その1
きよーお、ぎゃっぎゃっ……。
カモメの群れが集まっている桟橋にその少女はいた。
白い髪、と言うより銀髪、そして、赤目、と言うより褐色が入った赤銅色の目。
それだけ取り上げると、異様な風体に見える。
だが、全体を眺めてみると、妙にしっくりとしてくるとても美少女に見えた。
体は華奢だが、目がキラキラしており、生命力が溢れているといった感じだった。
少女の名前はサラサ・ルディラン。
16歳になり、成人式を終えたばかりだった。
ルディラン侯爵家の嫡子である事を示すワタトラ伯爵の称号を得ていた。
そのサラサは、目の前の朝日を浴びながら艦に乗り込もうとしていた。
その艦は勿論戦列艦だった。
容貌こそ、ロリ……、じゃなかった、幼そうに見えるが、溢れんばかりのオーラを放っており、常人でないことは明らかだった。
「お嬢様!!」
そのサラサにかなり離れた所から叫びながら駆け寄る若い男がいた。
サラサは何故かムッとしていて、気付かないふりをしていた。
「お嬢様!!」
男は更に大きな声を上げて叫びながらサラサ目掛けて必死に走り寄っていた。
サラサはサラサで気付かないふりのまま艦に乗り込んでしまった。
その後を男は追い掛けて、そのまま艦に乗り込んだ。
「お嬢様ぁ……」
男は息も絶え絶えといった感じでサラサのすぐ後に立った。
膝に手を当ててもの凄く苦しそうだったのだが……。
それでもサラサは聞こえないふりをしていた。
心なしか、機嫌は更に悪くなっているようだった。
「お嬢……」
男はそれでも諦めずにサラサに声を掛けようとしていた。
どん!!
声を掛け終わる前に、振り向いたサラサの腹パンが炸裂した。
「ぐっ!!」
パンチが胃に入ったのか、男は蹲りながら言葉が出てこなかった。
ロリ……、じゃなかった、華奢な体の割にはいいパンチを持っており、相手の急所を的確に捉える能力があった。
「『お嬢様』と呼ぶな!!バンデリック」
蹲っているバンデリックを、文字通り、見下しながらサラサは言った。
有無を言わせないと言った感じだった。
バンデリックはサラサより2つほど年長だった。
年長者にサラサがこのような態度を取れるのは彼女の副官だったからだ。
そう、これでもサラサは艦隊を預かる司令官だった。
幼い容貌に似合わず、滑舌は良く、よく通る声の持ち主だった。
指揮官向きの声である事は明白だった。
しかも、その容姿は遠くからでもはっきりと分かる。
「酷いですよ、お嬢……」
バンデリックはゴホゴホとむせ返りながら抗議しようとした。
だが、サラサに睨まれて言葉を飲み込んだ。
これ以上続けると、2発目を貰いかねないからだった。
この容貌でも、目で相手を制することが出来る程、オーラが凄い。
あ、もう、容貌の事に触れるのはよそう……。
「あんたねぇ、あたしはこの艦隊を指揮する身なのよ。
分かっている」
サラサはむせ返っているバンデリックに急に笑顔を向けた。
顔は笑っていたが、心胆を寒からしめるものだった。
「……」
バンデリックはむせ返った状態から全身が震える状態へと移行する感じを覚えた。
「バンデリック、あたしの言っている事、分かっている?」
サラサの笑顔のレベルが更に上昇していた。
「はい、お……、じゃなかった、閣下!!」
バンデリックはようやく自分のミスに気付き、最後は叫んでいた。
バンデリックのミスは、慌てていた事もあっての事だった。
とは言え、バンデリックはサラサとは幼少からの付き合いだった。
したがって、呼び方に固執する事はよく分かっていた筈だった。
この時は、長年親しんだ呼び方がどうも抜けない事から来たものだった。
これで、何十回目だろうか?
まあ、この事以外でも、まあ、なんだ、こんなものだから、数え切れない……。
辛うじて3桁には言っていないといった所だろう。
ただ、最近は明らかに数が減ってきていた……と思う事にしよう……。
とは言え、まあ、なんだ、この事以外は、ほとんどの場合、最近は、睨まれるだけになったので、マシになった。
まあ、睨まれるだけで、心胆を寒からしめるのだが……。
「で、慌ててどうしたの?」
サラサは真顔に戻っていた。
もう気にしていないと言った感じだった。
ある意味怖いが、バンデリックは慣れていたので、こちらも気にする様子はなかった。
こっちの方がある意味凄すぎる事である。
「リーラン王国艦隊が予定より早くスワン島に到着しそうだという報告を受けました」
バンデリックは姿勢を正して、指揮官に報告した。
「そうなの、想定どおりって所ね」
サラサはちょっと考え込むように腕組みをした。
(リーラン王国艦隊はそれほど強いという印象はないのだけど……)
サラサは何か嫌な予感がしていた。
14歳で艦隊指揮を任されてからリーラン王国艦隊とは交戦経験はなかった。
これは、第3次アラリオン海海戦が影響していた。
ただ、その前のオーマの指揮下で、何度か戦った経験があった。
そして、その時、一度も負けた事はなかった。
したがって、サラサの思いは実績に基づくものだった。
ただ単にルディラン侯爵家の嫡子だから、艦隊司令官に据えられている訳ではなかった。
まあ、この辺もクライセン一門と同じで、ルディラン一門も実力がない者には指揮を任せない家訓みたいなものがあった。
サラサの身に纏うオーラもその辺から来ているのだろう。
あ、ま、その辺のところは、まあ、エリオの事はここでは突っ込まないで頂きたい。
「閣下、如何しましたか?」
バンデリックはいつになく慎重の姿勢を見せたサラサに戸惑っていた。
恐らく出航前に初めて見た姿だったからだろう。
「え、ああ、何でもないわよ」
サラサは嫌な予感に対して言葉に出来なかったので、とりあえず、そう誤魔化した。
バンデリックはそんなサラサを見て、ますます訝しがった。
「予定通り、出港するわよ」
サラサはサラサで嫌な予感を振り払うかのように、いつものように快活にそう言った。
「了解しました」
バンデリックは姿勢を正して、敬礼した。
いつものサラサに戻っていたので、安心した。
そして、バンデリックは踵を返すと、出港準備の確認へと走った。
(こんな嫌な予感、初めてかも……)
サラサはかつてない得体の知れない感覚に囚われていた。
と同時に、その得体の知らない感覚にワクワクしていた。
それにより、自分が高められるような気がしてならなかったからだ。
それはある意味、用兵家としての危険な性かも知れなかった。




