c1 新種のウサギ
私の名前は御世吏小雨と言って、名前と名字が逆みたいな名前をしている。
コサメちゃんからというあだ名は小6までで、運動も出来ない私はいつの間にかミヨリカメになっていた。
たしかに語感は良い。
「小雨。遅刻するわよ」
お父さんは既に会社に行き、お母さんももうすぐ仕事に出る。
いつも私が最後に家を出る。いつも遅刻するわよ、と促される。
それもそのはず、お母さんがヒールを履いている今も、私は食パンにピーナツバターを塗っている。
・・・別に人生急いだところで、何かトクするわけじゃない。
先人は〝早起きは三文の徳〟なんて言ったけれど、今じゃコンビニは24時間やってるし、動画配信サイトで見逃した番組も観れる。別に夜でもいい。
そういうわけで夜な夜な夜更かしをする私の朝は遅い。
前述のようにモノローグしながら、優雅な朝食を終えた頃、結局私は焦り始める。なんたって先生が怖いから。
担任の妻甲斐先生は男の癖に苗字が妻甲斐だ。
こうして、少しだけ跳ねた髪を、笑われるから伸ばして、クリップ式のリボンをつけ、ブレザーに袖を通す。
これをあと1年と半年続けなければ高校生にはならない。
中学2年生。ネットのみんな曰く、この年齢はある種の病にかかるらしい。
もう既に私はそれかもしれない。
アンチ世の中。
アンチ学校。
アンチ先生。
アンチ早起き。
鍵を閉め、エレベーターを待つ。
10階建ての社宅マンションなのに1基しかないので、時間がかかる。凄く焦る。
こうしてマンションを出ると、遅刻確定って感じで登校している生徒は全くもって見当たらない。
それならばと私はゆっくりとゆっくりと歩いてやる。ちなみにご存知かと思うが、カメたちは歩かせると早い。
そういう意味では私、ミヨリカメは新種のカメなのだ。
そして、この日は、新種のウサギを発見する事になる。
【chapter.01 新種のウサギ】
つまらない通学路を面白くするために、今日は左側しか歩かないというルールを設ける。それだけでなんだか面白い。
金木犀の香りの正体が分かったし、右側に落ちてるウンチを回避できたからだ。
しかし、突如としてルールは破られる。
右側に人が倒れていた。同じ制服を着ている。
女の子だ。うまい具合にパンツは隠れている。
「大丈夫?」
「死んでるかも」
「死んでたら喋れないよ」
「ここが天国って可能性は?」
「それはないと思う」
「どうして?」
「学校行けば分かる。遅刻して先生に怒られるから地獄」
「じゃあ、学校行かなければ天国?」
「そう思いたいけど義務教育はこなさないといけない」
「やっぱり行くのやめよ」
女の子は起き上がり、私を無視するように逆方向へと歩き出す。
「ちょっと待って」
私の問いかけに振り返らない女の子。
「なに?」
「その先にはウンチがある」
その言葉に振り向く女の子。
「それ。言う必要ある?」笑っている。
「踏んだら嫌でしょ」
「そんなに馬鹿じゃないよ私」
「道端で倒れてたのに?」
「馬鹿じゃなくても道端で倒れるよ」
「そうなの?」
私も面白そうだったので、制服が汚れる事など気にせず倒れてみた。
あれ、意外と新鮮。コンクリートに耳を充てた事なんて無い。水が流れる音がする。
「あなたはバカっぽいね」
女の子が笑っている。
「そうかな」
ー
気がつけば私達は近くの公園の周りの人にバレにくい場所にいた。
ふたりともうんこ座りで今日はウンチの話ばかりだなと嫌になる。
「私は御世吏小雨。ミヨリカメって呼ばれてる」
「ふーん。知ってるかも」
「え?」
「私2年生」
「同じじゃん」
1年半、中学生をやってるとクラスは3つあっても大体全員の事は知っている。
それでも私はこの目の前の子の事を知らなかった。
「もしかして転校生?」
「違う。不登校児」
「へぇ」
「驚かないの?」
「驚いてほしい?わあっ!」
「いいよ別に」
「名前は?」
「森嵐」
「ふた文字?」
「名字がモリで名前がラン」
「へぇ」
「短くて変じゃない?」
「御世吏小雨より良くない?」
「言えてる」
うーん。私がミヨリカメなので。
この子のあだ名は・・・
「モリランドロップ」
「なにそれ?」
「貴方のあだ名」
「もりらんどろっぷ?」
「私がカメだから貴方はウサギ。垂れ耳のやつ」
「ホーランドロップ?」
「それ」
「あだ名長くない?」
「短いの変なんでしょ?」
「たしかに」
こうしてミヨリカメとモリランドロップは出会った。
結局ふたりとも学校をサボったので、私はお父さんにめちゃくちゃ叱られた。
ほらね、地獄じゃん。