その6
「思ったより、手間取ったな……」
ベレス侯爵は有利に展開している海戦を眺めながらそう呟いた。
サラサ艦隊とベレス艦隊の海戦は、ベレス艦隊が押し込むような形でずうっと推移していた。
その為、戦闘開始海域からセッフィールド島の港都市ウェイドン近海まで東に移動していた。
「確かに意外に敵の抵抗は頑強ですな。
流石に、オーマ・ルディランの娘といった所でしょうか……」
参謀のロザムは口では感心したような事を言っていたが、サラサの力量を見透かしていた。
「まあ、しかし、抵抗がいくら頑強でも、攻勢に転じる事が出来ていない。
まだまだ年若いという事か……」
侯爵は有利な状況下で、言ってはいけないような言葉を言ってしまった感はある。
とは言え、これだけ一方的に押しまくる海戦もそれ程多くはないだろうから無理も無い事かも知れない。
それだけ、侯爵にとっては会心の戦いだという認識があるのだろう。
戦いぶりも堂々としたもので、ポイントポイントに砲撃を集中させ、反撃を全く許さなかった。
そして、何度も言っている通り、一方的に後退を余儀なくさせていた。
既に、セッフィールド島の海岸線ははっきりと確認できる所まで追い詰めていた。
サラサ艦隊はこれ以上後退できないので、北方向へと進路を変更した。
北方向には港都市ウェイドンがある。
「一時はどうなるかと思われましたが、このまま推移すれば、ウェイドンへ直接上陸できるのでは?」
ロザムは楽観論を展開した。
「うむ、どうだろうか?」
圧倒的有利な戦況下、侯爵は楽観論に素直に乗ってくると思われたが、意外にも慎重だった。
「……」
ロザムは無言で意外そうな表情を侯爵に向けた。
「このまま押し込んで港に立て籠もられたら、少々厄介だぞ。
そうなると、ウェイドンへの直接上陸はほぼ不可能だろう」
侯爵は優勢ながら懸念材料に気が付いたようだった。
「確かに……」
ロザムは港内に立て籠もった敵艦隊との砲撃戦を想像してみた。
どう見ても、上陸作戦を敢行する状況は生まれそうになかった。
「第2想定地点のここで、上陸作戦を敢行なさいますか?」
ロザムは海岸線を見ながらそう言った。
スヴィア王国軍は予め3箇所の上陸地点を想定していた。
1つ目は言うまでもないウェイドンで、2つ目はウェイドンのやや南側になるが、現在の交戦海域に近い海岸線だ。
そして、3つ目は、現在の艦隊位置から見ると、島の反対側からだった。
「やはり、当初の作戦計画と違い、第2想定地点からの上陸になるだろう。
そこから上陸し、陸戦部隊は北上してウェイドンを攻撃、我が艦隊は海から攻撃となるだろう」
侯爵は今後の戦いの予定を述べていた。
「了解しました。
いつ、上陸作戦を開始なさいますか?」
ロザムは次の段階の準備をするべきだという認識で質問した。
「まずは敵艦隊を港に押し込んでしまおう。
そうしておいて、邪魔されないようにするのが肝要だ。
そして、我が艦隊で敵艦隊を抑えつつ、上陸作戦を敢行する」
侯爵はこの海域からサラサ艦隊を追い出す意思を示した。
「了解しました」
ロザムは侯爵の意見に賛同した。
「上陸部隊の様子は?」
今度は侯爵が質問した。
ロザムは隣のサムサに視線を向けた。
「付かず、離れずといった距離で付いて来ています」
サムサは微妙なように聞こえるが、状況がよく分かる言葉で答えた。
「うむ、よろしい」
侯爵の方はサムサの答えがいい塩梅に聞こえたらしく、満足そうに頷いた。
そして、一旦姿勢を正して、
「攻撃を更に強化。
敵艦隊に更に圧力を加えて、動きを封じるぞ」
と気合いが入った口調で命令をした。
「了解しました」
「了解しました」
ロザムとサムサは同時に敬礼した。
そして、サムサは各所に命令を伝えに走った。
ドッカーン、ドッカーン!!
砲撃音が更に増え、サラサ艦隊を一気に圧倒していった。
これを切っ掛けに戦場の移動速度は増し、ウェイドンへと向かって行った。
順調だと思えた瞬間だった。
ドッカーン、ドッカーン。
敵の砲撃音が高まった。
パッシャン、バッシャン、グラグラ……。
飛んでくる砲弾の数が明らかに多くなり、艦隊が揺さぶられた。
「何事だ?」
侯爵はびっくりして状況を確認しようとした。
「セッフィールド島からの砲撃です」
サムサが慌てて状況報告をした。
パッシャン、バッシャン、グラグラ……。
報告中にも、これまでの戦闘にはない反撃を喰らっているのは明らかだった。
「陸砲によって、敵の攻撃が強化されましたね」
ロザムは苦々しい表情だったが、参謀らしく極めて冷静な口調に努めていた。
「くっ!!」
想定していなかった攻撃に晒された侯爵は悔しさのあまり言葉が詰まった。
ドッカーン、バキバキ!!
その隙を突くかのように、先頭の艦が集中砲火を受け、轟沈した。
「艦隊、一時退却!!
陸砲の射程外まで出るぞ!」
撃沈音を聞いて、我に返った侯爵は慌てて命令を出した。
ドッカーン、ドッカーン!!
パワーアップした敵の砲撃の中、ベレス艦隊は何とか退避した。
そこに、嵩に掛かって、サラサ艦隊が襲い掛かってきた。
「慌てるな!!
陣形を保ちつつ、迎え撃て!!」
今度の侯爵はすぐに命令を下していた。
ドッカーン、ドッカーン!!
ドッカーン、ドッカーン!!
双方の激しい砲撃の応酬が始まった。
一気にサラサ艦隊が優位に立つかと思われたが、ベレス艦隊はその場に踏み止まった。
そして、ベレス艦隊が守勢から攻勢に転じると、サラサ艦隊は後退を始めた。
「敵の誘いに乗るな。
迂闊に追うと、また陸砲の餌食になるぞ!
艦隊、一時停止!」
侯爵はサラサのペースには乗らなかった。
「敵の狙いはこれだったのですね」
ロザムは苦々しそうにそう言った。
「そうだな、ここに誘い込むのが目的だったとは……」
侯爵はある意味サラサに感心していた。
ここまで後退戦を続けていたのは、明らかに自分の有利な海域で決戦を挑もうとしていたのは明確だったからだ。
よくまあ、辛抱強く、誘い込んだと思っていた。
「とは言え、我々が陸砲の射程内に入らなければ、問題ないのでは?」
ロザムは身も蓋もない言葉を言った。
「まあ、その通りなんだが……な」
侯爵は言われるまでもなく、それは認識していた。
だが、歯切れが悪かった。
まあ、勝てると思っていた海戦に、引き分けるか、もしくは、それなりの損害を出してでも攻撃を続行するかの2択を迫られていたからだ。
「このまま第2想定地点への上陸を行いますか?」
ロザムはこのままこうしていても仕方がないので、その先の事を侯爵に質問した。
とは言え、これは一応聞いてみたと言った格好だ。
「いや、第2想定地点への上陸は混戦になる恐れがある。
ここで、我が艦隊で敵艦隊を抑え、上陸部隊は第3想定地点から上陸させよう。
時間は掛かるが、それが今の最善策だろう」
侯爵はそう決断した。
「了解しました」
「了解しました」
ロザムとサムサは敬礼をした。
戦線は膠着したが、侯爵はそれを打開する為に、すぐに次の手を打ったのだった。




