その32
「公爵閣下より、伝令。
攻撃続行だそうです」
シャルスがそう報告してきた。
「あの馬鹿オヤジ!
状況、分かっているのか!
今、この時を逃したら大変な事になるって言うのに!」
エリオは珍しく激高していた。
滅多にない光景だったので、マイルスターは驚いていた。
そう、エリオに怒るという感情があるとは思っていなかったのだった。
でも、まあ、エリオはエリオでその理由があった。
再三に渡り、撤退の進言をしているが、今回は最後の機会として強く進言していたからだ。
伝聞だとそれが上手く伝わらなかった。
「閣下、いけませんよ」
マイルスターはエリオを咎めた。
まあ、総司令官に対する暴言と態度から参謀としては注意しないといけなかったからだ。
とは言え、そこまで激高するものかとも感じていた。
だが、嫌な予想が脳裏によぎった事は隠しようがなかった。
「現状、我々の有利に事が進んでいます。
ここで、撤退せよという方が難しいのでは?」
マイルスターは疑問点を聞いてみた。
「本当に有利だと思うのか?」
エリオは進言を聞き入れられなかったので激高していたのが、一転していた。
マイルスターの質問に驚いたからだ。
エリオにとって、その質問はかなり意外だったのだろう。
「???」
思わぬ返しにマイルスターは思考が停止した。
「現在、ルドリフ艦隊を包囲殲滅しようとしている」
エリオはゆっくりと話し始めた。
だが、まだ聞き入れられなかった悔しさが、拭いきれないようで複雑な表情をしていた。
「……」
マイルスターは黙って聞いている他なかった。
「そして、予想通りに事が進んでいる」
エリオは話し続けながら冷静になろうとしていた。
「予想通り行っているから有利な状況なのでは?
先程も見事にルディラン艦隊を撃退しましたし……」
マイルスターはエリオの意図を掴みかねていた。
「ルディラン艦隊も包囲網の中に入っていれば状況は変わったかも知れないがな……」
エリオは遠い目をするような感じで言った。
まあ、エリオ自身、ルディラン艦隊がそんな迂闊な事をしないと思っていた。
なので、この状況は不本意ながらも本当に予想通りだった。
寧ろ、予想通り過ぎて、驚いている位かも知れない。
「ええっと……」
マイルスターはマイルスターで何かに気がつき始めたようだった。
「つまり、希望通りならともかく、予想通りに事が進んでいるからと行って、必ずしもこちらが有利に立ち居振る舞えているかと言えば、それは全然別な話という事さ」
エリオは今度は溜息交じりにそう言った。
既に平静を取り戻していた。
「……!」
マイルスターはようやくはっきりと気が付いたようだった。
予想通りには動いてくれても、希望通りには動いてくれていない事に。
「そう、数的不利な状況は我々が動き出した時から変わってないって事さ。
兵力配置の点でちょっと有利になっただけなのさ。
しかも、ハイゼル・ルディラン艦隊は未だに行動の自由を有している」
エリオは話している内に何だか嫌になってきた。
マイルスターは目の前の有利な戦いに目を向けた。
だが、戦場全体を見渡すと、必ずしも有利ではない事がよく分かった。
「で、閣下、如何しますか?」
マイルスターは全てが見渡せた上で、いつもの柔やかに聞いてきた。
参謀としての決断を促したのだった。
「如何と言われても……。
逃げ出す他ないのだけどねぇ……」
エリオは本当に困っていた。
じぃ……。
マイルスターはエリオの決断を待っていた。
これは周りで聞き耳を立てている者達も同じだった。
「まあ、打つ手は限られてくるだろうな。
ここは定石通り、各個に撃破して行く他ないだろう。
とは言え、時間的余裕がほとんどないからそれも難しいのだけど……」
エリオの口からは悲観的な事しか出てこなかった。
「で、閣下、如何しますか?」
マイルスターは再びいつもの柔やかに決断を促した。
エリオが優柔不断に陥っている訳ではなかった。
だが、このままだと、そうなりかねなかった。
そうなる事はあまりいい未来を示すものではなかった。
なので、マイルスターは泣く泣く決断を迫るのだった。
ま、表情からそれは全く窺えないのだが……。
「如何すると言われても……」
とエリオは同じ言葉を繰り出して、
「ふぅ……」
と息を吐き出した。
決断したようだった。
「ルドリフ艦隊を殲滅しつつ、ルディラン艦隊を男爵閣下と……」
エリオは今後の方針を述べていた。
「ハイゼル艦隊、急接近!!」
シャルスが思わぬ急報をもたらした。
(早すぎる!!)
エリオはそう感じると共に愕然としていた。
ここから、エリオの予想を超える事態に陥っていくのではないかという恐怖心が芽生え始めていた。
「どういう事だ?」
マイルスターはエリオの代わりにシャルスに状況を聞いた。
「それがどうも妙なんです。
艦列が縦長でバラバラなのに、こちらに突っ込んでくるようです」
シャルスはそう答えた。
(どういう事だ?何か、見落としたか?)
エリオの頭の中は更に混乱した。
そして、更に先程の恐怖心が強くなっていた。
(この御方も年相応なところがあるのだな……)
明らかに混乱しているエリオを見て、マイルスターは逆に安心していた。
「息子のピンチに慌てて駆け付けたという事でしょうな」
マイルスターは静かに今の状況を解説した。
「どういう事だ?
ピンチなら失敗しないように、万全の準備を整えてから突入するのが普通なのではないか?
失敗できないんだぞ!」
エリオは状況が飲み込めずに狼狽えていた。
「閣下、それは人によります」
マイルスターは短くそう言っただけだった。
こういう場合、エリオみたいな行動をする人間は数少ないという事は告げなかった。
ある意味、こういう欠陥を持った人間だった。
「そういうものなのか……」
エリオは愕然としてうな垂れた。
「閣下、それよりご指示を願います」
マイルスターは今のエリオにはきついと感じながらも決断を促した。
今度は味方全体の行く末を決める重大なものだったので、そうせざるを得なかった。
「ハイゼル艦隊の状態をもっと詳しく知らせてくれ」
エリオは愕然としながらも考えることを止めなかった。
エリオのそんな姿を見たマイルスターは残酷だと感じながらも、尊敬に値するものだと思っていた。
「縦長ですが、先頭集団が8隻、それははっきりと確認できます。
しかし、その他は、後ろで、大部分はバラバラになっており、やはり、縦長になっているようとしか今は言えません」
シャルスの報告は取り留めないような感じだった。
「そうか……」
エリオはそう短く答えた。
取り留めないような感じの報告だったが、エリオにはそれが情報としてちゃんと認識できたようだった。
と同時に、戦況に大きなインパクトにはならないと感じていた。
だが、何かが崩れていくような予感もあった。
「攻撃の予想ポイントは?」
エリオは次の質問をした。
「本隊と我が艦隊の間だと思われます」
シャルスは即答した。
エリオが何を聞きたいのか、分かっているようだった。
「全艦隊に伝令、現状の陣形を維持。
アスウェル艦隊はルディラン艦隊に注意」
エリオはそう命令を下すと、更なる激戦を覚悟した。
事、ここに至っては戦いの流れの予想をするのは無駄だった。
敵に対して適切に対応し続けるという反射力の勝負になった。
不確実性の高いこのような戦いはエリオは嫌いだった。
リスクとリターンが噛み合わないことがしばしばだからだ。
だが、クライセン一族によっては、砲撃・艦操作などどれをとっても他に負けない技術を有しているので、有利な戦い方の筈でもある。
ま、有利な戦いを展開するには優秀な指揮官が必要なのだが……。
「我が艦隊は動かないでよろしいのですか?」
マイルスターは一応確認した。
「うん、タイミングを図って、動く。
それまではこのままだ」
エリオはマイルスターの質問にそう答えた。
「了解しました」
マイルスターはそう短く答えた。
考えは一致しているようだった。
完全に包囲網を完成させたせいか、ルドリフ艦隊への攻撃精度が格段に上がっていた。
ルドリフ艦隊は最早為す術ないと言った感じだった。
だが、それでも指揮系統が断絶している訳ではなく、必死の抵抗を見せていた。
とは言え、壊滅は時間の問題だった。
ハイゼル艦隊が慌てて動き出したのは無理もない事だった。
「ハイゼル艦隊、発砲!」
シャルスが報告してきた。
既に砲撃音がそこら中に響き渡っていたので、報告がないと分からない状況になっていた。
「そのまま突入してきます」
シャルスは続けて報告してきた。
「よし、エリオ艦隊全艦、取り舵一杯!」
エリオがそう命令を下した。
すると、5隻の艦は一斉に動き出し、ハイゼル艦隊の進路を開けた。
ハイゼル艦隊はそのまま突入して、ルドリフ艦隊と合流した。
エリオ艦隊はそのまま円運動を続け、再び中の艦隊を完全に包囲網下に置いた。
そして、更に攻撃力が上がった感じで、ハイゼル一族の艦隊を砲撃した。
「ハイゼル艦隊の旗艦を確認。
旗艦は包囲網下にあり!」
シャルスがそう報告してきた。
この事はクライセン艦隊が圧倒的に有利になったことを示していた。
ただ、防御力が上がったのか、先程までの戦果が上がらなくなった。
「焦るな!
敵は包囲下にある。
このままの攻撃を続行せよ」
エリオは艦隊が焦り出す前に、その空気を察して事前に命令を出した。
前掛かりになろうとしていクライセン艦隊はピタッと踏み止まった。
実際にはそんなにはっきりしたものではなかったが、明らかに空気が変わった。
「ルディラン艦隊、動き出しました。
アスウェル艦隊の側面を狙う模様」
シャルスの報告が上がってきた。
「そちらはアスウェル艦隊に任せろ!
ハイゼル艦隊の次の後続してくる艦は通すな!」
エリオは矢継ぎ早に命令を下した。
最早包囲網をどう維持するかの段階にあった。
維持すれば、クライセン艦隊の勝ち、出来なければ、負けという分かりやすい状態になっていた。
そう、撃ち合いにより、より多くの艦を沈めた方が勝ちになる。
ただ、そう言った中でも、駆け引きは存在する。
ルディラン艦隊がハイゼル艦隊の後続部隊と同じ所を突かなかったのは、複数箇所を外から攻撃することにより、包囲網の薄い所を多く作ろうとする意図があった。
「ハイゼル艦隊の後続部隊が単艦で突入してきます」
シャルスが別の報告をしてきた。
「単艦ごとの後続部隊は包囲網外で撃破せよ」
エリオがそう命令すると、単艦で突入してくる敵を次々と撃破していった。
ただ、突入してきたのは2隻までで、流石に無謀だと思い知ったのか、以降単艦での突入がなくなった。
そして、しばらくは包囲戦海域のみで戦闘が行われていた。
だが、包囲網外にいる敵艦隊がただ眺めているだけでは済まないので、すぐに戦況変化が訪れた。
「ルディラン艦隊がアスウェル艦隊に攻撃を開始。
ハイゼル艦隊後続部隊は総旗艦艦隊の左翼に攻撃を開始しました」
シャルスがあまり良くない報告を上げてきた。
- 艦隊配置(包囲戦) -
Hr
SCSCSC
AsHSC×Hi
OR×AsAsEC
As:アスウェル艦隊、SC:サリオ艦隊(旗艦)、Hr:ホルディム艦隊
EC:エリオ艦隊
H:ハイゼル候とルドリフ艦隊、Hi:ハイゼル艦隊後方部隊、OR:オーマ艦隊
---
同時攻撃は、ルディラン艦隊がタイミングを合わせた為だった。
「後続部隊が攻撃してくる地点の艦をシフトさせて、包囲網を開け。
また、我が艦隊をアスウェル艦隊の方へシフトさせろ」
エリオはそう命令を下した。
サリオ艦隊の左翼を一旦引かせることにより、左翼に攻撃が集中することを防いだ。
そして、エリオ艦隊をシフトすることにより、アスウェル艦隊の艦列に厚みを加えた。
それにより、ルディラン艦隊の攻撃に対して防御力を強化した。
完全な包囲網は崩れるものの、まだ半包囲下に敵を置いているので、有利な展開である事は変わりはなかった。
また、陣形を変えた事により、ルディラン艦隊を抑えつつ、後続部隊をも包囲網に取り込める体制に移行していた、
この辺の絶妙な采配は、流石に、全体の指揮権を委ねられるだけはあった。
とは言え、この後は酷い乱戦が予想され、エリオの気分を重くするのだった。
(さて、そろそろ潮時だな……。
無理矢理にでも……、いや、騙してまでも撤退せねば!)
エリオはそう思った。
無論、騙すのは味方の方だった。
「総司令官に……」
とエリオが意を決して伝令を頼もうとした時、
「ホルディム艦隊が突入してきます!」
とエリオの言葉をかき消すように、シャルスからの急報がもたらされた。
正に青天の霹靂という言葉が相応しいシチュエーションだった。
- 艦隊配置(半包囲戦) -
Hr
SCSCSCSC
AsAsH Hi
ORAsEC
As:アスウェル艦隊、SC:サリオ艦隊(旗艦)、Hr:ホルディム艦隊
EC:エリオ艦隊
H:ハイゼル候とルドリフ艦隊、Hi:ハイゼル艦隊後方部隊、OR:オーマ艦隊
---




