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クライセン艦隊とルディラン艦隊 第1巻  作者: 妄子《もうす》
1.第3次アラリオン海海戦
33/143

その33

 ぐぎぃぎぃぎぃぃぃ……。


 ホルディム伯は歯軋りをしていた。


「これでは完勝ではないか……」

 伯爵は悔しそうにそう呟いた。


(味方の完勝の何処が悪いのか……)

 マリデンは呆れていた。


 まあ、悪いという理由がマリデンには察しが付いていた。


「おい、公爵から声が掛かっていないのか?

 結構近くに来ているのだぞ!」

 伯爵は明らかに苛ついていた。


(艦隊を戦場に近付けたのはそういう事か……)

 マリデンは訳の分からない事をするものだと思っていたが、ようやく謎が解けた。


 そう、それはアピールの為だった。


 だが、この時、代わりに指揮を執っていたのはクライセン公ではなく、エリオだった。


 お呼びが掛からないのは、エリオがホルディム艦隊の事をすっかり忘れていたからだった。


 この事は悲劇そのものであり、喜劇ではなかった。


「くっそぉー!!あいつら、クライセン一族だけで功績を独占するつもりか……」

 伯爵は憤っていた。


 分家とは言え、一族に伯爵も含まれる筈だった。


 ホルディム伯爵家が誕生したのは、時の国王ル・デンのお声掛かりだった。


 この頃、クライセン家は権勢を極めており、その力を弱める為に国王が画策し、分裂させたのだった。


 ホルディム伯爵家は国王のお声掛かりというお墨付きを得たので、それを盾に伯爵ながら公爵家とも対等に渡り合ってきた。


 そのプライドは凄まじいものがあった。


 なので、分家という風下には立たず、独立した一つの家という立場である。


 まあ、それはともかく、今現在のエリオの心情を伯爵が知ったら、どんな顔をするのだろうか?


 そう、エリオは功績がどうのこうのなど全く考えていなかった。


 それどころか、早く撤退したがっていた。


 無論、その事を伯爵は知らない。


 伯爵にとって、目の前の戦いが見た事がないくらいに上手く行っているので、苛立ちを覚えていた。


 特に、ルドリフ艦隊を包囲網の中に取り込み、逃がさない所を目の当たりにするとそう感じても不思議はなかった。


 だが、再度言うが、エリオはさっさと逃げ出したくて仕方がなかった。


 しかも味方を騙してまでも、撤退を行う決意までしていた。


 皮肉な話である。


「このままではまずい!!

 何とか功績を上げて、奴らをギャフンと言わせないと」

 伯爵は依然歯軋りし続けていた。


 最早、何と戦っているのか分からなかった。


 それはマリデンも感じており、怪訝そうな顔を通り越していた。


(この御方、大丈夫だろうか?)


 伯爵はイライラしながら今度はウロウロし始めた。


 落ち着きが無さ過ぎた。


「……」

 マリデンは困ってしまい、沈黙せざるを得なかった。


 下手な事を言う訳にはいかなかった。


 いや、まともな事を言ったら、とんでもない事になるのは明らかだったからだ。


 そんな状況下、ハイゼル艦隊の後続部隊が包囲網をこじ開けた。


 実際は違うのだが、伯爵はそう確信したのだった。


「ふん、根性なしの臆病者め!」

 伯爵は心底軽蔑して、更に何故だか勝ち誇っていた。


 理解し難い態度である。


(うーん…、自分が逃げ出した事はいいのだろうか?)

 マリデンは口には出さなかった。


 無論、面倒事を避けての事だった。


 そして、マリデンはそれと同時に嫌な予感を感じ取った。


「ここは教育してやらなくては」

 伯爵の妄想は拡大する一方だった。


「……」

 マリデンは無言のまま身構えた。


 何かとんでもない事態になる予感がしていたからだ。


「……」

 伯爵の方は何故か黙って、マリデンを見ていた。


 ……。


 2人が黙ってしまったので、微妙な沈黙が流れた。


「お前、何しているんだ?」

 伯爵は軽蔑の眼差しを向けてきた。


「はっ?」

 マリデンは困ってしまった。


 何を聞いていいのかは分からないのはともかくとして、絶対碌でもない事を命令するに決まっているからだ。


「鈍い奴だな!」

 伯爵は呆れながら叫んだ。


 まあ、マリデンからすれば、そんな事言われたくはないだろう。


 だって、狂人の言う事など想像しようがないからだ。


「……」

 マリデンは黙っている他なかった。


 何を言っても無駄だろうってな感じだ。


「本当に使えない奴だな!」

と伯爵は侮蔑な視線を送ってから、

「いいか、あれを見ろ」

と言って指差した。


 指差した方向は戦場だった。


 まあ、当たり前と言ってしまえば、それまでなのだが……。


(まさか……)

 マリデンは今までに感じた事のないくらいの悪寒を感じた。


「奴らが苦戦しているう今がチャンスだ!

 全艦を突入させる」

 伯爵は嬉々として宣言した。


「閣下、それはいけません!」

 マリデンは予想が当たってしまったので、叫ぶように即応した。


 そして、それがもたらす結果に暗澹たる思いをするのだった。


「こんなチャンスは滅多にないのだぞ。

 ここで我が艦隊のお蔭で勝利できたら…、いや、勝利するのだから一番の功績は我らになる。

 そして、ホルディム家がクライセン家に取って代わるのだ!」

 伯爵は勝利後の事を考え、興奮してしまった。


(他人の妄想を耳にする程、不快なものはないな……)

 マリデンはそう思うと共に、これから奈落の底に突き落とされる感覚を覚えていた。


「今動かないとチャンスを逃してしまう!」

 動こうとしないマリデンに伯爵はそう吐き捨てた。


 そして、伯爵自ら伝令係の元へと走って行った。


 またである。


「全艦突撃!

 敵艦隊を殲滅せよ」

 伯爵は高らかに命令を下した。


 ホルディム艦隊は思わぬ命令に行動の統一性がまたもや取れていなかった。


 そして、バラバラで全艦戦場へ向かって次々と突入していった。


 この時、既に布陣は再構築されており、ハイゼル艦隊の後続部隊とルディラン艦隊への対応が済んでいたのは言うまでもなかった。


 強欲という物は、度し難い物である。


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