その35
「閣下、エリオ様から撤退命令が出ました。
総旗艦艦隊の右翼部隊も纏めろとの事です」
ラルグがそう報告してきた。
「よし、ご命令通り、遂行せよ!」
アスウェル男爵は即断した。
すると、すぐに艦隊の足が速くなり、戦場からの離脱を開始した。
男爵の隣で、ヴェルスが腕組みをしていて、唸っていた。
「ヴェルス、やはり、杞憂だったろ?」
男爵は勝ち誇ったように参謀に言った。
「ええ、全く大したものです」
ヴェルスは感心しすぎているせいか、唸るような感じになっていた。
「ああ、この状況で撤退命令を出せる指揮官はそうそういない」
男爵は予想通りになったとは言え、感心せざるを得なかった。
自分の父親の大事の前に、味方全体の事に思慮が及ばないのが普通である。
「エリオ艦隊はどうしている?」
ヴェルスがふと気が付いたように、ラルグに確認した。
「まだ戦闘を続行しているようです。
戦線を北側に移しています」
ラルグがそう報告してきた。
「どういう事でしょうか?」
ヴェルスは少し焦っていた。
エリオの意図を掴みかねていたからだ。
「混乱に巻き込まれている味方を救ってから離脱なさるのだろう」
男爵は感心を通り越して、呆れてきた。
「ならば、我々も援護を!」
ヴェルスはいきり立った。
「いや、このまま離脱する」
男爵の方は極めて冷静だった。
「何故です?」
ヴェルスは指揮官の言葉に耳を疑った。
「我らがここを離れる事によって、敵に退路を与える。
そして、敵が退却する事により、混乱を鎮める気だろう」
男爵はエリオの意図を察していた。
「成る程……」
ヴェルスはまたもや唸るような感じになっていた。




