か?
そもそも囮ではない事は、サラサにも端っから分かっていた。
サラサが愉快になったのは、リ・リラの肝っ玉が据わった根性に対してだった。
(きっと、クライセン公も苦労なさっているのだろうな……)
バンデリックの方は、エリオに対して同情心と親近感を持つようになった。
そう思っている内に、次の報告が入ってきた。
「敵総旗艦艦隊、進路を東北東に変更。
現海域からの離脱を図っている模様。
ハイゼル艦隊の一部がそれを阻止する為に動いています」
バンデリックは報告書そのものを読み上げた。
「ふむ、成る程……」
サラサは、机上に広げてある地図と、艦隊の位置関係を確認しながら納得の声を上げていた。
「……」
バンデリックは状況が飲み込めていないが、黙っていた。
サラサの思考を邪魔しない為でもあった。
「このまま推移すれば、エリオ艦隊は追撃をかわせそうね」
サラサはかなり楽しそうだった。
「閣下、それでよろしいのですか?」
大魚を逸することになるので、バンデリックは疑問に思った。
「このまま推移すればの話よ。
まあ、まずはお手並み拝見といった所ね」
サラサはまた楽しげにそう言った。
「……」
バンデリックは、訳が分からないと言った感じで、サラサを見つめる他なかった。




