c5 変態人間現る現る〈後編〉
【chapter.05 変態人間現る現る】
太っていて、両さんより毛深いのにハゲていて、クマさんという表現では余りにも可愛すぎる、そんな男が私達の目の前に現れた。
舐めるように私達の制服を見ている。
というか今更だけどモリランドロップは学校行かないのにいつも制服着てる。
「君達中学生?」
男は明らかに変態の喋り方をしていた。
呼吸が荒いのだ。再翻訳するとこう。
「君ハァアハァ達ィハアハア中学ハァアハァ生???」
「そうだけど」私は動じずに答えてみた。
基本的に私は動じないし、正直、お父さん以外の生のソレに興味があった。
早く見せてもらって、モリランドロップと逃げようと思った。
これを見れば明日の学校の話題は総なめ出来る。ただ、少し足が震えていた。
けど、毅然とした態度を取らなければならない。
何故なら自然とモリランドロップの手が私の手を握っていて、それが震えていたからだ。
そうだ、この子は不登校で人との会話も慣れていないはず。
それなのに変態と会話なんて出来ない。ここは私に任せて!
「ハァハァハァ2人とも仲良しハァハァなの?ハァハァ」
「そうだよ親友」
「2人にハァアハァアとっておきのハァアハァ良いものハァアハアハアハアハアハアハ見せてハァハアハアハアハァあげようか?」
こ!これは!
この流れ!この台詞!
ついに!お父さん以外の!大人のソレが見えるというのか!?
私には汚いクマの下腹部が金色に輝いて見えた。
ズボンを降ろそうとする変態男。
その時、モリランドロップが勇気を振り絞り・・・
「死ね!ロリコン!死ね!死ね!」
綺麗な脚を伸ばして、服の上からそれを蹴り飛ばした。
「ミヨリカメ!逃げよう!」
「えっ!?」
「この人が変態だよ!」
「見なくていいの?」
「あんな気持ち悪いもの見てどうすんのよ!」
私は正気に戻った。
たしかにそうだった。
出来ればジャニーズとか人気声優のソレを見たい。お父さん以外の初ソレが汚いクマなんてやっぱりダメだ。
今度は私がモリランドロップの手を引き、走っていく。
ちらっと振り返ると、男は追いかけてくる気配などなく、金蹴りを喰らって悶絶し、ある種満足しているようにも見えた。
「最高」
公園を出ても、2人で手を繋いだまま走り出す。
「強く蹴りすぎたかな」
「いいんじゃない?使わなさそうな人だし」
笑いながら走る。
陸橋の階段を登っていく。
歩幅を合わせて、階段を走るのは難しい。
「ミヨリカメ」
「なに」
「私今、凄い楽しい」
階段を上り切り、走る車たちの上空を横切って走る。近くで見る信号機のデカさは毎度驚かされる。
「同感」
「ねぇ」
「なに」
「このままどっか行こ」
階段を降りるのはもっと難しかった。
「どこ行く」
「うーん、天国」
「無理心中は無理」
「じゃあ天国みたいな所」
階段を降り切って、倒れそうな身体を安定させて、また走り出した。
どこ行こう、私は悩む。
天国みたいな所なんてそうそう思いつかない。思いつかないまま走り続けた。
神様が導くみたいに、私たちが走れば信号は青になる。
「モリランドロップ」
「なに」
「いまここが天国じゃない」
「イチリ」
「なにそれ」
「一理あるって事」
私たちは、流石に息を切らして、立ち止まった。
その場所はきっとなんて事のないただの住宅街だったんだけど、私と、私と手を繋いでいるウサギにとっては、天国に違いなかった。
「とりあえずどうする」
「警察に通報した方が良いかな」
「でもアソコ蹴った事怒られないかな」
「正当防衛ってやつじゃない」
「私はやだな」
「じゃあ、私もしない」
その2日後、変態おじさんは無事に逮捕された。
その日、モリランドロップは私を家まで送ってくれた。
来た道を戻る間も、信号機の青色を待つ間も、最後にエレベーターに乗る前まで私たちは手を離さなかった。