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クライセン艦隊とルディラン艦隊 第1巻  作者: 妄子《もうす》
1.第3次アラリオン海海戦

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その36

「くそぉ!!これも小僧の策略か!!」

 ルドリフは目の前の混乱振りを見て、怒鳴り声を上げた。


 ホルディム艦隊が突っ込んでくる前は、酷い劣勢ながら父のハイゼル侯と共に、ギリギリ持ち堪えていた。


 だが、そんな状況は軽く吹き飛ばされ、目の前には無様な風景が広がっていた。


 ホルディム艦隊の突入は、敵味方の区別なく戦場に無秩序さを与えていた。


 引き起こした本人は全く意図してやった訳ではないので、始末が悪い。


 加えて、こんな行動は、誰も考えつくものではなかったので、これだけ凄い影響を及ぼしていた。


 そう、起きる筈のない事が、起きてしまったのだった。


「閣下、恐らくはそれはないと思われます」

 エンリックは目の前の光景に対して熟知たる思いがあるものの、冷静に指揮官に言葉を返した。


「どういう事だ?」

 ルドリフの怒りはまだ収まっていなかった。


「敵の総旗艦艦隊も混乱しています。

 恐らくかなりの損害が出ているのでしょう。

 こういった作戦を取るのは愚者のやり口です」

 エンリックは怒っているルドリフに怯まずに自分の意見を言った。


「そうだな……」

 ルドリフは聞く耳を持っている人物なので、正論は素直に受け入れた。


 ただ、ちょっとバツの悪そうな表情になった。


「では、どうして、このような無様な戦いになっているのだ?」

 ルドリフの怒りは消えたが、現在の光景にはまだ納得いっていなかった。


「いや、それは私にも何とも言えません……」

 エンリックは毅然とした態度からバツの悪そうな態度へと変わった。


「ああ、あの馬鹿伯爵のせいか……」

 ルドリフの方はふと気が付いたように呟いた。


「!!!」

 エンリックは無言でルドリフの言葉に同意した。


「まあ、原因なんてどうでもいい事だったな……」

 ルドリフは冷静さを取り戻していた。


 エリオを意識しすぎて、余計な事に頭を使っている場合ではないと悟ったようだった。


「敵も混乱、こちらも混乱……。

 それに乗じて、近接戦を仕掛けて、強行突破する他ないか……」

 ルドリフは腕組みをしながら思案していた。


「しかし、閣下、この状況ではまとまった艦隊運動をする事は困難だと思われます」

 エンリックは心配そうにそう言った。


「確かにな。

 近接戦を仕掛けると言ったが、既に各艦が個別で近接戦に巻き込まれているしな。

 このままではこの混乱に飲み込まれて、消滅するだけだ。

 だが、敵も混乱しているから、勝機は十分にある」

 ルドリフは決意したようだった。


「確かに……」

 エンリックは短くそう言って、指揮官の決断を止めようとはしなかった。


「よし……」

とルドリフが命令を発しようとした時、

「総司令官閣下より緊急伝令。

 ウサス帝国艦隊全艦は、南方方向から直ちに撤退せよ」

とステマネが報告してきた。


 ルドリフとエンリックは思わぬ命令に驚きながらも南の方向に振り向いた。


 すると、南方向の包囲網は解かれつつあった。


 エリオ・アスウェル艦隊の移動が始まった頃だった。


「加えて、報告です。

 総旗艦沈没、これが総司令官閣下の最後のご命令です」

 ステマネが続けて無念そうに報告してきた。


「なんだと!!」

 ルドリフはエリオとは対称的に即座に反応し、叫んでいた。


「総司令官閣下、戦死なされました」

 ステマネは報告の補足をした。


 無論、伝わっている事を承知していた。


「くそぉ!!あの小僧めが!!」

 ルドリフは更に大声を上げ、怒りを爆発させていた。


 無論、ハイゼル侯戦死の責任もしくは功績はエリオのものではない。


 その事は、当然ルドリフも分かっている。


 ただ、怒りと悔しさの矛先として、最も分かりやすい人物だっただけにそうなっただけだった。


 エンリックとステマネはルドリフらしい父親への哀悼の意を見守る他なかった。


 ルドリフは一通り喚き散らした後、

「父上、さぞ無念だったでしょう。

 今すぐそのご無念を晴らさせて頂きます」

と急に厳かになった。


 この態度変化にエンリックとステマネは顔を見合わせて、驚いていた。


 そして、同時に嫌な予感がしていた。


「ウサス帝国艦隊、全艦に告ぐ。

 あの生意気な小僧を粉砕する!

 全艦、突撃せよ!」

 ルドリフは再び頭に血が上ってしまったようだった。


「お待ちください、閣下!!」

 エンリックは慌てて止めに入った。


 ウサス帝国艦隊はすでにバラバラながらも撤退行動に移行していた。


 敵エリオ艦隊はこちらを牽制しながら、向かってくる場合には痛撃できる体勢を整え終わっていた。


 今、突撃したらどんな損害が出るか分からない。


 そんな悲惨な未来がエンリックにははっきりと分かっていた。


「何故だ、エンリック!

 ここで、仇討ちをしないと、帝国軍人としての名折れではないか!」

 ルドリフは勢いそのままにエンリックに食って掛かった。


「閣下、総司令官閣下のご遺言でもありますぞ!

 ここは撤退し、後に再戦して敵討ちをなさるべきです」

 エンリックは本来こう言った他人の威光を借りる言い方は嫌いだった。


 だが、この時ばかりは撤退が最優先事項なので敢えて言った。


 ステマネも同じ意見なので、伝令係の方へと向かわずに、この場で待機していた。


「お前達!!」

 ルドリフの怒りは味方である筈の2人に向けられた。


「閣下、お怒りはご尤もです。

 この後、どんな処罰でもお受け致します。

 ですが、総司令官閣下のご意向を無視してはいけません」

 エンリックはどんな手を使ってでも撤退させる気でいた。


 撤退は明らかに正しい選択だった。


 ルドリフにもそれが分かっていたが、怒りと悔しさの感情がそれを上回ってしまっていた。


 ……。

 ……。

 ……。


 ルドリフとエンリック・ステマネの睨み合いがしばらく続いた。


「くそぉ!!」

 ルドリフはそう再び叫んだ。


 そして、崩れ落ちるように膝を突いた。


「くそぉ!!」

 ルドリフは三度そう叫ぶと、両拳を甲板を思いっ切り叩き付けた。


 ルドリフなりの感情の整理の仕方だった。


 これにより、ウサス帝国艦隊は全滅を免れ、撤退していった。


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