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流れ人  作者: 新垣新太
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第2章~四季トーナメント編・後編~

第2章~四季トーナメント編・後編~


休み明け、朝のロードワークで疲れた体をゆっくり慣らしながら起こしていく。

宮藤 嘉藤くん、疲れはどうだい?ゆっくり休めたかい?

嘉藤 はい、大分取れました。

宮藤 うん。先に今後のスケジュールを話しておく。5月12日に3回戦、勝てば5月19日に4回戦だ。ここで勝ち上がると季節の陣の戦いが待ってる。イメージはできたかな。肝心の3回戦の相手だが、風間はじめ。165㎝61㎏。土橋ジム所属のスピードパンチャーだ。身長は低いが打撃にスイッチが入ると強打のラッシュがあるから要注意。過去の試合を見たがかなり重いパンチだぞ。ただ、調子に波がある選手でもある。落ち着けば必ずチャンスはある。日々の練習の積み重ねの差が出てくるのが3回戦からだ。集中していくぞ!

嘉藤 はい!!!


それからの練習は、スピードパンチ対策としてピンポン練習等の動体視力強化が入った。1月からの1000本スパーリングもコツコツと続けていた。桜並木の桜も大分散り、桜の木は綺麗な若草色に染まっていた。


5月12日、3回戦の試合がきた。あいにくの雨。少し体が肌寒かったのでリングに向かう前に1枚ジャージを羽織ってから控え室を出た。

アナウンサー 只今より四季トーナメント戦Bブロック、第3回戦を開始します。赤コーナー 168㎝60㎏、村松ジム所属、嘉藤薫選手。青コーナー 165㎝61㎏、土橋ジム所属、風間はじめ選手。3分4ラウンド、延長なしで行います。


会場の天井に5月の雨が強く打ち付ける音のなか、カーン!と鐘が鳴った。

・・・

1ラウンドはお互いに間合いの確認とジャブ、ストレートの打ち合いで、なかなか大きな動きは見られなかった。風間さんは小ぶりな体格だが筋肉が浮き出る程しまった体をしていた。1ラウンドが終了したとき、遠目でよく聞こえなかったが、谷川さんが話していた執事のような方と風間さんが何かを話していた。


風間は嘉藤の隙のなさに少し苛立っていた。

風間 小山田!いるか?

小山田 はい!後ろに。何でしょうかはじめ様。

風間 なぜ嘉藤は崩れない?他に情報は?

小山田 あちらも相当ご尽力されているのでしょう。私が知る情報は全て出し尽くしております。

風間 くそ!使えん!小山田、喉が乾いた。

小山田 はい、只今。ちょっとリングの後方を失礼致します。

小山田は美しい鳳凰の絵が描かれたポットとカップを手に持ち、スーっと暖かい紅茶をカップに注いだ。

小山田 はじめ様。お待たせ致しました。ストレートティーでございます。熱いのでどうぞお気をつけて。

風間 うん。そうそうそう、これは俺の好きなベリー系の紅茶だね。っておい!飲めるかっ!!こっちはグローブしてるんだぞ!持てんわ!あと!何で熱々?冷たいやつにしろー!小山田ー!

小山田 すみませんはじめ様。ですがもう、お時間のようです。ご武運を!


カーン!第2ラウンドが始まった。俺は風間さんとの距離感を掴み、身長差があまりないことで今までの相手よりも対戦のしやすさを感じていた。第1ラウンドでスピードパンチはまだ来ていない。向こうも距離感を計っていたのだろう。あるとすればこのラウンドだ。ガードを強く固く、宮藤さんが言っていた、打撃の波の引き際がチャンスだ。


ったく。小山田はいつも頼りにならん!いつも判断が遅く、俺のやりたいことの逆に動く。あれでは執事の意味がないぞ。風間は嘉藤にジャブを繰り出しながら小山田をいじっていた。嘉藤とかいうやつ、なかなかガードが下がらないなぁ。ちまちまやっていても体力の無駄だ。使えないやつを相手にしている程暇じゃないんでね。いくぞ!残り2分。


シュッ!、!?、右か?速い!

宮藤 嘉藤!来るぞ!ガード!

シュッ!シュッ!シュッ!シュッ!来た!風間さんのスピードパンチ!かなり速い。しかも上下左右の顔面を確実に狙って乱打してくる。ガードを強く、もっと固くだ!呼吸を整えろ、目線は外すな。!?、切り替わった。バチ!バチ!バチ!バチ!今度はボディ全体めがけて乱打か、くっ!、重たい。鉄の拳か!足だ、足を使って一旦距離を取る。落ち着け、風間さんのガードは緩い。


ほーう、しぶといな嘉藤。ガードも下がっていない。腹は赤くしてやったからダメージはあるだろう。打ち込み過ぎたか、ちょっと腕がダルいな。みぞおちいっとくか!残り1分。

宮藤 残り1分!


またすぐに風間さんに近づかれた。ステップも速いな。くっ!また腹だ!ガードは下げられない。この重たい打撃を顔面にくらうのは危険だ。耐えろ、耐えろ。呼吸、呼吸。ん!?打撃が引いたか?、今だ!


風間は腹への乱打の後、少し息を吹き、もう一度息をすぐ吸ってみぞおちを狙い右ストレートを打ち込む所だった。その瞬間、自分の右顔面に赤いグローブがもう目の前に表れていた。

バン!!!

審判 ダウン!

俺は一瞬の間を逃さず、左フックを風間さんの顔面に打ち込んだ。決まった!風間さんはそのまま後ろへ仰向けで倒れた。カウントが始まり、、、10カウントでも立ち上がらなかった。勝てた。俺の腹は真っ赤に腫れ上がっていた。


あー、敗けたよ。敗けた敗けた。気持ちいい位顔面に決まったよ。ちくしょう。立てねえよ!誰か起こしに来いよ!ったく、どいつもこいつも俺の足引っ張りやがって。あー、いっ痛え、いっ痛え、じんじんするわ。顔面がじんじん言ってるわ。あー、なんかアナウンス始まってんですけど、まだ俺立ってないけど。勝手に終わらせんなよ!こんなに悔しいのかよ、敗けんのって。あー、ダサー。痛ぇ!?ん!?

小山田は審判に了承を得てリング上に入り、風間を強く担ぎ立たせた。

風間 痛てぇなぁ小山田!何勝手にリングに上がってんだよ。強く持つなよ!

小山田 失礼致しますはじめ様。私には、ずっと寝転がっているようにお見受けしましたので。、、私ははじめ様が、小さいときからいつも力強く、まじめで、愚直にボクシングにずっと励んでおられる姿を見続けておりましたから。ここで満足させてはいけませぬと思いまして。

風間 急に親父面すんなよ小山田!!

小山田 私ははじめ様の親同然です!!!

風間 、、、大きな声出すなよ。控え室まで連れていけ。


宮藤 お疲れ様!嘉藤!よく耐えたな。あきらめなかったのが最後に効いたな!

宮藤さんに強く肩を叩かれてリングを降りた。あー、腹が痛い。触るだけでも痛いほどだ。風間さん、ずっと目を開けたまま倒れていたけれど、あのあと大丈夫だったかなぁ。あの執事さんは優しい目をした方だったな。ゆっくりリングから目を離し控え室へ向かった。


風間 ふー!あー。顔こんなに腫れてんじゃんか!くそ!嘉藤のやつ、絶対許さん!リベンジだ。今度ジムに直接乗り込んでやる!

小山田 いい試合でした。相手の方の腹部はかなりの腫れ具合でしたよ。はじめ様、クールダウンに淹れたての紅茶をどうぞ。

風間 おう、そうだな、あちっ!!!だから小山田!!!!

小山田 失礼致しました。アイスティーでございますね。

風間 おふざけが過ぎるぞ、小山田。、、、小山田、お前、うちの家に来て何年になる?

小山田 23年目でございます。

風間 、てことは、俺が生まれたときからいるのか、、、。俺のことは何でも知っているわけだ。じゃあ、逆にだ。俺がこれからどうすればボクシングが、いや、人としてうまく行くかも知ってるってことか?

小山田 そうでございますね。ただこの先何が起こるかは予測出来かねますが。

風間 うん。、、、執事 小山田。今日から新たに俺のセコンドコーチとして、一緒に戦ってくれないか?

小山田 、!、?!?、、、はい。この私でよろしければ、何卒よろしくお願い申し上げます。

ふたりは顔を見ず、目には涙を溜めながら控え室で話をしていた。

・・

谷川 嘉藤さん、お疲れ様です。こちらへうつ伏せでお願いします。

嘉藤 はい、お願いします!

宮藤さんは、あの後すぐ金城くんの試合があるからと会場で別れた。岡本と登も応援に行っている。俺もクールダウンが終わったらすぐ向かわないと。

谷川 試合はどうでしたか?

嘉藤 勝ちました。

谷川 おめでとうございます!よかったですね!

嘉藤 ありがとうございます!あと、この間の情報も参考になりました。ありがとうございます!

谷川 そういえば。はい。お役に立てて何よりです。

嘉藤 でも、風間さんと戦ってわかったことがありました。それは、プライドが高くて鼻につく態度と言う話は微塵も感じられず、むしろ、ボクシングに対する真っ直ぐな気持ちと力強さが全面に溢れていた選手でした。執事の方も、試合後にリング上で倒れた風間さんを担いでいたとき、なんか不思議と親子のように見えたんですよね。風間さんは執事の方との関係の深さを認めたくなかったから、外では強気に見せていたんじゃないかって思います。ボクシングのプレイは選手そのものだな、と、、。?

谷川 あ、ごめんなさい!嘉藤さん、きょうはよくお話されますね。でも、何か気づけたことは凄いことだと思いますよ!

嘉藤 あ、なんか、すいません!仕事中に。

谷川 大丈夫です。もう終わりました。


なぜだか心の声を聞かれたようで少し恥ずかしかったが、すっきりした気持ちだった。準備もできた。金城くんの応援に行こう。

岡本 薫!こっちだよ!

嘉藤 あ、どう?金城くん。

岡本 うん。良い試合だったよ、、。判定で敗けた。

嘉藤 うそ!そんなに相手は強かったの?

高山 あぁ、強かった、、。だが、4ラウンドの最後までわからない展開だった。

嘉藤 金城くん、、悔しいだろうなぁ。


帰りの車の中は、外の車の走行音がしっかりと聞こえるほどに静かだった。ジムに着き、宮藤さんから話を聞いた村松さんが、金城くんの耳元で何か伝えていたが、俺からは何も聞こえなかった。そのあと、金城くんは今まで堪えていた何かが溢れ、村松さんの肩を濡らしていた。悔しかった。金城くんが一番悔しい思いのはず。だけど、俺の方がなぜか悔しがっていた。強く拳を握りしめ、道路のアスファルトをずっと見つめていた。


翌朝。ロードワークが金城くんの大声で始まった。きのうと完全に切り替わった表情で金城くんが朝を迎えていた。ジムメンバー全員が心を引き締めた。午前練習の前に、宮藤さんに4回戦の話があった。

宮藤 嘉藤くん。次の試合、相手は村松さんの情報通り、月島くんが上がってきた。彼は日本とアメリカのハーフで、サウスポー。左利きの選手だ。今までより苦戦するかもしれない。試合まで1週間もない。スパーリング練習はジムに左利きの選手が1人だけいる。佐伯コーチにお願いして練習に協力してもらえることになった!ケガには十分注意して迎えよう!いいか!

嘉藤 はい!!


左利きの国際選手か。これまでとは全然違う感覚での試合になりそうだ。一日一日に集中して、試合までに左利きの感覚に早く慣れるよう練習するぞ。


5月19日、きょうは夏の日差しかと思うほど太陽の光が強い。車に荷物を乗せ、宮藤チーム一同で村松さんと喜美枝さんに挨拶を交わし、新緑の桜並木を抜けて会場へ向かった。


控え室へ向かう途中、廊下まで会場の人だかりの声がざわざわと聞こえた。明らかに前回とは違う感覚だった。4回戦の熱気を肌に感じていた。宮藤さんに丁寧にテーピングとグローブを付けてもらう。金城くんにボディマッサージで筋肉を柔らかくほぐしてもらい、岡本と一緒に入念にストレッチをした。登は、タオルと保冷剤、スポーツウォーター等備品を素早く小さいカバンに移し代えていた。みんな一言も話さなかったが、心は通じあっている気がした。きょうはどの控え室からも人の声があまり聞こえなかった。

大会スタッフ 嘉藤薫さん!試合開始15分前です。ご移動お願いします!

宮藤 はい!よし、行こう!

嘉藤 はい!


うわ、人多いな!会場の8割程は人で埋まっていた。リングの上だけが青白く、綺麗にスポットライトを浴びていた。俺は、リングの階段手前に立ち、ボクシングシューズをじっと見つめた。

・・・

たけしおじちゃん 薫!マウスピースの型、うまく取れたか?

嘉藤 たぶん。なんか気持ち悪かったけど。歯医者なんか行く予定なかったから、なんか恥ずかしかったよ。

たけしおじちゃん ハハハ!悪い悪い、あとな、これはおじちゃんからのプレゼントだ!

嘉藤 え!?何これ?

たけしおじちゃん ボクシングシューズってやつだ。これからジムで使うことになるからな。おじちゃんが昔使ってたやつだ、、。大丈夫だよ!全然使わなかったんだ。2代目に使おうと思って買ったまま、たぶん2回位しか履いてないから履き癖もついていないだろ。新品同様だから安心しろ!

嘉藤 すごい。しっかりしてるね、ボクシングシューズって。

たけしおじちゃん うん。ボロボロになるまで使ってくれよ~。古いからすぐ壊れるかもな、ハハハ!

・・・

あれから結構使い込んだつもりだけど、ほとんど見た目が変わってないな。おじちゃんのシューズ、偶然か靴のサイズもぴったりだったしな。いい相棒をくれたな。よし!

嘉藤 お願いします!

宮藤 うん。気持ちだぞ!

宮藤さんに背中を叩かれて、階段をのぼりリングに上がった。

アナウンス 只今より、四季トーナメント戦、第4回戦を開始します。赤コーナー168㎝60㎏。村松ジム所属、嘉藤薫選手。青コーナー176㎝63㎏。竹山ジム所属、月島レオ選手。3分4ラウンド、延長なしで行います。


審判に中央に呼ばれる。間近で感じる月島さんの圧が凄い。俺は視線を合わせた。オールバックに固められた髪、美しい顔立ちで身長も高い。イケメンだ。月島さんもじっと鋭い眼光で視線を外さなかった。

カーン!

第1ラウンドが始まった。


足を動かしながら、左右のジャブで間合いを確かめる。左利きが相手だと、右パンチが若干届きにくい。月島さんの方が腕が長いから、踏み込みが大事になってくる。月島さんのジャブが軽くだが打ち込まれてる。やはり左利きのリズム感がちょっと気になる。違和感だ。


基本的には右利きの選手を相手にすることが多かった。月島にとっては、何の違和感もなく淡々と試合を運んでいた。はじめは、ジャブとストレートで間合いを掴み、隙を見てはボディと顔面に打ち分けて相手が崩れるのを待つ。左利きを相手にすると、どうやらやりづらいらしい、好都合だ。


俺は一回チャレンジしてみたかった。左利きを相手に、思い切り懐に踏み込んでアッパーができるのか。ジャブからストレート中心に切り替えボディを狙う。月島さんはガードを下げずに少しだけ後ろに距離を取った。その一瞬、重心を低くして懐に踏み込み右アッパーを仕掛けた。スッ!避けられた。すぐに俺の顔面にコンパクトな左フックが決まった。

月島セコンド ナイスフック!


ダメだった。反射の速さと切り返しの対応も素早い。簡単には決まらないか。距離を取り直しジャブで仕切り直す。手強い。


速い踏み込みだった。寸出で避けれたが気を抜いていたらダウンしていた。嘉藤?だっけか、俺にはうまく対応してきているな。早めに決めないとまずいな。

カーン!

第1ラウンドが終わった。


宮藤 よし!いい踏み込みで懐に入れてたぞ、足がしっかり動いてる!顔面を狙うのはまだ早い。今はボディにダメージを貯めて、後でチャンスがくる!長期戦になるぞ!いいか!

嘉藤 はい!

カーン!

第2ラウンドが始まった。


月島さんのジャブが俺の体に完全にヒットしてくる。もう掴まれた。ガードを固める。踏み込んだ攻めは今は危ない。月島さんの鋭い左拳がボディとみぞおちに打ち込まれる。バチ!バチ!バチ!バチ!

宮藤 足動かせ!レバー狙ってるぞ!

コーナーに追い込まれる。ガードは下げるな、呼吸だ、呼吸をしっかり整えろ!

宮藤 (やばいな、前の試合でも嘉藤のボディを狙われていたから、まだ大分ダメージが残っている。)

俺は突破口を探していた。打ち合いは無謀だ。懐も危険。レバーを的確に狙いに来てる。コーナーで足が動かせない。見ろ、しっかり月島さんの動きを見るんだ!、、、!?くっ、いっ痛ぇ、が、、、右のカウンターなら行けるかもしれない。


ガードが固いなこいつは!ボディを的確に打ち込んではいるがなかなか倒れない。なぜかはわからんが、嘉藤ってやつの目があいつの目とそっくりだ!うっとうしい!

・・

山崎 おい!月島!何やってんだよこんな所で!ボクシング行く時間だろ!

月島 あ、やっべ、(たばこを隠す)?いやボクシングやってねぇから!

山崎 あ、そうか。ハハハハハハ!悪い悪い。じゃあ、野菜の手入れいくぞ!

月島 行かねぇよ!めんどくせぇ!

山崎 なんでだよ?月島は野菜科専攻だろー?ニコニコ農園で今ちょうどスイカととうもろこし育ててるからいくぞ!

月島 別に、友達が野菜科が一番楽だっつーから入っただけだよ!別にやりたくて入った訳じゃねぇよ!、帰るわ!友達が待ってんだわ。

山崎 おい!月島~!じゃ、先生も連れてけよ!

月島 バカか!

俺は高校時代、農業高校に通い、そこでできた友達とよく悪さばかりして遊んでいた。そこの担任で3年間世話になったのが山崎だった。何かと理由をつけては、俺を学校から帰さなかった。頭が悪かった俺は野菜科しか入れず、そこでも担当は山崎。あいつの手は土仕事のせいで荒れていて、余計にそれが嫌だった。母親の実家が農家だって理由で、孫に後を継がせるだのでこの高校に行くことになったが、他の高校に受からなかった頭の悪さにも飽き飽きしていた。そんな中、高校で出会った気の合う友達との時間が何よりも楽しかった。悪さばかりして、親にも学校にも迷惑をかけてきたが、唯一あの山崎だけはいつも俺の周りをうろちょろしていた。挙げ句に、家に帰ったとき、母親と勝手に夜飯を食って、おう!月島!!遅かったじゃないか?なんて親父ばりの台詞を抜かしたときにはさすがにキレた。その時は母親に怒られて最終的に山崎になだめられた。1年のときからずっとだった。山崎が俺に勧めてきたボクシング。なんでそこまでやらせようとするのか。俺は奇跡的に卒業できた卒業式の日に、気になって山崎に聞いた。

月島 おい!山崎!

山崎 何だよ月島!先生に向かってその呼び方は!?

月島 声がでかいんだよいつも!

山崎 それが取り柄なんだよ!、なんだ?お別れの言葉か?

月島 ちげぇよ!聞きたかったんだよ!いつも言ってたじゃねぇか。俺に、ボクシングやれって!なんでだったんだよ?

山崎 お前に向いていると思ったからだよ!ご両親に頂いた、その恵まれた体に、左利きの腕っぷしには自信があるんだろ?月島の今までの生き方も、全部ひっくるめてぶつけられるスポーツがボクシングだと思ったんだよ先生は!

月島 正直に答えんなよ!バカが!いつもボケ担当だろーが?

山崎 お、なんだよ。遂に先生とコンビ組みたいってか!そう言う話はな!マネージャーを通しなさい!マネージャーを!!

月島 うるせーな!マネージャーなんかいねぇだろ!!、それじゃあな!もう二度と来ねえからな!

山崎 、、、月島!!!ボクシング、やりたくなったら、けんちゃんらーめんの裏手にある竹山ジムに行くんだぞ!!先生の顔馴染みだ、、、。元気でな!!


ボクシングが俺に向いている?何勝手に人の人生決めてんだよ!山崎は最後までボクシングを勧めてきた。高校卒業後、特にやりたいことも、じいちゃんの農業も手伝うこともなく、いつもの友達とダラダラと遊んでいた。だが、家に帰る度に、山崎の最後の言葉だけが忘れられない。チッ!うっとうしい。


19才になった春、俺は竹山ジムを訪れた。ただの暇つぶしってやつだ。

月島 ちーす。

竹山 ん?誰だ?見学か?

月島 いや、俺は、えっと。山崎、先生に言われて、ここに来たんすけど。

竹山 あーー!、えっと、君は、、月島?くん?

月島 え?、あ、何で名前?

竹山 山崎は俺の後輩。農業高校だろ?昔はあそこボクシング部があったんだ。そこの先輩後輩。君のことは山崎からずーっと聞いていたよ!

月島 (ボクシング部?後輩?あいつはここに来てたのか?)

竹山 月島くんも山崎に高校でたかられてたんだろ(笑)。あいつしつこいだろー。うちにもしょっちゅう来て、逸材が見つかりました!逸材が来ますよ!なんてそれだけ言って帰っていったわ!何なんだあいつ?

月島 逸材?山崎のやつ、変なことを、、。

竹山 でも、あれだろ?月島くんも、何か引っ掛かる所があってうちのジムに来てくれたんだろ!?

月島 あ、ま、まあ、そんな感じで。

竹山 ふふ、まじめで素直な子だないつも。わかった!うちで面倒みるよ!ボクシングやってみよう!

月島 え、、。お、お願いします。

・・

って!、山崎のせいで、5年も続いてんじゃねぇか!!嘉藤の右ボディに鋭い一撃を加えた。

嘉藤 うぐっ!(もろにくらう)

審判 ダウン!


嘉藤、すぐ回復はできないだろう。残り30秒。うまくガードをされない限り、ここで落とせる。季節の王者達に挑戦できるぞ、山崎!


宮藤 嘉藤!前見ろ!呼吸だ!しっかり呼吸!

ドクン!ドクン!。体全体が脈をうっているようだ。苦しい。痛みよりも息ができない。ゆっくりだ、まずは片足ずつ。よし、、。もう片方も、、。カウントは5だ、まずい。呼吸、呼吸。吸って、吸って、吐いて、吸え!。よし。視界はなんとか、戻った。呼吸を整えろ。ファイティングポーズ。

審判 大丈夫?こっち見て!いくよ!


うん。大丈夫。落ち着いてきた。見えてる。さっきのボディの連打でカウンターの光明が。


審判 ファイ!

ガードを固めて、3回目だ。右ボディを打ち込んでくるタイミング、3回目のボディが来るときに極端にガードが下がる。右フックのカウンターで顎を貫く!来た!1回目!くっ!2回目!いっ!3回目!踏み込んで!先に右フック!

バゴン!!!

鈍い大きな音が場内に響いた。


これで最後のレバーブローだ!その瞬間、嘉藤が右腕を俺に向かって振り抜いていた。バゴン!!!カウンター??あいつ狙ってたのか!?意識が、視界が、真っ白になった。

審判 ダウン!テクニカルノックアウト!!!


嘉藤も力尽き、その場にしゃがみこんだ。ダメだ、もう動けない。、、、審判が隣にしゃがみ、俺はしゃがんだまま審判に左腕を上に上げられた。

宮藤 金星だ!嘉藤!良いカウンターだった!

宮藤さんは優しく俺の肩を抱き抱え、ゆっくりと階段を降りた。控え室でベッドに倒れ込み、谷川さんを待った。


レオ!レオ!竹山さんの声が遠くで聞こえる。目が重たい。うっすらと狭い視野で竹山さんが見えた。よく頑張ったと声をかけられ、俺の腕に竹山さんが首をかけ、一緒に歩いてリングを降りた。敗けた。絶対勝てると思っていた。、、、会場から控え室までの通路際の客席で何やらでかい声のやつが何かしゃべっている。!?山崎、じゃねぇか!?

月島 なんで?山崎、

竹山 俺が教えたんだよ。

もうしゃべれる力もねぇ。だせぇな俺。あぁ、山崎。何か言ってんな?!、

山崎 おい!月島!格好良かったぞ!感動した!今度も期待してるぞ!!

うるせぇな。大きい声出すな。頭に響くだろうが。!?山崎、笑いながら泣いてんじゃねぇよ!気持ちわりい、、、、。俺の顔見んな。ただの汗が目に入って流れただけだ。山崎とは違ぇ、、、。あと、なんだ?山崎の隣にいるドレッド野郎は。俺と同じ高校の制服着てんじゃねえか、、。またお前変なやつ捕まえて遊んでんのか?ったく、うっとうしいな!

竹山 レオ。俺が今まで就いてきたセコンド試合で一番今日が充実した試合だったぞ!ありがとな!!

月島 竹山さん、、。これからですよ!俺のボクシングは。

・・

谷川 嘉藤さん、お疲れ様です。すいません、遅くなりました。すぐケアに入りますね。

嘉藤 、、、。

谷川 ん?、、寝てる。季節の陣、いよいよですね。おめでとうございます!


俺は気がついたら、宮藤コーチの帰りの車の中だった。うぅ。痛い。お腹だけでなく、身体中が痛みで悲鳴をあげていた。チームのみんなは賑やかに談笑していた。よかった。また俺は目をつむり眠ってしまった。

村松 嘉藤くん、予選突破おめでとう。よく頑張ったね。今日はゆっくり身体を休めて、英気を養うんだよ。

喜美枝 おめでとう嘉藤くん!暖かいごはん、用意して待ってたわよ!階段上がるときはゆっくりでいいからね!

宮藤 今日は皆お疲れ様!共同風呂は貸し切りにしてもらったから、先に3人で入ってこい!あしたは1日オフにする!

チーム全員 はい!!!


そのあと、貸切風呂でチーム皆と汗を流した。

金城 嘉藤!お疲れ様!だが、これからが本番だぞ!身を削る戦いになる。

嘉藤 うん、ありがとう!

岡本 でもいーよなー、季節の陣からは入場曲がかけられるんだぜー。なあ、薫!お願い!僕が行けなかった分の想い、ナイト娘の曲を流してくれない?

嘉藤 入場曲なんかあるんだ、、。いや何で、、。まぁでも、、考えとくよ。

高山 薫、俺はお魚くんで、旬のお魚たっぷり出荷できる状態にしておくから、大会が終わったらチームみんなで食べに行こう!

嘉藤 もちろん!ありがとう!


疲れた身体も、風呂場で他愛のない話をして心も洗われたようだった。そのあと、喜美枝さんの旨いカツカレーを腹一杯食べてお布団に入った。あした、家族に報告しておこう。父ちゃんと母ちゃん、喜ぶだろうな、、。


あっと言うまに休みは終わり、ジムでの練習が再開した。1月から始まった1000本スパーリングも残すところあとわずか。

宮藤 997、、998、、999!、、嘉藤!次で1000本だ!集中!!

嘉藤 はい!!


長かった1000本スパーリングを達成し、俺は大の字でリングの上に仰向けに倒れた。5月がもう終わる。梅雨の知らせか、ジムの扉の隙間から雨の湿気った空気が流れ混んできていた。ゆっくり鼻から吸いこむ。この匂いも嫌いじゃない。雨音が段々と強さを増し、俺の荒い息を消し去っていった。

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