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クライセン艦隊とルディラン艦隊 第1巻  作者: 妄子《もうす》
10.初航海

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その3

 マライカンを出港した艦隊は目的地ティセルへと進路を向けた。


 その航海中、サリオは困っていた。


 久しぶりの親子の語らいをすればいいと思うのだが、よくよく思い出してみると、この親子、語らいというものをしたという記憶がなかった。


 マライカンでの件についても、サリオは戸惑いを見せていた。


 普通なら、猛烈な抗議や文句があってもいいと思われるが、エリオはそれらを一切してこなかった。


 事がいい方向へと動き出しているので、口を出さないといった感じが伝わってきた。


 それと同時に、まだまだ完璧でないという感じも伝わってきた。


 なのに、一切口にはしなかった。


(感想ぐらいはあっても良さそうなのだが……)

 サリオは愚痴りたいような気分になっていた。


 褒めて貰いたかったのだろう。


 こうなると、この件は、サリオにとって大きなプレッシャーになってくる。


 ただし、それはサリオ個人だけに向けられたものではなく、クライセン家のシステムそのものに向けられていた。


 まあ、正確に言うと、エリオの態度からサリオが勝手にそう思っていただけなのだが……。


 とは言え、こういう思いをしているのはサリオだけではなく、側近であるオーイットとマリオットも同じ考えを持っていた。


 不思議な事に、このプレッシャーは異質なものであった。


 幾多の戦場を駆け抜けている3人なので、修羅場慣れはしている。


 たから、命の危険に晒される事には慣れていた。


 だが、このプレッシャーは存在そのものを問われているという感覚だった。


 それ故に、恐ろしかった。


 まあ、それはともかくとして、サリオにはそれとは別な問題も抱えていた。


 それはエリオが水兵達に侮られている事だった。


 10歳児なので、足らないのは仕方がない事である。


 ただ、エリオの剣術の拙さは有名であり、戦う集団を将来指揮する者が剣すら碌に使えないとなると話は別である。


 これは後々大きな問題になるだろうとサリオは感じていた。


 エリオの剣術は稚拙すぎるを超えていたのは確かだ。


 そして、それをどう直すかが、サリオによっての大きな悩み事になっていた。


 でも、まあ、サリオは頭で考えるより、行動で示すタイプである。


 なので、サリオは小さな子供に諭すという行為は明らかに苦手だ。


 したがって、それを自覚した上で、エリオを剣術の稽古に誘った。


「分かりました、父上、すぐに準備してきます」

 エリオは礼儀正しく一礼すると、準備の為、自分の部屋へと小走りした。


「???」

 ぐずると思っていたサリオは呆気にとられていた。


 結構熟考し、重大な決意の元で誘ったつもりだったのが、バカみたいに感じられた。


 だが、剣術の稽古は嫌でも水兵達の目に触れる。


 その時の反応を見ると、サリオは気が重く、また後ろめたいものがあった。


 エリオに強烈な試練を課す事になるからだ。


(とは言え、逃げていいものでもないしな。

 そして、試練はどんどん乗り越えていかなくてはならない)

 サリオはそう思いながら甲板へと出て行った。


 サリオが甲板に出ると、エリオがもうそこにいた。


 やる気満々のようには見えたと思う。


 ただ、エリオからはそのような気持ちは感じられず、ただ突っ立ているようだった。


 まあ、エリオは生涯やる気満々というものには縁がなかったので、当然かも知れない。


 我が子ながらと、父親は当然の事ながら当惑していた。


 とは言え、稽古はやる気なのだろう。


 サリオは妙な気持ちのまま、傍らにいたマリオットから2本の木刀を受け取った。


 水兵達の人集りは既に出来ており、これから行われる事に対して興味津々といった感じだった。


 サリオはやりにくさを感じていた。


 それは水兵達の見物ではなく、エリオに対しての事だったのは言うまでもなかった。


 サリオは木刀の内1本をエリオに放ってよこした。


 エリオは突然の事だったので、びっくりしてあわあわしながら両手でそれを掴もうとした。


 ごん、がたん。


 エリオの両手は空を切り、木刀はエリオの額を直撃して、甲板に落ちた。


 お約束通りである。


「……」

 エリオは特に何も言わずに、額を照れながら摩っていた。


 ……。


 何が起きたのか、理解できない周りは一瞬沈黙に包まれていた。


 どわぁっ!!


 それでも、1人が笑い始めると、一斉に笑いが起きた。


 笑撃だった。


 エリオは額を摩りながら木刀を拾い上げた。


 特に動揺した様子もなく、平然としていた。


 まあ、いつもの事なので、特に気を止めなかったのだろう。


(どうしたものか……)

 サリオは更に当惑していた。


 とは言え、エリオは木刀を構えていた。


 そうなると、サリオも稽古を始めない訳にはいかなかった。


「じゃ、始めようか……」

 サリオはそう言いながら自分も木刀を構えた。


 子供の頃から剣でも木刀でも稽古でも実戦でもわくわく感が止まらなかったサリオだったが、この時初めて暗澹たる気持ちになっていた。


 その様子をニタニタして笑う水兵達。


 オーイットとマリオットの取り巻きはうーんと言った難しい表情をしていた。


 ……。


 しばらく、静かな時が流れた。


 いや、流れてしまったというべきだろう。


 木刀を構えたまま、2人は身じろぎ一つしなかったからだ。


(成る程、噂は本当らしい……)

 サリオは更に暗澹たる思いになっていった。


 実は、サリオはエリオの剣の師匠に泣きつかれていた。


 稽古にならないと……。


 エリオの剣の腕前は言うに及ばない事なのだが、それ以上にその姿勢が問題だと。


 だが、サボって稽古に来ない訳ではなかった。


「そちらから来ないなら、こちらから行くぞ」

 サリオは仕方なくそう言った。


 このままだとずっと何もしないまま時が過ぎるからだった。


 びゅん!


 サリオがエリオを打とうとしたが、木刀は空を切った。


 エリオがサリオの木刀を避けたからだった。


 紙一重とは行かないまでも結構上手く避けていた。


 びゅん、びゅん!


 サリオは尚も木刀を振ったが、またしても空を切った。


(成る程、本当に避けるばかりだな)

 サリオはもう呆れる他なかった。


「エリオ様、自分から行かないと!!」

「打て打て!!」

 水兵達からヤジが飛んでいた。


 びゅん、びゅん!


 そんな中でも、エリオはサリオの木刀を避け続けていた。


 びゅん、びゅん!


 サリオはただ木刀を振り回しているのではなく、どんどんスピードを上げていった。


 それを見ていた水兵達はただならぬ空気を察し、ヤジが少なくなっていった。


 びゅん、びゅん!


 更にスピードが上がり、それでもエリオが避けられているのを見て、水兵達は完全に沈黙した。


 びゅん、ゴン!!


「いったぁ!!」

 エリオは絶叫して、木刀を放り投げて両手で額を押さえていた。


 ついに、サリオのスピードについて行けずに、木刀がエリオの額を直撃したのだった。


 ぎゃっはははっ!!


 水兵達は大きな声を上げて、笑っていた。


 弱い者に対しては、例え惣領の跡取りでも容赦しないといった雰囲気がそこにはあった。


「エリオ、まだだ!!」

 サリオは鋭い口調でエリオにそう言った。


 !!!


 その言葉に、場が一瞬で静かになった。


「はい、父上」

 エリオは額がまだズキズキしていたが、言われたとおり、木刀を拾い上げた。


 そして、構えた。


 すると、すぐにサリオが剣を振り下ろしてきた。


 エリオはそれらを懸命に避けていった。


 だが、剣のスピードは先程と同じように、上がっていき、同じようなスピードで額を打たれていた。


 そして、エリオが絶叫し、水兵達が大笑いするのだった。


 それが2度ほど続いた。


(成る程な、エリオと同じ歳か、成人の手前までの年齢くらいだと、皆避けられてしまうな、これは。

 だが、実戦では全く役に立たない!)

 サリオはやれやれといった感じになった。


 だが、ふと思い付いたように、持っていた木刀をマリオットに渡した。


 そして、腰に差していた剣を抜いた。


 !!!


 ただならぬ雰囲気に、周囲が凍り付いたように押し黙った。


「エリオ、今度は真剣で行く。

 いいな?」

 サリオは有無を言わせない口調でそう言った。


「はい、父上」

 エリオはそう言うと、木刀を拾い直して、構えた。


 えっ?!


 誰もが目を疑った。


 エリオは木刀の時と同じように、自然に構えたからだ。


 普通ならば、恐怖なり緊張感なりを持つ筈だ。


 それがない。


 それまで蔑みの目を向けていた水兵達の表情が、すぐに強ばったような表情に変わっていた。


 エリオが緊張してない分、水兵達が緊張しているような感じだった。


 びゅん!


 サリオは無表情のまま、エリオに真剣を振り下ろした。


 エリオは木刀と同じようにかわした。


 いや、明らかに動きが違っていた。


 びゅん、びゅん!


 サリオは木刀の時と同じように、どんどんとスピードを上げていった。


 エリオはそれでもかわし続けていた。


 びゅん、びゅん!


 サリオの剣は先程木刀でエリオの額を捉えた時のスピードを超えていた。


 だが、剣は空を切るのみだった。


 びゅん、びゅん!


 更にスピードを上げていったが、エリオはかわし続けていた。


(こいつ!!)

 サリオのスイッチが入った。


「閣下!!」

「閣下!!」

 スイッチが入ったサリオに対して、オーイットとマリオットが同時に叫んでいた。


「!!!」

 サリオははっとして、剣を振り下ろすのを止めた。


 それに遅れて、オーイットとマリオットがエリオとサリオの間に割り込んできた。


(俺、今、本気になろうとしていた……)

 サリオはそう思うと、冷や汗が出てきていた。


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