その4
何故サラサ艦隊が派遣される事になったかは、サラサは聞いていなかった。
サラサ自身、理由が想像できたからだ。
そして、帝国側に歓迎されないだろうという事も知らされていなかった。
まあ、こちらも想像の範囲内だろう。
そのような状況下、サラサ艦隊は、太陽暦535年2月、出撃した。
途中、ウサス帝国のサキュスという軍港都市に寄った。
サキュスは帝国北方艦隊の本拠地であり、ハイゼル候ルドリフの根拠地である。
ルドリフとは何度か共闘した関係であったので、歓迎された。
そこで、補給した後、帝都であるナラーバラへと向かい、艦隊は南下した。
今回の戦場になる予定の地域はワタトラのほぼ真南に当たる。
だが、大陸を艦隊が進める訳がないので、東回りで、沿岸に沿って、大きく迂回していく事になる。
ナラーバラは湾内にあり、ちょうど南下が終了する地点にあった。
艦隊は湾内を北上し、帝都へと向かった。
余談だが、戦場へは、湾を出た後は、西進して至る事になる。
サラサ艦隊が帝都に向かったのは、ウサス帝国皇帝ウサリアン27世を表敬訪問するためだった。
帝都に入港して、サラサが地上に降り立つと同時に、歓迎されていない空気が漂っていた。
サラサとバンデリックは用意されていた馬車に乗ると、すぐに宮廷へと連れて行かれた。
一旦、宛がわれた部屋で一時休憩の後、案内の者が謁見の前へと案内した。
謁見の間の前だろうか?
サラサとバンデリックは大きな扉の前で一旦留め置かれた。
「バルディオン王国ワタトラ伯爵閣下、ご到着なさいました」
案内人が謁見の間へ対して、声を掛けた。
キィキィ……。
大きな扉が音を鳴らしながら内側から開かれた。
「どうぞ、お入り下さい」
中から聞こえてきた声は、威圧感は感じられないものの、どこか鋭さがある声だった。
サラサは導かれるままに、謁見の間へと入った。
と同時に、バンデリックはその場に留め置かれた。
サラサが中に入った時、その光景に一瞬躊躇した。
大きな謁見の間はガラーンとしており、中には数人の人間しかいなかった。
(歓迎されていないわね……)
サラサはあまりにも露骨な出迎えに苦笑した。
無論、鉄仮面のように表情は変えなかったが……。
サラサが完全に中に入ると、「キィキィ……」と音を鳴らしながら扉が閉じられた。
「どうぞ、お近くに」
先程の声の主が、扉のそばで立ち止まっているサラサ達を傍に来るように促した。
歓迎されていないとは言え、確かにここに突っ立っているのも何々で、サラサは玉座へ向かって歩き始めた。
当然ながら訝しがるような、違和感があるような妙な気持ちで玉座へと近付いていった。
そして、玉座の階段付近まで来ると、サラサはゆっくりと跪いた。
「お初にお目にかかります。
バルディオン王国海軍准将、ワタトラ伯サラサと申します」
サラサは恭しく自己紹介を行った。
すると、玉座に座っていた人物がさっと立ち上がった。
まあ、この人物が皇帝ウサリアン27世であり、27代目の皇帝だった。
皇帝は割腹が良く、まん丸顔だった。
皇帝はその巨体に似合わず、足取り軽く、玉座から階段を降りてサラサの元に歩み寄ってきた。
「わしが、皇帝ウサリアン27世である。
よろしく頼むよ」
皇帝はそう言いながらサラサの両手を自分の両手で掴んだ。
そして、そのまま引っ張り、立ち上がるように促した。
「えっ……」
流石のサラサも驚きの声を上げたが、皇帝の為すがままに立ち上がった。
「よろしく」
立ち上がったサラサに対して、皇帝は念を押すようにまたそう言って、両手で無理矢理握手する形を作った。
サラサは呆然としながら、皇帝に両手を上下させられていたが、ハッと気づき、
「よろしくお願いいたします」
と答えた。
「うん」
皇帝は満足そうな笑顔を浮かべると、サラサの両手を話した。
笑顔がとても愛嬌があった。
サラサを心から歓迎しているようだった。
皇帝の割腹の良さは、ストレスとは無縁のようだった。
(父上から伺っていたが、それ以上だな……)
サラサは頭が追い付いていないようだった。
ウサス帝国が外国に対して、攻撃的な国である事はよく知られている。
そして、この世の国の中で自国が一番上であると公言している国でもある。
そんな国にも拘わらず、代々の皇帝は愛嬌のある人物がほとんどであり、その辺が謎とされていた。
でも、まあ、皇帝が何もかも出来る必要は必ずしもない。
組織の力が発揮できる人間関係の方が大事なのかも知れない。
そういった事をスムーズにこなせる人物が代々皇帝の地位に就いていた。
「陛下、そのような事を……」
玉座の傍らにいた人物が苦言を呈した。
先程からこの場を仕切っている人物だった。
「遙々我が国を助けに来てくれたのだ。
歓迎しない訳には行かないだろう」
皇帝は振り向きながら、そして、鼻の穴を膨らませながら力説していた。
皇帝にとっては、サラサが小娘だろうが、どんな容貌をしていようが関係がないようだった。
「いえ、陛下こそ、失礼に当たるのかも知れませんぞ」
傍らの人物はやり返すように、更に苦言を呈した。
「ぐっ!!」
皇帝はぐうの音も出ないと言った感じになってしまった。
2人のやり取りを見て、サラサは目を丸くしたまま、固まっていた。
流石のサラサもどう反応していいか分からなかったからだ。
「ごっほん、まずは他の者の紹介だな」
皇帝はやり込められた後、咳払いと共に、すぐに復活した。
メンタルが強い事はいい事だ。
とは言え、サラサは更に付いていけなかった。
「あそこの玉座の隣にいる、一番偉そうにしているのが、フレックスシス大公だ。
朕の弟で、宰相なのだが、朕より偉そうにしている」
皇帝はまずこの場を仕切っている人物を紹介した。
「お目に掛かれて光栄です」
サラサは皇帝が紹介しているのを不思議に思いながらもそう言って、頭を下げた。
「こちらこそ、光栄です」
大公はそう返してきたが、まるで感情というものが読み取れなかった。
まあ、戸惑いながらも鉄仮面を続けているサラサもサラサなのだが……。
(やはり、何か、得体の知れない何かを持っているという感じね……)
サラサは大公を観察しながらそう思った。
大公はこの場を仕切っていた。
そして、実質的に帝国を仕切っているのはこの人物だった。
とは言え、兄に成り代わってという野心はないようだ。
あくまでも皇帝に忠実な宰相としての範囲を超えずに、国を仕切っていると聞いていた。
権力を握っているのは大公で、権威があるのが皇帝で、きちんと役割分担がされているようだ。
帝国は、リーラン王国の国王親政、バルディオン王国の共同統治体制とは全く違うようだ。
「そこにいるのが、ミーメック侯爵で、中央艦隊の総司令官。
海軍のトップだ」
皇帝は階段の傍で、こちらを向いて立っているミーメック侯爵を紹介した。
「お目に掛かれて光栄です」
サラサは同じフレーズを繰り返した。
まあ、こう言う時は変に違う事をいう必要はない。
「こちらこそ、光栄です。
遙々お越し下さり、ありがとうございます」
ミーメック侯爵の方も当たり障りのない言葉を返してきた。
「で、その隣が、ケイベル侯爵で、南方艦隊の総司令官。
今回、伯にお世話になる人物だ」
皇帝はそう言うと、揶揄うように、少し笑っていた。
「お目に掛かれて光栄です」
笑っている皇帝の傍らで、何とも気まずい感じで、それでも、鉄仮面を貫いているサラサが、また同じ事を繰り返した。
紹介されたケイベル侯爵の方も何やら気まずい感じになっていた。
皇帝に揶揄われたので、まあ、そうなるのは無理もない。
「こちらこそ、光栄です。
今回、大変お世話になるケイベル侯爵です」
ケイベル侯爵は仕方がないと言った感じで、皇帝が作った流れに乗る事にした。
「さて、紹介はこれで済んだな」
皇帝の方は自分の作った流れを完全に無視してしまった。
これに対して、当のケイベル侯爵だけではなく、大公やミーメック侯爵、更にサラサまで呆然とせざるを得なかった。
「ところで、伯、父上はお元気かな?」
皇帝はいきなり話題を変えてきた。
まあ、ある意味、皇帝ならでのマイペース振りなのだろう。
「はい、とても元気です」
サラサは見た目は快活にそう答えた。
だが、皇帝の質問の裏を読まない訳には行かなかった。
(やはり、あたしではなく、父上に来て欲しかったのだ……)
オーマの事は尊敬している。
だが、自分が蔑まれたような気になってしまった。
「そうか、元気か、それは良かった。
そなたの父上には毎年世話になってばかりだったからな」
皇帝は心底そう思っているようだった。
どうやら、ウサス帝国ではバルディオン王国よりオーマの評価は高いようだった。
父親が正当に評価されているのは嬉しいが、やはり、一提督としては、複雑な心境にサラサは陥っていた。
「その父上、自慢の娘が成人してここに来るとは、何とも感慨深いではないか!」
皇帝はよく分からない感想を述べていた。
意外な事に、皇帝はサラサよりオーマに来て欲しいという訳ではなさそうだ。
どう見ても、裏表のない人物で、腹芸が出来るとは思えなかった。
「……」
皇帝の言葉を聞いて、サラサはそれまで感じていた感情が無になっていた。
フリーズしたといった方がいいかも知れない。
「この後、提督の歓迎の宴を開くつもりだ。
楽しんでくれ」
皇帝はサラサに向かって、ニヤリと微笑んだ。
「はい、ありがとうございます」
サラサは感情の激しい起伏の中、恭しくそう言った。
「陛下、宴の事ばかりにお気を回さないで下さい」
大公は溜息交じりに、そう言った。
そして、ゆっくりと、こちらに向かって階段を降り始めていた。
「ん?」
皇帝は大公の方を振り向いて、緊張感のない顔をしていた。
その表情を見て、大公は益々呆れていた。
そして、皇帝の前で立ち止まった。
「この後は、提督と戦の打ち合わせを致します。
宴はその後です」
大公は呆れている事を包み隠さずに、そのままの態度でそう言った。
これはいつもの事なのだろう。
「おお、そうじゃった。
なら、後は頼むぞ」
皇帝は納得の声を上げていた。
呆れられている相手に対して、普通通り会話が出来るこの皇帝はある意味只者ではなかった。
「提督、こちらへ」
大公がそう言うと、謁見の間の出口へと向かった。
サラサは頷きながらその後に続いた。
そして、その場にいた2侯爵もサラサの後に続いた。




