第4章~秋冬編・後編~
第4章~秋冬編・後編~
2010年 12月
ロードワークの朝は、空がまだ暗く空中に白い息が目立つほどに寒い。俺は秋の陣での体の痛みが未だに残っているせいか、寒さが身に染みる。宮藤さんには特別に、あまり身体に負荷のかかりにくい練習メニューを作ってもらっている。とは言っても、約2ヶ月後には冬の陣がある。少しでも状態を回復するためにも、お昼を食べてから新井公園に散歩と言いつつも個人練習をしているのだが。チームに見つかって、散歩していたとごまかせるのも時間の問題か。
嘉藤 ごちそうさまでした!
ふー。お昼ご飯を済ませ、午後の練習までの間、また公園へ練習に出かける。外は冷たい風が鼻にきてツンと痛む。ジム周辺の木々は葉がほとんど落ち、さっぱりとした風景が、より寒さを際立たせていた。
嘉藤 お、きょうは誰もいないや。久々に貸しきりか!?、、いや一人だけいた。
俺は公園のベンチに座りながらゆっくりストレッチをしながら、自主トレを何にしようか考えていた。
タッタッタッ
清子朗 あのー。もしかして、四季トーナメント戦に出ていた、嘉藤選手、ですか?
嘉藤 !?え!?
いきなり声をかけられて驚いたが、その子がキツネのお面で俺を見ていたことの方が気になった。声が明るい。男の子?か。
嘉藤 あ、はい。
清子朗 当たり!やっぱりこの公園で合ってたんだ、へー!
嘉藤 何で知ってるの?
清子朗 僕もボクシングに興味があって。有名ですよ、嘉藤さん!強いと聞いていますよ!
嘉藤 えっと、、何でお面を?
(清子朗が嘉藤にグローブを渡す)
ポンッ!
清子朗 ふふ!嘉藤さん!僕とストリートボクシング、お相手して下さい!
嘉藤 あっ。ん?、グローブ!、いや、ちょっといつもより薄いグローブだな。、、ストリートボクシング!?て、いきなり!?
清子朗 知らないんですか?、、まあ、ルールは簡単です。このグローブをつけて、ヘッドギアはなし、どちらが先に相手のほっぺたにグローブをタッチできるかの勝負です!強打なしの一般的なボクシングのルールと同じです。簡単でしょ?
嘉藤 ここで!?ストリートボクシングって、、。
春日さんと初めて会ったお茶会のとき、
・・・
嘉藤 美味しいお茶と和菓子なんて、しっかりと味わったのなんて初めてで、なんか、ありがとうございます!
春日 うん。喜んでもらえてよかった!君みたいな若い子に、歴史ある日本の文化に触れてもらえると嬉しいんだ!、、まぁ、若い子と言えど、巷ではストリートボクシングなどと抜かして、公園で騒ぎを起こしているものもいるらしい。、、、いけすかないなぁ。
・・・
あのときの話、この子のことだったのか。どうする、まだ、この子の名前と顔もわからない状態では、この先も同じことが繰り返されるだろう。ここは受けて、話はそれからだ。
嘉藤 わかった。やりましょう。ただ、俺が勝ったら、君の名前とその顔を見せてくれ。
清子朗 いいですよ!じゃあ、準備をどうぞ。
公園でボクシング。しかも素性の知れない子と。誰か来ないうちに早く終わらせよう。よし。グローブをつけ、靴紐を固く縛った。
清子朗 はい、いきますよー!時間はこのタイマーで3分測りますね!
ピッ!タイマーが3分を表示し、開始の音が鳴る。
清子朗 ふふ!
シュシュシュ!シュシュシュ!シュシュ!
ちょっ!ん!?速い!シュシュシュ!グローブが、薄いからか、パンチスピードが今までの比じゃない速度で顔面に飛んでくる!シュシュシュ!この子、小柄な割に、伸びのあるパンチだな。シュシュシュ!お面を付けたまま、くそ!、避けてるだけじゃだめだ。シュシュシュ!
清子朗 へー。動体視力良いんですね。さすがは季節の王者を倒してるだけはあるなー。ふふ!、、おっと!?
俺も負けじとジャブを繰り出す。たしかにグローブが軽い分、打撃はしやすいが、頬だけをタッチするとなると、コントロールと力加減に気を付けないと本気で殴ってしまう。、、距離感と間合いだけを掴んでいても、このボクシングルールでは勝てない。シュシュシュ!、、相手の動きを読むことにも集中力を使う分、打撃がおろそかになる。、、くそっ!、、シュシュシュ!、厄介だな。
清子朗 そろそろイライラし始めてる頃かなー、ふふ!コツを掴まれる前に行かせて頂きます!
俺の右頬を狙ってきたが、ギリギリで避けた!、、俺の方が腕は長いはず。左ジャブであのお面の右頬!、避けた。次だ!瞬時に俺は右フックでお面の右頬ギリギリに当たるよう振り切った!!、、!?、、グニンッ、気づくと俺の右頬にあのお面の子の左グローブが触れていた。、!?
(清子朗のお面がくるッと外れ、後頭部にお面がずれる)
嘉藤 (少年!?)
清子朗 へへ!あっぶねー!、、僕の勝ちー。ん?あれ?お面が、どこいった?
カウンターだった。俺はタッチと言うより、お面を外す勢いで右フックを出したつもりだった。小柄のあの子の方が、速さもコントロールも力加減も上手だった。何だこの感じは、圧倒的に何かが足りないことを見せつけられた。
清子朗 あったあった!ほいっと!、、嘉藤さん!遊んでくれてありがとうございます!、、また遊んでくださいね。では!
タッタッタッタッ
何歳位だろうか、幼さを残す若い顔立ちだった。名前は聞けなかったが、顔は覚えた、、今度、春日さんに聞いてみよう。
田所 あれ?嘉藤くん?散歩かい?
嘉藤 あっ!田所さん。あれ、何で?
田所 うん。今日は龍之介さんに取材に来ててね。さっき終わって、遅めのお昼ごはん買いに行こうと思ってね!
嘉藤 そうだったんですね。お疲れ様です!
田所 そうだ。ちょっとお話聞いてもいいかな?
嘉藤 あぁ。、、どうぞ。
ベンチにふたりで座る。
田所 秋土選手との戦った後のケガはどう?もう大分回復している?
嘉藤 いや、まだ痛みが残ってて。練習メニューも宮藤さんに工夫してもらっている状態で。
田所 遠隔打撃の威力は凄まじいらしいね。
嘉藤 はい。、、でも、あの試合の後、秋土さん、表情があまり良くなかったように見えて。大丈夫だったかなって、、なんか、別のことを考えているようにみえて。、、そう言えば、田所さんって色んな選手に取材されるんですよね。聞いてはいけないようなことも聞いてしまったりするんですか?
田所 、、まぁ。記事にするのが僕の仕事だからね。難しい質問をして嫌な顔をされることもたまーにだけど、あるよ。、、、トップクラスの選手なんかは特に気を使うからね。、、、、あ、そうだ、一個、ボクシングとは違うんだけど、聞きたい事があって。
嘉藤 はい。、、何か?
田所 今から8年前にね、東京で電車の脱線事故があったんだけど、嘉藤くんて、この件について何か知ってる?
嘉藤 8年前、かぁ、、。俺が12才のとき、、。電車の脱線事故、、、そのとき、、!!?
(嘉藤の昔の記憶が甦る)
嘉藤 えっと、、。定かではないですけど、、、俺、そのとき、電車の一番後ろから線路を眺めるのが好きで。、、乗ってたとき、いきなり体が横にふらついて、、たしか頭をどっかにぶつけて倒れたんです。、、、そしたら、たしか大丈夫?歩ける?って声をかけられて、、、なんとか外に出て歩いていったのを覚えています。ただ、断片的にしか覚えていないので、その事故かどうかはわからないですけど。
田所 、、そうか。そんなことが、、、。いや、実はね。8年前の電車事故は、当時17才だった少年が線路に鉄パイプを投げ入れて脱線させた事故だったんだ。
嘉藤 え、鉄パイプを?
田所 そのあと、すぐに警察にその少年は捕まったんだけど。まだ未成年だったと言う理由だけで、1ヶ月もしないうちに自宅に帰されたらしいんだ。そして、その少年は当時お世話になった警察の方の勧めで、始めたボクシングが性に合っていたみたいでね。、、、それが、現在の四季の王者、富士見選手と噂されているんだ。
嘉藤 富士見選手が!?
田所 うん。あくまで噂だけどね、、、。(グゥーーー)、
嘉藤 あっ。
田所 いやーー!おじさんお腹が空いてたんだった!変な思いをさせてしまったね!次の取材があるから、ではまた!
タッタッタッタッ
嘉藤 富士見選手、、富士見さん、、。
俺は少しだけ、あの事故のあとのことについて思い出していた。止まった電車から外に出て、家に帰ったとき。母ちゃんはすぐに今までどこにいたのと聞いてきた。、、その夜、俺は初めて両親の涙を目にした。
嘉藤 あ、やばい!こんな時間。午後の練習が始まる!
急いで走り、村松ジムへ向かった。不思議と体は熱く、冬の冷たい風が調度よかった。
12月17日
きょうも練習が終わり、もうそろそろ寝る準備をするかと思ったそのとき。急に部屋のドアが開いた。
バンッ!!
岡本 薫ー!!聞いてくれよ!応募していたナイト娘の年末ライブが当たったんだよー!!!すごくない!?高まるーー!!!
嘉藤 びっくりしたな、ノックぐらいしろよ!!あと声がでかい!喜美枝さんに怒られるぞ。、良かったじゃん。
岡本 良かったじゃん。じゃないよ!薫も手伝うんだよ!!もうライブまで2週間しかない!急いでコスチュームを完成させないと、もえちゃんに僕の熱い想いを届けられない!!!
嘉藤 え?俺も手伝うの?
岡本 そうだよ!あしたから練習終わり、僕の部屋に集合だから!いいね!!
バタンッ!
嘉藤 岡本のやつ、何も言わせないで、、。
次の日から俺は、岡本の手伝いをするはめになった。岡本のナイト娘に対する情熱が止まらなすぎて、終始岡本が熱弁する話を聞き流していた。どうやらナイト娘とは、夜の騎士をテーマにしたアイドルらしく、ライブで応援するファンたちは、各々考えてきた悪役コスチュームで参上する決まりなのだそうだ。そして、ライブパフォーマンスの一部として、ナイト娘が悪役たちに攻撃を仕掛けてくる所で、ファンは見事にやられ役を演じると言う感動が待っているらしい。岡本は今回、悪役に選んだのがドラキュラ。俺は黒いマントの内側の赤い生地の上に、もえちゃんlove、と装飾する任務を任命された。このまま作業を進めながら岡本の熱弁を聞いていると、俺もナイト娘ファンになりかねないと思い、早急に作業を終わらせることにした。他のことをゆっくり考える時間もないほどに、あっと言うまに12月が過ぎ去りそうだった。
岡本 薫、ありがとう!心から感謝するよ!
嘉藤 終わってよかった。うん。
12月24日、奇しくもクリスマスイブの夜に岡本のコスチュームづくりが完成した。
12月31日
ついにこの時がきた。実家の玄関の鏡の前で仕上がりの最終チェックをする。漆黒の髪の毛、白い顔、くぼんだ目の回りは青黒く、紫色の唇、黒い襟高のマントに身を包み、蝶ネクタイの向きを整える。黒い爪がキラリと反射する。にこりと笑えば長い八重歯が姿を現し、マントを開けばもえちゃんloveの文字が。
岡本 へへ!もえちゃん!僕のこの!汗と涙の結晶を、美しいその剣で、召してください!
重たいリュックを背負い、ドラキュラ岡本は玄関のドアノブを開け、マントを翻し陽の光の中に飛んでいった。
2011年 2月
空からは寒さに拍車をかける、雪が降り始めていた。東京の雪はべちゃべちゃとコンクリートの地面を汚した。朝になれば、その雪が氷のように固くなり、転倒や、車のスリップの原因となる。天気予報によれば今季最大の大寒波が到来するらしい。そんな寒さを溶かすほど、ジムでの俺の練習は冬の陣を目前に熱が入っていた。
金城 薫!お疲れ!大分仕上がってるな!
嘉藤 金城くん。うん。体はバキバキだけど。
金城 ハハ!、冬の王者の冬月さん、噂によると白く髪を染めているらしいが、戦った選手たちは口を揃えて、途中で黒髪に変わったと言っているらしい。
嘉藤 え?なんで?
高山 あと、冬月さんには女性ファンが多くて、親衛隊がいつも応援しているらしい。
嘉藤 す、すごいね。、、なんか、圧がありそう、、。
岡本 あとね。ナイト娘の新曲が2月に発売されるのが決まったらしいよ。
嘉藤 へー。って!岡本のは試合に関係ないだろ!!
岡本 まあ、そんな怒るなってー、リラックスリラックス!
宮藤 練習再開するぞー!!!
チーム全員 はい!!!
2月10日
☆☆☆
中田アナ さあ!始まりました!四季トーナメント戦、冬の陣~!!!冬将軍!という事で、凍りつきそうな寒さの中、ここ葡萄館では超満員の熱気を放っております!本日も放送席はテレビジャパンアナウンサーの中田彦之と元プロボクシング世界スーパーライト級王者の大屋海斗さんの解説でお届け致します!大屋さん、どうぞよろしくお願いします!
大屋 よろしくお願いします!
中田アナ 冬の陣!今日は、期待の嘉藤選手と冬の王者冬月選手との一戦ですが、いかがですか大屋さん?
大屋 そうですね。嘉藤選手はこれまでの戦いでメキメキと成長していますから、期待もあります。冬月選手は北海道出身とあって、寒さの中でのコンディション調整が抜群にうまい選手ですからね。この両者がどうぶつかっていくのか、僕も非常に楽しみですねー!
中田アナ 新人の嘉藤選手は分厚い氷の壁を打ち破ることができるのか!?まもなく両者リングインです!!!
☆☆☆
宮藤 嘉藤、そろそろ入場だ!体は暖めてあるか?冷やさないように1枚多く羽織ってていいぞ!
嘉藤 はい!わかりました!
大会スタッフ 嘉藤薫選手!まもなく入場ですので入口までご移動お願いします!
嘉藤 はい!
選手入口までの廊下は少し肌寒く感じた。会場に近づくにつれ、場内からの人声が徐々に大きくなっていった。音楽が聞こえる、、、?、この音楽、、。岡本が車の中でよく歌ってるナイト娘?、、なんでだ?、俺は大会スタッフにここで待つよう指示され、入場口で宮藤さんと待機した。
宍戸 只今より、四季トーナメント戦、冬の陣、如月を開催致します!赤コーナー、168㎝60㎏。村松ジム所属、嘉藤薫選手の入場です!!
☆☆☆
中田アナ さあ!赤コーナーから、村松ジムの風雲児!嘉藤薫選手の入場だー!!!入場曲は、もうお馴染みのナイト娘のボクシングナイトー!、冬将軍にグローブの剣を突き刺すことができるのか!?
☆☆☆
やっぱりだ。完全にナイト娘が流れてる。今までは緊張が勝りすぎて入場曲を気にする余裕なんてなかったが、岡本のやつ、やりやがったな。ふぅーー!試合だ。試合に集中しろ!平常心で階段前に立った。
宮藤 呼吸だぞ!行くぞ!
バンッ!
宮藤コーチに気合いを注入してもらい、気持ちを切り替えてリングにかけ上がった。
宍戸 続きまして、青コーナー、170㎝62㎏。神尾ジム所属、冬月 誠吾選手の入場です!!
☆☆☆
中田アナ 今、また少し場内の照明が暗くなりました。あぁ!なんと!青コーナー入口の上空に美しい満月が登場しました!、そして、これは、、!雪、ですね!粉雪が降りだしてきました!入場曲のない無音の演出!正に冬の美しい風景を作り出しています!!!そして!今、入口から冬月誠吾選手が入場だー!!!
☆☆☆
冬月親衛隊 誠吾さーーん!!!美しいー!!!(親衛隊は、色めいてとろけている)
☆☆☆
中田アナ 白く染められた髪をなびかせ、精悍な表情は、どこか微笑んでいる様にも見えます!氷の結晶の刺繍が施された黒色のボクサーパンツを履いて、今!冬の王者が粉雪を溶かしながらリングに向かって歩みを進めています!!!
☆☆☆
審判が選手とセコンドを中央に呼ぶ。
しんと静まる場内。冬月さんは、どことなく冷たい目をしていて、白い雪を見つめるような瞳に見えた。呼吸を整えて、コーナーに戻る。
宍戸 ジャッジ!ジャッジ!ジャッジ!
カーン!!!第1ラウンドの鐘が鳴った。
☆☆☆
中田アナ さぁ、第1ラウンドが始まりました!冬の陣の独特の静けさの中、熱い視線が両者に集まっております!大屋さん!両者の戦い方も含めてどうでしょうか?
大屋 そうですね。館内の空調は効いているんですけどね、ちょっと寒さを感じてしまう、冬の陣ならではの空気感ですね。嘉藤選手は尻上がりの選手なので、序盤はゆっくりと攻めていく形で良いと思いますよ。ただ、気を付けなければいけないのは、冬月くんのフックですね!かなり拳が固いので、当たったら冬月くんのペースになってしまいますから。嘉藤くんはしっかりガードをすることが重要ですね。冬月くんとしては、フックが決まれば良い流れを掴めるので、早く距離感を掴みたいと思ってると思いますね。
☆☆☆
宮藤さんが警戒しろと言ってたのは、フックと固い拳。間合いを詰められないように、ここはしっかりと距離感を掴んでおかなくては。足を動かして、ジャブとストレートで間合いを作る!
☆☆☆
中田アナ 嘉藤の足を使ったステップ!体を暖めるように動かしています!嘉藤のジャブ!ストレート!間合いを取りながら細かく打ち込んでいます!冬月選手はゆっくりと嘉藤選手に近づきながら、ジャブで距離感を確かめています。
大屋 嘉藤選手、良いと思いますよ。体を冷まさないことも大事になってきますから。
中田アナ 両者、牽制し合いながら距離感を縮めています!
☆☆☆
冬だからなのか、冬月さんのグローブが当たると冷たく感じる。、うん。集中!焦らず。落ち着いていこう。
村松 足元が寒いねー冬は。冬月くんのフックは大回りだからね。嘉藤くん、よく見るんだよ。
☆☆☆
中田アナ おー!っといきなり冬月選手の右フックー!でも当たりません!嘉藤選手うまく避けました!いきなりの右フック!、回り込むように振り切ってましたねー!
大屋 今のですね。あの三日月フックに気を付けないと危ないですよ!
☆☆☆
カーン!!!第1ラウンドが終わった。
宮藤 よし!体は暖まってきたな!今の感じでフックに気を付けながら、ボディを決めていくぞ!
嘉藤 はい!
宍戸 セコンドダウン!
カーン!!!第2ラウンドの鐘が鳴る。
あのフックに気をつけないと、一瞬で冬月さんの右腕が消えて、急に視界にグローブが現れる。寸でで避けれたからよかったが、集中していないと危ない。視野を広く。呼吸を整えろ!
☆☆☆
中田アナ 第2ラウンドー!ここからは、両者有効打を決めたい所!、大屋さん。このラウンドは冬月選手、先程のフックを中心とした攻め方が来ますかね?
大屋 そうですね。もう少しで距離感が掴めると思うので、その段階で決めにいくかもしれませんね。
中田アナ 嘉藤選手ガード!!冬月選手の細かいジャブがグローブに当たるー!!そしてボディ!痛そうな音だ!!
大屋 嘉藤選手、フックを気を付けたいですね!
中田アナ 冬月選手の左拳がボディを狙う!嘉藤選手もジャブストレートで距離を空けるー!来た!冬月選手の右フックー!ガードに当たる!!
大屋 今の流れですね。ボディで動きを止めてから、得意の右フック。あれはガードしててもかなり効きますから、嘉藤選手は膝をうまく使って避けたいですね。
中田アナ もう既に嘉藤選手の腹部は、赤くなってきています!これは冬月選手の氷の拳に苦しむ展開だー!!
☆☆☆
痛っい!冬月さんのフック、ガード越しでも頭に響いてくる。ボディも苦しい。石で殴られた様な固いパンチだ。くそ!隙を付いて地道にボディを狙うしかない。
田所 うあー。痛そうな音してるなー。、、、あっちの親衛隊のお嬢様たちも気になるけど。龍さん!どう思います?
村松 いつから居たんだよお前さんは?年寄りを驚かさんでくれよ。いつも試合に茶々入れるんだから。あっちの若い御嬢さん方の所で取材してらっしゃいよー。
田所 龍さん、ひどいですよー。僕は遊びに来た訳じゃないんですよー!
村松 じゃあ静かに座って見ておきなさい。
☆☆☆
大屋 冬月くん、そろそろ距離感掴んできましたね。
中田アナ 冬月選手、落ち着いた表情で嘉藤選手を自分の間合いから離さない!冬月のストレートからのボディー!嘉藤も隙を狙ってジャブストレートを返す!!冬月は下がらない!ボディへの連打で嘉藤を苦しめるー!!
☆☆☆
そんなガードで俺の拳を防げるのか?
冬月 氷柱!!!
☆☆☆
中田アナ 嘉藤!ガードが少し下がっているかー!?三日月フックーー!!顔面に当たったかー!?嘉藤ふらつく!コーナーに逃げる!
大屋 完全には決まってないですけど、顔に当たったと思いますよ!
中田アナ 嘉藤がガードを固める!冬月はジャブとボディの連打だー!!
☆☆☆
宮藤 嘉藤!残り1分だ!!!耐えろ!ガード固めろ!!
くそっ。ボディの打撃が結構痛い。冬月さんのあの打撃、冷たくて固い。本当に固めた雪の拳で殴られているようだ。気づいたら顔面にグローブが当たっていた、俺のグローブが少し残っていたから、まだ浅かったが、でも左目の上がズキズキ痛む。俺のパンチは届いてはいるが、感触が浅い。ぐっ!堪えろ!ここで敗けるな!!
カーン!!!第2ラウンドが終わった。
☆☆☆
中田アナ いやー!冬月選手のフックからのラッシュが止まりませんでしたね!!重たい音がかなり聞こえて来ました!
大屋 今のラウンドは完全に冬月くんが優勢でしたね。、、かなり効いていると思いますよ。でも、嘉藤選手もよく耐えました。一回ふらついてからよく踏ん張りましたね!
中田アナ ここから、後半戦に入ります!目が離せません!
☆☆☆
宍戸 セコンドダウン!
カーン!!!第3ラウンドの鐘が響く。
俺は少し高音が聞き取りずらくなっているらしい。うん。でも、この冬のシンとした空気の中で響く、ゴングの鐘の音は美しくて好きだ。綺麗な満月を前に、俺と戦う選手達はいつも敗れていく。嘉藤、君も俺のこの冷たい拳で満月を見ながら倒されるんだ。最高のシチュエーションじゃないか。俺は君達とは戦っても意味がない。戦う理由がない。俺はただアイツを倒す為にこのリングに上がる。それを邪魔する者は皆、排除する。君もゆっくりとリングに倒れていくんだ。
カーン!!!第3ラウンドが終わった。
宮藤 嘉藤!次だ、いいか!相手のフックは必ず頭に入れておけ!相手もバテてくる。集中していくぞ!
嘉藤 はい!
宍戸 セコンドダウン!
カーン!!!最終ラウンドの鐘が響いた。
☆☆☆
中田アナ これは、大屋さん!嘉藤選手の左まぶたが腫れていますね!さっきの冬月選手の右フックでしょうか?
大屋 そうですね。おそらく、浅かったですけどダメージは大きかったようですね。ちょっと視界が悪そうです。
☆☆☆
冬月さんの打開策がない。さっきのフックで少し左目の視界が悪くなってる。、くそ!なんとか、このラウンドで、、、!?
・・・
秋の陣終了後
夏木 嘉藤くん!
嘉藤 あ、夏木さん。お久しぶりです。
夏木 痛そうだね。おめでとう!試合見てたよー!
嘉藤 え、ありがとうございます!そうだったんですね。
夏木 ごめんね、もう帰るときに。ちょっと話しておきたいことがあって。
嘉藤 え。大丈夫ですよ。何ですか?
夏木 次の試合、冬月戦。僕もあいつと何度か戦ったことがあって。まぁ敗けたんだけど(笑)、でも、一つだけ見つけたことがあって。、、アッパーカット!嘉藤くん、練習しておくと良いかも。
嘉藤 はい。アッパーですか?
夏木 うん。それで冬月を一回ふらつかせたことがあって。覚えておくと良いかも。お、迎えが来たね。じゃあね!
嘉藤 あ、ありがとうございます!
・・・
アッパーか!!夏木さん!、よし!一瞬だけでも懐に踏み込んで試してみるか!?落ち着いて、呼吸を整えて。行くぞ!
☆☆☆
中田アナ 嘉藤選手!左目のガードは固めに冬月選手に近づいていく!ジャブ!ストレート!両者、鋭いパンチで間合いを詰めていく!
大屋 良いですよ。嘉藤選手は大振りにならないように気をつけて、冬月くんのボディにダメージを貯めたいですね。
中田アナ また冬月のボディ!激しい音が鳴る!嘉藤もボディだ!足を巧みに動かしてなんとか冬月選手に食いついている!
☆☆☆
嘉藤、次は顎を壊してやる。
冬月 凍結!!!
☆☆☆
中田アナ 残り3分!冬月選手の三日月フック!!避ける嘉藤!すかさずアッパーだ!決まったーー!!!
☆☆☆
宍戸 ダウン!!1、、2、、3!
宮藤 ナイスアッパー!!!
☆☆☆
大屋 嘉藤選手今のは良いアッパーでしたね!右フックを避けてからの踏み込みが非常に速かったですね。
中田アナ レフェリーのカウントが続く!まだ冬月は倒れたまま起き上がれない!!
☆☆☆
・・・
俺は北海道に生まれ、高校卒業を機に上京した。親のコーヒー好きが影響して、俺はコーヒーチェーン店でバリスタとして働いていた。そこで出会ったのが彼女だった。同期入社で同い年。都内の店舗に配属された。彼女もコーヒー好きだった為、すぐに仲良くなり付き合うことになった。
・
美雪 ねぇ、誠吾って、家でもコーヒー飲んだりする?
冬月 うん。ハンドドリップで淹れてるよ。
美雪 おー!コーヒー好きなんだね。私は最近、エスプレッソマシンでカフェラテにしちゃってます!
冬月 すごいね!俺もお金貯めてマシン買いたいなー。
美雪 ふふっ!そんなに高くないから、すぐ買えるよー!誠吾はお豆だったら何が好き?
冬月 俺はグアテマラ!、ブルボン種特有のカカオの様な風味と余韻に感じる優しい甘さが好きでね。美雪は?
美雪 グアテマラかー。温度帯によって味も変わるし、良いよね!私はエチオピアが一番好き!紅茶みたいな華やかさと、ベリーの様な果実感が堪らなくてっ!
冬月 エチオピアも美味しいよね!スペシャルティコーヒーは、同じ国の中でも農園によって違った個性を感じられるお豆だから奥深いよね。
美雪 そう!ハマっちゃうよねー!!
冬月 ハハハッ!良い顔するなー!おっ、そろそろ開店の時間だ!
美雪 はーい!
・
美雪。美しい名前だ。休みが合えば、よくカフェ巡りをしてコーヒーの話ばかりしていた。そんな楽しかった日々が突然終わりを迎えた。、、8年前の事故に美雪は巻き込まれ亡くなった。電車の脱線事故らしいと、店長から仕事中に話を聞いた。美雪はその日、仕事で他店舗へ応援に向かう途中だったと言う。俺は目の前が真っ白になった。、、、許せない、、。
・・・
宍戸 、、9!!、!
☆☆☆
中田アナ 立ち上がったー!!!冬将軍は簡単には倒れなかったー!!嘉藤選手を見つめ、しっかりと呼吸をしています!ファイティングポーズを取る!行けそうだ!!あっと、嘉藤選手!少し呆然とした表情か!?
大屋 立ちましたね、冬月くん!嘉藤くんここからは特に気をつけないと危ないですよ!、、ん?嘉藤くん、多分、見えてますね。
中田アナ 大屋さんこれは?噂の、、我々にはわかりませんが、嘉藤選手には見えているのか!?冬月選手の白い髪が、黒髪に変わる瞬間を、これが冬月のダークサイドムーンなのかー!!?
☆☆☆
宮藤 嘉藤!!、嘉藤!!!、おい!!!
なんだ?、、俺の目がおかしいのか、、?冬月さんの白い髪が、根元から徐々に黒色に変化して、、、さっきとはまるで別人のようだ。、、静かだった気配が急に殺気に包まれた。、、肌がヒヤリとする。、、落ち着け!大丈夫だ!さっきのアッパーは確実に効いている。もう一回打ち込めば!
冬月は少しリングを照らすライトを見つめた。俺は美雪を亡くして真っ暗闇にいた。あぁ、美雪は冬の夜空に輝く月のようだな、、、。嘉藤。君は俺の邪魔をするのか?そうか。残念だ、、。俺を怒らせてしまった。愛する人を失った苦しみは君にはわからないだろう。
宍戸 ファイッ!!!
うっ!冬月さんの打撃がさっきよりも重たくなった!黒髪になったのが原因なのか、打撃スピードにもキレが増している。ふー、ふー、ふー、乱されるな!呼吸!
☆☆☆
中田アナ さあ!試合再開!残り3分を切る!冬月が瞬時に嘉藤との間合いを詰めた!!嘉藤はガードを固める!ラッシュだ!冬月のボディへのパンチが止まらない!音が凄いぞ!ノーガードでひたすら打ち込んでいるー!!!冬月選手のセコンドの神尾コーチも叫んでいる!!
大屋 嘉藤くん我慢しない方がいいですね。サイドステップで切り返した方がいいですね。
中田アナ 嘉藤もジャブストレートで応戦するがパンチが浅い!そして、サイドステップで一度切り抜けました!!すぐに近づいていく冬月!ジャブ!ストレートだ!冬月が右フックを狙う!!!
バゴンッ!!!!
中田アナ 嘉藤の天を衝くアッパーカットーー!!!!冬月二度目のダウンだー!!!
大屋 嘉藤くん、冬月くんのラッシュを切り抜けてからのアッパー。今日一番速かったですね。完全に決まってました!
☆☆☆
宍戸 ダウン!1、、2、、3、、終了!!!テクニカルノックアウト!!!
カンカンカンカン!!!
☆☆☆
中田アナ 冬将軍が敗れましたーー!!!これはすごいです!風雲児、嘉藤薫が見事にテクニカルノックアウト勝利です!!大屋さん!どうですか!?
大屋 もう最終ラウンドに入ってからは目が離せなかったですね!冬月くんのラッシュとダウンからの立ち上がりも素晴らしかったですし、嘉藤選手のアッパーが、しっかりと顎を狙って入ったので、おそらく冬月くんの一回目のダウンのときのダメージがかなり大きかったと思いますね。見応えのある試合でした。
☆☆☆
宍戸 只今の試合、第4ラウンド3分21秒、テクニカルノックアウトで、赤コーナー、嘉藤薫選手の勝利です!!
冬月親衛隊 誠吾様が、、あの誠吾様が、、
俺はすぐに冬月さんに挨拶に行ったが、言葉を返されることなく宮藤さんの方へ挨拶に行ってしまった。俺は青コーナーに向かう。
嘉藤 ありがとうございました!
神尾 悪いね。冬月は少しだけ耳が遠いんだ。気にしないでくれ。四季の陣、頑張って!
嘉藤 はい!
そして、リングの下で宮藤さんに背中を強く叩かれた。夏木さんのおかげだ。あのアドバイスがなければ勝てなかった。
谷川 お疲れさまです!嘉藤さん!こちらへうつ伏せでお願いします!
嘉藤 はい。よろしくお願いします。
谷川 季節の陣突破おめでとうございます!かなり筋肉が張っていますね、ゆっくりほぐしていきます。
嘉藤 ふぅーー。いつもありがとうございます。
谷川 とんでもないです。なんか、試合で戦ってる姿も格好良かったですよ。
嘉藤 皆の三千羽の鶴のおかげです、、、。、、少し、休みます。
谷川 、、はい。
俺は、うとうとしながらも、黒髪に変わったときの冬月さんの姿が頭から離れなかった。あの霞んだ目、冷たい拳、静けさからの殺気、あれは一体何だったんだろうか。答えのないものを考えるのを止め、ゆっくりと長く息を吐いた。左目のまぶたは更に腫れ、左目の視界は三日月形で床を見つめていた。
田所は試合後、冬月選手の親衛隊のひとりに取材をすることができたが、肝心の冬月選手への取材許可が得られなかったことに落胆していた。
田所 うーん、、。だめかぁ。、、神尾さん珍しく機嫌悪いときだったかなー。、、冬月さんに聞きたいことあったんだけどなぁ。、、、嘉藤くん。いよいよ四季の陣か。
葡萄館の外は、うっすらと雪が地面に積もっていた。白い息を吐きながら駅へと向かう。近くに生えていた梅の木に、蕾がもうついていた。寒い冬をじっと堪え、暖かい春が来るのを、まだかまだかと待っている様に見えた。