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クライセン艦隊とルディラン艦隊 第1巻  作者: 妄子《もうす》
3.サラサ・ルディラン

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その5

 オーマが合流したのはその日の夕方だった。


 非常事態とは言え、単艦で、しかも敵艦隊がいる海域を通過してきていた。


(父上は何を考えているんだか……)

 サラサは不満に思いながら、近付いてくるオーマの乗っている総旗艦を見詰めていた。


 よく考えてみれば、サラサが不満に思うのは当然だった。


 まあ、この不満は、如何に非常事態とは言え、ここまで危険を冒すものなのかという疑問から来るものだった。


 総旗艦は近付いてくると同時に、減速し続けていた。


(あいつって、そんなに要注意人物なの?)

 見た印象と父親の評価が会わないので、サラサは未だに摺り合わせに苦労していた。


 父親と話すことによって、解決をしようと決めて割には、エリオを大いにディスっていた。


 更に悪い事に、オーマがわざわざやって来た事により、自分が相手を過小評価しているような気にもなってきていた。


 艦隊指揮官によって、敵を過小評価する事は決定的なミスに直結する事だった。


 それだけは避けなくてはならない。


 しかし、サラサは摺り合わせが出来ないでいた。


 だから、苛つきもする。


 総旗艦が、やがて、サラサの艦に接舷した。


 そして、接舷した艦から、鍛え上げられた男達が乗り込んできた。


 その中に、サラサの父オーマがいた。


 父親の傍から離れていて、寂しいという事はなかったが、父親の顔を見ると自然に笑顔が溢れていた。


 先程までの仏頂面が嘘のようだった。


「調子はどうだい?サラサ」

 オーマはサラサに歩み寄りながら、笑顔でそう話し掛けた。


「問題ありません、父上」

 サラサも笑顔でそう答えた。


 ただ、父親の顔をまじまじと見詰めた。


 エリオとは真逆の精悍そうな顔つきだった。


 真逆という言い方は変かも知れない。


 あんな死んだような目、やる気のない表情をこれまで見た事がなかったので、比較対象を間違えているのかも知れない。


「どうしたんだ?サラサ」

 オーマはサラサの前で立ち止まり、ジッと見ている娘に違和感を覚えていた。


「え、ああ、何でもありません」

 サラサは我に返って、慌てた。


 それを見たオーマが、今度はサラサの顔をじっと見詰めた。


 ……。


 しばらく、沈黙が続いた。


「どうかなさいましたか?父上」

 バツが悪くなったサラサは堪らず、声を上げた。


「ふっ……」

 オーマはサラサの態度を見て、ちょっと笑った。


(見抜かれている!!)

 サラサはオーマの態度を見て、居心地がかなり悪くなった。


「さては、クライセン公に当てられたな」

 オーマはサラサが一番言われたくない事をそのままズバリと言った。


 それを言われたサラサは瞬間湯沸器の如く、かぁっとなった。


 同時に、こんな感情は初めてだったので、戸惑ってしまった。


「まあ、現クライセン公は不思議そのものだからな。

 気になっても仕方があるまい」

 オーマは勝手に納得したようにそう言った。


「そんな事は有り得ません!!」

 そんなオーマに対して、サラサは声を荒げて、全力で否定した。


「!!!」

 オーマはいつになく驚いていた。


 だが、これにはオーマだけではなく、この場にいた者全員が驚いていた。


(珍しいものばかり、見られるな……)

と傍らにいたバンデリックがそう思ったが、次の瞬間、

(いかん、あまり変な事を思っていると、後で怖いぞ……)

と自重しようとした。


 だが、遅かった。


「キィ!!」

 サラサに思いっ切り睨まれてしまった。


 バンデリックは天を仰ぐように、慌てて視線を外した。


 完全に心を読まれていた。


 これは、確実に後で酷い目に遭う……。


「ぐっはははぁぁ……」

 オーマはサラサの態度に我慢できずに豪快に笑い出してしまった。


 それを見たサラサは不機嫌になった。


「サラサよ、それは悪い事ではないよ」

 オーマは一通り笑い終わると、諭すようにそう言った。


 それにより、サラサは益々不機嫌になった。


 子供扱いされたと感じたからだ。


 だが、オーマは別に子供扱いをした訳ではなかった。


「未知な事に対して、今みたいに知ろうとする事はとても大切な事だ」

 オーマは続けてそう言った。


(別に、知ろうとしている訳ではないわよ!!)

 サラサは心の中で叫んだが、声には出さなかった。


 声に出して言うと、何を言われるか分からないと言った警戒感からだ。


 一通り諭すように言ったオーマは今度はサラサをジッと見た。


 それにより、サラサは居心地が悪い思いが加速するような気がしていた。


「クライセン公エリオの第一印象はどうだった?」

 オーマは話を促す為に質問した。


「どうもこうも、あんな死んだような目を見た事がありませんでしたよ!!」

 サラサの声のトーンが上がっていた。


「???」

 その声を聞いたオーマは思わぬ娘の反応に目を丸くした。


「あんな覇気のない指揮官で、まともな艦隊運用ができるとはとても思えません!!」

 サラサは思いの丈をぶつけるように、ヒートアップしていた。


「ぐっはははぁぁ……」

 オーマはサラサの態度に我慢できずに再び豪快に笑い出してしまった。


 サラサはハッとした顔をして、頭を抱えたくなった。


(あたし、何を向きになっているの……)

 サラサは感情が制御できなかった事を恥じた。


「久しぶりに、そんな姿を見たな……」

 オーマは一通り笑い終わると、そう言った。


 とても懐かしそうで、非難している訳ではなかった。


 そんな父親を見て、サラサは益々自分を恥ずかしくなった。


「しかし、クライセン公もそんなにやさぐれていたか……」

 オーマは噛みしめるように言っていたが、笑いが収まらないようだった。


 ただ、これはサラサに対してではなく、エリオに対してだった。


「父上……」

 サラサは自分がいつまでも笑われていると思い、呆然としていた。


「ああ、済まない、別に、サラサ、お前を笑っている訳ではない……」

 オーマはサラサにそう言った。


 だが、サラサの方はその言葉を疑いの目で見ていた。


「クライセン公をお前が警戒するのは正しい事だと思う」

 オーマは真面目な顔に戻って、そう言った。


 サラサの喜怒哀楽がはっきりしているのは、父親譲りだろうと思えるほど、オーマも表情がコロコロと変わった。


 真面目な雰囲気に変わった父親を見て、サラサも真剣に話を聞こうと考えが変わった。


 オーマはサラサから視線を外し、海の向こうを見た。


 その方向はウサス帝国艦隊の方向だった。


「ウサス帝国艦隊の総司令官は、ハイゼル候だ」

 オーマの目が厳しくなっていた。


「そのようですね……」

と同調したが、サラサは父親が何を言いたいのか、最初分からなかったが、

「あ、3年前の海戦で……」

と気付いたようだった。


「そう、第3次アラリオン海海戦で先代のハイゼル候は戦死した。

 クライセン公によってな」

 オーマはそう言った。


 ピーン!!


 場の空気が一気に緊張した。


 あ、でも、エリオが直接先代のハイゼル候を討ち取った訳ではないことはここに記しておく。


 混乱の中、ハイゼル候がどう戦死したか、よく分かってはいなかったからだ。


 まあ、それはサリオの方もそうなのだが……。


 しかし、どうも、エリオは無条件に軽蔑されたり、突然過大評価されたるする運命なのかも知れない。


「もしかしたら、ハイゼル候は、父親の仇を取りに来るかも知れない」

 オーマは尚も続けた。


 視線はウサス帝国艦隊の方を向いたままだった。


「ホルディム艦隊を盛んに挑発しているようだしな……」

 オーマは苦々しくそう言った。


 そう、何もこんな時に仕掛ける必要はないのである。


 サラサは今まで海戦の心配はないと思っていたが、認識を改めた。


 あ、ここでのホルディム艦隊とはアリーフ艦隊の事である、念の為。


(どうやら、あたしは甘かったようね……)

 サラサは自分の見通しの甘さに忸怩たる思いに駆られていた。


 普段なら、このような事はなかったのだが、エリオに気を取られすぎていた。


「それにしても、そんなにあいつが活躍したのですか?

 第3次アラリオン海海戦で」

 サラサはこの期に及んでも尚も摺り合わせができないでいた。


 オーマはサラサの言葉を聞いて、視線をサラサの方に戻し、意外そうな表情になった。


「うーん、その話は夕食を取りながらでもするとするか……」

 オーマは柔らかな表情になって、そう言った。


 エリオの話をするサラサはからかい甲斐があると思ってしまった。


「分かりました」

 サラサはそんなオーマの態度に腑に落ちない点があったが、それに同意した。


 サラサがそう言うと、一行は船内へと歩き出した。


(別に、あいつに興味がある訳ではないのよ。

 不安要素は少しでもなくしておかなくては!!)


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