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義妹と旅する車中泊生活  作者: 桜井正宗
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三年前の約束

 喉元には鋭利(えいり)な包丁が付きつけられていた。先端がギリギリ皮膚(ひふ)に当たっていて、血が少量(したた)る。そんな歩花は、虚ろな目で俺を凝視する。



「あ、歩花……やめてくれ」

「電話の相手、椎名さんだよね」

「そうだ。先輩から電話が掛かってきた」


「そうなんだ。お兄ちゃん、もしかして歩花を捨てる気なの……?」

「そんなわけないだろう。歩花は大切な妹だ」



 そうだ、それは今もこれからも変わらない。あの時――、三年前に俺は歩花を守り続けるって心に決めたんだ。



「うん、そうだよね。お兄ちゃんは、わたしをゴミのように捨てた本当のお父さんとお母さんのような人じゃないもんね」


「あ、ああ。でも、その話はもういいだろう。思い出すだけ辛いし、悲しいだけだ。今は一緒に前を向いて歩こう。そう話し合ったじゃないか」



 そうだ、三年前にそう折り合いをつけた。だから、俺と歩花はここまで仲良くなったし、本当の兄妹のような仲になった。


 でも、歩花にとって過去はトラウマ。忘れられない記憶。だから今のように精神が不安定になる時だって度々あった。今もきっと、捨てられると思って昔と重ね合わせているのかも。



「……お兄ちゃん、辛い過去ってそう簡単には消えないものなの。克服(こくふく)できればどんなに楽か。今日までお兄ちゃんが心の()り所だった。辛い記憶も無かった事にできた……でもね、もう辛すぎるんだ」


「つ、辛いって……そんなに思いつめていたのか?」


「お兄ちゃんが誰かに取られると思うと……凄く辛い。胸が張り裂けそうになる。涙がいっぱい零れて、不安を掻き立てられる。わたし、わたし……こんなにお兄ちゃんが大好きなのに……」


 大粒の涙を流し、嗚咽(おえつ)する歩花。そんな顔をして欲しくない。



「大丈夫だ、俺は決して歩花を見捨てない」

「――ッ。お兄ちゃん、わたしは…………ごめんね。心の底から愛しているからこそ、歩花はお兄ちゃんを殺したい。殺したら、後で追うからね。最期は抱き合って死のう」


「なッ!!」



 ――ザクッ、ザクッ、ザクッ。


 肉を切り裂くような音が耳を突く。



 …………あ、れ。



 俺、刺された、のか。



 刹那的すぎて、これが夢なのか現実なのか認識できない。意識が朦朧(もうろう)とし、目の前が真っ暗になっていく。――あぁ、真っ黒な血が浴槽を染めていく。


 ……馬鹿だな、俺。


 歩花の気持ちを何一つ分かってやれなかった。分かっている気でいたんだ。そんな俺が情けないし……酷く後悔している。チャンスがあるなら……もう一度、やり直したい。



『――――』



 キーンと耳鳴りがする。

 酷い眩暈(めまい)に襲われ、身体(からだ)は何かに浮いているようだった。……あれ、俺は……なんだ。身動きができない。


 いきなり、視界がブラックアウトして――どうした。



 思い出せない。



「…………っ!」



 ズキンと激しい頭痛に襲われる。

 俺は確か……風呂に入っていて、それで歩花に襲われて――ハッ。



『お兄ちゃん、大丈夫!? お風呂場から、なんか凄い音が聞こえたよ!?』



 扉を開け、入ってくる歩花。

 うわ、やべぇ……なんか凄い既視感がある!! しかも、なんか包丁っぽいのも手に握っているし――やべえ!!



「あ、歩花!! ご、誤解だ!! 頼むから刺さないでくれー…って、あれ!?」

「……? お兄ちゃん、なんで慌ててるの?」


 ぽかーんと歩花は立ち尽くしていた。その手には“おたま”が握られていた。……包丁じゃない。どうして……?


「なあ、歩花。これは夢か?」

「?? 何言ってるのお兄ちゃん。ああ、もしかしてお風呂で逆上(のぼ)せちゃったんじゃない? それで気絶したとか」


「うっ……そう言われると、頭が痛い」


 気づかない内に意識を失っていたらしい。そうか、それであんな『悪夢』を……! 念のため、頬を引っ張ったら痛かった(・・・・)

 そういえば、あの包丁で刺された時に痛みはなかった。血も黒かったし……つまり、フロイト先生も驚きの夢だ。


 良かったぁぁ……。

 安心したら脱力した。



「お、お兄ちゃん!?」

「……いやぁ、酷い夢を見たんだ」



 俺は、さっき見た悪夢を歩花に語った。あまりにリアルすぎる夢に、歩花は目尻に涙を溜め、ドン引きしていた。十八禁のスプラッター映画のようなショッキング内容だからな、そりゃ当然の反応だ。



「なんでお兄ちゃんを殺さなきゃいけないのー! そりゃあ、それっぽく言った事はあるけど、冗談だよ!?」



 多分、その冗談の記憶が色濃く脳内に残留していたんだろうな。おかげで夢に出てきてしまった。半分、歩花のせいもあるぞ……。いや、全部かも。でもいい、あれが夢で良かった。


 俺は、裸のまま風呂から出て歩花を抱きしめた。



「歩花、ごめんな」

「……ふぇッ! お、お、お、お兄ちゃん……! ちょ、は、裸……うぅ。で、でも怖がらせちゃってごめんね。歩花が悪かった」


「俺の方こそ物騒な話をして済まなかった」

「うん、いいの。歩花、こんなにお兄ちゃんに思って貰えていたんだね。すっごく嬉しい」


「三年前の約束、絶対に破らないから安心してくれ」

「……うん。知ってる」



 しばらく抱きしめ合った。

 お互いの心を温め合うかのように。

 しかし、俺は裸。

 寒すぎてクシャミをしてしまった。


「……へっくち!」

「風邪を引いちゃうよ、お兄ちゃん。ちゃんと湯船に()かって」

「お、おう。そうだな」

「じゃあ、歩花も入るね」


 ぬぎぬぎとその場で服を脱ぐ歩花。ま、まさか裸で? と、思ったけれど予め水着を着ていたらしく、ちょっとえっちな花柄ビキニだった。


「びっくりした。歩花、その水着……」

「うん、新しのを買っておいたんだ。どぉ~? 可愛いでしょ」

「ああ、可愛い。途轍(とてつ)もなく可愛い」

「うぅ、そう言われると恥ずかしいなぁ……」


 大きな胸を揺らし、もじもじと照れる歩花は超絶可愛かった。うんうん、やっぱりこれだな。一時はどうなるかと思ったけど、日常に戻れてホッとした。


 悪夢め、もう二度と現れるなよ。


 ようやく平穏な空気が流れ、俺は歩花を椅子に座らせた。


「背中、流すよ」

「うん、ところで……お兄ちゃん、さっきの電話なんだったの?」


「――へ」



 電話? ま、まさか……椎名先輩の。あれは現実だったんだ! 焦っていると、歩花がこちらを振り向く。……うわ、虚ろな目を!



「なんか、一目惚れとか告白とか……」



 幸い凶器はないけど、これはマズイ。

 もう同じ失敗は繰り返さないぞ。


 だから俺は……背後から歩花をぎゅっと抱きしめ、耳元で(ささや)いた。



「俺は、歩花を捨てないよ」

「……うん。そうだったね、約束だもんね」



 段々落ち着きを取り戻す。

 瞳に光が戻り、いつもの明るい歩花に戻った。……ふぅ、危機は(だっ)した。これでもう悪夢は完全に去った。


 そうして、ようやく和気藹々(わきあいあい)とした時間が流れ始めた――。

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