義妹の諦めない心
『――ガシャン』
原付バイクが横倒しになり、歩花もその場に転倒した。
その瞬間、俺は青ざめ……全身が凍り付いた。
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【3時間前】
「お兄ちゃん、わたし……原付バイクに乗ってみたい!」
歩花は、そう唐突に切り出した。
八月の旅が終わって、秋が終わろうとしていた十月半ばの肌寒い時期。
確かにバイクシーズンには丁度いいタイミングだ。
だけど、高校生である歩花にはまだ早いし、免許も取れないはずだ。――いや、ちゃんと申請すれば取らしてはくれるだろうけど。
紺が所持しているからな。
「危険だ。てか、なんで?」
「だって、紺ちゃんが羨ましいんだもん」
やっぱり、親友の紺の影響か。
少し前に『特定小型原動機付自転車』を買ったが、そちらでは満足できないらしい。という俺も、危険があると感じて使用を断念していた。あれは走る危険物だ。
「むー。しかし、いきなり乗りたいと言われても――」
リビングで困り果てていると、俺のスマホが鳴った。
画面には【紺】の文字。
このタイミングで電話とはな。
『――回お兄さ~ん、お暇ですか~?』
「ちょうどいい、紺。歩花が原付バイクに乗りたいってさ。なにか方法がないかな」
『へえ? そうなんですか? では、近所にあたしの所有するサーキットコースがあるので、そこでどうです?』
サーキットを所有している――!?
さ、さすが金持ちのお嬢様は桁違いだなぁ、オイ。
なるほど、確か完全な私有地だとかサーキットでの運転なら『合法』だったな。
「いいんだな」
『ええ、いいですよ。住所を送るので、そこへ来てください』
「了解。じゃ、後で」
俺は電話を切った。
歩花は隣で聞いていたようで、嬉しそうに俺に抱きついてきた。シャンプーの香りがイイ匂いだ。
「わーい、お兄ちゃん。ありがとぉ」
「運よく紺から電話が掛かってきたからな」
「お礼にちゅーしてあげる」
「まだ早いって」
そう言いながらも俺は嬉しかった。
◆
――到着。
ジャージ姿の歩花と共にコースを眺める。
指定のサーキットは、小規模なものの十分な広さがあった。てか、この相模原市にサーキットが存在していたとは。
「いらっしゃい、お兄さん。歩花ちゃん!」
可愛らしい私服姿の紺が俺たちを歓迎してくれた。
少し後方には専属執事のアルフレッドさん。ばっちり執事服で、髪型もオールバックが決まっている。相変わらずカッチョイイというか、イケおじすぎる。
「バイクの方、準備が整いました」
アルフレッドさんが声を掛けてくる。
コースには標準的なスクーターバイクがあった。……おぉ、あれはYAMANAのショグか。めっちゃスタンダードなヤツ!
「こ、これが……」
「歩花ちゃん、ビビってるね~!」
バイクを目の前にして、なぜか震えあがる歩花。その隣で紺が面白おかしそうに煽る。
「大丈夫か、歩花。やっぱり、やめておく?」
「ううん、ここまで来たんだもん。諦めないよ」
乗る気はあるらしい。
しかし、そのままではケガをする恐れがある。
というか、そんな未来が俺には見えていた。
まだ乗ったこともないだろうからな……アクセル全開にして、どこかに衝突なんてありえる話だ。
「これを使って、歩花ちゃん」
紺はプロテクターを取り出した。
なるほど、バイク用のプロテクターか。しかも、フル装備じゃないか!
肩、腕、胸、膝とそれぞれあった。
あとヘルメットもフルフェイスだ。
安全第一で助かるぜ。
「こ、こんなにー!?」
「当然だよ。はじめてだから」
「そ、そうだね……うん、つけてみるね」
歩花は、紺の助けを借りながらもプロテクターをつけていく。どんどんゴツくなっていく。……大丈夫かな、これ。
「完成っと」
「お、おも……い」
「ちょっとキツいかもね。でも安全の為だから! さあ、バイクに跨って」
「う、うん」
それから、バイクの説明がはじまった。
キーを回し、あとはブレーキを握りながら――エンジンスタートのボタンを押す。その瞬間にはエンジンが始動。
「あとは右ハンドルのアクセルを開けて――」
「こう、かな」
その時、バイクが急加速して『ギュルルルル、ギュゥゥゥン』とマッハで走り出した。
――ってうおおおおおおおおおおおい!!
「歩花あああああああああああああああああ!!」
◆
幸い、歩花は無事だった。
衝突した先には大きなマットの壁があって、助かったんだ。
アルフレッドさんが設置しておいてくれたらしい。運がよかったな。
「…………うぅ」
「ケガがなくてよかったよ」
「怖かったー…」
「どうする? やめるか?」
「ううん、まだ続けるよ。だって、原付の免許欲しいもん」
「なぜ、そんなこだわるんだ?」
「お兄ちゃんも取ってたから……。歩花も取りたいなって」
そ、そうだったのか。
確かに、俺は原付免許から取って普通免許も取得した過去がある。なるほど、歩花も俺と同じように道を歩んでいきたいわけだ。
そりゃ、めちゃくちゃ嬉しいね。
ならば、取ってもらうためにも俺も歩花を支えなきゃ。
「よーし、乗れるように徹底的に指導するぞ。紺と共にな」
「ええ、回お兄さん。歩花ちゃんを進化させましょう!」
腕をまくる紺。
今度はちゃんとまっすぐ走れるように、徹底的に知識を叩き込むつもりのようだ。
「え、二人とも……なんか顔が怖いよ?」
「安全に乗れるようにするためだ」
「歩花ちゃん、覚悟はいいかな~!?」
「え、え……ええええええッ!?」
一時間後には、歩花はサーキット内をまともに走れるようになっていた。
意外と才能があったようだな。
いつかツーリングするのもいいかもしれないな。
それこそ『北海道』で――。




