その15
「閣下、ハイゼル侯よりルドリフ艦隊が敵本隊へ向けて突撃。
侯もそれに続くようです。
そして、我が艦隊も後に続くように依頼がありました」
ヘンデリックからそう報告があった。
「『了解』とハイゼル侯に返信。
我が艦隊はハイゼル艦隊に続くぞ」
オーマはすぐにそう指示を出した。
ヘンデリックは敬礼して、伝令係に指示を出していた。
ぎぃぎぃ……。
止まっていた艦隊がゆっくりと動き出した。
「意外と早かったですね」
ヤーデンはオーマにそう話し掛けた。
「ああ……」
オーマは短くそう答えただけだった。
何かを考え込んでいる様子だった。
ヤーデン自身もそんな大きなリアクションを期待していた訳ではなかった。
だが、深刻そうに考え込んでいる何か引っ掛かった。
「閣下、いかがなさいましたか?」
ヤーデンは取りあえず聞いてみた。
「いや……」
オーマは否定しているようだったが、否定にはなっていなかった。
と言うか、何を否定したかったのだろうか?
「エリオ・クライセンの事ですか?」
端的に言って、ヤーデンはオーマの気掛かりはこれしかないと感じていた。
実際、ヤーデン自身も全く動かないクライセン艦隊の事が気になっていた。
一方で、14歳の少年を気にしすぎなのでは?とヤーデンは感じていた。
だが、やはり、歴戦を重ねてきた者だけが分かる、何かを感じ取れるものがあるのは否定のしようがなかった。
「そうだな」
オーマの方は苦笑いした。
特に、隠そうとした訳ではなかった。
言語化が何だか難しい気がしたから、声に出さなかっただけだった。
恐らく、オーマもヤーデンと同じ雰囲気を感じていたのだろう。
「こちらも人の事は言えないのですが、敵も全く動きませんでしたからね。
私も気にはなる所です」
ヤーデンはオーマが言語化する事を促すように言った。
「ああ、全く動かなかったよな。
そして、今も動いていない……」
オーマはゆっくりと言語化していった。
ヤーデンはヤーデンで、オーマの言葉にハッとした。
そして、クライセン艦隊の方へ視線を向けた。
確かに微動だにしていないようだった。
「どういう事でしょうか?」
ヤーデンは不安になった。
動いていない事はこちらに有利な筈だが、何故かそう思えなかったからだ。
逆に得体の知れないプレッシャーが大きくなっているようにも感じられた。
これが気になる理由なのだろうか?
「どういう事なのかねぇ……」
オーマはヤーデンの言葉を言い方を変えて繰り返していた。
「まさか、このまま動かないという事はないですよね」
ヤーデンは訳が分からないと言った表情になっていた。
「それはないだろう」
オーマはヤーデンの考えを即座に否定した。
ヤーデンの方もそれは予想していた事だった。
「では……」
ヤーデンは皆まで言わなかった。
「ああ、動き出すタイミングを図っているのだろう」
オーマはそう断言した。
そこには、まるで老獪な敵手の臭いが漂ってきた。
ヤーデンは固唾を呑んで、ゆっくりと頷き、同意した。




