間接キス
歩花を連れ、海の方へ歩き出す。
広い駐車場に差し掛かり、そこには軽自動車の“エフリイ”とか“アトレイ”など車中泊向けの車が停まっていた。
中でも中型から大型のキャンピングカーが異彩を放っていた。いいなぁ、あれだけデカイと車内が広々としていそうだ。秘密基地のようで憧れるな。
でも、俺としては『X-VAN』でも十分だと思っている。――ただし、ひとりなら。ソロ車中泊なら『X-VAN』が最高峰とネットでも評判だ。でも、もしも歩花と車中泊をするなら、断然キャンピングカーが良い。残念ながら購入するお金なんてないけど。
精々観察くらいしかできず、もどかしい気持ちで更に先へ進む。
穏やかな海には防波堤が橋のように伸びている。多くの釣り人で賑わっており、ほのぼのとした光景が広がっていた。
少し進んだ場所にベンチがあったので、そこへ腰を下ろす。歩花も密着するように俺の隣へ。
「俺も釣り具があったら、釣りしたいなぁ」
「うんうん、わたしも興味ある。というか、魚を釣って自分で捌いて食べられるって楽しそう。自給自足が出来るって凄くない!?」
「釣りは、小学生の頃に少しだけ齧ったけど、エサは虫だし、魚の処理は大変だぞ~。血抜きとか内臓を取り出さないといけないし」
「うあー、それ聞くとちょっと怖いかも」
「でも、釣りはアリだね。道具なんて釣具屋か最低限なら百均で簡単に揃う」
「そうなの~? 知らなかった」
「この副港なら、アジとかメバルが釣れるようだし、練習してもいいかもな」
「うん。何事も挑戦だよねっ。あ、ちょっと喉が渇いちゃった。飲み物買ってくるね」
歩花は、楽しそうに立ち上がり近くの自販機へ向かった。コーラを購入し、戻ってきた。俺の分はなしかぁ、自分で買おうかなと席を立とうとすると、歩花に止められた。
「ん、どうした」
「ちょっと待って、お兄ちゃん」
行く手を阻まれ、俺は渋々ベンチで待機する。歩花の方は、缶の飲み口に口を付け、ゴクゴクとコーラを流し込む。美味そうだなぁと見つめていると、歩花は缶を差し出してきた。
「へ……歩花?」
「はい、お兄ちゃん。飲んで」
「えっと……」
この缶、たった数秒前に歩花が口をつけていたやつだ。つまり、これは“間接キス”となるわけだが……。
「回お兄ちゃんも、喉が渇いたでしょ?」
「あ、ああ……でも」
俺はついつい、歩花の口元を見つめてしまった。歩花の唇はツヤツヤの桜色。潤いが抜群で、人差し指で撫でたくなるようなマシュマロ感があった。
傷もなく――おそらく、そこへ重ね合わせた男はまだいないはず。少なくとも彼氏はいないようだし、だからこそファーストキスの経験もないと信じたい。
「わたし、キスした事ないよ」
「え……歩花」
「間接キスもはじめて。お兄ちゃんにあげるね」
嘘偽りのない純粋な笑顔を俺に向ける歩花。そこには一点の穢れもなく、白薔薇のような高貴と可憐があった。
俺は思わず息を飲む。
歩花の初めてを――俺が貰える?
いいのか、兄妹だぞ。
――しかし、義理だ。
血は繋がっていないし、精々親戚という範疇。法律的にも“いとこ”との結婚は何ら問題はない。そうだ、歩花は“いとこ”に相当するのだ。後は気持ちの問題だ。
俺が歩花をどう思うか、だ。
だが、俺は恋愛経験が浅いどころか皆無。悲しいかな、彼女いない歴=年齢なのだ。生粋の童帝なのである。このままでは“名前を言ってはいけないあの人”なってしまうかもな。
――いや、それよりだ。
――そうだ、俺は歩花と出会ったあの時から……ずっと意識して。うわ、思い返すだけで顔が真っ赤になった。……あぁ、クソッ。もう勢いだっ。
缶に口をつけ、俺は勢いでコーラを飲み干した。
「……う、美味かった」
「お兄ちゃんのえっち♡」
「な、なんでだよ。兄妹なんだから……ふ、普通だろ」
恥ずかしくなってきて、咄嗟に誤魔化したけど歩花はニヤニヤと笑う。しかも、俺の耳元で囁いた。
「お兄ちゃんってば顔が赤いよぉ。そんなに歩花の間接キス……良かった?」
「う、うぅ……」
この甘々な声……脳が痺れる。
歩花には敵わないなぁ――。
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