その9
「閣下、マリック隊より伝令。
『我、敵の上陸部隊を攻撃。
上陸の阻止に成功す』との事です」
バンデリックは報告を読み上げた。
「どうやら成功したようで、良かったわ」
サラサはホッとしていた。
ここまでお膳立てしていたので、成功は約束されたようなものだった。
だが、何せ、自分が最後の一手を実行する立場にはいなかったので、もどかしい思いをしていた。
とは言え、こう言う事はこの先何度でもあるので、慣れておかなくてはならないとも感じていた。
(こうなると、やはり、父上の偉大さばかりが目に付くわね……)
無論、サラサはオーマの事を尊敬していた。
だが、それはまだまだ一部のみだった事を思い知らされた感じだった。
「閣下、敵艦隊、南下する模様……」
バンデリックは戸惑っていた。
「うーん……困ったねぇ……。
今更、動いても、もう遅いのだけど……」
サラサはバンデリック同様に戸惑っていた。
既に、敵の上陸部隊との戦闘の決着は付いており、今更行っても詮のない事である。
恐らく、ベレス艦隊にはその事が伝わっていないのだろうと推察できた。
「しかし、閣下、後を追わないと、マリック隊がピンチに陥ります」
バンデリックはサラサと同じ思いだったが、現状の懸念を伝えた。
「確かにそうね。
こんな所で、マリックを失う訳にはいかない。
全艦、直ちに敵艦隊を追尾せよ。
一応、罠の警戒をしてね」
サラサはバンデリックの進言通り、追撃を命じた。
サラサ艦隊がベレス艦隊を追撃する事は、戦いの優劣のターニングポイントでもあった。
まあ、尤も、ベレス艦隊が優勢だったのはサラサの作戦のせいだったのだが……。
しかし、これで、完全に表裏一体になった感じになり、サラサ艦隊の優勢は誰の目から見ても明らかになった。
ほぼ勝利を確信してもいい情勢だが、サラサは意外にも警戒感を解いていなかった。
作戦は順調に進んでいたので、それには満足していた。
だが、警戒心を解く事は有り得なかった。
前までは、マリックの役割がサラサで、サラサの役割はオーマだった。
その時は、恐らく、上陸部隊を潰した所で、サラサは勝利の確信をしていただろう。
だが、今は最高位の指揮官なので、何が起こるか分からないと言った感じでいた。
この時も、やはり、オーマの偉大さを身に染みて感じるようになっていた。
ドッカーン、ドッカーン……。
そんな事を感じながら遙か前方から砲撃音が響いてきた。
「閣下、敵艦隊がマリック隊と接触した模様です」
バンデリックがサラサにそう報告した。
「全艦、直進。
最短コースでマリック隊と合流する」
サラサはすぐにそう目例を下した。
「包囲殲滅のチャンスかと思われますが、よろしいのでしょうか?」
バンデリックは少し驚いて聞いた。
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SR
B
×
M
SR:サラサ艦隊、B:ベレス艦隊、M:マリック隊
------
現状、挟撃の位置にあり、退路を遮断できた。
そうすれば、敵を完全に包囲でき、敵の殲滅も狙えた。
「戦いの趨勢は決した。
ここは戦果を上げるより、余計な損害を出さない事に徹する」
サラサは迷う事なく、そう答えた。
「了解しました」
バンデリックは敬礼すると、伝達係の下へ駆け寄った。
サラサはそう命令しながらも、一方で違う可能性を考えていた。
(まずは合流が先だが、敵がしつこく攻撃した時の対処法ね……)
サラサはそう考えながら、最高位の指揮官は気苦労が耐えないと感じていた。
「閣下、有効射程圏に入ります」
バンデリックは考え込んでいるサラサに現状報告をした。
サラサはバンデリックに言われるまでもなく現状を認識していた。
敵からの攻撃はない。
完全に敵の死角を取った形になっていた。
(包囲殲滅のチャンスでは……)
サラサは現状をそう把握したが、すぐに首を横に大きく振った。
(欲をかいても仕方がない。
これ以上の戦果は無意味、損害は数以上のダメージを後々に残す)
サラサはそう気持ちを切り替えた。
「砲撃開始!
あくまでもマリック隊との合流を優先する」
サラサは命令を下した。
だが、この命令はどこか自分に言い聞かせるような印象があった。
ドッカーン!!
サラサの命令と同時に砲撃が開始された。
ベレス艦隊は後方からの攻撃は予想できたのにも関わらず、かなり無様に陣形を崩していた。
それまで、執拗にマリック隊を攻撃していたのだが、それも一気に離散してしまった。
どうやら、上陸部隊がやられてしまった事に対する精神的なダメージから立ち直っていないようだ。
離散した敵の攻撃が、当然ながら分散している。
圧倒的に有利な立場になった事は、間違いなかった。
とは言え、ただ迂闊に近付けば、死に物狂いに反撃してくる可能性はある。
捨て身の攻撃は結構厄介な事はサラサ自身よく知っているつもりだった。
「このまま陣形を維持しつつ、マリック隊と合流する」
サラサはそう厳命した。
サラサ艦隊は目の前の戦いに決して焦る事なく、敵艦隊に圧力を掛けながら道を切り開いていく格好になった。
いつにない慎重なサラサを目の当たりにしたバンデリックは驚いてはいたが、それに対して異議を唱える事はしなかった。
バンデリックもまたサラサと同じ考えでいるのだろう。
ドッカーン!
ドッカーン!
しばらく、両艦隊の撃ち合いが続き、ベレス艦隊の攻撃は止みそうになかった。
(困ったねぇ……)
サラサはさっきから困ってばかりだった。
もう戦いの趨勢は決まっていたので、これ以上、戦ってもお互いに損害を出すだけだとの思いだった。
とは言え、砲撃戦が始まってしまった以上、ベレス艦隊もすぐに引く事は出来ないでいた。
サラサはそんな中、我慢強く、陣形を保ちながらそれに耐える事にした。
「閣下、マリック隊と合流できました」
バンデリックは現状が変更された事をようやく報告した。
意外に時間が掛かったが、大した損害を出さずに、サラサはマリックと合流を果たせた。
「マリック隊を艦隊の後方へ。
陣形、進路はそのまま。
砲撃を続行しながら敵に圧力をかけ続けろ!」
サラサは次々と命令を出していった。
敵艦隊との距離を稼ぎ、積極的な交戦を避ける命令だった。
消耗戦。
提督と呼ばれる連中はほとんどがこの言葉が嫌いだろう。
特に、良将と呼ばれる人物からすれば、絶対に避けるべき状況である。
だが、中にはこの言葉を理解できない者もいる。
所謂、愚将と呼ばれる者達である。
そして、この戦いは既にサラサ側は戦略目標を達成し、ベレス側は戦略目標は到底達成できない状況にあった。
(これまでの戦いぶりから、少なくともベレス侯爵は愚将ではないような気がするが……)
サラサは目の前の砲撃戦を見詰めながら祈っていた。
ベレス侯爵とは初見なので、確信は持てない。
スワン島沖海戦では、ルドリフは良将の筈だが、エリオの前では別人とも思える振る舞いになった。
戦いは相手がある事なので、全部が自己都合で済む訳にはいかないのだ。
そう考えると、サラサは警戒心を決して緩める事は出来なかった。
「ん?」
サラサは敵のこれまでとは違う動きにいち早く気が付いた。
だが、敢えて、それには触れないで、ジッと観察していた。
「敵艦隊、撤退していませんか?」
バンデリックは、かなり遅れてそれに気が付いた。
バンデリックが鈍いのではなく、サラサ以外の面々はこの時、ようやく気が付いた。
「……」
サラサはバンデリックの言葉に反応を示さず、敵をジッと観察し続けていた。
「あっ……」
バンデリックはサラサの様子を見て、とっくに気が付いていた事を悟った。
例え、敵が撤退を開始しても、こちらは下手に動く必要はなく、このまま砲撃を続けて、撤退を促すだけだったからだ。
そして、その通り、しばらく砲撃戦が続いた。
「砲撃止め!」
サラサが命令を下した時、ベレス艦隊は完全撤退の最中だった。
(どうやら、当初の見立て通り、道理の見立てが出来る人物だったようね……)
離れていく敵艦隊を見詰めながらサラサはホッとした。
セッフィールド島沖海戦はこれにて終了した。
参加戦力:サラサ艦隊 21隻vsベレス艦隊 25隻・上陸艇 25隻
被害 :撃沈 0 2 11
そして、この海戦の終了が合図かのように、ウサス・スヴィア紛争は終息に向かって行った。
この戦いで、サラサの名は、エリオに続いて内外に轟くようになった。
しかし、2人にとって、まだまだ緒戦を終えたばかりである。
- 「クライセン艦隊とルディラン艦隊 第2巻」へと、つづく -




