銀髪の少女
初めてのキスの味は正直覚えていない。突然の出来事に記憶が飛んで曖昧だったからだ。ほんの僅だが、唇にしっとりとした感触が残る。
俺のファーストキスの相手が歩花になろうとは――。
「ご、ごめんね。嬉しくてつい……嫌、だったよね」
後悔しているのか、瞼を閉じ口を噤む歩花。
「そんな事はない。嬉しかったよ」
「ほ、ほんと? 歩花、初めてだったの……上手に出来たかな」
「そ、そうだな。……いや、悪い。緊張しすぎてよく思い出せない」
「じゃ、じゃあ、もう一度する?」
顔を真っ赤にし、目をグルグルさせながら歩花は提案した。いやいや、そんな今にも卒倒しそうな顔で言われてもな。それに、俺はもう死にそうなくらい参っていた。このままでは顔が爆発しそうだよ。いったん、外の空気を吸いたい。
「気持ちは嬉しいよ、歩花。でも、高額当選の余韻も凄くて……もうどんな感情を表せばいいか分からなくなっている。一度、冷静になりたい」
「そうだね。わたしも顔が熱くてどうかなりそう……」
一度解散とし、各々の時間を過ごそうと思った矢先だった――来客を知らせるチャイムが鳴り響く。こんな時に誰か来たらしい。通販で何か頼んだ覚えはないし……誰だ?
「俺が出てくるよ、歩花は――」
「うーん……なんだか嫌な予感がする」
「なんで分かるんだ?」
「女の勘。なんかね、お兄ちゃんを取られそうな気配がする」
そんな馬鹿なと思いたい。
そもそも、俺の女性の縁なんて歩花くらいだ。強いて言えば母親くらい。それほど俺の女性関係なんて壊滅的だった。
大学では、男の知り合いが指で数える程。となると、歩花の友達かな。
「居留守も悪いし、玄関へ向かうよ」
「う、うん」
玄関へ向かい、扉を開ける。
そこには歩花と同い年ほどと思われる女の子が立っていた。体は細く、大胆に肩を出しているキャミソール。薄着すぎて胸の強調が凄まじい。
それと綺麗な足を魅せるデニム。
なんて組み合わせだ。
肌の露出度高すぎ。
腰まで伸びる長い銀髪も……ん? 銀髪!? これは驚いた。コスプレとかで使うウィッグだよな、多分。
そんな一風変わった少女は深緑の瞳をこちらに向けていた。
「えっと……君は?」
訊ねると、横から歩花が飛び出てきて声を上げた。
「えっ! 孤塚ちゃん……?」
どうやら、この反応からして歩花の同級生のようだな。見守っていると、孤塚という少女は指で器用に狐を作り、コンコンと威嚇(?)してきた。
「こんにちは、歩花ちゃん。それと、あたしの事は『紺』と呼ぶ約束だよ」
「あー、うん。ごめんね、紺ちゃん」
「ところで、この大学生っぽいお兄さんは?」
「わたしのお兄ちゃんで、回っていうの」
「噂のお兄さんですか! へぇ、爽やかで良い人そう。よ、よろしくお願いします」
ぺこっと丁寧に頭を下げる孤塚。
俺も自己紹介した。
「俺は『春夏冬 回』。いつも妹の歩花がお世話になっています」
「こちらこそ、歩花ちゃんには仲良くさせて頂いております。……って、本当にお兄さんいたんだ! 歩花ちゃんにも言いましたけど苗字とか変わってますよね」
信じていなかったのか。
ちなみに、苗字はよく弄られる。なんで“秋”がないんだって。でも、秋がないから“あきなし”と言うらしい。辞書でもそう書いてあった。
「ていうか、紺ちゃんって国内旅行中じゃなかったの?」
歩花が首を捻っていた。
この前、言っていたな。旅行中の友達がいるって。まさか、この子だったとはな。でも、今この家の玄関にいる。どういうこと?
「旅行はこれからだよ。それまではバイクの免許を取りにいっていた。ほら、あたしってもう十八歳じゃん。――で、AT小型限定普通二輪免許取得でも~って思ってさ」
「自動車学校に通ったの?」
「ううん、一発免許。この通り、昨日合格して『免許』を取得したの」
孤塚は、取り立て新品の免許を掲示した。……うわ、本物だ。しかも、一発。しかも、原付から持っているじゃん。てか、小型特殊自動車も! この子、何気に『フルビット免許』狙いか。
フルビット免許。
小型から大型までを一つずつ取得して、区分欄を全て埋める免許の事だ。全ての試験を合格しないと入手できない神器。時間と金が無駄に掛かるし、完全な自己満足なのでおススメ出来ない取得方法だ。
この孤塚にその気があるのか分からないけど、どちらにせよ若いのに凄いな。
「どうしたの、それ……」
「旅行に使いたくてさ。自慢じゃないけどパパがお金持ちで、自由主義なの。で、免許取りたいって強請ったら、取らせてくれた」
「い、いいなー! でも、学校で禁止されてないっけ?」
「歩花ちゃん。あたしたち、もう高校三年生だよ? 早ければもう普通免許を取る人もいるし、問題ないよ~」
「ああ、そか。けど、免許取り上げられちゃうよね」
「はい、学校の許可証。実は、校長先生から直々にオーケー貰っているんだ」
「えぇッ!?」
「まあ、あたしの家って秋桜高校にいっぱい支援しているからね」
「そ、そうなんだ」
驚いた。歩花の通う『秋桜高校』は、そんな規則が緩いのか。それとも、金持ちの特権ってヤツかね。
「それでね、今、バイクで来たんだ。見る? 家の前に止めているから、直ぐに見れるよ~」
「紺ちゃん、もうバイク買ったの……早くない? いいなぁ、うん、見るっ」
「普通だよ。歩花ちゃんも後ろに乗せてあげるね! どっか行こう」
「だ、だめだよ、ねえ、お兄ちゃん」
その通りである。二人乗りは、免許を取得してから一年後に可能となるのだ。ルールはちゃんと守ろうな。
俺は説得して二人乗りはしないよう釘を刺しておいた。責任ある大人として。
「分かりました。お兄さんの言いつけは絶対に守ります! では、歩花ちゃんを借りますね」
「ああ。気を付けて、孤塚ちゃん」
歩花を預け、俺は家の中へ戻る。孤塚ちゃんかぁ、素直な良い子だな。――にしても、あの銀髪は染めてたっぽいな。一夏の思い出にかな。




