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クライセン艦隊とルディラン艦隊 第1巻  作者: 妄子《もうす》
1.第3次アラリオン海海戦

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34/143

その34

 味方勢力の来援はほとんどの場合、その勢力が増す筈である。


 だが、増さない場合も少ないながら存在する。


 ただ、今回の場合、弱めるという数少ない例外的な典型例とも言える。


 ホルディム艦隊は敵艦隊の砲撃を受け、と言っても、2,3発程度などだが、それを避けるように砲撃のない所から侵入した。


 つまり、総旗艦艦隊の真後ろからである。


 絶妙な陣形を保っていた総旗艦艦隊だが、ホルディム艦隊が無理矢理割り込んできた為に、大混乱に陥った。


 無論、割り込んできたホルディム艦隊はそれ以上に混乱していた。


 混乱状態を唖然として、エリオは見ていた。


(自分は何を見誤ったのだろうか?)

 現状認識をしようと必死になっていた。


 まあ、伯爵の異常さを勘案しての作戦を立案すべきだったと言ってしまえば、それまでだった。


 だが、それをできる人間などいるのだろうか?


 いるかもしれないが、14歳の少年にそれを求めるのは、かなり酷な事だと思う。


 才能があるとは言え、そこまで経験を積んではいないからだ。


「閣下、戦線が維持できません。

 特に総旗艦艦隊は混乱の極みです」

 シャルスはそう報告してきた。


 その報告に対して、エリオは腕組みをしたまま答えなかった。


 いや、答えられなかったというのが、正しかった。


「閣下、如何致しましょうか?」

 黙っているエリオに対して、マイルスターは決断を促した。


 過酷な状況だが、指揮官として君臨するのなら、決断を下さなくてはならない。


「戦線を無理して維持する必要はない。

 衝突回避を優先せよ」

 エリオは絞り出すように言った。


 後悔やら不甲斐なさなどの複雑な感情が混ぜこぜになっていた。


 とは言え、間違った命令を出した訳ではなかった。


 だが、命令を出したからと言って、すぐに混乱が鎮まる訳でもなかった。


 それほどホルディム艦隊の乱入は予想外過ぎたのだった。


 また、混乱しているのはリーラン艦隊だけではなかった。


 巻き込まれるかのように、ウサス艦隊にも混乱は伝播していた。


 混乱に巻き込まれなかったのは、ルディラン艦隊のみだった。


 ルディラン艦隊はこの混乱を利用しようとする動きはなさそうだった。


 巻き込まれ方が危険だと判断したのだろう。


 それに敵味方が入り乱れてしまった以上、援護射撃もしにくい。


 なので、彼らは、一旦後退した。


 ふっー……。


 エリオは大きく溜め息をついた。


(更なる混乱は避けられたな……)

 エリオは、ルディラン艦隊の動きを確認して、そう思うと、落ち着きを取り戻した。


 とは言え、やはり混乱がすぐに治まる訳ではない。


 しばらくはこのまま見守る他なさそうだった。


 無責任のようだが、下手な命令を出して更に混乱が増大するのは避けたかった。


 そして、事態の変わり目をいち早く察知して、次の命令を的確に出さないとならない。


 エリオはその時をじっと待つ事にした。


 しかし、混乱の段階が変化する前に別な事案持ち上がった。


「シャルス、どうしたのですか?」

 異変に気が付いたのはマイルスターだった。


「!!!」

 シャルスは報告書を持ったまま、珍しく棒立ちをしていた。


「!!!」

 エリオはぎょっとしてシャルスを見た。


 得体の知れない恐怖心が急に湧き上がってきた。




「総旗艦の位置が不明……」

 シャルスが戸惑いながら報告してきた。


 シャルスが戸惑う事なんて滅多になかった。


 なので、エリオの恐怖心は更に跳ね上がった。


「どういう事ですか?」

 マイルスターは和やかながらも厳しい口調だった。


 2人のやり取りをエリオはじっと見ているだけだった。


「ずうっと確認していますが、不明……」

とシャルスが答えようとしたが、

「あ、ちょっと待って下さい」

と伝令が入ったのか、中断した。


「……」

「……」

 エリオとマイルスターはその様子を固唾を飲んで見守った。


 長い時を経て、まあ、実際のところはそんなに時間は経過していない。


「総旗艦艦隊、3番艦より伝令。

 総旗艦の沈没を確認」

 シャルスはそう報告を続けた。


 エリオはその報告を別の世界の話のような感じがしていた。


「公爵閣下は如何なされた?」

 マイルスターは反応のないエリオに代わって聞いた。


「公爵閣下を初め、総旗艦からの脱出者はなし。

 全員死亡した者と見られる」

 シャルスは断定は出来ないでいたが、恐らくそう言う事なのだろう。


「何って事ですか!」

 マイルスターは珍しく声を荒げた。


「……」

 その隣で、エリオは黙っていた。


 父親の大事に茫然自失となっているのか、依然無反応だった。


 ばっしゃーん!!


 グラッ。


 至近弾により艦が揺さぶられた。


 本艦も危険に晒されていた。


「閣下……」

 マイルスターはエリオの心中を察すると余りあるものがあるが、参謀としては声を掛けざるを得なかった。


 だが、エリオは、至近騨により呼び戻されたかのように、

「現在の命令系統はどうなっている?

 副司令、伯爵閣下は健在か?」

とマイルスターが声を掛け終わる前に、現実に戻り、質問をしてきた。


「伯爵閣下は健在の模様ですが、既に戦場を離脱しております」

 シャルスはそう答えた。


「やれやれ……」

 マイルスターは心底呆れて果ていた。


 問題を起こしておいて、いち早く逃げ出したのだから無理もない。


「なら、男爵閣下……」

とエリオが別件を問い合わせようとしたところ、

「男爵閣下からは、『如何に動くべきか』との問い合わせが来ております」

とシャルスが言い終わる前にそう返してきた。


 エリオはそれに対して少し躊躇した。


「男爵閣下は、このまま閣下に指揮を委ねるようですな」

 マイルスターはいつも通り、和やかにそう言った。


 まあ、決断を促しているだけなのだが……。


 とは言え、マイルスターにも不安がない訳ではなかった。


 こんな状況下で、いつもの通りの指揮が出来るのかという事だ。


 何度も言うが、エリオはまだ年若い。


(妙な……感覚……。いや、現実感が妙にないな……)

 エリオはエリオで普段と違う感覚に違和感を覚えていた。


 周りは緊迫感を増し、危険な状況だった。


 一刻も早く、適切な命令を下さないとならない。


 ……筈であった。


 だが、エリオには現在の時がまるでスローモーションのように流れていた。


 エリオは状況を確認して、早く事を進めないとばかり焦っていた。


 が、頭が上手く働かなかった。


 夢の中にいるような、第3者的な視点でいるような感覚だった。


 そして、父親の大事に対して、思考停止の状態のままだった。


 その事が影響している事が明らかだった。


「閣下、どうなされました?」

 マイルスターは驚いてエリオに声を掛けてきた。


 マイルスターの目には死んだ目をしたエリオがいた。


 え、まあ、いつもそうなのだが、今はレベルが違っていた。


 無論、エリオの心が崩壊したと感じていた。


「あ、いや、すまない……」

 エリオはマイルスターに声を掛けられて、我に返ったような気がした。


 とは言え、思考が停止した時間はほんのわずかだった。


「閣下……」

 マイルスターの方はなんと声を掛けていいか、分からなかった。


「男爵閣下に伝達。

 麾下艦隊と総旗艦艦隊の右翼部隊を纏めて、直ちに戦場より離脱せよ」

 エリオは極めて冷静な口調で命令を下した。


「閣下、ルディラン艦隊の方は大丈夫なのですか?」

 マイルスターはいつも以上のエリオに戻っているように感じた。

 

 そして、安心したかのように、心配事を質問したのだった。


「ああ、大丈夫だ。

 ルディラン候は名将だ。

 無理に攻めてくる事はない」

 エリオはきっぱりと即答した。


「了解しました」

 マイルスターはかなりびっくりしていた。


 命令がいつも以上に安心感を与えるような気がしたからだ。


「で、我が艦隊は如何しますか?」

 マイルスターはびっくりしながら次の決断を促した。


 この辺は参謀として、有能すぎる点かも知れない。


「総旗艦艦隊の左翼部隊と連携して、戦線を北側にシフトさせろ」

 エリオはそう決断した。


「了解しました。

 混乱に巻き込まれている味方を救い出すのですな」

 マイルスターは指揮官の意図を察した。


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